夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「それじゃあ、その、そろそろ失礼します。正直言って私も疲れましたから。無重量状態というものが、ま
あ、厳しいとは想像していましたが、あそこまでとはね。
はははは、明日も明後日もやるんですよね? 本当に慣れるのかなあ? かなり心配ですが、当たって
砕けろですかね」
「ああ、済みません。今日は本当にご迷惑をお掛けしました。あの、ミシェルの様子は後で私が見て参り
ますからご心配には及びませんわ」
「分かりました。じゃあそれはお任せしましょう。何かあったら、呼びに来て下さい。ドアをノックすれば、大
抵直ぐ起きますから。それじゃ」
「お休みなさい!」
「お休み!」
互いに笑顔で別れた。ヘレンは玄関先までドアを開けて見送った。
『ふーむ、何か妙だな?』
例によって、風呂に入っていた。勿論内鍵は掛けて置いたし、
『風呂に入る時にそのまま眠るのは止めておこう。何かあったら、拙いからな』
そう思ってもいた。
『ヘレンは何だかミシェルに会わせたく無さそうな態度の様な気がする。まさかバッサリやってしまったと
か? 幾らなんでもそれは無いだろう。そんな事をしたら、大変な事になるって分かっている筈だからな』
そこいら辺りで風呂からさっさと上がって、強力ライトの乾燥室で体を乾かしてから、パジャマを着ると、
ベットに寝転がった。
『何だ、まだ九時か。幾らなんでも早過ぎるかな?』
そう思って、退屈しのぎにテレビをかけてみた。
『何々、『地球最後の日来る!!』か。ふうん、今朝のやつは否定的だったけど、おやおやこれは人気美人
占い師が、何やら水晶玉に手をかざして見たりしているぞ。
それにしてもこの占い師の格好はどうだろうね。露出度九十パーセント以上だ。ふうん、全く胡散臭いな。
激突の可能性は70パーセント? へえー、凄いことを言うね。まあ、占い師だ、何とでも言えるだろうよ』
間も無くテレビは消して、再び寝転がった。
『うーむ、駄目だ。ミシェルの事がどうにも気に掛る。ヘレンの態度が怪し過ぎるじゃないか。どうしてあん
な態度を取る? 恋敵とは言え仲間じゃないか。
しかし、今はもう夜だしな。今行ったんじゃ、まるで夜這いみたいだしな。まあ、そこまでは考えないと思
うけどね。しかし、何しに来たの? とか言われたら、なんと答える?』
動くに動けずにちょっと困ってしまったのだった。仕方が無いので、少し別の事を考えてみる事にした。
『ミシェルが好きか? ……それほど嫌いじゃない。翻訳して貰っているしね。まあ、顔立ちもきりりと引き
締まっていて、なかなかの美形だしね。
対照的なのがヘレンだな。美人という訳じゃないけど、グラマラスでセクシーだ。二人が何故俺を好き
なのか分からないけど、相対的なものなんじゃないのかな?
つまり彼女達の近辺にいる独身男性の中では、俺が一番魅力的だとか? しかしもしもっと広い範囲か
ら男を選べるとすると、俺なんか鼻も引っ掛けられないかも知れない。
……多分そんなところだろう。俺がレジ打ちのアルバイトをしていた頃も何と無くそんな感じだったよな。
俺のことが好きな奴も居れば、嫌いな奴も居た。
しかしもし俺より良い男がいたら、多分余りモテもしなかっただろう。おっとっと、俺は一体何を考えてい
るんだ?』
夕一郎は妙な事を考え始めている自分に気が付いて、慌てて中断し、それから間も無く眠ってしまった。
『ううむ、腹が減ったな。くそっ! こんな時に!』
深夜に空腹感で目覚めた。次第にイライラが募る。何時に無く激しい飢餓感があった。
『駄目だ、眠っていられない! ううう、こんな時に林果が居てくれたら、セックスで気が紛れるのにな』
そんなふうに思った。
『夜這い! しかし幾らなんでも……』
激しい空腹感は夕一郎を行動に駆り立てた。
『俺は夜這いに行くのではない。ミシェルの身を案じての事だ。ましてレイプなどするんじゃないぞ!』
自分にそう言い聞かせて、パジャマ姿のまま部屋を出た。
『もし誰かに見つかったら、眠れないから夜の散歩だと言っておこう』
そう決めておいた。しかし不思議と誰も歩いていなかった。ミシェルの部屋まで百メートルもない。一分と
は掛らずに部屋の前に着いた。
『ノックするか? それとも無言で入って行くか?』
数秒間激しく迷ったが、一応ノックする事にした。
『身を案じているのに無言で侵入は拙いからな』
そう考えての事である。
「コン、コン!」
部屋の中から返事は無い。
『よし、入ろう』
