夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ギャーーーッ!!」
 夕一郎は耐え切れずに絶叫した。サイボーグになってから一度も絶頂を感じた事が無かった。実に十
年振りの絶頂だった。しかもこれ以上は無いほどの激しい快感だった。

「ううううっ!」
 夕一郎は泣いた。
『やっと、やっと人間になれた! 人間になれたぞ!』
 感激の余り暫く泣き続けたのだった。

「ど、どうしたの?」
 夕一郎とは対照的に、激しい快感はあったものの、愛した男を裏切ってしまったと背徳の念に駆られて
林果は、心中穏やかではなかった。
 しかも抱かれた男は本当の国籍も定かではない、言うなれば何処の馬の骨とも分からない様な男なの
だ。その男は先ほどから泣きじゃくっている。

「前にも言ったけど、俺は絶頂に達したことが無かった。サイボーグになってからこの方、一度も無かった。
今度こそはと思って何度かエッチしたけど、何時も駄目だったんだ。でも、今日やっとそれが出来たんだ。
あ、有り難う。あああ、嬉しい!」
「私、特別な事は何もしなかったと思いますけど、どうしてなのかしら?」
「そ、それは、多分、その、桜山さんの事が好きだからなんでしょう。本気で愛しているのかも知れない」
「じゃあ、今までは、愛していないのにエッチしていたの?」
「ま、まあね。サイボーグという立場上、普通に女性を愛する事なんて考えられなかったからね。……り、
林果、さん、その本当は、俺は、昇なんだ。ああ、いや何でもない」
「えっ? 今なんと言ったのかしら?」
「その、天にも昇る、最高の快感だった、と言いたかったんだよ」
 夕一郎は何とか誤魔化した。

 そのあと少し気拙い雰囲気になって二人ともいそいそと服を来た。
「私、本当にどうかしてたわね。もう亡くなったとはいえ、最高に愛した男を裏切るなんて! 悪いんだけど
今日の所は帰ってくれないかな」
 林果は罪の意識にさいなまれていて、他の事は考えられない状態の様だった。

「ああ、分かった。林果さんが嫌だったら、もうしないよ。絶頂に達する事が出来たし、もう思い残す事は
無いよ。じゃあね、さよなら」
「ああ、あの、明日も迎えには行きますからね。仕事はちゃんとしないと、ギャラに響くから」
「はい、お願いします」
 二人ともこれが最初で最後の情交だと悟った。少なくともその時点ではそう感じたのである。

「はーーーっ!」
 その夜は風呂に入ってから普通にベットに入って眠った。しかしなかなか寝付かれなかった。
『とうとう残りは後一つ、食機能のみになったな。ああ、だけど、彼女は、林果は何だか後悔しているみた
いだった。……本気で名乗ったら? いや、しかしそれは拙いかも知れない。いいや、絶対に駄目だ!』
 名乗るべきか否か、相変わらず迷っている。一時間ほどもベットの中で思い悩んでいたが、そのうち意
識は遠のき、いつしか眠っていた。

「お早う御座います。今日からは、暫くお勉強だそうです。宇宙船とかの操縦方法を勉強するようですよ」
 ついさっき眠ったと思ったのに、もう迎えが来た。
「は、はい、今行きます。あはははは、もう、朝の九時だったんですね。何時の間にこんなに眠ったんだろ
う。夢も見なかったような気がする」
 夕一郎は大慌てで支度して、ドアの外に出た。サイボーグは髭が伸びたりしないのでその点は、普通の
男より楽である。
 大抵の男は髭をそったり、その後にクリームを塗ったり、結構手間が掛るのだが、彼の場合には衣服
を着て髪型を整える位で直ぐ出掛けられるという利点がある。

「ああ、お早う御座います。待ちました?」
「はい、約七分。髭は剃らなくても良いんでしょう? その割には時間が掛った気がしますが?」
「はははは、寝起きのままではちょっとね。超スピードでシャワーを浴びて、汚れが無いかを確認してから、
乾燥室で強力なライトで体を乾かしてから服を着て、髪形なんかを整える。
 トイレに行く必要が無いからまあ、良いのですけど、七分なら早い方じゃないのかな? でも、待ってい
る七分って相当に長いかも知れませんね」
 二人とも昨夜の情交には一言も触れなかった。

 しかし二人が情を交わしたらしいという噂は既に地下研究所の中では専らの噂になって流れていた。そ
れは至極当然だった。
 林果の部屋に入って二時間近く夕一郎が出て来なかったのだから、誰しもそう思う。日頃の仲の良さか
ら考えても疑う余地は無かったし、また事実でもあったのだが、それが思わぬ波紋を呼ぶ事になる。

