夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「カチッ! カチッ! カチッ! カチッ!」
前後の見境も無く拳銃を撃ったので、ほぼ全員が一斉に弾切れになってしまった。その瞬間を夕一郎
は待っていたのだ。
『弾が命中したのに倒れなければ、疑念を抱かれて拙いからな。俺は極秘の存在なのだから!』
そんな事を感じていたので、咄嗟に身をかわしてデスクの下やロッカーの陰等に素早く移動しながら隠
れていたのである。
「ガシッ! ガシッ! ガシッ! ガシッ!」
男達は四人いた。
『拳銃の弾込めにほんの数秒しか掛らない。襲って来ることなど有り得ない!』
全員がそう思っていたのだ。しかも、
『気絶した仲間を撃ったのは容疑者だとでっち上げよう!』
そういう暗黙の了解があった。拳銃を持っている事による絶対的な優位の思いが、彼等を油断させた
のだろう。電光石火、夕一郎の拳で、僅か二秒、全員相当の重傷を負って仕舞ったのだった。
「グアッ!!」
「ギャッ!!」
「グゲッ!!」
「ウガッ!!」
四人とも違った悲鳴を上げてバタバタと倒れて行った。今度は余り手加減をしなかった。いや、出来な
かったし、したくも無かった。
『こいつ等は警察官と言うよりは、殆ど犯罪者だ。簡単に人を殴り、直ぐに銃を撃つ。しばしば警察官が、
容疑者に対して暴行を加えるシーンを、テレビで見た事があったけど、ここも同じようなものだったんだな。
……さてこれからどうしようか?』
夕一郎は取り敢えずデスクの上に置かれている、取り上げられた翻訳機を装着した。その後でアーノ
ルドを探しに行こうかどうか迷っていた。しかしその必要は無かった。
「バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、……」
何とも空が騒がしかった。しかし、それとは別に拳銃の音を聞いて、他の警察官が十数人も銃を構え
ながら、夕一郎を取り囲んだ。
だが、それとほぼ同時にヘリコプター数機が警察署の駐車場等に次々に着陸したのである。流石の警
察官達もそれには驚いて、何があったのかと様子を伺っていた。
ヘリコプターからは迷彩色の服を着て武装したアメリカ空軍の兵士達が次々に降りて来た。総勢で五十
人以上である。
その中のリーダーと思われる男が、スピーカーで話し掛けて来た。英語であったが、翻訳機のお陰で、
夕一郎にも内容が良く分かった。
「ポルチア警察署の諸君に告ぐ。私はアメリカ空軍に属する者である。君達が先ほど連行した、男二名
、白人と東洋人の二人を直ちに釈放しなさい。彼らの身柄は我々が確保する。
その理由は一切言わない。また反論も許さない。命令に従わなければ、直ちに強行奪取を敢行する。
また今日の事は一切忘れることだ。記録があったら処分せよ」
全く一方的な言い方だった。
「もう一度繰り返す。……」
相変わらずの命令口調で、一方的に言い放ったのである。兵士達はバズーカ砲まで持ち出して来て、
警察署のそこここに狙いを定めていた。
「わ、私は、ポルチア警察署長のセルヴィッチです。こ、これは、正式の行動なのでしょうな。そ、そうでな
ければ許可する訳には……」
あたふたと大慌てで走り出て来たセルヴィッチは一応自らの威厳を誇示して見せた。
「質問に答える積りは無い。一つだけ言っておこう。国家の最高機密だということだ。イエスかノーか二つ
に一つ。ノーだったら署長、君から死んで貰う。時間は無い。直ぐに答えよ!」
国家の最高機密だと言った以外は一切の妥協は無かった。兵士達の銃口はかなりの数が署長を狙っ
ていた。無論冗談でもなければ訓練でもない。正に戦場そのものの緊迫感だった。
「わ、分かった。命令には従う。捕らえた二人を直ちに釈放しろ。これは署長命令だ。レストランの爆破容
疑者の二人を直ちに釈放しろ!」
署長は警察署の入り口付近でドアを開けたまま、ありったけの大声を出して叫んだ。その声は部下に
聞かせようとしたと言うよりは、自分を狙っている兵士達に聞かせる意味があったのである。
夕一郎を取り囲んでいた警察官達は怪訝そうにしながらもその包囲網を解いたのだった。間も無く別
室からアーノルドもやって来た。彼も殴られたらしく顔の一部をかなり腫らしていた。
「やれやれ酷い目に遭いましたよ、もう少し遅かったら半殺しになっていたかも知れない。あれ、大黄河、
いや、貴方もやられたんですか?」
「はい、いきなり殴って来て、何故か服を脱がせようとしたので、ついやってしまいました。そしたら拳銃
で撃って来ましてね。
