夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 テーブルに向き合って男女三人ずつが並んで試験を受ける事になった。前後と左右にテーブルに仕
組まれていた衝立(ついたて)が立ち上がって来て、カンニングなどが出来ない様になった。

「ああ、シュナイダーだが、全員に同じ内容の問題を解いて貰う。時間は一時間。理科系の設問が計算
問題も含めて五十問。
 一問に付き配点は二点で100点満点とする。易しい問題からやや難しいものまで取り混ぜてある。全
てが(1)から(5)までの五者択一の問題になっている。
 成績を問題にしているのではなく、何が得意で何が不得手なのかを知る為に実施するのです。今後
数ヶ月間付き合って行くことになるかも知れないので、採点は公開で行うものとする」
 テレビのモニターから声が流れる。

「えええっ!」
「そんなっ!」
 公開採点と言った途端に不満の声が上がった。

「なあに、大したことはありませんよ。一人を除いて殆ど満点に近いでしょうからね。それでは始めて下さ
い」
 博士は有無を言わせなかった。

『うへ、第一問は計算問題か。ありゃりゃ、計算問題が十五問続いているぞ。しゃあないやるか……』
 夕一郎は内心殆ど悲鳴を上げていた。

 数学の問題と物理とが主だった。最後の十問だけが一般教養的な問題であった。一時間があっと言う
間に過ぎて、
「終了。では答え合わせをします。答案用紙を向かいの人に渡して下さい。男性は女性に女性は男性に
渡すことになりますね」
 衝立は自動的にデスクの中に降りて行って収納された。公開採点に関しては情け容赦しなかった。一
同は渋々従った。まだ互いに名乗りあってもいない、初対面同士の六人である。

「ダイコウガ、ユウイチロウ、サンデスネ?」
 夕一郎の向かいに座った女性は日本語が分かるのだろう、たどたどしいながら名前を読み上げた。
他の者達も、名前を読み上げ合って、一応の挨拶の言葉を交わしたり握手したりしたが、夕一郎にはそ
れが出来なかった。英語で書かれた名前が読めなかったのである。

「ミシェル・ローレンス、デス。ヨロシク!」
 夕一郎が戸惑っているので、自分から名乗った。たどたどしいながらも言葉は日本語だったので、翻訳
機は翻訳しなかった。
「は、は、はい、その、大黄河夕一郎です、宜しく」
 大分遅れて、挨拶して握手を交わしたのだった。

「……、以上で終ります。模擬宇宙船内の様子はカメラでこっちに送られて来ているので、船内の様子
はあえて報告する必要はありません。
 専用の台が脇にあることが分かる筈ですから、答案は一人ずつカメラの前に持って来て下さい。台の
上に置いてオーケーの声が掛ったら次の人に替って下さい。それじゃあ、お願いします」
 博士がそう言うと、一瞬の間があった。誰から答案用紙を台の上にに置くのか、何も決められていない
のだ。

「はははは、じゃあ、俺から」
 夕一郎はもう破れかぶれの気持ちだったので、気楽にやれたのである。
「ソレデハ、ツギハ、ワタシガ……」
 今度はミシェルだった。何と無く夕一郎のパートナーの様な感じになったからである。

「今度は私が」
「次は私よ」
「次は俺」
「私が最後ですね。しかし久し振りのテストで緊張しました。96点取れて良かったですよ」
 自信を持って言ったのは、40代のデニーだった。他の連中の得点をチラチラ見て、自分が最高点で
ある事を知っていたのである。

「はははは、俺は50点だったからね。他の人が80点以上なのにね。それにしてもよく50点も取れたな。
まあ、単純な計算問題が一応全部出来たから良かったんだけど、後は殆どまぐれ当たりだったからね」
 夕一郎は顔を赤らめながら、それでも開き直って言った。

「これから答案用紙の解答を検討する。次の司令があるまで暫く寛いでいてくれたまえ」
 相変わらず、博士は一方的にものを言うばかりだった。
「暫く寛げと言ったって、何をすれば良いんだ? 殺風景なこの部屋で。はははは、しかし、あの程度の
問題で50点とはね。
 サイボーグだか何だか知らないが、とんだ食わせ物だぜ全く。あ〜あ、つまらないねえ。応募なんかす
るんじゃなかったな……」
 デニーは次第にいらいらし始めていた。

「それは失礼なんじゃない? 大黄河さんは元々研究者でも何でもないんだし、テストの成績が悪いのは
当然だわ」
 すかさず反論したのは、女子では一番年長者のヘレンだった。三十代後半の物理の博士号を持つ女
性である。

「でも50点は低過ぎだわ。幾ら肉体的パワーがあったとしても、知性が低くてはねえ。宇宙船の操作な
んか出来ないんじゃないのかしら?」
 まだ二十才そこそこの若い女性天才科学者、イザベルがデニーに同調した。

