夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 林果の時よりもかなり苦労したが、それでも何とか翻訳して貰いながら、授業を受けた。ヘレンとミシェ
ルは流石(さすが)に部屋の中ではもう争わなかったが、目と目で時折火花を散らしていた。
『こりゃ、ただじゃ済まないかも知れないぞ! 場合によっては命のやり取りもあるかも知れない!』
 男二人はそう感じた。

 その日も夕方からは『ケッペル・スター』のシミュレーションだった。前日は頭がパニックになりそうだっ
たが、一日経過すると、多少なりとも理解は進んだ。

『ふうむ、操縦の方は実際にはプロの飛行士がしてくれるんだな。やれやれた助かったよ。しかし万一に
備えてこっちにもそれなりの知識を持って貰うという事だな。
 大気圏内だと普通のジェット機なんかと同じみたいで、やたら難しい。しかし宇宙に出ると、操作は殆ど
がコンピューター任せで、むしろ易しい位なんだ』
 夕一郎は、僅かな休憩時間の間に、新たな知識の再確認をしていた。

『それと、長所もあれば短所もある。最大の短所は定員が最大で二人だと言う事だ。往年のスペースシャ
トルだったら、定員は七、八名だ。貨物も沢山積めた。
 『ケッペル・スター』だと、多くても数百キロ程度。未だにスペースシャトルが使われているのは、特に荷
物の関係だな。何トンも積めるからね。
 しかも歴史が浅くて、テスト飛行には何度か成功しているけど、本格的な運用は今回が初めてだと言う
ことなんだな。本当に大丈夫なのかね。
 それよりもっと怖いのは、結局俺と一緒に宇宙に行くのは女子一人のみ、後は予備要員なんだ。『ケッ
ペル・スター』を二度使って俺とヘレンかミシェルのどちらかが宇宙へ行く。
 それからかなり長い間、宇宙で一緒に暮らす事になる。うーん、どっちに決っても何か怖い事がありそう
で全く憂鬱だよ。いっその事、林果と一緒なら良いのに。待てよ、その線もありなのか?』
 夕一郎はシュナイダー博士の意図が少し見えた気がした。

「それでは今日はここまで。明日は桜山君が復活するからね。翻訳の方は楽になるだろう。しかし、喧嘩
しないようにお願いしたいものですね、君達」
 ケッペルは少し顔をしかめながら言った。

「ふふふふ、勿論、喧嘩なんかしませんわ。私、こう見えても、反省するべき時はちゃんと反省するのです
から。……そ、その、今朝は悪かったわ。結果的に嘘を付いた事になった事は謝るわ。御免なさい」
 信じられない事だったがヘレンが謝罪した。

「わ、分かれば良いのよ。私も怒鳴ったりして御免なさい」
 ミシェルも何故か謝った。
『おいおい、どうなっているんだ? 今朝は血の雨でも降りそうな勢いだったのに。何だかかえって不気
味だ。ふう、何も無ければ良いが……』
 夕一郎はそう感じたが、ケッペルも殆ど同じ感情を持ったようである。

「それじゃ、さよなら」
「さよなら!」
「さようなら!」
「ああ、さようなら!」
 四人は別れを告げて、銘々の部屋に帰って行った。

『やれやれ、ミシェルかヘレンが付いて来るかと思ったけど、誰も来なかったな。ああ、良かった』
 安堵はしたが、
『しかし、遅くなってから訪ねて来るかも知れないぞ。まあ、早めに風呂にだけは入っておくか』
 そう思って、何時もはのんびり入る風呂だったが、その日は手早く済ませた。誰かが来ても良い
様に、部屋のクローゼットに備えてあった、明るい色のパジャマを着て、ベットの上で寝転がりながらあ
れこれ考えていた。

「コン、コン!」
 ドアのノックの音がした。部屋に入ってから、三十分位しか経っていないだろう。
『誰だ? まさかヘレン?』
 そう思いつつ、翻訳機を慌ててセットして、
「どうぞ、鍵は開いてますから」
 と、一呼吸入れて、気を落ち着けてから言った。

「あのう、ミシェルです。少しお話があるのですが、入っても宜しいでしょうか?」
「あ、はい、どうぞ」
 意外にもミシェルだった。服装は普段着のままだったが、多少念入りに化粧をして来ているらしかった。
髪型も整えてあったし、香水もつけている。

『服まで取り替えていたのではヘレンに先を越されると思って、大急ぎで化粧をし直して慌てて駆け込んで
来た、そんな所だろうな』
 夕一郎にもその位の事は分かった。

「ま、まだそんなに遅くは無いですわよね。ああ、パジャマを着ていたんですか。もうお休みだったんです
ね。御免なさい、また明日に……」
 ミシェルは一応帰る素振りを見せた。
「いや、少し位だったら、良いですよ。どうぞ、イスに座って下さい。それでお話と言うのは?」
 何気無い感じで言った。

