夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              210


「ガチャリ、ガチャリッ!」
 ヘレンは用意していた鍵で夕一郎の手錠と足かせを外した。その部屋は学校の教室位の大きさだった。
会議室なのだろうがイスやテーブルなどは部屋の隅に片付けてあった。彼を迎え入れる為にそうしていた
のだろう。

「殺風景な部屋で申し訳ないが、君に暴れられると困ると思ってね、それなりの支度をして置いたのだよ。
ちょっと見ただけでは分かりにくいだろうけど、出入り口は一ヶ所だけにしてある。
 イスやテーブルを片付けてあるが、外に逃げられない様にする為のバリケードの代わりになっている
んだよ。
 ドアにはちゃんと鍵を掛けてあるけど、君のパワーだと簡単に破れるだろうからね。でも今回はそう簡
単には破れないと思うよ。見た目は普通だけど、大黄河君用に特に頑強にドアは改造してあるんだよ。
 悪いんだが当分ここに寝泊りして貰う事にするよ。後でベットとか搬入して貰うからね。お風呂には誰か
さんが一緒に入りたいらしいから、彼女の所のを使って貰う。
 まあ、取り敢えずはそんなところだ。二、三日様子を見てから、今後の方針を決めさせて貰うよ。前にも
言ったが、君にはアメリカ人になって貰う。
 その手術の準備は着々と進んでいるんですよ。それと、今後君の面倒は、ヘレン君が一手に引き受け
る。これからの詳しい事は彼女に聞いてくれ給え。じゃあ、ヘレン君、後は宜しく頼むよ」
 ゴールドマン教授は一方的にどんどん話して、細かい点はヘレンに任せて部屋から出て行った。

「はい、それじゃ、他の人も出て行ってくれないかしら。二人きりで色々とお話がありますから。ベットとか
の調度品は後で搬入して貰いますからね。その時にはお願いね」
「ああ、分かった。じゃあ、また後でな」
 ヘレンと一緒に来た男達も部屋を出て行った。

「申し訳ないわね、こんな刑務所みたいな部屋で。貴方のパワーが凄い事が分かっているから、厳重に
なったのよ。……まあ、座ってお話し致しましょう」
 ヘレンは片付けてあった、イスを二つ押して来た。車輪が付いていて簡単に押して移動出来る。

「どうぞ座って下さい。ふふふ、何かの番組の対談みたいね。これからじっくりとお話しましょう。それと
時々はこういうこともして下さい」
 イスから立ち上がって夕一郎の側に行き、抱き付いてキスを求めた。

「ああん、本当に好きよ、夕一郎! 名前で呼んでも良いわよね?」
「ああ、別に構わないよ。こうしたいのか?」
 多少ためらいがちなヘレンを抱き締めてキスをした。暫く濃厚なキスをして、結局その気になって、情を
交わしてしまったのだった。
 勿論、夕一郎は例によって絶対に絶頂には達しないので、達した振りを通した。騙している様で気分は
悪かったが、仕方が無かった。

「ああああ、素晴しかったわ、最高に幸せよ」
 ヘレンの方はどうやら絶頂に達したらしく、至福感に酔っている様だった。
「ふふふふ、俺がそんなに好きか?」
 夕一郎は内心は複雑な思いだったが、ヘレンを最終的には上手く利用しようと思っていたので、関係を
より深める方向に持って行こうと考えていた。

「はい、もう私こんなに人を好きになった事は無いわ。ああ、貴方の為だったら、なんでもしちゃいそうだわ。
人殺しだって何だってするわよ。
 教授を、ゴールドマン教授を殺せと言うのなら、殺すわよ。私に命令して。何でもしますから。遠慮はい
らないわよ」
 ヘレンは恐ろしい事を耳元で囁いた。

「はははは、俺は迷っているんだよ。ゴールドマン教授の言う事が正しいのか、シュナイダー博士の方が
正しいのか。ついこの間まではシュナイダー博士が正しいと信じていたんだけど、段々分からなくなって
来たんだよね。それに最近少し妙な事を考え始めたんだ」
「妙な事って? ああん、チュッ!」
 ヘレンは何度かキスをしながら話の続きを聞いた。

「つまり、小惑星『ニューアメリカ』が比較的近い距離になった所で、核ミサイルをメガトン級じゃなくって、
ギガトン級、世界中の核ミサイルの殆どを打ち込めばどうかってね。
 恐らく『ニューアメリカ』は粉々に砕け散ると思うよ。そうなったら、しめたものさ。それでもかなりの被害
があるかも知れないけど、壊滅はしないと思うよ。
 その方が余程確実じゃないのかな。世界中が一致団結する事になるしね。そこでもう少し踏み込んで
考えたんだよね。結局シュナイダー博士もアメリカの為を考えているんじゃないかって思い始めたんだよ」
「アメリカの為? 地球の為、人類の為じゃなかったの?」
 ヘレンは夕一郎自身からそう聞いていたのである。

