夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ま、まあ、その、別に嫌いとかではありませんから。ただ、少々驚きましたけどね。……それよりお二人
は俺の正体は分かっているんですよね?」
「はい、サイボーグでしょう?」
 ヘレンとミシェルは殆ど一緒に答えた。

「いや、その理屈とかじゃなく、俺は本当にサイボーグなんだということですよ。余り言いたくないのですが、
体はバラバラに出来てしまいます。
 お二人の気持ちは嬉しいのですが、以前似た様な境遇にありました。しかし、私の体がバラバラになっ
た途端に、嫌われてしまった経験があります。
 まあ、普通の神経では見ていられないと思いますから無理もありません。お二人も多分そうなんるんじゃ
ないかと思っているんですが、無理はしない方が良いですよ。本当に気持ちが悪くなってしまって、大変
なんですからね」

「あのう、何が言いたいんですか? 私の愛がその様な事ぐらいでくじけるとでも言うんですか?」
 ミシェルは有り得ないという顔だった。
「そうです。私の思いは岩の様に強固ですわ」
 ヘレンも動じない素振りだった。

『うーん、言葉が軽いな。これは危ないぞ! しかし、林果はどうだろうか?』
 今までの経験から、ヘレンもミシェルも、百年の恋も一瞬で冷めてしまう体験をしそうだと判断した。とこ
ろが同じ事が林果でもあるのではないかと、今度はそっちの方が心配になって来たのである。

「そうですか。良く分かりました。今夜の所はここまでにして帰って頂けませんか。お分かりかと思いますが、
私には恋人がいます。彼女の愛を私は失いたくありません。余りここに長居されると困るのですが」
 夕一郎ははっきりと自分の気持ちを言った。

「え、あ、はい。分かりました。今夜はこれで帰ります。でも私は諦めませんから。人の気持ちは変る事が
ありますからね」
 ミシェルは自分の決意が固い事を強調した。
「はい、私だってそうですわ。まだまだ宇宙へ行くのには時間がありますから。きっと、私を好きにさせてみ
せますわ!」
 ヘレンは自信有り気に断言した。

「私の正体を、多分宇宙へ行く前に一度は見る事になると思います。それでも気が変らなかったら、私も
少し考えを変えるかも知れません。
 桜山さんもどうなるのか分かりませんからね。彼女には変って欲しくないのですが、今までの経験から
すると大抵の人は気持ちが変ってしまいますからね。
 あはははは、つまらない事を言ってしまったですね。じゃあ、また明日から当分の間宜しくお願いします。
喧嘩だけはされない様にお願いします」

「承知しました。それではお休みなさい。また来週お会い致しましょう」
「あ、本当に今夜はこんな格好で失礼しました。来週また誰かさんのいない時に来ますから、その時は宜
しく」
 ミシェルとヘレンは林果のいない晩を狙って来る積りのようだった。
「はい、じゃあ、お休みなさい!」
 思い詰めた二人が、大人しく帰ってくれてホッとしたが、
『林果はどうなのだろう? 『林果よお前もか!』なんて事にならなければ良いがな……』
 新たな心配の種がまた一つ増えてしまったのだった。

 その晩はなかなか寝付かれず、ただベットの上で横になりながら随分色々と考え込んだ。
『ううむ、空腹だ! もう人に言っても仕方が無いから、今では誰にも言わないが、ううう、何とかならない
のかな……。 あっ! 少し治まって来たぞ。ふう、かなり楽になって来た。
 さて、折角寝付かれないんだ。今夜は存分に考えることにしよう。幾つも解せない事がある。例えばス
ペースプレーンだ。『ケッペル・スター』とか言う宇宙飛行機だ。
 何故、普通にスペースシャトルを使わない? ええと、それは多分、俺が極秘の存在だからだろう。ス
ペースシャトルはNASAに属している。しかしスペースプレーンは一応アメリカ空軍に属している。
 NASAは原則公開だが空軍の方は原則非公開だ。極秘の存在がNASAでは拙かろう。当然非公開の
空軍の飛行機を使う。
 そうか、意外に簡単な事だったんだな。はははは、こんな事が分からなかったなんてね。さて次の疑問
は……』
 次を考える前に一応明かりを落としてからにした。眠くなったら何時でも眠れるように準備したのである。

