夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ところで連絡があったんですが、桜山さんの息子さんが、風邪というのは口実のようです。つまり一週間
に一日では息子さんの昇一君が寂しがるとかで、週に二日にして欲しいとの事でした。
 シュナイダー博士も快く了承したので、今後は週二日お休みということになりそうですね。簡単に言えば、
学校がお休みの土曜、日曜は一緒に息子さんと過ごされて、月曜の朝こっちに来る。
 次の土曜の朝にまた戻る、それを繰り返す事になりそうです。それで宜しいでしょうか?」
 ケッペル講師はシュナイダー博士からの連絡を報告した。

「は、はい。ははは、否定のしようもありませんけどね。分かりました、息子さんが寂しがるんだったら仕
方がありませんね」
「あ、そ、そうね、でもお子さんが居たのよね、旦那様はいないのかしら?」
 ヘレンは林果を罵りたい気持ちを殺して言った。

「一応独身だと聞いていますが。元の彼は、つまりその子供、昇一君の父親は病気で亡くなったとか聞い
ています」
「じゃあ、一応独身な訳ね。うーん、ちょっと羨ましいわね。ここにこんな素敵な彼がいて」
 ミシェルも奥歯に物の挟まった様な言い方をした。

「さあ、それでは、今日はテキストの67ページからです。例によってミシェル君翻訳の方を頼みますよ」
「はい、任せて下さい」
 微妙な空気の流れる中、それでも授業は滞(とどこお)りなく終了したし、シミュレーションも上手く行った
のだった。問題なのはその後である。

「あのう、遊びに行っても宜しいでしょうか? そんなに長くは居ませんから」
 意外なほど素早くミシェルが言った。
「えっと、私もお邪魔して宜しいでしょうか? 勿論、長居はしませんわ。服装も普通にしますから」
 ヘレンはミシェルに遅れをとったと思ったが、挽回は可能だと思って言った。

「ま、まあ、少しだけだったらね。長引きそうになったら強制的に帰って貰うかも知れないけど、悪く思わ
ないで貰いたい。一人で色々考えたいこともあるんでね」
 夕一郎は釘を刺しておいた。

『本当は部屋に入れたくないんだけど、仕方があるまい。帰った後は良く掃除しておかないとね』
 会議室で別れを告げ、部屋で二人の来るのを待っていた。一応三人分のコーヒーは支度してある。
『結局は後で吐き出す事になるんだけど、付き合いという事があるからな。一緒にコーヒー位は飲まない
と拙いからね』
 ドリップ式のコーヒーを三人分入れ、テーブルに並べ終わった辺りに、
「今晩は!」
「遊びに来ました!」
 ミシェルとヘレンの元気な声がドアの向こうから聞こえて来たのだった。

「ああ、どうぞ、鍵は掛けてないから」
「お邪魔します。あら良い香ね」
「本当、コーヒーを入れてくれたんですか?」
 入って来るなり、ヘレンが香に気が付いた。次にミシェルがそれがコーヒーの香である事を言った。
『名コンビだな。はははは、このまま無事に済めば良いがな。ちょっと期待薄いけど。土日に林果がいな
いんだったら、その日に俺の分解手術をして貰おうか? そうだ、それが良い。それはシュナイダー博士
に頼んでみよう!』
 遊びに来た二人に対しては、失礼な話だったが、上手い具合にそんな事を思いついてしまったのである。

「ねえ、来週の、土、日は私達の部屋に来てくれないかしら。勿論長居は取らせませんわ。明日からは、
か、彼女が来るからあれですけど……」
 ミシェルは言い難そうにしながら、何とかそう言った。

「まあ、それは良い考えだわ。お互いに訪問し合って、親交を深めましょうよ」
 ヘレンらしくもなく、穏やかな言い方をした。しかし、
『どうも、何か企んでいるんじゃないのかな? 何か変だぞ?』
 直感的に怪しいと思った。

「ああ、まあ、三人一緒だったら問題は無いね。じゃあ、そうしようか」
 疑わしいとは思ったが、拒否する理由も無かったので、快く承知する振りをしたのである。
「但し、長くても一時間程度だぞ。それ以上長いとアウトだからね」
 時間的にシビアにして、妙な画策を企てないように、釘を刺して置く事は忘れなかった。

 その夜は種々の雑談だけで一時間が過ぎた。三人でかなり打ち解けて笑い合ったのだった。三人だけ
の会合は一応の成功を収めて終了した。二人の女性は気分良く帰ったのである。
『やれやれ、さて、掃除をしておかないと!』
 夕一郎は部屋の物置においてある掃除機で、彼女達の歩き回ったと思われる場所のゴミを丁寧に吸
い込ませたのだった。

『これなら大丈夫だろう。コーヒーカップも洗っておこう』
 家事等余りしたことは無かったのだが、林果に嫌われたくない一心でそれも丁寧にやっておいた。気
に掛る作業を全て終えると、ゆったりと風呂に入って、考え始めた。