「はい、今朝の事なんですけど、私ついカッとなってとんでもない事を言ってしまいました。バックに色々な
人がいるとか、まるでマフィアの親分でも後ろに付いているかのような言い方でした。
 あれは口から出任せですから、本気にしないで下さい。その事がずっと気になっていたんです。バック
になんか誰もいません。会社員の両親と妹が一人いるだけなんです。
 本当に、怖い後ろ盾なんかありませんから、あ、安心して下さい。あのう、信じて頂けるでしょうか? 信
じてくれますよね」
「あ、ああ、そうだったんですか。まあ、それを聞いて一安心しました。半信半疑だったんですよ。でも、貴
方の様なお嬢様には何だか相応しくないとは思っていたんですけど、やっぱりそうだったんですね」
 夕一郎は如何にも安心してみせた。

「コン、コン!」
 しかし、拙い事になりつつあった。またドアがノックされたのである。
『ひょっとすると今度こそ、ヘレンかな?』
 返事をしない訳にもいかなかった。

「はい、どちらさんですか?」
「あのう、ヘレンです。ちょっとお話があるんですけど、宜しいでしょうか?」
 恐る恐るな感じで言った。

「えっと、ミシェルさんが来ていますが、それでも宜しければどうぞ」
 何も言わないのも拙いと思ってそう言った。
「ああ、ミシェルが来ていたんですか? あの、それでも構いませんけど、入っても宜しいですか?」
 気性の激しいヘレンとも思えない態度だった。
「はい、どうぞ、鍵は掛けていませんから」
 それは安心のサインの様なものだった。

『鍵が掛っていないという事は、つまりセックスなどのプライベートな行為はしていないという事を意味して
いる。これでヘレンも安心するだろう』
 それが夕一郎の読みである。

「失礼します。こ、こんな格好で済みません」
「えっ! はははは、結構大胆ですね」
 思わず夕一郎はそう言ってしまった。

「あ、そ、それは無いでしょう。で、で、でも、どういう格好をしようと、個人の自由よね」
 ミシェルは本当は怒鳴りたかったのだろう。しかし、折角好きな男にしおらしい所を見せていたのである。
グッと堪(こら)えた。

 それは真っ赤なネグリジェだった。スケスケである。下着はつけていたがそれもスケスケだった。陰部も
乳房も、乳首までもがもろに見える。
『良くそんな大胆な格好で、ここまで来たな。ああ、そうか、薄っぺらいけど手に持っている、キンキラに光
るガウンで隠していたんだ。ふう、大変な女だな。こりゃ疲れるよ、全く!』

 物好きな男なら喜ぶのかも知れないが、多くの男性はこういう女性を好まない。やはりけじめが欲しい
のだ。唯一の救いはプロポーションが抜群だった事である。
 一言で言うならグラマーガールだった。多くの男性が好む体型をしていた。しかし今の夕一郎には無駄
な事だった。

『悪いけど、俺の頭の中には林果しかいない。他の女性にうつつを抜かして、林果に嫌われる様な事が
あったら、一大事だ。ナイスバディは認めるがそれ以上の感情は無い。さて兎に角話を聞きましょうか』
 そう結論付けてから口を開いた。

「ええと、その格好だと落ち着いて話を聞けないので、その、手に持っているガウンを着て欲しいんです
けどね。それからだったらここに座っても良いですよ」
 ミシェルの隣の席を指差した。何故かイスは四脚あったのである。

『ここは本来は四人部屋なのかな?』
 そう思った。実際その位のスペースはあったのである。
「ああ、す、す、済みません。今着ますから」
 今朝方のヘレンとは別人の様にしおらしかった。

『一体この二人はどうなっているんだ? 朝とはまるで別人じゃないか。どっちが本物なんだ? 足して
二で割れば丁度良いのかな? はあ、先が思いやられるな。この二人に比べたら林果がどれほど素晴
しいか分かるよな』
 そうは思ったが、一応話しだけでも聞いてみる事にした。

「それで、話と言うのは?」
「はい、私はまるでアバズレ女みたいだったなと、反省したんです。今朝までの事は本当に自分でも酷
(ひど)かったと反省しています。
 大黄河さん、私を嫌いにならないで下さい。これからは心を入れ替えますから。今のこの格好は、貴方
に喜んで貰おうと思ったのですが、余り好きではなさそうですね。
 この次はもっとちゃんとした服装で来ますから、嫌わないで下さい。お願いします。貴方に嫌われたら私
は生きて行けません。
 私の気持ちはご存知だと思いますが、半分狂っています。その位貴方が好きです。ううううっ、もうどうし
ようもない位好きなんです。その為にとんでもない事を言ってしまいました。許して下さい」
 ヘレンは泣きながら許しを乞うたのだった。

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