夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
208
「ううっ!!」
夕一郎は絶頂に達した振りをして疑似精液を射出した。意識スイッチと言う有り難い装置のお陰で、如
何にもそれらしく見せる事が出来た。自分の中で果てたと思ったヘレンは大満足のようである。
『経験不足で助かった。まあ、これだけ上手ければ経験豊富な女性でも先ず見破れないだろう』
夕一郎は果てた後も、それらしい演技を続けた。
「はあー、ヘレン、素晴しい体だよ。へへへ、何だか病み付きになりそうだよ……」
なるべく喜びそうなことを言って、そのあと何度も濃厚なキスをした。しかしかなり疲れた振りをして、
一度きりで終った。林果の時には最低でも三度していたのだがその気は全く無かった。
「あ、有り難う。嬉しいわ! 好きよ!」
風呂から上がった後も何度も何度もキスをし続けた。しかし二度目の情交には絶対に応じなかった。
「ああん、冷たいのね。でも、まあ良いわ。約束通り色々教えて差し上げますから、誰かさんのいない時
で良いですから、会って下さいね」
ヘレンはやはり夕一郎に夢中なのだろう。従順な姿勢を見せた。
「うん、まあ、鬼のいぬまの何とかだな。約束するよ。チュッ、それにしても日本語が出来るのに、知らな
い振りをしていたんだ。チュッ、どうしてかな?」
夕一郎は時折キスを交えながら聞いた。ヘレンは夢心地で話し始めたのだった。
「お、怒らないで聞いてね。……私ねえ、私、スパイなのよ。でも大丈夫よ、誰かを殺すとかそんなんじゃ
ないから」
「ス、スパイ! えっ! 何処かの国の手先なのか?」
夕一郎の顔色がサッと変った。
「ち、違うわ。ゴールドマン教授の命を受けているのよ。一時はここの指導者だった筈なのにシュナイダー
博士に足元をすくわれてしまった。
それで私を送り込んで情報を手に入れていたのよ。私にはどっちの言う事が正しいのか分からないのよ。
本当に小惑星『ニューアメリカ』は地球にぶつかるのかしら?
ゴールドマン教授はシュナイダー博士が大統領に気に入られる為と、この方面の権力を一手に握る為の
嘘だと考えているのよ。どう思います?」
ヘレンは次第に真剣に言い始めたのだった。
「うーん、重大な話だな。ああ、そろそろ空腹も治まった、いやそれは兎も角、少し起きて話をしないか?」
「うふふふふ、良いわよ。今夜は語り明かしましょうよ。あの、ミシェルさんは生きていますからね。ご心配
無く」
空腹の件は何の事か分からなかったが、大して気にも留めずにヘレンは余裕のある言い方をした。
「起きて話そうよ」
「はい、そうしましょう」
夕一郎はパジャマをヘレンは地味な平服を着て、テーブルに向き合って座った。直ぐ、インスタントコー
ヒーを二人分カップに入れて、電気ポットのお湯を注いだ。これが二度目だが、電気ポットは常時お湯が
沸かしてあるようである。
「前にも飲んだけど、ふふふ、エッチの後のコーヒーは格別だわね」
「ははは、ま、まあね。分かっているとは思うけど、林果には今夜の事は内緒にしてくれ。今後の事もね」
「うふふふ、彼女が怖いの?」
「う、うん、まあね」
「分かったわ。貴方の困る事はしないわ。でもずっと関係を続けたいの。良いわよね」
ヘレンは念を押した。
「ああ、勿論だよ。ナイスバディだしね、ふふふ。……ところで、ミシェルは何処にいる?」
夕一郎の一番聞きたいことだった。
「ここにはね、私の仲間が何人かいるのよ。ゴールドマン教授や私も含めて皆日本語が出来るのよ。と
言うより、ゴールドマン教授の日本語教室の生徒と言ったら分かりやすいかしら?」
「なるほど、そのつながりか!」
少し分かって来た。
「それで、その生徒のうちの何人かが、ここに研究員として潜り込んだという訳なのよ。その彼らと協力し
て、ミシェルは地上に送り出して貰ったのよ。勿論生きたままよ。睡眠薬で眠らせてですけどね」
「いや、しかし、人一人を運び出す事なんか出来るのか?」
「うふふふふ、ここにある沢山のお花は少し多過ぎると思わなかったかしら?」
「えっ! それじゃあ……」
夕一郎は自分の推理の甘さに気が付いた。
「そう、お花を入れて来る容器は一まとめにして大きな箱で運ばれて来るのよ。一緒に花器なんかも運ば
れて来る。結構大きくて頑丈な箱なのよ。
帰りは普通は空なんですけど、今回は特別にミシェルさんが入っていたという訳なのよ。体を少し折り曲
げて、四角い感じの箱に入って頂いたわ。でも本来は彼女を入れる予定じゃなかったんですけどね」
「ええっ! それじゃあ、誰を入れる積り何だ?」
「ふふふふ、まだ分からないの? 大黄河夕一郎さん、貴方に決っているじゃない」
爆弾発言だった。
「えっ、お、俺?」