弾に当たるとちょっとあれですから、一旦隠れて、弾切れになった所で、ガツンとね。しかし可哀想なの
は先に気絶させた男達です。
彼らの撃った銃の弾が当たってしまって、そのうちの一人は多分絶命したでしょう。あんなに簡単に銃
を撃って来るなんて日本では考えられませんね」
二人は他の者に聞かれても分からないように、日本語で話をした。
「アーノルド君、とんだ災難だったね。この男が、例の男だね?」
「はい。それにしてもお迎えが意外に早かったですね。もう三十分位掛ると思いましたが」
「ふふふふ、我々を誰だと思っているのかね。このような事もあろうかと、事前に予測して行動しているの
だよ。幾ら人目を欺く為とはいえ、のんびり車でドライブでも無かろうに」
「はははは、よもや爆破事件に遭遇するとは思ってもいなかったものですからね。総合司令のご意見を
もっと尊重するべきだったと、今は大いに反省しておりますよ。はははは、一本取られました」
今度はアーノルドは総合司令と英語で話をした。反省という言葉を使いながら、しかし余り反省している
風には夕一郎には思えなかった。
『随分親しい間柄なんだな。軍隊で苦楽を共にして来た仲間と言う感じだ』
総合司令とアーノルドとが親しげに英語で話し合っている間は、夕一郎は蚊帳(かや)の外だった。しか
し気を利かせたアーノルドは、
「一気にヘリコプターで空軍基地まで送ってくれるそうですから、一緒に乗って行きましょう。ええと、翻訳
機があるようですから、英語でも大丈夫ですよね?」
と如何にも親しげに言った。
「はい、イエス、……」
翻訳機の事はシュナイダー博士から聞いて知っているのだろう。そうとなれば普通に英語で会話するし
かなかった。
『英語が分からないと思ってくれていた方が、秘密の話なんかも聞けて良かったのにな。ちょっと残念』
そんな風に感じたが、今更どうしようもない。
三人は同じヘリコプターに乗り込んだ。外見は同じ迷彩色の軍事用ジェットヘリコプターなのだが、内
装がかなり立派な、VIP用の大型ヘリだった。
機内の中央に応接間を思わせる豪華なテーブルと向き合せのふかふかとしたソファーがあり、さなが
ら空飛ぶ会議室の様だった。大統領やそれに準じた人々の乗る要人専用ヘリコプターだったのである。
総合司令と呼ばれた男は、夕一郎とアーノルドと向き合ってゆったりと座った。言葉は三人で会話が
出来るように英語ですることになった。
「ようこそ、わが空軍の誇る空飛ぶ会議室とも言われる、高速ジェットヘリ『スーパーイーグルVIP』へ。
私は影の空軍司令などとも言われる、空軍総合司令担当のルーカス・ベンタムです。
とは言っても、表には殆ど出ません。極秘任務専門なのでね。今後色々と顔を合わせる事になるかも知
れません。どうぞ宜しく」
「大黄河夕一郎です、肩書きは特にありませんが今後とも宜しく」
二人はしっかりと手を握り合って握手した。
『何かおかしい。何か裏で動いている。たかが俺一人にどうしてここまでする? アーノルドさんが言った
様に空軍の動きが実に素早い。
あの素早い動きはアーノルドさんの為のものではなく、俺の為のものだろう? 何故、何故そこまです
る? どうも変だぞ。
何か巨大なプロジェクトでも動き出した様な、そんな印象があるぞ。一体何だ? 何が動き出したと言
うんだ!』
笑顔を見せて力強く握手した夕一郎だったが、内心ではある種の不気味さを感じていた。
その後は、機内で豪華な夕食になった。勿論事情を知っているルーカスは、
「我々だけが食べるのは恐縮だから、何か飲み物でも飲みませんか?」
と言ってくれたので、
「じゃあ、折角ですから、皆さんとご一緒にワインを頂きましょう」
と言って、赤ワインで乾杯した。
「ふーむ、いい香ですねえ。まあ、私は幾ら飲んでも酔うことはありませんけどね」
「しかし、お腹が一杯にはならないのでしょう?」
ルーカスは興味深々で聞いた。
「はい、満腹感や満足感はありません。美味しいと感じるのに、虚しさも同時に感じてしまうのですよ。食
べれば食べるほどストレスが溜る。そのうち食べるのが嫌になって来るのです」
「ふーん、理解し難い状況ですね。セックスの方も同じだと聞きましたが?」
ルーカスはズケズケとものを言う方らしい。
「はい、女を抱いて快感はあるのに満足感が得られません。そのうち抱くのが嫌になって来る。食事と全
く同じパターンです。
ですから間違っても女性の世話などしないで頂きたい。それだったら男を、と言うのはもっと悪いですか
らね、ご注意を、はははは」
「あはははは」
「ははははは」
三人は大笑いをした。