『ふう、コーヒーも吐き出しておいたし、証拠隠滅は完璧だし、今夜はここで眠る事にするか』
 夕一郎得意の浴槽睡眠が始まった。いや、眠れなかったので、浴槽に沈んだまま考えを廻らした。
『ふふふ、昇一のやつ、甘えん坊だな。まあ、小学校低学年じゃしょうがないか。しかしそんな状態で、林
果は宇宙に長期滞在出来るのか?
 ちょっと拙いんじゃないのかな? まあ、まだ林果が行くと決った訳じゃないんだし、その時はその時だ
ろう』
 そこいら辺まで考えた時、耳を澄ますと、浴槽にいるせいかどうか、様々な物音が聞こえて来た。

『ふうむ、どうも、どこかで工事をしているな。それも複数の場所でだ。かなり離れている感じだから、相
当に大きな工事だな。何の工事だ?
 うーむ、分からないな。シュナイダー博士かケッペル講師に聞いてみるか? しかし迂闊に聞いて良い
ものかどうか。まあ、今回は見送っておこう。
 ……しかし、俺の母さんや親父や妹の夏江はどうしているのかな? これも迂闊に林果にも聞けない。
俺が聞かなければならない理由は無いんだからな。
 でも、宇宙に行く前に一目でも会って置きたいな。何とかならないかな? ああ、無理かも知れない。い
や、多分無理だろう。
 良く芸人は親の死に目にも会えないって言うけど、死に目どころじゃないな。うううっ、これが俺の定め
なのか。なんとも辛い定めだな……』
 久々に家族の事を思い出すと何だか泣けて来た。

『二度と再び会うことも無いし、彼らにとって自分は死んだ人間なんだ。もう忘れよう。忘れるしかない。
思い出すこともすまい!』
 そう心に誓っていたのだが、つい思い出してしまうのだ。風呂の底で暫く泣き続けたが、そのままやが
て眠ってしまった。

『…………、あれ? ああ、そうか、ここは湯船の中だったんだ。しまった、多分もう朝だぞ! 迎えに来
られたら拙いぞ!』
 大急ぎで風呂から出たのだったが、目の前にミシェルが立っていたのだった。尚拙い事に、ペニスが
勃起していた。まともに見られてしまったのである。

「ア、ア、ア、スミマセン。アノウ、コエヲカケタンデスガ、ヘンジガナカッタモノデスカラ、ナニカアッタノカト
オモッテ、サガシテイタンデス。ソノ、シ、シツレイシマス!」
 ミシェルは何とも言い様のない顔をして、その場を去って行ったが、
『何だか下腹部はしっかり見ていた様な気がするがねえ。スケベだな、かなり』
 と感じた。

「お早う!」
 何も知らずに今度はヘレンがやって来た。幸いにも夕一郎はもう服を着ていたし、翻訳機も装着してい
た。ドアは開けてあって、ミシェルは今来たばかりの顔をして、
「ああ、お早う。今朝は一足違いだったわね。ふふふふ」
 何か楽しそうに笑ったのだった。

『あの笑いは、ちょっと怪しいな。ヘレンの来た時間は丁度良い位の時間だ。ミシェルはわざと早く来たな。
ちょっとでも早く来て、あわよくば、何かをしでかす積りだったんじゃないのかな? 俺がドアに鍵を掛けな
い事を知っていた訳なんだし』
 かなり疑った。ただ、ヘレンはミシェルを信じているらしかった。

「そう何ですか、じゃあ、兎に角行きましょう。でも、今朝は桜山さんが来るんじゃなくって?」
 本当は相当に気にしている筈であるが、如何にもさり気無くヘレンは言った。
「ああ、そう言えばそうでしたね。でも、何時に来るのか分かりませんから、それじゃ、行きましょうか?」
 三人が一緒に歩き出した所で、
「あの、お早う御座います」
 林果が不意に現れた。

「り、り、り、林果! いや、その、桜山さん。今来たところなんですか?」
 夕一郎は慌てふためいて言った。
「へ、変ねえ。私エレベーターの所に行って、確認してから来たんですよ。稼動状況から考えてまだここ
には着かない筈だと思いましたけどね」
 ヘレンは不思議そうに言った。

「私、十分位前に着いていたんです。でも、ミシェルさんが、こっそり部屋に入って行くのを見たもので
すから、様子を伺っていると、浴室の方から大きな声が聞こえて来たので、慌てて部屋を出て、隠れてい
たんですわ。そしたら、今度はヘレンさんが来たという訳なんです」
「な、何ですって! それは本当なの、ミシェル!」
 ヘレンは険しい表情になった。

「そ、それは、呼び掛けたけど返事が無かったから、病気かと思って探していたんです。そしたら、風呂
場から出て来て、ばったり出会ったものだから、大きな声を出しました」
「嘘だわ。一度も呼び掛けていない。こっそり入って行くのを私は確かに見たわ」
 林果は断言した。

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