「あははは、ど、どうなんですかねえ。私は80点ジャスト。大黄河君の次の成績なんで余り威張れたもの
じゃ無いんですけど、やっぱり成績が良い方が良いんじゃないのかな?
 ああ、でも、だからと言って彼が無能だと言う言い方も少し言い過ぎだと思いますけどね。まあ、そのう、
何と言うか、判断は難しいです」
 中道派の様な言い方をしたのはジェリー青年である。間も無く30才になる。れっきとした博士号を持つ
数学者だった。

 30分ほどはそれでも、比較的大人しく皆待っていたのだが、一時間音沙汰が無いと、流石にイライラ
が募ってくる。
「何時まで待たせるんだ! シュナイダー博士は俺達がここに居る事を忘れているんじゃないのか!」
 デニーはそう怒鳴った。

「ふあ〜あ、あの、眠らせて貰いますよ。変った事があったら、起して下さい」
「な、な、何だと。今は実験中だぞ。勝手に眠って良い筈が無い! 端(はな)から虫の好かねえ奴だった
が、これ以上不真面目な態度を取ったら、ただじゃおかねえぞ!」
 デニーは夕一郎の胸倉を掴んで怒鳴った。

「ただじゃ置かないってどうするんですか、へへっ!」
 夕一郎は少し小ばかにして笑った。
「大会議室で見せたのはどうせ、ていの良いお芝居だったんだろう? こうするのさ、ほりゃっ!」
 ごく少数だったが大会議室での夕一郎とガロックとの一戦を、皆に納得させる為に仕組んだお芝居だと
何処までもそう思っていた者があったのだ。

「ガンッ!!」
 デニーは拳で夕一郎の顔面を殴った。凄い音がしたが、
「ギャッ!!」
 悲鳴を上げたのはデニーの方だった。何かと言うと暴力を振るう国、それがアメリカだった。しかしその
為に自ら苦しむ事になる国、それもアメリカだったのだ。その意味でデニーは正に典型的なアメリカ人
だったのだろう。

「うううっ!!」
 恐らくデニーの拳の骨が潰れたのであろう。血が滴り落ちたし、激痛でのた打ち回ったのである。
「今救護班を送った。実験は継続する。先ずデニーは失格だ。君達が受けていたのは、情報遮断のテス
トだったのだが、予備のテストに一応全員合格していたのだ。
 だが、やはり実戦となるとそうは行かないんだね。デニー君が一番しっかりしていると思っていたのだ
が意外だったよ」
 一人が激痛でのたうち回っているのに、シュナイダー博士は全く平然と話をしたのだった。

「ちょっと、博士、余りに酷いわ! これは人権問題よ! 私達の様子が分かっていたのでしょう? だっ
たら事前に止めるべきだった筈よ。何よこれ! 訴えてやる!」
 イザベルがデニーに同情してヒステリックに叫んだのだった。

「そ、そうですとも。少しやり過ぎですよ博士。デニーさんは大怪我をしたんですよ。それなのにその態度
はちょっと許せないな!」
 直ぐ側で苦しんでいるデニーを見て、イザベルに同調したのはジェリー青年だった。彼には流血が許
せなかったのだ。

「でも自業自得だわ。殴る時に拳で殴るなんて。もし相手が、大黄河さんが怪我をしたら、イザベルさん
貴方はやっぱり今みたいに言ったかしら?」
 ヘレンは厳しい口調で言った。
「も、勿論そうに決っているわ!」
 直ぐ反論した。
「それは嘘だわ。だったらあなたはどうして止めなかったの? 普通に考えれば、大黄河さんが怪我をし
たのよ。貴方はそれを黙って見ていた。ところがデニーさんが怪我をしたから慌てたのよ。違うかしら!」
 ヘレンは素早くイザベルに反撃した。

「うっ、で、でも、貴方だって止めなかったわ。貴方はデニーが怪我をするって知っていたんでしょう!」
「勿論よ。でもまさか全然手加減しないとまでは思わなかったわ。手加減して軽い怪我で終る。そう思った
のよ。それの何処が悪いのかしら?」
「ヘレンさんの言う方が理に適っているわね。私も止めなかったけど、デニーさんが本気で殴るとまでは
私も思わなかったわ。
 これは典型的な自業自得だわ。殴ったのはデニー、怪我をしたのもデニー。少なくとも大黄河さんに落
ち度は無いわ。
 落ち度があったのはデニーさんと、貴方と、ジェリー君よ。人権問題で訴えても勝ち目は無いと思うわよ。
それでも訴えるんだったら訴えれば良い。私は見たまま感じたままを法廷で証言するわよ。どんなもの
かしらね」
 ミシェルが堂々とイザベルとジェリーを批判した。

「プシューーーッ!」
 議論が白熱して険悪な状態になっていた辺りで、ドアが開き救護班の数人がアクアラングを装着した状
態で到着した。応急処置を施すと、緊急脱出用のカプセルにデニーを乗せて、船室を出て行った。

「もう一度言うが、実験は続行中だ。ただし、この実験がどうしても許せないのなら、中断して宇宙服を着
て外に出て来ても良いぞ。勿論二度と実験には参加出来なくなるが、それでも良ければそうしたまえ」
 尚も博士は冷徹に言い放ったのだった。

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