「そう。でも、少し事情が変ったのよ。断っておきますけど、さっきはスパイだ何て言ったけど、厳密に言え
ば、協力者と言うべきだわね。
つまりゴールドマン教授に協力はするけど、彼の言いなりではないわ。私も私の仲間も真実が知りたい
のよ。教授は貴方をオリンピックに出したいと考えている。
でも博士は貴方を宇宙に送り込もうとしている。どっちの言い分が正しいのか、分からなくなったのよ。
でもミシェルは別よ。知っていると思うけど、私と彼女とは淑女協定を結んだのよ。貴方に対して抜け駆
けだけは決してしないってね。密かに二人で話し合っていたのよ。
でも彼女はその決まりを破った。自分から言い出しておいて平気で決まりを破る人を私は許せなかった
の。それで個人的な感情から、彼女を追い出してしまったのよ。ゴールドマン教授のゆかりの人の家に
軟禁状態になっていると思うわ」
「しかし、それって犯罪じゃないのか?」
夕一郎はやんわりと批判した。
「そう、それほど私は貴方に惚れているのよ。本当に半分は狂っているわね。でもどうしようもないのよ。
本当は貴方を独占したいのですけど、それは嫌でしょう?」
「ああ、確かにそれは嫌だな」
「私は貴方の嫌う事はなるべくしないようにするわ。でもあの女だけは許せなかった。……あああ、御免
なさい。『あの女』という言い方は男の人の嫌いな言葉なんでしょう?」
「う、うん、まあ、余り好きじゃないね。何と言うか、女の醜い一面を見ている様な気がするものだからね。
それはそうと、ミシェルがいない事を何時までも隠し通せないんじゃないのか?」
余り長続きするように思えなかった。
「ふふふふ、大黄河さんは心配する事はないわ。ちゃんと上手くやりますから。それよりも、シュナイダー
博士の説をどう考えます? 昨今のテレビなんかじゃしきりに『地球最後の日』だとか言われていますけど
本当に根拠があるのかしら?」
ヘレンは強い疑問をぶつけて来た。
「うーん、困ったね。俺は天文学の専門家じゃないし。ただ一つだけ言える事がある」
「何? 何でも言って」
「テレビで見たんだけど、アマチュアの天文家が何人も言っているんだよね、激突の可能性があるって」
「でも、所詮アマチュアでしょう? それに博士は天文学者じゃないし、どうして部外者の彼がそんな事を
強調するのかしら?」
「なるほど、そういう見方もあるのか。しかし、博士にだって優秀なブレーンが付いているんじゃないのか
な。それと俺が言いたいのは、アマチュアだから信頼出来るということなんですよ。
彼らは特に国家を背負っている訳じゃありませんからね。それともう一つ。博士は私利私欲で動く様な
人じゃないですよ。
本当に人類の未来の為を考えて行動している。しかしゴールドマン教授は少し違うようです。彼も私利
私欲で動いてはいないのかも知れない。
彼は多分アメリカの為に行動していると思う。人類の為に行動する博士とアメリカの為に行動する教授
と、違いがあるとすればそこなんでしょうね」
夕一郎は博士と教授の今までの行動の仕方を分析して、一つの結論を導き出して見せたのだった。
「へえーっ、人類の為と、アメリカの為か。凄い分析をしているのね。うふふふ、私が惚れるだけの事はあ
るわね。で、大黄河さんはどっちに付きますか?」
ヘレンの眼差しはいよいよ真剣になって来た。
「アメリカの為と言っても、人を騙す事に変りはありません。それに引き換えシュナイダー博士の方は、も
し予想が外れて、激突もニアミスも無かったとすれば、彼はいい笑い者になる。
その覚悟の分だけ彼を俺は信じます。ただ、多分俺の命は風前の灯という事になるでしょうね。殆ど脳
だけになって宇宙船に組み込まれるんですからね。
人類を救うことになるのかも知れないけど、辛く無いと言えば嘘になる。しかし、博士の予測が当たって、
ニアミスが起きたら、超特大の津波が起こって、人類は壊滅的な打撃を受ける。そうなっては息子も死ん
でしまう事になる。それだけは防ぎたいのですよ。この命に代えてもね」
「博士を信じている訳ね。でも私は貴方を失いたくないわ。たった数ヶ月で貴方とお別れなんて耐えられな
いわ。でも……」
ヘレンは沈黙したままじっと考えていた。しかしなかなか考えがまとまらないのだろう、
「あの、コーヒーもう一杯だけ如何?」
気分を変えるかのようにそう言った。
「そうだな。半分だけ貰おうか。知っていると思うけど、後がアレだから余り飲めないのでね」
「そ、そうね」
夕一郎のカップを手に持ってインスタントコーヒーの粉末をスプーンですくって入れた。
「……どうぞ!」
やはりインスタントは早い。空になったコーヒーカップにそれを入れてお湯を注ぐだけなので、一分とは
掛らなかった。それから自分のカップにもコーヒーを入れた。