夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「それにしても乱暴な警察官達ですね。質問されて、言葉が分からないと日本語で言った途端に、殴って
来ましたからね」
夕一郎は自分の話芸(?)でかなり打ち解けたと感じたので、気になっていた警察署の話をした。
「はははは、それはとんだ災難でした。ポルチアの警察署は何かと噂のある所でして、我々が強硬な態
度に出た理由の一つはそれだったんですよ。
下手に出ると、足元を見て、金銭の要求をするような連中です。アーノルド君、君も知っていただろうに
ねえ。どうしてまたあんな場所で食事をする気になったのかね?」
ルーカス司令は笑いながらも、たしなめる感じで言った。
「いやあ、ちょっと食事をするだけならどうという事も無いかと。まさかあの場面で爆発するとは思いもより
ませんでした。はははは、肝に銘じておきますよ」
アーノルドも笑いながら反省の弁を述べた。
「しかしそんな酷い場所がどうして野放しなんですか? 改革されて当然だと思うのですが……」
「お説ごもっともなのですが、ここはアメリカ。その種の事は州知事や州議会の権限なのです。改革を進
めてはいるのですが、なかなか思うに任せないのが現状なのですよ。
こう見えても私はかなりの日本通でしてね。それを日本に当てはめて考えてみれば、例えば『天下り』の
ようなものです。
随分前から問題になっていて、諸悪の根源とさえ言われているのに、いっこうに改善されない。確かに
少しずつは改善されていますが、本質は余り変っていない。そのようなものだとお考え下さい」
ルーカスはなかなか鋭い指摘をしたのだった。
「ああ、なるほど、それだったら分かります。そうですか、ふうん、天下りと一緒ねえ。はははは、なかな
か上手い例えですねえ。これは参りました」
「いや、ルーカス司令、何時の間にそんな知識を得られたのですか? 日本通を自認する私もうかうか
出来ませんな。ははは、これは驚きました」
夕一郎もアーノルドもルーカスの造詣の深さに多少なりとも尊敬の念を抱かずにいられなかった。
「いやいや、それほどでも。ところで今気が付いたのですが、服に結構血が付いていますね。警官を殴
るとか、何かしましたか?」
先ほどまでは任務中という事もあって気が付かなかったのだが、ワインを飲んで楽しくお喋りをしたり、
食事をしたせいか、夕一郎の服についている多数の血痕に気が付いて言った。
「はい、殴られているうちは我慢していたのですが、何故か服を脱がせようとしましたので、秘密がばれて
は拙いと思って、殴って気絶させたんですが、そしたら他の連中が発砲して来ましたから、止むを得ず」
「確か銃で撃たれても死なないとか聞きましたが?」
ルーカスは強い興味を持って聞いた。
「その通りです。それは我々が実証しました。正直言って寒気がしました。理屈では分かっていましたが、
まさかという思いもありましたからね」
夕一郎が答えるより早くアーノルドが言った。
「ほほう、それは大変な事ですな。それで銃で撃たれても平然と警官達を殴ったのですか?」
「いいえ、それは秘密事項だと思いましたので、物影に隠れて、弾切れの瞬間を待ちました。全員で思いっ
きり撃って来たので、十秒もせずに全員、その場にいたのは、気絶させた者を除いて四人でしたが、弾切
れになったのです。
その瞬間に飛び出して行って、顎の骨などを砕きました。多分全治六ヶ月以上の重傷だと思います。血
はその時に付いたものです」
夕一郎はなるべく冷静に言った。
「ふうむ、全治六ヶ月以上の重傷ねえ。もう少し手加減は出来なかったのですか?」
ルーカスはやや顔をしかめて言った。
「手加減はしたくなかったのですよ」
「ど、どうしてですか?」
今度はアーノルドが聞いた。
「あいつらは私が先に気絶させた仲間に銃弾が当たったのに、それは多分兆弾だと思いますが、それで
も銃撃を止めませんでした。その為に多分一人が死亡したと思われます。
私はそれが許せなかった。ついカッとなりました。その点は反省しなければなりませんが、彼らにそれ
なりの報いを与えたかったのです。ちょっと軽率だったかも知れませんが」
夕一郎は厳しい表情で言った。
「一人が亡くなった! なるほど、それだったら私でもそうしていたでしょうな。いや、貴方の取った態度
は決して軽率なんかじゃありませんよ。
しかしポルチアの警察署は腐り切っていますね。これは何とかしなくてはいけませんね。いや良く分か
りました。大いに参考になりましたよ」
