夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
193
「は、はい!」
夕一郎はいきなり主役と指名されてかなり慌てた。事前に何の連絡も打ち合わせも無かったので、相
当戸惑った。
「それから補佐役の桜山林果研究員も前に出て来て下さい」
「あ、は、はい!」
慌てたのは林果も同じだった。大会議室で単純に今後の研究の方針等が説明されるのかと思っていた
のである。
「さて諸君。こちらの青年が、大黄河夕一郎君だ。それと彼の補佐役の桜山林果君。この会場には約二
千名の研究員がいる。そのうちで大黄河君の事を知っている者は僅かに数十名のみ。
改めて紹介しよう。一見普通の青年に見える彼こそが他でもない、サイボーグなのです。脳とその周辺
の組織を除けば後は人工的に作り上げられた、しかしながらその能力は常人のそれを遥かに超えた超
人なのです」
シュナイダー博士はかなりセンセーショナルに紹介した。
「オオオーーーッ!!」
会場中がどよめいた。
「有り得ない!! 人を馬鹿にするな!!」
どよめきの中から罵声が多数聞こえて来た。
「静粛に。静粛に!」
博士はマイクで叫んだ。しかし喧騒はそう簡単には治まらなかった。
「仕方が無い。大黄河君、少し垂直にジャンプして見せてくれないか? 少しは信じるだろう」
予め予想はしていたようだったが、予想外に騒ぎが大きく、博士は苦慮していた。
「ハッ!」
気合を入れて垂直ジャンプをしてみせた。二メートルを軽々と超えた。しかしそれは逆効果だった。博
士は知らなかったのだが、つい最近のテレビ番組で、ジャンプ力を数十パーセントアップする特殊シュー
ズが紹介されていたのである。
ジャンプの得意な者であれば二メートル超えも夢ではないと、テレビの出演者が実演して見せていたの
だった。
「それだったら俺でも出来るぞ!! 特殊シューズを履いているんだろう、ペテン師だ!!」
騒ぎはますます大きくなった。
「超人だったら俺に勝てるだろう! 俺と勝負しろ!」
一部の腕力自慢の研究員が何人か立ち上がって勝負を求めた。
「博士、怪我の無い程度に勝負しましょうか? しかし、うっかり怪我をさせないとも限らないしね」
夕一郎は勝負に応じようと思ったが、手加減が難しいとも思った。
「あのう、試し割はどうでしょうか? それとも鉄の棒を曲げてみせるとか?」
林果はアハーラ三人衆とも知り合いだったし、格闘家だった片岩倉小姫との付き合いも以前あったの
で、多少はその方面に明るかった。
「うーん、しかし何をやってもトリックだと言われそうなんですが。アメリカ人は自分の肉体に響いてこそ
信じる。やはり勝負するのが一番良いでしょう。一人や二人の怪我人は仕方がありません」
シュナイダー博士のその一言で、方針は決った。
「それほど信用出来ないのなら、勝負に応じましょう。腕に覚えのある者は前に出て来て下さい。ただし、
怪我をしても知りませんよ。
その覚悟のある者だけが前に出て来て下さい。十人でも二十人でも、掛って来なさい。ルールは無し。
何をしても良い。ただこっちは多少手加減します。死なれては困りますからね」
夕一郎は冷静な言い方をした。その冷静さに、何人かはビビッた。実際に出て来たのは七名だった。
喧騒は相変わらず続いている。
「本当に何をしても良いんだろうな!」
特に身体つきのごつい大男がかなりの大声で言った。研究員だかプロレスラーだか分からないほどだっ
た。
「はい。七人同時に来ますか?」
かなり挑戦的な言い方だった。
「それじゃあ、プライドが許さない! 一人ずつにしようぜ!」
その大男が言った。
「ああ、それで良い!」
「順番を決めようぜ!」
七人はこそこそ話し合っていたが、直ぐ話はまとまった様である。
「博士、マイクを貸してくれ。こう煩くっちゃ、折角の腕試しが台無しになる」
大男はマイクを借りると、
「静かにしねえか!!」
大声で怒鳴った。その一声で会場中はシーンと静まり返ってしまった。
「これからここにいる、サイボーグと称するやつの化けの皮を剥がしてやる。シュナイダー博士がこの男
に騙されているのだという証明をするから良く見ていろ! 騒ぐのはその後にしてくれ。分かったか!」
「オ、オーッ!」
数十人が小さな声で賛意を示した。
「声が小さくて聞こえねえ。分かったよな!!」
更に大声で大男は叫んだ。
「オオ、オオオーーーーーッ!!!」
今度は凄い声で反響があった。
「こんなちっこいやつが、超人などとは笑わせる。十秒だ。十秒ノックアウトだ! ジョージ、時間を計って
おけ!」
大男は最初に自分が簡単にノックアウトする積りだった様である。彼の強さは皆良く知っているようで、
彼に花を持たせる事に話し合いで決ったようだった。