「今日から暫くここの第五小会議室でお勉強だそうですわよ。頑張ってね」
「あ、ああ。しかし、苦手だな。単純な計算だったら得意なんだけど、逃げる訳には行かないんだよね?」
「はい。それであのう、えっと、何でもありません。へへっ! 終ったらまたお迎えに上がりますからね。こ
れも約束ですから」
「ああ、そうなんだ。それもギャラに絡んでいるだ。そう考えて良いんだよね?」
「え、ええ、まあ。ああ、貴方はどうして彼に似ているの? 性格がとてもよく似ているのよね。姿形は全然
別人なのにね。
 ……あああ、済みません。私また変になりそうなんです。私の愛した男はもうとっくに死んでしまっている
のに、貴方と彼とがダブって見えるんです。うううっ、どうしたら良いのかしらね……」
 林果は困り果てて泣き出したのだった。

「えっ、あの、俺は本当は、林谷昇。いや、何でもない。そのう、元気を出して下さい。貴方に泣かれると
俺は困る」
「あ、あのう、今、林谷昇と言いませんでしたか? 亡くなった私の彼の名前なんですけど」
「いや、気のせいでしょう。じゃあ、後でお迎えお願いしますよ。今日はアレは無いですよね?」
 昨日はもう二度と無いと確信した筈だったが、その決意は既にもうぐらついている。
「はい、ありません。で、でも、コーヒーを飲むくらいだったら良いですわよ」
「そうですか、じゃあ、そういう事で、あとでね」
「はい」
 二人とも自分でも信じられない言葉を発していた。
『二度と有り得ない筈だったのにどうして?』
 全く同じ様な感情を持ったのだった。

「お早う御座います」
 部屋に入る前に翻訳機を操作して、英語で喋りながら第五小会議室に入室した。
「お早う御座います」
 ミシェルは感情を殺した言い方だった。

「ふうん、いい気なものだわね。やっぱりサイボーグであっても、同じ日本人と言うことなのかしらね。私に
はキスさえないのに」
 挨拶もせずに皮肉ったのはヘレンだった。かなり怒っている様子だった。

「ええっ、ど、どういう事ですか? 意味が分からないですね」
「あの、ここに一緒に来た、桜山とかいう人と、セックスをしたんでしょう? これから長く一緒に親密にやっ
て行く私には何も無くて、行き帰りに出迎えるだけのションベン臭い小娘とはエッチするのね。
 貴方って人種差別主義者なの? それとも年上の女性は女の内には入らないのかしら? ねえ、私じゃ
不足なの?」
 アメリカ人らしいというのか、極めてあからさまな言い方をした。

「へ、ヘレン! ちょっと言い過ぎよ! そこまで言ったら可哀想よ!」
 ミシェルは厳しくヘレンに忠告した。
「ああああ、個人的な感情は後にして貰いたい。ヘレン君、分かったかな?」
 第五小会議室は定員が十人ほどの本当に小さな部屋だった。講師一人と生徒三人でもそう広いとは
感じられない。

「はい、分かりました。続きは休み時間に致します。講義をお願いします」
 ヘレンは直ぐに気持ちを切り替えた。
「それでは、今日から宇宙船の構造や操縦方法などについて講義をします、ケッペル・ギルバートと申し
ます。宜しく。本来はここに来る生徒は六人の予定だったのですが、脱落者が三名いて、三人だけとなり
ました。
 皆さんは、是非脱落しないようにして、講義を最後まで受けて頂きたい。それでは基礎的な知識からに
致しましょう。その前にテキストを配りますが、内容は全て英文なのです。
 シュナイダー博士の翻訳機のお陰で話し言葉は大丈夫のようですが、大黄河君は苦手ですよね? え
えと、ミシェル君は日本語もかなりいけるのでしょう?」
「はい。日本語の読み書きも出来ます。あの、大黄河さんに私が教えても宜しいですわよね。ヘレン、良い
でしょう?」
「ああ、良いわよ。私に遠慮する事は無いわ。でも、私の気持ちは分かっているわよね?」
「え、ええ、も、勿論ですわ。それじゃあ、テキストを一緒に使いましょうね、大黄河さん」
「はい、宜しくお願いします」
 夕一郎はヘレンが自分に気があるらしいことと、ミシェルもそうらしい事を悟った。

『何だか、先が思いやられるな。ヘレンの過激な言動は相当激しく俺が好きらしいし、ミシェルもかなりら
しい。俺がそんなに好きなのか?
 はははは、俺の正体を知ったら、体がバラバラになったら、前みたいに、いっぺんで嫌いになると思うけ
どね。大丈夫なのかね?』
 夕一郎は憂鬱な気分で授業を受け始めたのだった。

「先ず、言って置きたいのは、今までの宇宙船とは全く違うのだと言う事です。今までは、地球の重力圏
を離れると殆どの場合、慣性の法則だけで、小型ロケットの出力で宇宙船を制御していました。
 しかし今回からは、と言いますか、今までとは異なり、宇宙空間においてもロケットエンジンが作動しっ
ぱなしであるということなのです」
 ケッペルは夕一郎の乗る宇宙船が、今までのものとは根本的に異なる事を強調して言ったのだった。

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