「最初はそう思っていた。ところがよくよく考えてみると、おかしな事が沢山ある事に気が付いたんだよね。
宇宙船は『ニューアメリカンV』だし、俺の存在は極秘だ。
 しかも秘密になっているけど、計画の名前は『シュナイダー計画』になっている。協力するのはアメリカ
空軍。そしてアメリカ大統領。
 何もかもアメリカ尽(づ)くめだし、計画が上手く行けばシュナイダー博士の名声は凄い事になる。何しろ
彼が中心人物なのだからね。
 彼は人類の救世主になり、実行する俺は歴史の中に埋もれるだけだ。他に全く方法が無いのなら仕方
が無いのだろう。俺も最初はそう思っていた。
 しかし、何か変なんだよね。より良い方法、より確実な方法がある事に、申し訳ないけど、はははは、
たった今気が付いたんですよ」
 夕一郎は燻ぶっていた無意識の閃きが、今になって明らかになったことを感じたのだった。

「そうよね、言われてみれば、他にもおかしな事があるのよ」
「他にもおかしな事?」
「ええ、その、直接、今回の事と関係は無いのですけど、例えば翻訳機の事よ」
「ええっ! あれはシュナイダー博士が独自に開発したものなんでしょう?」
「はい、確かに、実際に開発したのは彼です。しかし彼は日本語が堪能ではありません。翻訳機を開発
する為に、ゴールドマン教授が全面的に協力したんですよ。
 私達まで借り出されたから間違いはありませんわ。翻訳の時の女性の声は大半は私の声なんですよ。
まあ、厳密に言うと、声を提供しただけですけどね。
 それから男の声は彼、さっき車を運転して来た、サマラッシュ君の声なんですよ。勿論実際にはかなり
変形されていますから、彼だとは気が付かなかったでしょうけどね」
「ほほう、それは初耳だ。だとすれば、当然開発者の名簿にゴールドマン、ヘレン、サマラッシュの名前が
ある訳だ」
 夕一郎はそう言ってヘレンの反論を待った。

「とんでもない! 私達の名前は勿論の事、ゴールドマン教授の名前さえ無かったのよ。全て博士一人が
開発した事になっていたのよ。
 教授は激怒したわ。でも、どうにもならなかった。裁判も考えたのですけど、大統領の覚えもめでたい
シュナイダー博士が相手では、勝ち目が無いと考えて止めたのよ。私達本当に悔し泣きに泣いたのよ。
この気持が分かるかしら? うううっ!」
 ヘレンは少し涙ぐみながら言った。

「ああ、良く分かるよ。しかし本当にシュナイダー博士というのはとんだ食わせ物なんだね。真面目で好感
の持てる人物だと思っていたんだけど、なんか違うような気がして来たよ」
「そうなんです。博士が良いと思う人は、部外者の人に限られています。内部事情に詳しい人は誰もそう
思っていませんわ。
 でも、だからといってゴールドマン教授が全て良いかと言えば、それも違います。自分の先生を悪くは言
いたくないのですが、結構な悪なんですよ」
「ええっ、そうなんですか? まあ、善人には見えませんけど、やっぱりそうなんですか」
 夕一郎は、
『やっぱり、そうだったんだ!!』
 の思いで言った。

「例えば、自分の教え子の女性にはかなり手を出しています。……済みません私もその一人でした。二、
三度抱かれてポイ捨てされたんです。
 私は本気だったのに、彼にとっては単なる摘み食いだったんですね。私、一度は無理心中しようかと
思ったこともある位なんです。
 でも出来なかった。一度は本気で好きになった男性を殺せなかったんです。ちょっと情けないですね、私」
 ヘレンは自暴自棄気味に言った。

「いや、そんな事はありません。殺さなくて良かったですよ。もし殺していたら、今頃はヘレンさん、刑務所
の中ですよ。
 もしそうなったら、私とも出会っていないかも知れません。いや、多分出会っていないでしょう。彼には
失礼かも知れませんが本気で愛するのに値しない男だと思いますけどね。
 第一感はそうでしたからね。どこか胡散臭くて、強欲そうですからね。お金にも相当執着心があるんじゃ
ないんですか?」
 夕一郎は自らの直感を働かせて言った。

「ふふふふ、よく分かっていらっしゃる。そうなんですわ。これはあくまでも噂ですけど、お金の方、彼の勤
める大学で不正経理が発覚したのですけど、処罰されたのは下っ端ばかり。
 本当は教授が関与していたのではないかと、しきりにそんな噂が流れたものです。結局彼は、証拠不
十分で不起訴という事になりました。
 でもそんな教授を私は尊敬は出来ませんが、彼の元で働く事を選択しました。私も駄目な女ですわね。
はらわたの煮えくり返る思いをしたのに、性懲りも無くまだ 彼の側にいるのですから」
 ヘレンは自虐気味に言ったのだった。

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