夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「お待たせしました、特製カルボナーラお二つお持ちしました。食後にアイスクリームが付きますので、お申し出
になって下さい。ではごゆっくり、うふふっ!」
 また同じウェートレスだった。今度は愛想笑いをして去って行った。またもや昇の方を見て笑ったのである。
林果は切れそうになっていた。いや、殆ど切れていた。

「あの、直ぐアイスを持って来て下さい。今直ぐに!!」
 まともに怒らずに、食後の筈のアイスを速攻で怒鳴るようにして頼んだのだった。
「は、はい、只今お持ちします」
「あの、別のウェートレスさんにして欲しいんですけど!! 貴方は不愉快です!!」
 とうとう林果は我慢出来ずにかなり大きな声で叫んでしまった。

「ええっ! そんなっ! わ、分かりました。失礼します」
 林果の目が怒りに燃えているのを見て、そのウェートレスにも理由は察する事が出来た様である。

「鏡川(かがみかわ)が失礼致しました。これがお詫びの品で御座いますので、どうぞお納め下さい」
 少し経ってからアイスを別のウェートレスに持たせて、年配の店長らしき男がやって来たのだった。
「これは何ですか!!」
 林果は怒りがなかなか収まらずきつい調子で言った。

「はい、商品券で御座います。些少では御座いますがお納め下さい」
「こんな物はいらないわ。あの不愉快な鏡川とかいうウェートレスを首にして下さい。でないと、ここには二度と来
ないわよ!」
 林果にとってお金の類などどうでも良かった。自分の連れ合いに色目を使う女が許せなかっただけなのだ。

「お怒りはごもっともで御座いましょうが、鏡川にはきつくきつく言って聞かせますから、なにとぞご容赦下さい。
あの、御代の方は結構で御座いますので」
 ひたすら平身低頭、代わりにやって来たウェートレスと共に頭を下げ続けたのだった。

「あのう、済みません、もう良いですから。折角のご厚意ですから、これは頂いておきます。それと料金の方も
チャラという事で」
 何とも虫の良い男だと、聞き耳を立てていた周囲の者や怒っていた当の林果さえ一瞬そう思ったのだったが、
「その代わりと言っちゃあアレだけど、これからちょくちょく寄らせて貰いますよ、百万回! 位ね」
「ええっ!」
 店長がぎょっとして驚き、一瞬の間があったが、
「あーーーははははははっ!!」
 周囲がどっと沸いた。

「あはははは、も、もう、お、怒れないじゃないの、そんな事を言ったら、あはははは、……」
 林果も笑い、店長も別のウェートレスも昇も皆一緒になって笑ったのだった。
「それではその失礼致します」
 改めて頭を下げて、店長とウェートレスとは戻って行ったが、顔には笑みが零れていた。

「うーん、私、なんか笑い者になってない?」
 林果は気にしたが、
「別に何でもないよ。それに、笑われたと言っても嘲笑じゃないだろう? だったら良いんじゃないか?」
 平然と昇は言った。林果が大声で叫んだ事を少しも咎めなかった。

「さあ、食べようよ。ちょっと冷めたけど、何たってただだし。懐具合も暖かくなったしね」
「うん、あれ、少し冷めたけど、美味しいわね、このカルボナーラ、パスタの茹(ゆ)で加減も丁度良いし、とって
もクリーミーだわ!」
 二人は仲睦まじく楽しく食事をしたのだった。

「ところで本題の話も少ししておこうか?」
 かなり溶けかけたアイスクリームを食べながら、昇は真顔になって切り出した。
「うん、ちょっと、口実になるけど、受験勉強の方が忙しくて、なかなか進まないのよね。人間が完全に物質だと
いう事もちょっと信じ難いし、世界が、この宇宙がどうして出来て来たのかって考えると、結局神様が作ったとし
か言い様が無いんじゃないかって思うのだけれど……」
 林果は自信無さそうに言った。受験勉強が忙しいのは事実だったが、行き詰って来ている事も事実だった。  

「余り先を急がずに考えれば良いと思うよ。遠未来論の課題はロボットに人間が勝てるかどうか、だよね?」
「そうね、そこで重要になって来るのは、人間とは何か、いえ、生命とは何か、それを考える事と、ロボットとは
何かと考える事とは表裏一体、結局は同じ事になるのよね」
「そう、それでロボットは、思いっきり広い解釈をすると、人類の歴史と重なる。文章や絵画もそれ自身は生命
ではないのに、『杜子春の限界』があって、私達には生き物の様に感じられる。それがもっとも端的に分かるの
は、アダルト指定だという事なんだ。そこまでは良いよね?」
 二人の会話の内容は周囲の者には何だか殆ど分からなかった。怒ったり笑わせたり、酷く難しい話をしていた
り何かと目立つ二人だった。

「あのうこれは店長からの差し入れで御座います。今後とも御ひいきにということで御座いますので、宜しくお願
い致します」
 アイスを持って来たウェートレスがそう言ってコーヒーを持って来た。
「ああ、ど、どうも。まだもう少し居ますので宜しく」
「な、何だか申し訳ないですわね」
 二人ともちょっと照れ臭そうにしながら、厚意を受ける事にした。

 外は相変わらずの雨。時刻は午後七時を過ぎている。満席だった客席が少しずつ空いて来ていた。二人とも
交互にトイレに立って、帰宅がもう少し遅くなる旨をケータイで自宅に伝えていた。ハプニングのせいで話の進
展が遅れたのが原因でもあった。