『さて、お次は、何故地下なのかと言う事だ。推進者はやっぱりシュナイダー博士だろう。待てよひょっと
すると、こんな事かな?
 仮に小惑星『ニューアメリカン』が地球に最接近でもしたらどうなるのか。大津波なんかが起こったら、
地上は壊滅的な被害を受ける。
 しかし地下だったら? うーん、ひょっとするとその万一の事を考えているんじゃないのかな? メガトン
級の水爆で進路を変えるというけど、前代未聞の事だ。
 百パーセント成功するなんて有り得ない。失敗することも有り得るだろう。その日の為に支度している
んじゃないのかな? そう考えれば、地下に幽閉されている連中が沢山いることも納得出来る。
 彼らに罰を与えているのではなくて、本当は理屈をつけて、実は彼らを助けようとしているのではあるま
いか。成る程、そこまで話せば、大統領だって承知するのに違いない。
 うーん、シュナイダー博士というのはなかなかの人物だぞこりゃあ。はははは、ちょっと考え過ぎかな?
まあ、それで謎の一つは解けたことにしておこう。ふうむ、どうも暗いのは気分が悪いな』
 今度はまた明かりをつけた。

『ところで一番の難問は俺がどうなるのかという事だ。俺は『ニューアメリカンV』とか言う宇宙船の一部
になるんだよな。そして地球からかなり離れた所から、核ミサイルを手動で小惑星に撃ち込む。
 上手く行けば、小惑星の進路は大幅に変って、めでたしめでたしな訳だ。しかしその後は? 俺は何処
に戻る? 少なくとも地上ではない。
 宇宙で組み立てているという事は、地上に帰還出来ないという事だ。普通に考えれば、地球の近くの
宇宙空間だ。今組み立てている場所辺りが一番有力だろう。
 仮にそうなったとして、その後は? 宇宙で、或いは、俺の脳を地上に戻して、それこそボディそのものを
身に着ける事になる。
 待てよ、成功した場合はそうかも知れないが、小惑星の進路が変らなかったら? 地上がメチャメチャ
なんだ、俺に構っている暇なんかあるものか! 俺は見捨てられる事になる』
 少し憂鬱(ゆううつ)になった。今度は再び明かりを落とした。

『いいや、待てよ、俺は極秘の存在なんだよな。小惑星『ニューアメリカン』の軌道変更に仮に成功したと
しても、俺を生かしておくと思うか?
 ……秘密を守る為に見捨てて殺してしまう。十分考えられることだ。いや、むしろその可能性の方が高
い。その為に俺を宇宙船に組み込んでしまうのじゃないのか?
 それじゃああれか、林果が急遽俺と一緒に授業を受ける様になったのは、彼女を宇宙に行かせる為? 
それでどうする? 彼女は数学の専門家だが、宇宙飛行に関しては素人だ。
 分かって来たぞ。彼女が俺の恋人だからだ。シュナイダー博士は情のある人間だ。宇宙での数ヶ月間、
林果と俺とがする事は?
 勿論セックスに決っている。毎日、毎日セックスをし続けるだろう。そうすれば、思い残すことなく、宇宙
船と共に消滅出来る。
 もし林果が宇宙に行く事になれば、その考え方はほぼ百パーセント当たりだ。それ以外に彼女が宇宙
に行く理由が思い浮かばない。
 その時は覚悟するしかないか。まあ、それも良いだろう。だとすると、林果にだけは嫌われたくない。最
後まで愛されていたい。
 体をバラバラにするのは最後の最後、宇宙船の中に俺が組み込まれる時にしたいな。それ以前には、
少なくとも林果には知られたくないな……』
 重い気分のままいつか眠っていた。

「オハヨウゴザイマス!」
 ノックの音と共に、元気の良い、朝の挨拶だった。しかしたどたどしい日本語だった。
「えっ、林果?」
 違う気がしたので直ぐ翻訳機を使った。

「済みません、ミシェルです。桜山さん、お休みだそうです。何でもお子さんが風邪を引いたとかで」
「あ、ああ、そうなんだ。じゃあ、十分位待っていて貰えますか、それとも先に行っても良いですけど」
「あの、十分位だったら待っていますわ。どうぞ支度なさって下さい」
「はい。じゃあ、ちょっと失礼して」
 夕一郎はちょっとがっかりしたが、態度には出さずに、例によって大急ぎでシャワーを浴びるなどして身
奇麗にして、身なりを整えてからドアを開けた。慣れて来たせいか、更に早く出来る様になった。

「お早う御座います、待ちましたか?」
「うふふふ、大体五分位しか掛っていませんわよ。さすがに男の人は早いですわね」
「いや、私はその、髭も髪も伸びませんから。普通の男だったらもう十分かそこいらは掛っていますよ。た
だ私も以前は普通の男だったので、朝起きた時に顔がそのままというのは結構不気味なものなんですよ。
まあ、今はもう慣れましたけどね」
「ふふふふ、そういうものなんですか? えっと、あの、行きましょう」
「ああ、はい」
 昨日はヘレンと、今朝はミシェルと一緒に教室に入った。

「うふふふ、お早う、大黄河さん、ミシェル!」
 昨日の朝は激しく言い争ったのだったが、今朝はヘレンが機嫌良く二人を迎えたのだった。

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