そう、思ったが、ためらった。
「あの、大黄河夕一郎です。ミシェルさん大丈夫ですか?」
小さく声を掛けてからドアのノブを回してみた。
「ガチャッ!」
なるべく静かに回したが周囲が静かなので音は結構大きく聞こえたのだった。
『うひゃっ! 大き過ぎる!』
冷や冷やしながら中に入った。中はかなり暗い。ドアを完全に閉めてから、ベットの付近に普通に日本
語で声を掛けた。
「ミシェル、夕一郎だけど、具合はどうかな? 暗いから明かりをつけても良いかな?」
何の返事も無い。
『うーん、余程具合が悪いのか、それとも……』
部屋の中の明かりは外にまったくと言っていいほど漏れない事は、既に知っていた。内鍵だけでいわ
ゆる鍵穴が無いので、明かりが洩れる場所が無いのだ。
「パチンッ!」
思い切って明かりを点けてみた。
「あれっ? 誰も居ないぞ?」
つい声に出して言ってしまった。ベットはもぬけの殻である。
『ふうん、まだ暖かいな。ひょっとするとトイレかお風呂かどっちかだな』
ベットの温もりを確認した。人肌の温もりがはっきり残っていた。五分とは掛っていないと思われた。
『うーん、どうしたんだ、この激しい飢餓感は。ますます強くなる。ううう、せめて誰かと交わりたい!』
恐ろしいほど強い空腹感があった。何かで、非常に激しい何かで気を紛らわせたかった。
お風呂場の近くまで歩いて行った。シャワーの音が聞こえる。更に鼻歌まで。
『ミシェルは相当に体の具合が悪かったのではないのか? 鼻歌が聞こえるぞ! 授業を休まなければ
ならないほど体の具合が悪かったとも思えないな……』
ますます不可解だった。
「ミ、ミシェル! 体の具合はもうすっかり良いのか?」
つい声を掛けてしまった。
「バタンッ!!」
折り畳み式のお風呂場のドアが開いた。
「ふふふふ、やっぱりやって来たわね」
立っていたのはシャワーに濡れたセクシーな全裸のヘレンだった。しかも流暢な日本語を使う。
「えっ! ヘ、ヘレン! こ、ここは、ミシェルの部屋だろう?」
夕一郎は狐につままれた気分だった。
『一体どうなっているんだ? どうしてヘレンは日本語が話せるんだ?』
訳が分からなかった。
「ふふふふ、そんなことより、大黄河夕一郎さん、貴方は私の全裸を見たのよ。落とし前をつけてくれな
きゃ困るのよね。落とし前と言うのは勿論私を抱く事よ。
抱いてくれたら事情をお話しするわ。どうしてここにミシェルじゃなくて私が居るのかとか、私が日本語が
話せるのかということをね。でも、もし抱いてくれなかったら、私は貴方を訴えるわよ。
ひょっとすればその為にこの地球が滅びるかも知れない。でも、私はそれでも構わない。貴方と深い関
係になれないんだったら、生きていてもつまらない。人類なんか滅んでしまえば良いんだわ。
どっちを選ぶのかしら? 私はどちらでも良いわよ。変なことを言うようだけど、私は男性経験が余り無
いのよ。ひょっとしてたっぷりあるって思っていませんでした?」
鋭い指摘だった。
「ま、まあ、そう思っていた。い、色っぽ過ぎるからね。今もそうだけど」
「ふふふ、訳を教えて差し上げますから、一緒にお風呂に入りましょうよ。ねえ、桜山さんとはどんな風に
しているの? 私に教えて下さいな。
セックスのお勉強を一生懸命しますから。あああ、寒くなって来た。早く入って来て下さい。それとも私な
んか、風邪を引いても良いとお考えかしら?」
自信満々のヘレンだった。夕一郎は苦渋の決断をした。
『許せ林果! 今はこの女の言う事を聞かなければならない。くそっ、首の骨をへし折ってやろうか!』
狂気じみた感情が爆発しかかるのだが、林果と息子の昇一の事を考えて、最大限の妥協をした。誘い
に乗って自分も服を脱いで風呂場に入って行った。
「あああ、夕一郎! 大好きよ!」
直ぐ抱き付いてキスを求めて来た。一瞬躊躇ったが、積極的に応じる振りをした。
『この女、ただ者じゃない。仕方が無い。存分にセックスをして、口を軽くしてやろう』
夕一郎の方針は決った。
ヘレンの言葉に嘘は無かった。セックスは未熟だった。恐らく数えるほどしかやった事が無いのだろう。
しかし困った事が起きていた。
『拙いぞ。絶頂に達しない! 林果の時にはあれだけ簡単に行っていたのに何故だ!』
焦りを感じていた。しかし一つの事が閃いた。
『ひょっとして俺は林果の時だけ、絶頂に達するんじゃないのか? 確かに、サイボーグになってから絶
頂に達したのは林果の時だけだった。こいつは参ったな。仕方が無い。嘘を付くことにしよう』
夕一郎は上手く誤魔化す事を考えていた。