「さて、もう一息だ。確か一つの結論として、生命には自分というものの定義が必要だと言った。じゃあ、自分と
は何だろう?」
「われ思うゆえに我あり、それよね」
「そう、でもその考えに一つ抜けているのは、夢、夜に見る夢が欠けているという事だった。如何なる方法を持っ
てしても自分が無ければ夢は見る事が出来ない。
 仮に将来何らかの方法で他人の夢を見る事が出来たとしても、やっぱり、その他人の夢を見ているのは自分
なんだ。そしてその先。自分で自分を認識出来ない状態であるのにも拘らず、自分というものはちゃんと残って
いる。宝本先生はそれは生死を越えるかも知れないと言っていた。ここいら辺りまでで復習は良いよね?」
 昇はそこでコーヒーを飲んで、これから話す内容をまとめていた。

『昇、何かを捕まえた感じだわ。何かしらね?』
 林果もコーヒーを飲んだ。期待と不安が錯綜する。何かとんでもない事を言い出しそうな気もするのだ。
「自分の作り方なんだけどね。自分はどうやって作る?」
「ええっ! それは神様が作ったとしか言い様が無い……」
 林果は不安気に答えた。

「じゃあ、神様は自分というものをどうやって作ったんだろう?」
「神様は最初から有ったのよ。無限の過去から……」
 林果はますます不安になった。昇が何かを捕まえている事が薄々分かる。
「そういう議論は俺も何度も聞いた。でも空論に過ぎない。分かり難いかも知れないから別の角度から考えてみ
る。もし自分が無かったらどうする?」
「ど、どうしようもない……」
「いや、そう考えるんじゃなくて、この宇宙はどう変わる? 俺は以前家出した時、夜にひたすら線路の上を歩い
ていた事があった。
 地方のローカル線だった。終電が過ぎた後だったから、勿論平気だったけど、辺りに殆ど家の無い所をとぼと
ぼと兎に角歩いていたんだ」
「家出をした事があったの?」
「うん、まあね」
 昇はその時の事を思い出しながら、またコーヒーを飲んで話の続きを始めた。

「側に殆ど明かりが無かったからだと思うけど、生まれて初めてそれこそ満天の星空を見た。とても不思議な
感覚だった。
 まるで天の星がずっと高い所から糸で吊り下げられている様にも感じたけど、そのうち大宇宙の圧倒的なパ
ワーをひしひしと感じたものだった。
 自分が本当にちっぽけな物の様に感じられたんだ。この大宇宙の圧倒的なパワーは誰にもどうする事も出来
やしない。たとえ神と言えどもだ」
「何処かの物理学者が言っていたわよね、この宇宙の創生の時においては、たとえ神と言えども、如何なる関
与も出来なかったって」
「うん、俺もそれはきっちり正しいと思える様になった。ところがだ。そこから面白い結論が導き出される。ふふ
ふっ、何だと思う?」
 昇はちょっと悪戯っぽく笑って聞いた。

「さ、さあ、見当も付かないわ」
 林果はコーヒーを飲み干した。内心は悔しかった。
『駄目だわ、昇はもうずっと先に行っている。宝本先生の直感は当っていたんだ。私には能力が無い事を見破っ
ていたのよね。学校の勉強だったら圧倒的に私の方が勝るのに、この方面じゃあ全然歯が立たない……』
 そんな風に感じたが兎に角聞いてみるしかない。

「さっきの答えなんだけど、もし自分が無かったら、この宇宙はどうなるのか? 答えは簡単、何も変りはしない
ということさ」
「なーんだ、そんな事だったら、あえて問題にする事も無いじゃない。騙された気分だわ」
 林果はちょっとホッとした。
「話は最後まできちんと聞こうね。宝本賢三先生の気持が段々分かって来た気分なんだよね。ここで時間を百
年後や百年前に移動してみる。そこには俺も林果も居ない。しかし宇宙はある。仮に俺も林果も今もいないと
すればどうだろう?」
 昇もコーヒーを飲み干して言った。  

「ふふふふ、何も変らないのでしょう?」
「そう、別段何にも変化は無い筈だ。じゃあどうして俺達は生まれて来たんだ?」
「そ、それは、か、神様が、そうしたのよ……」
「嘘っぱちだ。今、分からないから苦し紛れに言ったろう? 神がそうしたと言うのは答えになっていないんだ。
それとも神が林果にそう言ったのか?」
「そ、その、……」
「神様がそうしたと言ったのは、誰でもなく林果、君なんだよね。神のみぞ知る、という言葉は誰も知らないと言
う言葉と同じ意味に過ぎないし、神がそうしたと言う言葉は、単に分からないという言葉に過ぎないんだよ。そこ
に止まっている限り如何なる進歩もない。
 改めて聞く。俺達はどうやって生まれて来る事が出来たのだろう? 嘘を付かずに正直に答えてくれないか?
林果」
 昇の口調はやや厳しいものになっていた。

「えーと、それは、わ、分からない。……分かりません」
「そう、正直に素直に言えば、そこに進歩が生まれる。それではその先の答えを言う事にしよう。逆転の発想が
必要なんだよ」
 昇はとうとう新しい領域に踏み込み始めた様である。

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