ルーカスは感心して言った。
「そうですか、そんな事がありましたか。ただ、我々軍人は平気なのですが、地下研究所にその血の付
いた格好では拙いでしょう。
多くの研究者は軍人ではありませんからね。基地に着いたら、まず服や髪形などを整えて身なりをき
ちんとしてから、研究所に行きましょう。
新たな研究員も大勢入りましたからね。最初の印象が大切ですから。生理的に嫌われて仕舞ったらえ
らいことですからね」
アーノルドは少しだけ地下研究所の変貌について語った。
「新たな研究員? 方針が変ったのですか?」
これ幸いと夕一郎は新しい研究テーマなどについて聞いてみた。
「我々もはっきりとは知りません。超Aクラスの秘密事項らしいのですが、そこまで行くと、計画の全貌を
知っている者は極々限られた者になります。
多分知っているのはシュナイダー博士と大統領とその側近のみでしょう。ゴールドマン教授ですら知ら
ないと思いますよ。しかしこの私にさえも秘密にするとはね」
ルーカス司令は悔しそうな表情で言った。
「そうですか。オリンピックで金メダルを取る事じゃないんですかねえ……」
新たな計画について殆ど知識が得られなかったので、少しがっかりして夕一郎は言った。
「お役に立てなくて申し訳ないが、どうにもなりません。さて、そろそろお開きにしましょうか? 後三時間
位掛りますが、一眠りすれば良いと思いますのでね」
ルーカスは夕一郎に気を使った。
『飲み食いが出来ないのでは、食事に付き合うのも大変だろう……』
そう思ったのである。
「そうですね、じゃあ、その、トイレをお借りして」
夕一郎は飲み込んだワインを吐き出す積りだったのである。
「ああ、そうですか。それじゃあ、今はここまでと致しましょう。このソファは背もたれを倒すとベットにもな
りますから、トイレに行っている間に直しておきます。私はまだ色々と野暮用が御座いますので、アーノ
ルド君と一緒にお休み下さい」
夕一郎もアーノルドも色々な事件のお陰でかなり疲れていた。二人ともルーカス総合司令の言葉に甘
える事にした。
それから約三時間夕一郎とアーノルドは枕を並べてソファーを変形した簡易ベットで眠った。二人とも
平気そうにしてはいたが、実際には相当に疲れていたのである。
「グッナイ!」
「グッナイ!」
お休みを英語で言い合うと直ぐ眠ってしまった。アーノルドの方は警官に殴られた顔面が痛むらしく、
眠っている最中に少し呻き声を出したが、やがてそれも治まって、その後は二時間ほど熟睡したのだった。
「お早う。到着したから起きてくれたまえ」
目覚めの朝にしては妙な声が聞こえると思った。
『何だ今のは?』
夕一郎には一瞬何だか分からなかったが、次第に状況が飲み込めて来たのだった。
「グッモーニング!!」
「グッモーニング」
夕一郎は元気良く、アーノルドはそこそこに目覚めた。もうヘリコプターは空軍基地に到着していて、当
然ながら機体の揺れなどは無い。
「ははは、何だか揺れないのが変な感じですね」
夕一郎は直ぐ翻訳機を使って、英語で起し役のルーカスに話しかけた。
「はははは、初めての人は大抵そう言いますよ」
アーノルドも起きがてらそう言った。
「あはははは、お早うと言うが、外は真っ暗ですよ。まあ良いでしょう。早速ですが、夕一郎さんには着替
えをして頂きます。ショップの方へどうぞ。まあ、その前にシャワーも浴びて頂きますがね。それからアー
ノルド君は私と一緒に来てくれたまえ。少々話があるのでね」
ルーカスは直ぐ近くにあるショップに夕一郎を案内してから、アーノルドと共に何処かへ行った。
「こちらです。それから奥の方にシャワー室もありますので」
ルーカスの部下のまだ若い兵士に夕一郎は案内を受けた。
「ええと、料金はどうするのかな?」
「はい、軍の方で持ちますので、ご心配には及びません。どうぞご自由に選んで下さい。下着なども一緒
にご購入されれば良いと伺っておりますので、その様にされれば宜しいかと思いますが」
かなり緊張してその若い兵士は任務として夕一郎の面倒を見ていたのだった。
トレーニングウェアっぽいカジュアルな服の上下と、下着とを購入して、奥のシャワー室に向かった。そ
こでシャワーを浴びて、汚れを落とし、血の付いた服は、ダストボックスに投げ入れた。
『勿体無いけど、ただの汚れじゃないからな。仕方があるまい』
血がかなり付いていたとはいえ、しっかり洗えばまだまだ使える衣服だったが、証拠隠滅の意味も込
めて処分する事にしたのである。警察官との揉め事も、無かった事にしなければならなかったからである。