「あんたが一番先ですか? 名前を聞いておきましょう」
「名乗るほどの者でもねえが、ガロック・スピードだ。ふふふふ、宜しくな」
ガロックは余裕で笑って見せた。
「大黄河夕一郎です宜しく。じゃあ、そろそろ始めますか?」
全く身じろぎもしない夕一郎に、七人のうち三人ほどが寒気を覚えた。
『この男は強い!』
直ぐそう分かって、何と自分の席に戻ってしまったのである。
「えええーーーっ!!」
場内は少しざわついた。一部の者達だけではあったが、口先だけではない強さが、戦う以前からじわじ
わと分かり掛けて来たのである。
「あ、あのう、どうしても戦わなくちゃいけないんですか?」
林果は心配そうな表情で言った。彼女には夕一郎とガロックのどちらが強いのか、はっきりとは分からな
かったが、どちらかが大怪我をするかも知れないと思うと、気が気ではなかったのだ。
「はははは、大丈夫大怪我をしない様に、一生懸命やりますから」
「何だと、言わせておけば! 皆、邪魔だ! 博士もそこの女もどいていてくれ! 十秒でKOだ!」
「それじゃどうぞ!」
博士は七、八歩ほど後ろに下がってから、試合開始を宣言した。他の者も同じ位後に下がって二人の
戦いの決着を待った。
「ほらよっ!」
ガロックは拳で夕一郎の腹部をかなり力を込めて殴った。ルール無用と言われていたが、いきなり金
的蹴りでは、自分の格が下がる気がしたのである。
「バシィッ!!」
しかし殴られたのは自分だった。目にも留まらぬ速さで左にかわされたのと同時に、鋭い拳の一撃が、
彼の腹部に命中していた。
「グッ!!」
ダメージはあったが耐えられないほどではない。
「ま、まだまだ!!」
今度は相手の顔を両手で押えての頭突きだった。頭突きは彼の最も得意とする技だった。二段重ね
のブロックを簡単に割る事が出来たのである。
「ガチィッ!!」
凄い音がした。
「ギャッ!!」
しかし額が割れたのはガロックの方だったのである。鉄よりも強いと自負していた自慢の額が裂け血
が滴り落ちた。
それもその筈、夕一郎の頭部、頭蓋骨にあたる部分はハイテク超合金。拳銃の弾さえ跳ね返す鋼より
も頑強な物だったのだ。
「な、な、なにくそ!!」
しかしガロックは自分の負けを認めなかった。
「畜生!!」
とうとう股間蹴りに行った。もう遠慮などしていられない。
「バンッ!!」
確かにかなりの衝撃があった筈である。しかしあろう事か、蹴り上げた自分の足が夕一郎の股間に挟
まれたままになっている。
「バシィッ!!」
再び強烈な腹部へのパンチ。今度は足一本が固定されていた為、衝撃はさっきの倍もあった。
「ウウウウウッ!!」
溜らずダウンしてしまった。激痛でのた打ち回った。
「タンカで運んで!!」
シュナイダー博士は様子を見ていた腕自慢の三人に指示した。もう既に携帯電話で医務室に連絡し
ていて、看護師達がタンカを持って走って来ていたのである。
ただ、男の体重が相当あるので、三人に指示したのだ。結局大男のガロックは四人がかりで医務室に
運ばれたのだった。
「オオオオーーーッ!!」
今度のどよめきは夕一郎がサイボーグである事を認めるものだった。経緯からして詐欺などといった
種類ではないことが分かる。
ガロックは『格闘科学者』としてテレビにも出たことのあるちょっとした有名人だった。一流の科学者で
ありながら、同時に一流の格闘家としても知られていたのである。
今会場に来ている者達の中にも、彼を良く知っている者は相当数あった。その彼が一方的にやられて
しまったのだから、
『これは本物だ!!』
そう思った者も少なくなかったのである。兎にも角にもシュナイダー博士は最初の関門を突破する事が
出来たのだった。
「さて、これでも彼を信じない者があったとしても、これから長く付き合って行けば彼がサイボーグである
事を認めざるを得ない事になるでしょう。
それでは次の段階に入ります。ここからいよいよ本題に入るのですが、皆さんは太陽系の外縁部にあ
るカイパーベルトをご存知でしょうか?」
「えええっ!!」
大半が知っていた。驚いたのは、何故、今カイパーベルトなのかという事である。
「詳しいことは天文学の専門家にお任せするとして、そのうちの一つに我々は興味を持った。如何なる
偶然か、そのうちの一つの天体の動きが実に奇妙なのです。
つい数年前までは全く知られていなかった天体、発見者はその天体に『ニューアメリカ』と名付けました。
その新しい天体の動きが、最新のスーパーコンピューターの計算によれば、我々のこの地球とクロスす
ると言うのです」
「ええっ!!」
会場の雰囲気は急に険しいものとなった。地球に接近する小惑星などの天体の危険性は最近注目さ
れつつあったからである。