夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              195


「さあ、行きましょう」
 ドアの向こうから林果の声が掛った。
「ああ、今行きます!」
 夕一郎は覚悟を決めた。

『このまま何処までも、林果に真相は話さずにおこう。彼女はまだ若いんだし、今後誰か他に好きになる
人がいるかも知れないじゃないか。
 サイボーグなんかじゃない、普通の男の人と愛し合えば、その方が彼女にとっては幸せだろう。知らな
い方が良い。知らせない方が絶対に良い!』
 辛い選択だったが、他に道は見出せなかった。

「一応の事は知らされていたんだけど、さっきの大会議室で本決まりになったわ。何も言わなくて御免な
さい。口止めされていたのよ、口が軽いと解雇するって脅されてね。
 でも本当に貴方がサイボーグだなんて、言われなければ分からないわね。でも、どういう経緯でサイボー
グになったの? ソード・月岡さんの一人だったんでしょう?」
 二人並んで歩きながら林果は気になっていた事を聞いてみた。

「ええと、それは、……悪いけど言いたくないな」
 夕一郎には上手い嘘が思いつかなかった。
「ああ、御免なさい。色々事情がおありなのよね。あの、後、聞きませんから、済みませんでした」
「いや、謝る事はありません。こちらの勝手な事情ですから。それより最初は何をするんですか?」
「はい、重力加速度に対する耐性検査ですわ。人工重力発生装置、まあ、大観覧車を水平にして、ゴンド
ラを一台だけ残したような機械に乗って、グルグル振り回されるのよ。ゴンドラと言っても完全に密閉され
た外の見えないカプセルみたいな物ですけどね」
「はははは、面白い例えですね。なるほど良く分かりました」
 二人は何か心和む共通の思いをしていた。

『何だか、違和感が無くて心がときめくわね。どうしたのかしら私?』
 林果は不思議な情を感じていた。しかし直ぐ気持ちを切り替えた。
「ああ、この部屋がそうよ」
 二人が部屋に入ると、白衣を着た研究者や迷彩色の服装の軍人、背広姿の教授陣などが大勢いた。
直ぐ夕一郎は翻訳機のスイッチを入れた。

「さて、主役のご登場だ。まあ、車に乗る感じでシートベルトをしっかり締めて貰いますよ」
 夕一郎は早速実験動物宜しく、情のある言葉など掛けられる事も無くカプセルに乗り込まされたので
ある。そこまでで、今日は林果は解放される。
 実験の間は彼女はする事が無いので、自分の研究に打ち込む事が出来るのである。それが彼女がこ
こに応募して来た理由の一つだったのだ。

『一人の男の面倒をみるが、朝から晩までではなく、拘束時間は一日に数時間程度。後は自由に研究活
動が出来る。そういう条件だったけど、本当の事だったのね。
 でも、何か気に掛るのよね彼の事が。昇さんも昼寝の名人だったけど、大ちゃんもそうよね。普通では
眠れないところでも眠ってしまう。
 ああ、そっか、そこが似ているから、つい同じだと思ったのよね。そうだったんだ。そうよね、彼が昇さん
な訳は無いもの。さあて、研究、研究!』
 林果は湧き起こりつつある感情を、自分の思い違いのせいにして、気持ちを振り切ったのである。しか
し彼女の本能は納得していなかったのだ。ただその本能は理性に強力に押え付けられてしまっていた。

「大黄河君、聞こえますか?」
 リーダーのシュナイダー博士がカプセル内のテレビ画面から英語で話しかける。博士の開発した世界
最高レベルの翻訳機のお陰で殆ど不自由なく会話が出来る。

「はい、博士の顔も良く見えますし、声も良く聞こえます」
「これからカプセルはゆっくりと回転を始め、段々早くなる。もし気持ちが悪くなったり耐えられないと感じ
たら言葉に出して言ってくれ。
 もし言葉に出せなかったら、手元の赤いスイッチを押せば良い。自動的にブレーキが掛って回転が止る
仕組みになっている。
 勿論、我々も逐一君の様子をモニターで見ているから、非常時には直ぐ実験を中止する。それではそ
ろそろ始めるが気持ちの準備は良いか?」
「はい、何時でもどうぞ」
 夕一郎の了解でカプセルはゆっくりと動きだした。

「現在2G。大丈夫か?」
「はい、全然平気です。ただ少し目が回る感じがします」
「はははは、最初は誰でもそうなんですよ。別に異常な事ではありませんから心配は要りません。さてもっ
と回転が早くなりますよ。
 ……現在3G。大丈夫ですか? 大体この程度までは誰でも平気なんですが、どうですか?」
「少しきつくなりましたが、まだ余裕があります。ああ、段々目眩が解消して来ました。何か慣れて来たみ
たいです」
 余裕の喋りだった。

