夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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『名乗りたい!』
 そういう衝動が頭をかすめる。しかし、
『そんな訳には行かない!』
 直ぐに理性が引き止める。

「あのう、聞いてます?」
 林果は夕一郎がボーッとしている理由を考えながら言った。
「あ、は、はい。き、聞いています。その時差ボケ、いや、ヘリコプターボケなんでしょう。初めてヘリコプ
ターに長時間乗ったものですから。それと、さっきのペーパーテストが何を意味しているのか。
 気になっているのですが、イマイチ意味が良く分からなかったものですから。ええと、あのテストは貴方
も、そ、その、林果、いや、桜山さんも受けられたんですよね」
 夕一郎は大慌てで気持ちを整理しながら、ボロが出ない様に誤魔化して言った。

「ふふふふ、何をそんなに慌てていらっしゃるのかしら? まさか変な事を想像されているんじゃないでしょ
うね?」
 少し睨む様な目付きで林果は言った。

「はははは、まさか。今後長い付き合いになりそうなので、魅力的な女性で良かったなと思っていただけ
ですよ」
「ふうん、何かちょっと怪しいですね。でも、お断りしておきますが、変な事をしたら、貴方の係りを止めま
すから、お気を付けになって下さい。
 それでは簡単にこの部屋の設備の説明をさせて頂きます。基本的にはホテルと殆ど同じです。違うの
はさっき言ったように、鍵が内鍵だけであることと、電話は地下の中だけでしか使えないということ。
 つまり地上とは一切繋がらないという事。それから最も重要なことは、原則として一人では外に出歩か
ないで下さい。出歩く時は常に誰かと一緒である事。まあ、殆ど私という事になりますけど。宜しいですか?」
「は、はい」
 夕一郎は少し戸惑ったが、何とか素直に返事をした。

『係りを変えられちゃあ堪らないからな』
 本気でそう思っていた。
「ええと、何かご質問は?」
「あのう、さっきの質問に答えてくれませんか?」
「テストの事ですか?」
「はい。凄く気になるのですよ、あのテストが何を意味するのかがね。これから俺をどうしようというのか、
そのヒントが隠されている気がするんですよ。
 念の為に聞きますけど、今回のプロジェクトについてどの程度知っているんですか? 最高機密中の最
高機密らしいですけどね」
「そうねえ、ああ、少し座ってお話致しましょう。どうぞイスに座って下さい」
 林果は手馴れた感じで言った。

 テーブルを挟んで向き合って座ると、林果はテーブルの上にあるインスタントコーヒーを二人分作って、
自分も飲みながら、話し始めた。
「少し私の事を詳しくお話しておきます。ただ、お互いに余り詳しい話はしない様にと釘を刺されておりま
すので、ざっとお話しするだけですけど宜しいかしら?」
 コーヒーを啜りながら、地下の研究所に来るまでの経緯を、幾分プライベートを交えてやや詳しく話し
始めた。

「ああ、お願いする。そもそも目的が分からないんだよね。何をするのか。何か聞いていますか?」
「申し訳ないのですが、最終目的までは聞いておりません。と言うか、聞いても教えて貰えませんでした。
貴方と一緒に来た空軍の幹部の方にさえ教えていないのでしょう?」
「はい、その様です」
 夕一郎は知っている通りに言った。

「やっぱり。余程重要な、多分国家の命運が掛っている様なレベルの何かなのだと思います。ですがそ
れは幾ら推測しても仕方がありません。
 それで長い付き合いになるらしいので、お互いにコミュニケーションをしっかりしておいた方が良いと思
います。それで、先ず、ざっと言います。
 私はマッサーズ工科大学の助手をしております。生まれも育ちも日本なのですが、父と折り合いが悪く
て、もう十年近く日本には一度も帰国していません。
 息子が一人いますがその父親、林谷昇さんを結果的に死に至らしめました。私は父を生涯許す気は
ありません。母はもう随分前に亡くなりました。息子の名前は昇一と言います。
 私の愛した男の一字を取って名付けました。ふう、昇さんが死んだなんて今でも信じられないんです。
ある日ふっと、笑いながら『ただ今!』って、帰って来る気がしてならないんです。
 それで私は彼以外の男性とのお付き合いは一切しておりません。彼にだけ、彼にだけ抱かれたいので
す! ああ、済みません、変な事を言って。あの、少し大ちゃんの事をお聞かせ願いませんか?」
 一方的に話し過ぎたと思ったのだろう、経緯のバトンタッチをして来たのだった。

『未だに俺を愛しているのか。ああ、流石に俺の見込んだだけの事はある。出会いは最悪だったけど、
直ぐ好きになれたのには、ちゃんとした理由があったんだな。おっと、俺の身の上を話さないとね』
 夕一郎は感無量だったが、作り上げた自分の過去をちょっと言っておく事にした。

