夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「うーむ、何とも言えない話ですね。……ところでゴールドマン教授は俺を白人にしたいんですよね?」
「はい、すっかりアメリカ人に仕立て上げてから、オリンピックに出場して貰う積りのようですわ。
 それが上手く行って、
『アメリカに沢山の金メダルが転がり込んでしまえば、大統領だって自分を容認する事になるのに違い
ない!』
 そう考えて強引に事を進める積りなのですわ。上手く行けば貴方の産みの親とも言える、彼は大変な
名声を得る事になる」
「しかし、今は大統領に逆らっているんでしょう? それで大丈夫なんですか? それに、シュナイダー博
士が黙っていないんじゃないんですか?」
 夕一郎は当然の疑問をぶつけてみた。

「貴方の事は超極秘事項ですから大統領と言えども迂闊には動けません。問題なのはシュナイダー博士
の動きです。
 私達は彼の計画の一部をマスコミに漏らす事にしています。数日中に、いいえ、あと数時間以内に一種
のスキャンダルとしてテレビや新聞などで大きく取り上げられる事になっています。
 当然彼はマスコミに追い掛けられて、貴方の捜索に支障をきたす様になるというのが教授の読みなん
です」
「ほう、なかなか鋭いですね。ああ、しかし、その、少し眠くなって来ました。薬で眠らされていたせいか、
余り眠った気がしません。そろそろベットを用意して欲しいですね」
「はい、分かりました。ちょっと待ってね」
 ヘレンは携帯電話で連絡した。

「済みません、ベットの搬入に三十分位掛るようなんです。そ、その間に、その、エッチを少し……」
 ヘレンはまたエッチをしようと提案した。
「悪いけど、今はその気分じゃない。もう少し聞きたい事があるんですけど良いかな?」
「は、はい。何でしょうか?」
 少しがっかりしたが、夕一郎と親密に話し合えることは、それはそれで嬉しい事だったので、直ぐ気持ち
を切り替えて疑問に答えることにした。

「例えば経費の事です。安っぽい外見では、疑いを持たれる事になりますから、最高水準の外見を作る
必要があります。最低でも数十億円、数千万ドルは掛りますよ。
 そのお金は何処から出すんですか? 大統領に造反した以上、国からは一銭も出ないと思いますけ
どね」
「うふふふ、痛い所を突いて来ますわね。でも大丈夫。教授にはそれ位の蓄えがありますわ。今までの不
正経理で巨額の富を手に入れているみたいですからね」
 ヘレンは皮肉めいた言い方をした。

「ふうん、なるほど。しかしその、手術をするスタッフは? これはもう普通の医者じゃ出来ませんよ。最低
でも一人はサイボーグに精通した研究者が必要ですからね」
「それも大丈夫だわ。貴方の手術に関わった研究員を何人かスタッフとして迎え入れていますから。大半
は博士に押さえられていますけど、少し零れ落ちた人達が居たのよね。
 と言うよりは密かに確保したと言うべきかしら。博士の目を盗んで確保する事に成功したのよ。ここいら
辺りが教授の凄い所ね」
 ヘレンは今度は誇らしげに言った。

「なるほど、それだったら良いのですが。それじゃあ、もう一つだけ。外見が変ると言う事は、今のこの顔
も変るという事なんですけど良いんですか? そもそも俺の何処が好きなのかな、ヘレン」
 今度の問いは直接ヘレンに対してだった。

「はい、その、貴方の顔が好きなんです。ちょっと、言い難いんですけど、その美少年の様な顔に惚れてし
まいました。だ、駄目ですか?」
 ヘレンは顔を赤らめながら言った。

「美少年? ああ、そういう見方もあるかも知れませんね。本当は少女の顔がモデルだったんですからね」
「少女の顔? どういう事なんですか? 大黄河さん、いいえ、その、夕一郎、美少女の顔が趣味なんで
すか?」
 ヘレンはやや怪訝(けげん)な顔で言った。しかし名前は呼び捨てにして、親密さを表す事は忘れなかっ
た。

「俺の為に犠牲になった少女がいたのさ。金森田玄斎という男の手下に射殺されたんだよ」
「ええっ! 謝、射殺! どういうこと?」
「まあ、ざっと言えば……」
 夕一郎は簡単に経緯(いきさつ)を話した。

「へえーっ、気の毒過ぎるわね。そっか、その少女の顔に似せて作ったのね?」
「ああ、彼女が不憫過ぎるのでね。その責任がこんなことで果たせる訳じゃないけど、せめてもの罪滅ぼ
しというところさ。
 でも、この顔ともおさらばになるんだぜ。まあ、どんな顔になるのか、何も聞いていないから分からない
けどね。それでも良いのか? ヘレンはその事を知っているのか?」
 夕一郎は慎重に聞いた。恐らくは極秘事項だと思われるからである。指導者であるゴールドマン教授が、
全ての決定権を、顔形も含めて握っていると思われるからだった。

