夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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小会議室のテーブルに少しずつ離れた位置に座らされた、夕一郎、アーノルド、ルーカスの三人は時
ならぬテストに面食らいながら、渋々始めた。
夕一郎はテストの点が悪くても別にどうという事は無かったから良い様なものの、後の二人はブツブツ言
いながらテストを始めたのだった。
当然ながら夕一郎のテストの問題は日本語で書かれている。後の二人の問題は英文だった。ルーカス
はその点に付いて何か言いたげだったが、シュナイダー博士に『減点!』と宣言されそうだったので堪えた。
問題はシュナイダー博士が仄めかした通り、少々風変わりだった。テストにしてはかなり長い文章があり、
戦地に赴く兵士の話である。
主人公の兵士が戦地に赴く前の家族との別れを感動的に描いてあった。全文を読むだけで三十分位
も掛ったが、しかしその後の設問が振るっている。
『主人公が『愛する家族の為にも戦地に赴くのだ』というのは当然だが、もし貴方が『家族の為に戦う』と
言えないとすれば貴方は一体誰の為に戦う、或いは何の為に戦うと言うか。貴方の考えを述べよ』
設問はそれ一つきりだった。
「な、何じゃこりゃ。答えはもう決っておるではないか。我々が戦うのは自分の家族がいるこのアメリカ合
衆国の為に戦うのに決っている。……しかしそれでは普通過ぎるのか?」
ルーカスは結構大きな声で呟いた。しかしその後は苦渋の表情になった。
『平凡な答えでは落とされるかも知れない!』
そう思うと、アーノルドもルーカスも気が気ではなく、解答を書くのにかなり苦心した。解答に苦しんでい
る時の時間の経過はやけに早いものである。
「はい、ジャスト一時間。例え途中であっても終って下さい。では今から採点に入ります。この場で直ちに
行います。先ずアーノルド氏から」
「えええっ! ここでやるんですか? そ、それはちょっと」
アーノルドは赤面した。
「中年男が何を恥ずかしがっているのです? それでは読みますよ。
『わが愛する国家の為に戦うと言わずして他に何があろうか。わが愛する、偉大なる祖国、USA、アメリ
カ合衆国の為に戦うものである!』
ふーむ、平凡そのものですね。しかし、まあ合格でしょう。ここでは考え過ぎて変な答えを出した場合に
不合格としているのですよ。例えば神の為に戦うとか、地球温暖化防止の為にとか動物愛護の為にとか、
その様な答えは全て不合格です」
シュナイダー博士の言葉は夕一郎をドキリとさせ、ルーカス総合司令を安堵させた。
「それではルーカス氏の答えです。これはシンプルですね。
『わが愛する祖国、アメリカ合衆国の為に戦う!』
なるほど説得力があります。合格です。かなり苦心した形跡が御座いますが、最終的にズバリご自分の
信念を一言で言い表した辺り、流石で御座いますね。
「やった!!」
ルーカスは嬉しさの余り思わずガッツポーズをとった。
「お静かに。それでは最後に、まあ、これは参考の為なのですが、夕一郎氏の場合は同じ意味の文章を
日本語にして出してあります。
ただこの問題は日本の方には意外と難しいかも知れません。日本は戦争に負けた経緯があり、単純に
わが祖国日本の為に戦うとは言い難いところがあるからです。
実際ここの研究所に入る人員を募集したところ、多くの日本の研究員達が不合格となりました。
その様な訳で、夕一郎さんには申し訳ないのですが、かつてのお仲間も殆ど残っておりません。
ここまで来たら、少しお話致しますが、それだけ重大なプロジェクトが動き出したという事なのです。では
夕一郎氏のものは……。なるほど、これも簡潔ですね。
『わが愛する星、地球の為に戦う!』
ほほほほ、これは簡潔ですし、……いや、恐れ入りました。誰も答えなかった答えです。うーん、百点満
点です!」
シュナイダー博士は感動しながら言ったのだった。
「ほへ、そんな子供だましみたいな言葉で良いのですか? 地球温暖化の為等と言うのと大差ないので
はないですか?」
アーノルドは自分の評価がやや低かった事で不満を漏らした。
「いいえ、全然違います。戦争はむしろ地球温暖化を促進します。地球温暖化を阻止する為等と言うの
は詭弁に過ぎません。我々の世界には最後の戦争等というものは無いのですから。
しかし、地球の為に戦うとなると話は違って来ます。まあ、その訳はおいおい分かって来るでしょう。兎
に角全員合格という事ですからご安心を。
ああ、そうそう、夕一郎さんは勿論の事ですが、アーノルドさんもルーカスさんもこのプロジェクトが終る
までは地上に戻れませんからね。宜しく」
