夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 地下研究所内では、夕一郎の行動が問題になっていた。いや、むしろ林果の行動が大きな問題になっ
ていた。
「桜山さん、貴方どういう積り?」
 第五小会議室に入った二人をヘレンとミシェルの厳しい目が追及する。近頃では夕一郎は翻訳機の
スイッチは殆ど入れっぱなしだった。
 充電はほぼ毎晩やっている。その彼の耳に入って来た和訳された英語は、恐れていた通りのものだっ
た。

「どういう積りって、どういうことかしら?」
 林果は相変わらず強気である。逆に質問し返した。
「貴方は何時から夕一郎さんと夫婦になったのかしら? 風紀が乱れて困るわね!」
 ミシェルも険しい表情だった。

「はははは、今時夫婦で無いから一緒に寝てはいけないなんて、ミシェルさん貴方骨董品並の堅物なの
ね。ふん、でも、大黄河さんが貴方とベットインするんだったら許すんでしょう?」
 林果は挑発した。夕一郎に愛されているという確信が彼女の気を大きくさせたようである。

「な、何ですって! 聞き捨てならないわね! 言って良い事と悪い事とがあるわよ。謝りなさい!」
 ミシェルも何時に無く強気だった。林果に対する悪評が彼女の支えだった。
「そうよ、貴方評判悪いわよ。ひょっとすれば人類の救世主になるかも知れない男性を、誘惑して骨抜き
にでもする積りなのかしら?」
 ヘレンの場合は言い掛りの様なものだった。

「えーと、皆さんお静かに! もう授業時間ですよ! 喧嘩は後でやって下さい。それではテキストの二十
ページです。今日はスペースプレーンについてのお話です。
 スペースプレーン、宇宙飛行機はアメリカ航空宇宙局、NASAと、わがアメリカ空軍、それから多くのア
メリカ企業が共同で開発した世界に誇るべき次世代のスペースシャトルです。
 名称は、恥ずかしながら、開発の中心となったこの私の名前を取って『ケッペル・スター』と言います。ス
ターと名前に付けたのは、星間連絡シップの意味を込めています。
 地球からだと宇宙ステーションに到達するのが精一杯ですが、月からだったら、地球に帰還する事も出
来ます。月の重力が弱いのでその様な事が可能な訳です。
 それでは早速、その『ケッペル・スター』の構造の解説から行きましょう。それで今日は夕刻からそのシ
ミュレーションを行います。その装置が既に完成して、実験室にありますので、ヘレン、ミシェル、大黄河君、
ああ、それと桜山君、君にも操縦の練習をして貰いたいのだが、良いかね?」
 ケッペルの提案は生徒達を驚かせた。

「ど、どうしてですか? 彼女は部外者でしょう? 英語を日本語に翻訳する為だけにここにいるのでしょ
う? 納得出来ません。どなたの命令でしょうか? それともこの女が無理に頼み込んだのですか?」
 ヘレンの怒りは爆発寸前だった。

「私には分からないね。全てはシュナイダー博士の命令だ。ここでは彼の命令は神の命令に等しい。逆
らえる者があるとすれば、せいぜい大統領くらいのものだよ。納得出来なかったらシュナイダー博士に
聞いてくれたまえ。さあ、授業を続行するよ、良いね?」
 ヘレンやミシェルは渋々承知した。シュナイダー博士の命令とあれば従わない訳にも行かない。

『下手に逆らったりしたら、自分の首が飛ぶ。いいえ、解雇されるだけじゃ済まないらしいのよね』
 そう感じていた。彼女達のその感覚は正しかった。地下研究所まで来てから解雇された者は、地上に
戻る事も無く、ある地域に幽閉されているらしいのだ。
『事が終るまでは、一部の例外を除いては地上に戻る事など有り得ない。その分ギャラは良いが、その
覚悟はして貰いたい』
 博士からそう聞かされていたのだった。

 昼食休憩を挟んで、六時間ほど、授業があったが、その日の授業はそこで終った。その後、一休みし
てから『ケッペル・スター』のシミュレーションの訓練が待っていた。
 『ケッペル・スター』のシミュレーターは実物大の模型であるが、見かけ上は定員二人のジェット戦闘機
に良く似ていた。

「へえーっ! なかなか格好良いわね! でもあれね、ジェット戦闘機より一回り大きいみたいね」
 意外なほどヘレンははしゃいで言った。
「その通りです。この機は空中ではジェットエンジンで動き、空気が薄くなると、自動的にロケットエンジン
に点火されるんですよ。
 生憎とシミュレーターはこれ一機だけなので、暫くは私が指導教官として乗り込んで教えます。一週間
ほどしたら生徒さん同士で乗り込んで訓練をして貰います。
 先ず最初は大黄河君、君と一緒に乗り込むから。他の人達は室内のモニターテレビで状況をよく見て、
出来るだけ操作を頭に入れて下さい。
 じゃあ、行きますよ。ああ、ここで喧嘩だけはしないで下さい。度が過ぎるようだと、博士に報告しなけれ
ばなりませんからね」