「コン、コンッ!」
 そこまで話した時、ドアをノックする音がした。
「ヘレン、ベットヲモッテキタゾ」
 ややぎこちない日本語でドアの外から声が聞こえた。

「ああ、どうぞ、ドアは開いてるわよ」
「キヲツケロヨ!」
 ベットは組み立て式で、七、八人が梱包された部品を運んで来た。

「ヘヤノスミデ、イイデスカ?」
 リーダーらしい男は相変わらずのぎこちない日本語で話した。
「ああ、そこが良いわね。夕一郎、そこで良い?」
 ヘレンは再び親しげに名前を呼び捨てにして、ベットを置く位置を聞いた。

「ああ、良いよ。しかし随分大袈裟というか、豪華なベットだね」
「ええ、これから私と何度も何度もアレするんですから、せめてベット位は良くないと」
 顔を真っ赤にしながらヘレンは言った。

「おいおい、そんなに顔を赤らめられると、こっちまで恥ずかしくなるぞ。それにしてもこの部屋には窓が
無いんだね。今気が付いたよ。元々無かったのか?」
「いいえ、貴方用に窓を塞いじゃったのよ。跡形もなくね。今度は絶対に逃げられないように、教授が万
全を期したのだと思うわ。
 それとさっきの顔の件なんだけど、特に変な顔でなければ、多分大丈夫だと思うわ。私の愛はそれ位強
烈に強いんですからね。ああ、大体出来たわね」
 ベットの組み立ては十五分ほどで終了した。かなり大きなキングサイズのダブルベットだった。

「ベットノクミタテガカンリョウシタ。フフフ、ヘレン、オタノシミナコッタナ! ジャアナッ!」
 声を掛けたのはぎこちない日本語の彼だけで、、他の連中は仲間内だけで話して、ヘレンと夕一郎には
一言も言わずにそのまま去って行った。
「どうも有り難う!」
「あ、有り難う御座います」
 ヘレンと夕一郎は気持ちをこめて礼を言って見送った。

「ドウイタシマシテ、ジャアマタネ、バイバイ!」
 最後までぎこちなく言葉を返して去って行った。
「今の彼はクリストフっていうの。結構私にホの字なのよ。口ではああ言っても、内心は相当焼いている
わねきっと。私だって誰かさんに焼いているんですけどねえ。
 分かるかしら切ない女心が。分からないでしょうね、モテモテの男にはね。ねえ、私と桜山さんとどっち
が好き? やっぱり桜山さんの方が好きなの?」
 話が女臭い恋愛関係の事になって来た。

『どっちが好き? か。如何にも女らしい言い方だよな。もう分かりきっているのに聞くんだからね。決って
居るじゃないか、林果に!!』
 少々ムカつきながらかなり強く心の中では叫んでいた。しかしそうはっきり言っては、相当のショックを受
けることになりそうだったので、
「うーん、結構難しいね。チュッ! こうやって何度もキスを繰り返していると、段々どっちが好きだか分か
らなくなるよ。ああ、ヘレン! チュウッ!」
 何度もキスを繰り返しながら、もう相当にヘレンが好きであることを思わせる態度を取った。しかし曖昧
さは依然として残しておいた。

『林果に言い訳出来る余地を残しておかないと、いざという時大変だからな』
 そう考えていたのだ。
「嬉しい! ねえ、折角ベットも来た事だし、ちょっとで良いから、アレして頂戴、ねえん、良いでしょう……」
 ヘレンは思いっきり甘えて、耳元で囁いた。

「ああ、分かった。じゃあ、ちょっとだけだぞ」
 夕一郎もここは覚悟を決めた。余り頑(かたく)なな態度では後々拙い事になると思ったのである。
『今後どうなるか分からないけど、なるべく味方に付けて置きたいからな。利用するようで心苦しいけど、
愛する心の妻と子の為だ。許せよな!』
 そう考えて情交に応じた。

「オーーーッ!!」
 相変わらずどうしても本心からの絶頂は無かった。演技で絶頂に達した振りをし続けた。三十分ほどで
行為は終わり、
「悪いんだけど、暫く一人にしてくれないか? 鍵を掛けて行っても良いからさ。頼むよ」
 一緒に寝ようとするヘレンを結局部屋から追い出してしまった。

「じゃ、じゃあ、また来ますからね。ああ、そうそう携帯電話を渡しておきますから。私に会いたくなったら、
電話してね。直ぐ飛んで来ますから。使い方は……」
 ヘレンは携帯電話を夕一郎に渡して部屋から出て行ったのだった。鍵を掛けるのは少し躊躇したが、
「教授からきつく言われていますから、鍵を掛けるけど、私の本心じゃありませんからね。そこのところ誤
解の無い様にして下さい。それじゃあ、暫くお別れね、ううん、チュッ、チュッ、チューーーッ!」
 しつこいほどキスをしてから部屋から出て、鍵をしっかり掛けてから去って行ったのだった。

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