「自分の過去を言うといっても、幼い頃の記憶はありません。物心付いた時にはインドの何処かの街で
ストリートチルドレンになっていました。
 街から街へと放浪していたので、どこをどうして生きて来たのか全く分かりません。その後、月岡産業
とか言う会社の幹部の人に拾われて、日本語の教育を受けました。
 今ではインドの言葉を完全に忘れてしまって、事実上すっかり日本人なのですが、そこで私は日本に
連れて来られました。月岡産業の幹部の人が信じていたSH教の信者に私もなりました」
「ええっ! SH教!」
 SH教の名前を聞いて、林果は飛び上がらんばかりに驚いた。

「そ、そ、それで?」
「私は親代わりの月岡さんの命令で、SH教の東京本部教会で暫く、その、何年か働いていたのですが、
おかしな事がありました。
 その頃、ソード・月岡という人がテレビとかに出て大活躍をし始めたのですが、実は私もそのソード・月岡
だったのです」
「えええっ! ど、どういう事なの! さっぱり訳が分からないわ!」
 かなりの大声で林果は叫んだ。

「はい、つまり、ソード・月岡は今の私と同じサイボーグでした。ソード・月岡は実は三人いたのです。サイ
ボーグは脳だけが本物で、後は作り物です。
 したがって外見が同じなのに、中身が脳が違う事があるのです。おかしいと思いませんでしたか? 短
距離でも長距離でも、更には潜水やスピードスケートまでも世界記録を作るなんて」
「そ、そう言われてみれば確かにおかしいわね。ただ私はその頃は学校の勉強と子育てに忙しくて、とて
もその様な事に疑問を抱いている暇は無かったのよね。
 でも確かに変だわ。一部の週刊誌なんかでも変だと書いてあったし、ワイドショーでもおかしい、何かカ
ラクリがあると言い切った専門家もいたもの。あれはやっぱりそういうことだったのね」
 林果は長いこと疑問に思っていた謎が一つ解けた気がして、気分は爽快だった。つい、大声も出した。

「わあーーーっ! 嬉しい! そうだったんだ。私、疑問に思っている事が何時までも解決されずに残っ
ているのがとっても嫌な性格なのよ。
 だけどどうにもならない事ってこの世の中にはあるでしょう? その謎が解明されて、本当に気分が良
いわ。どうも有り難う。その点に関しては感謝するわね。
 でも、それとエッチとは結び付きませんからね。さっきも言った様に、私には、私の心の中では未だに生
きている、最愛の男がいるのだという事なんですからね」
 林果は夕一郎にそう宣言したが、それは自分自身に言い聞かせている言葉の様でもあった。

「はい、良く分かっています。それでさっきの続きなのですが、そのうちの一人は殺されてしまいました。
どうもソード・月岡の活躍を快く思っていない者がいたらしいのです。
 確証はありませんが、殺したのは恐らく元SH教の最高幹部、金森田玄斎であろうと、俺は睨んでいま
す。いや、彼に違いありません」
「か、金森田玄斎! そうよね、あの男だったらやりかねないわね。そ、それでどうしたの?」
「もう一人がどうしたのか、俺には分かりません。俺は研究員の人に頼んで姿形を変えて貰いました。殺
されては堪りませんからね。
 そして、それからは、大黄河夕一郎と名乗って今日に至っているのです。ただ、サイボーグである事を
維持するのに大変なお金が掛ります。
 そこで、テレビに出て、お金を稼ごうと思ったのですが、アメリカ当局の関係者に捕まってしまいました。
一旦は逃げ出したのですが、逃げ切れずにこうして戻って来たという訳です」
 夕一郎は上手く話しの辻褄があったと思ってホッとしていた。

「ふう、ここのコーヒーはインスタントながら美味しいわね。私の専門は高速通信の数学的な手法による、
基本原理の解明なのですけど、難問が解けた時の様な清々しい気分だわ。
 今度は私がここまで来た理由やら何やらを説明するわね。何と言うのかしら、半分騙されたのよね。ア
メリカの各大学に募集があったのよ、月一万ドルの旨い儲け話がね。
 必要な条件として日本語が堪能な事だった。私は直ぐに飛び付いたわ。去年の九月から小学校に入っ
た昇一の教育費が馬鹿にならないから、お金を稼ぎたかったのよ。
 そこで変なテストがあったわ。大ちゃん達の受けたテストと同じテストがね。私達は大ちゃん達のテスト
の模様を別室のモニターテレビで見ていました。大ちゃん、貴方の答えは尋常ではありませんね。確か
『わが愛する星、地球の為に戦う』でしたわね。子供っぽい様な気がしますけど、シュナイダー博士はそ
れで百点満点だと言った。
 私にはその意味が分かりません。また新たな謎が一つ増えてしまいました。一難去ってまた一難、一謎
解けてまた一謎。そんな新たな諺が思い浮かびましたわ、ふふふ」
 林果は楽しげに笑ったのだった。

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