「さて、いよいよきつくなりますよ、現在4Gです。どうですか? 大体この位が常人の限界なんですが?」
「うーん、でもまだかなり余裕があります。確かに少し変な感じですが、十分に耐えられます。ただ、また目
眩がして来ました。だけど、それほど酷くはありません」
「分かりました。それではそろそろ人間の限界と言われる5Gにしますよ。さあ、現在5Gです。苦しかった
ら苦しいと言って下さい。どうですか?」
「うーん、まだ大丈夫です。ただ、目眩は相変わらず続いています。それとちょっと視野が狭くなりました。
でもまだ大丈夫です。十分耐えられますよ」
「視野が狭くなった?」
「はい。少し意識レベルが下がっている気がします。目覚めたばかりの様な状態です。もう実験は終わり
ですか?」
 夕一郎はまだ余裕のあるところをみせた。

「それではこれが最後です。6Gにします。常人では死に至るレベルです。決して我慢はしないで下さい
よ。それじゃあ行きます、今、6G! どうですか?」
 博士はかなり心配げに言った。ここまで来ると一瞬の内に死んでしまう現象がままあるのだ。動物実験
でその事が確かめられている。

「ああ、更に視野が狭くなりました。意識が少し朦朧として来ました。ですが、まだ何とか大丈夫です。一
応人工心臓で脳に血液を送っていますが、一般の人のように首から下がある訳ではありませんので、
脳に血液が十分行き渡っているからだと思います。
 それにこの様な状況の時には、自動的に血液の循環を良くする設計がなされているので、少し時間が経
つと段々回復して来るんです。
 ああ、実際意識が回復して来ましたよ。目眩の軽減も、同じ仕組みからなされているようです。何だった
らもう少し上げてみますか?」
「うん、分かった。それじゃあ、7Gにしてみるからね。何度も言うようだが、無理はしないでくれたまえ。そ
れじゃあ行きますよ。さあ、今7Gに達した。どうかな?」
 いよいよ心配になって来た。

「はい、また目眩がして来ましたが、まだ大丈夫です。回復していた視野がまた少し狭くなりました。ああ、
でも徐々に回復しつつあります。そろそろ終わりでしょうか、それともまだ続けますか?」
 何か楽しげに言った。

「うーん、いや、今日のところはここまでにしておきましょう。それじゃあ、ゆっくりと減速しますからね。現
在6G。……5G。変りは無いですか?」
「はい、全然平気です」
「……4G。……3G。大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「……2G。……1G。間も無く静止します。……静止しました。今日の実験はこれで終了です。お疲れ様
でした」
「いいえ、ああ、しかしまだ目が回っていますね。はははは、まるで酔っ払っているみたいです。ふう、少
し疲れが出て来ました」
 夕一郎はかなりふら付きながら、カプセルから出て来た。

「ご自分の部屋は分かりますよね? あれ、桜山さん、今日はもう終わりですよ。何か忘れ物でも?」
 博士は不思議そうに言った。
『あれだけ、自分の研究に拘っていたんだから、今頃研究に没頭していると思ったんですがねえ、どうし
たんでしょうか?』
 そう思ったのである。

「あの、大黄河さん大丈夫かなと思って。やっぱり大丈夫じゃなかったようですね。さあ、肩をお貸ししま
すから」
「ああ、済みません。そうしてくれれば助かります」
 夕一郎は林果の肩を借りて、自室まで戻った。

「いやあ、お陰様で、随分楽になりました、有り難う御座います。もうここで宜しいですから」
「一人で大丈夫ですか? ベットまでお運びしましょうか?」
 ドアを開けて入りながら林果は夕一郎の言葉を遠慮と考えて、肩を貸しながらベットまで連れて行った。

「いや、本当に済みません。本当にもう大丈夫ですから。あのう、今日は疲れたので、直ぐ休むので、そ
の……」
「ああ、はい。それじゃあ失礼します。また明日も色々実験とか検査とかあるようですから、早めにお休み
になった方が宜しいですわよ」
 林果の温かい心付くしだった。

「ああ、明日も、今日みたいなハードな実験があるんですか?」
「はい、明日は水中で疑似無重量実験がありますわ。今日は一時間足らずでしたけど、明日は五時間
以上水中で作業をする事になりますわ。時間が長い分、相当ハードですわよ」
「へえ、水中ねえ。自分では水中は得意な積りなんですけどね。他に何かありますか?」
「学力テストがあります。どの程度の知識水準なのか、調べてから教育方針を決めるらしいですわ」
「学力テストですか。そっちは全然自信がありません。困ったな」
 つい、本音を漏らしてしまった。

          前 へ        次 へ       目 次 へ        ホーム へ