 ケッペルはかなりきつく言い聞かせてから、夕一郎と一緒にスペースプレーン『ケッペル・スター』に乗り
込んだのだった。
 今日は服装は普段着だったが、数日以内に、専用の服に着替える事になっていた。出来るだけ実際と
同じ様にシミュレートする狙いがあった。その方が興味が持てて授業に身が入るだろうという配慮でもあっ
たのだ。

 夕一郎は頭脳をフル回転しなければならなかった。何にしろ、車さえ運転出来ないのである。それがい
きなりジェット機、いや、それより数段難しいスペースプレーンなのだから。
 実際その日の『ケッペル・スター』の初歩的訓練だけでへとへとになったのである。精も根も尽き果てた
と言って良い状態だった。

 幸いな事に、ケッペルの厳しい忠告が功を奏して、女三人の争いは表面的には無かったが、
『今後何があるか、油断出来ないぞ!』
 夕一郎も、ケッペルさえもそう思っていたのである。ただ、その夜は夕一郎は一人で自室に戻って眠って
しまった。林果と情を交わす気力は残っていなかったのである。
 彼女もまた相当に疲れたし、夕一郎の健康面を気遣って性行為を求めるような事はしなかった。ごく短
い軽いキスだけで終ったのだった。それだけは愛情の表現として欠かすことは出来なかった。

 翌日は林果はお休みだった。息子の昇一と二十四時間一緒に過ごす為だった。ヘレンとミシェルはチャ
ンス到来と張り切っていた。
「大黄河さん、私ヘレンよ、い、一緒に第五小会議室に行きましょうよ」
 驚いたのは夕一郎である。
「あれ? 林果、いや、桜山さんは?」
「何も聞いていないの? 今日は彼女の息子と一緒に過ごす日なのよ。まあ、薄情な人ね、何も言わず
に出掛けるなんて」
 ここぞとばかりに悪く言った。

『言い出し難かったんだろうな、多分。やれやれ今日はヘレンとミシェルの争いになるのかな?』
 そんな事を感じたが、
「ああ、そうなんだ。その、今行くから」
 義理でそう言った。

「お待たせ、あれ、ヘレン一人?」
「え、ええ、ミシェルは用事があって遅れるんですって」
 うそ臭かった。しかし敢えて追及しなかった。
『追い詰めればますます嘘を重ねる事になって辛かろう。それが今度は林果の身に降掛って来るかも知
れない』
 そう考えての事だった。

「ね、ねえ、手を繋いで行きましょうか?」
 ヘレンは顔を赤らめながら言った。強気一点張りの女とも思えない仕草だった。しかし夕一郎は無視し
た。
『手を繋ぐ理由が無い』
 そう思ったのである。その後は二人ともだんまりのままだった。やがて第五小会議室に到着した。

「ヘレン!! どういうこと!!」
 既に部屋に居たミシェルが、激しい口調でヘレンに詰め寄った。
「な、何の事かしら?」
 ヘレンは惚(とぼ)けた。

「大黄河さんは、桜山さんと一緒にエレベーターの所に行ったって言ったでしょう!! 見送る積りらしいっ
て言ったわよね。それがどうして貴方と一緒なのよ。信じられないわね、そんな嘘を平気で付くなんて!!」
 ミシェルの怒りは林果に対するそれよりもっと遥かに強かった。

「嘘じゃないわよ。本当に今朝はそう思ったのよ。でも違うかも知れないと思って、大黄河さんの所に行っ
てみたら、部屋に居た。それだけの事よ。
 はははは、言い掛りもいいところだわ! 仮に私の言葉が嘘だったとしても、どうして貴方はそれを真
に受けて、エレベーターの所に行くの?
 私は貴方にエレベーターの所に行って下さいなんて頼んだ覚えは無いわ。貴方が勝手に自分の意志で
行ったのでしょう?
 一言だけ忠告しておくわね。私は自分の恋の為には何だってするのよ。好きな男は何が何でも手に入
れる。そういう主義なの。怖かったら手を引いた方が良いわね。ふふん、お嬢様」
 ヘレンはかなり皮肉った言い方をした。

「な、な、何ですって!! じゃあ、私も忠告しておくわね。私を甘く見ると痛い目に会いますわよ。後で許
してくれって泣いたって知りませんからね。
 貴方には世間知らずのお嬢様にしか見えないでしょうけど、私のバックには『色々な人達』が居るのよ。
良く覚えて置いた方が良いわよ、ふんっ!!」
 昨日までのミシェルとは別人の様な凄みを見せたのだった。

「あああ、どうして、こう、争いがあるのかね。授業を始めますよ。それでは四十五ページ、今日は桜山
君がいないから、ミシェル、面倒だろうけど、翻訳の方頼みますよ」
 ケッペルは女達の争いに辟易(へきえき)しながら、兎に角授業を予定通りにこなす事だけを考えていた。

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