気軽に言ったその言葉に二人は激怒した。
「な、なんですと。馬鹿も休み休み言いたまえ。その様な事は全く聞いておらんぞ!」
先ずルーカスが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そうですとも、幾らシュナイダー博士の命令でも、こればっかりははいそうですかと聞けませんよ!」
アーノルドはルーカスとは逆に蒼ざめた表情で言った。
「これは私の命令ではありません。大統領の命令です。クレームは大統領にして下さい」
「ク、クラスファー大統領自らの命令なのか?」
険しい表情でルーカスは聞いた。
「はい。お疑いでしたらどうぞ、何時でも、と言っても、就寝中は困りますが、大統領にお聞きして下さい。
実は事情は皆同じなのですよ。
ここに来たら当分戻れない等と言ったら、ここで重大な何かがある事が分かってしまいますからね。超
極秘なのですよ。でもまあ、たまにはそれこそ愛する家族に電話位は出来ますから。勿論ここにいること
は秘密ですよ。
それでは皆様のお部屋の事とかは麗しい令嬢にご案内させますから。勿論個室ですからご安心下さい」
シュナイダー博士はその場はそれで終了して、テストの問題用紙と苦心の答案用紙を記念に手渡して
から、自分の持ち場に去って行った。
「ああ、私を一体誰だと思っているのだろうね。今までの数々の実績を何と考えているんだ上の連中は!」
ルーカスはまたしても頭に血が上ったのか、顔を真っ赤にして怒鳴ったのだった。しかし直ぐ口をつぐん
だ。
「あら、随分ご機嫌斜めだ事。大統領閣下の直接のご命令にご不満とはねえ」
「お、お前もここに来たのか?」
現れたのは比較的最近結婚したばかりの妻のメルシアだった。今度が三度目の結婚で、年の差は
三十才以上である。素晴しい美貌の持ち主で、自慢の細君だったのだ。
「それでは皆様ごきげんよう」
簡単な挨拶で、メルシアは夫のルーカスと共に去って行った。種々の事情は一応心得ていたようである。
どうやら、夫と共に暫くの間地下研究所で暮らすことを知らされていたらしく、もう前日からここに来てい
たのである。
「貴方、私も来てしまいましたわよ。さっきからモニターテレビで見ていたのですけど、気が小さいわね。
男はもっと堂々としていなくちゃね。大変な出世らしいわよ」
「ええっ! 大変な出世? フランシス、それはどういうことだ?」
アーノルドの妻は長年連れ添った女性だった。年恰好も同じ位である。
「詳しい事は、部屋でお話致しますから、どうぞこっちへいらして下さい。じゃあ、その、大黄河さん、今後
とも宜しく」
フランシスも簡単な挨拶で夫と共に自分達の部屋に去って行った。夕一郎は一人残された格好になっ
たが、
「本当に日本の方だったんですね。あの、宜しくお願いします」
小会議室に最後に入って来たのは、何処かで見た事のある日本人の女性だった。
「あのう、桜山林果と申します。宜しくお願いします」
「えっ!! ……」
見た事があるどころではない。眼鏡を掛けていたし、研究員らしく白衣だったから分からなかったが、
確かにそれは愛する心の妻とも言うべき林果その人だった。
「あ、あのう、だ、大黄河夕一郎です。よ、宜しくお願いします」
本当は目眩がして今にも倒れそうだったのだが、格好が悪過ぎると思って必死になって耐えたのだった。
「ふふふふ、アメリカの若い女性の方が良かったのかしら? 顔色が悪いのはがっかりしたからでしょう?
こんな眼鏡のおばさんで」
林果は全く気が付いていない様である。当然と言えば当然であった。彼女の愛した男は既に百パーセ
ント死んでいるのだから。
「いいえ、とんでもない。若くて、とてもチャーミングですよ」
林果に部屋を案内されながら、夕一郎は気持ちを落ち着ける様にゆっくりと言った。
「ふふふふ、お世辞がお上手なんですね。でも何も出ませんわよ。私は貴方の世話係兼研究員なんです
からね。貴方はサイボーグだとお聞きしたのですがそれで宜しいのですわよね? それともサイボーグと
言われるのはお嫌ですか?」
林果は研究者然として聞いた。
「そうですね、サイボーグではなくて、名前を言って欲しいですね」
「大黄河さんで宜しいかしら? でも少し長ったらしいわね。大ちゃんでも良いかしら? それともお名前
の方を取って、夕ちゃんかしら?」
林果は日本人らしく極端な位の省略形に、ちゃん付けをしようとした。
「大ちゃんで良いです。夕ちゃんよりはそっちの方がすっきりした感じがしますから」
「分かったわ。それじゃあ、大ちゃん、貴方の部屋はこちらですわ。ちゃんと大黄河夕一郎とドアに名前
のシールが貼ってありますから。さあ、どうぞお入り下さい。キーは内鍵しかありませんけど、それで良い
でしょう?」
林果は単純に事務作業をこなしている感じだった。