夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
215
「一番肝心な事を聞いておきたいのですが……」
「肝心な事? 小惑星『ニューアメリカ』の針路変更に関してですか?」
「はい。ここから離れて、改めて考えてみたのですが、メガトン級の核爆弾では確かに針路変更が精一杯
でしょうけど、世界中の核爆弾を使えばメガではなくギガクラスになります。
それだったら『ニューアメリカ』を粉砕する事も出来るのではありませんか? 比較的近い位置からだっ
たら、ほぼ百発百中です。
それなら何も私が宇宙へ行くまでもありません。地上から十分にコントロール出来る。勿論沢山の隕石
が地球上に降り注ぐかも知れませんけど、被害はごく小さくて済みます。それでどうでしょうか?」
一番気になっていたことを聞いてみた。
「ふむ、それは危険な賭けですね。いや、しいて言えば、最後の手段です。私の考え方は最小の労力で
最大の効果をあげる。私はその理想を思い描いているのですよ」
「理想? どういうことでしょうか?」
「大黄河君はさっき小惑星『ニューアメリカ』を粉砕すると言った。星ひとつを人間が勝手に処分して良い
とも思えない。それは自然の摂理に反する事だとは思わんかね?」
博士は夕一郎の反論にやや戸惑っていた。
『肝心の会議の時に寝てばかりいた筈の男がどうしてそこまで分かるのだ? ひょっとするとゴールドマン
教授に何か知恵を付けられたのではないのか?』
そう感じたのである。
「はい。人類の危機を救う為なら止むを得ないと考えます。人類だけではありません。地球上の生命全
体の重大な危機です。ひょっとすると全ての生命が絶滅するかも知れません。奇麗事は言っていられな
いのではありませんか?
例えば核爆発によって宇宙が汚染されるとか、微小のスペースダストが大量に発生して、将来の宇宙
開発に支障が出るという事が懸念されるでしょうが、滅んでしまっては終わりです。
宇宙開発も何もかも、人類が存続していればこそです。もし滅んでも仕方が無いとお考えだったら、そ
もそも何もする必要はありませんよ。違いますか!」
心の奥底でもやもやしていた、考えを一気に吐き出した。
「それは君の考えかね? ゴールドマン教授に何か言われたのではないのかね?」
「いいえ、教授は博士の考えを全く信用していません。小惑星が地球に激突する事など有り得ないと言っ
て、無視していました。
今言ったことはかねてから、漠然と感じていたことを具体的に言ってみたのです。私の考えに何か問題
がおありでしょうか?」
「ふむ、君は一つだけ重大なミスを犯しているよ」
「何でしょうか?」
怪訝な顔で聞いた。
「それは他の国が協力してくれるかどうかということだよ。君の国日本は勿論核兵器は持っていない。
イギリスを始めとしてヨーロッパの国々は協力してくれる可能性はあるだろう。
しかしアメリカに匹敵する核大国のロシアが協力してくれるかどうかは甚だ疑問だ。ゴールドマン教授の
様に端っから信用されない事も有り得る。
しかも、もしこの事が公表された場合、様々な波乱を引き起こすことになるだろう。下手をするとアメリカ
は核を使って世界制覇に乗り出したのではないか、という疑いを持たれないとも限らない。
更に問題なのはゴールドマン教授の様に、このアメリカの国の中でさえ、根強い反対意見がある。今の
所この事実を知っている者はごく僅かに限られているが、反論も少なくないのだよ。
それらを総合して考えると、使える核兵器は限られて来る。せいぜい百メガトンクラスの核爆弾しか使
えないだろう。ひょっとするともっと少ない核兵器しか使えないかも知れないのだ。
最小の労力で最大の効果をあげるということは、つまりはそう言う事情によるものなのだ。分かって貰
えるだろうか?」
『ふーむ、一応筋は通っている。しかし……』
まだ何かすっきりしないので、更に聞いてみることにした。
「なるほど、一応理解は出来ます。しかしもう一つ、私を秘密にするのは何故ですか? 例えば私の存在
をアピールして、協力して貰うという方法もあるのではありませんか?」
「だがそうなった場合、君は辛くないかな? 今までも、君がサイボーグである事は極秘だった筈。騒ぎ
が大きくなってパニックになるかも知れないだろう?」
「ですが地球の存亡に関わることです。仮にパニックになったとして、何万、いや、何百万という人間が
死んだとしても、全人類の滅亡よりはましです。
それとさっきの事に関しても、私は百パーセント納得していません。事実をありのままに発表したら世界
は動くと思います。隠しているから信用されないのではありませんか!」
夕一郎は厳しい口調で話を蒸し返した。ふつふつと湧き上がって来る怒りは、激しい空腹感の為かも
知れない。
「ううむ、まあ、一理はあるね。『全てを公表する』か。なるほどね、パニックを恐れないという事か。たとえ
数百万人が死んだとしても、地球が助かればよしとするのか。ふうむ、少し考えさせてくれ、……」
博士はまた考え込んだ。残り少なくなったコーヒーをチビリチビリと飲みながら、じーっと考えている。夕
一郎も残っていたコーヒーをほぼ飲み終えた。
「君の言う事は改めて考えてみることにするよ。近い内に最終的な決断を下す事にしよう。ところで、君の
宇宙船での待遇が変わった事は知っているよね?」
博士はその場で決断をする事は避けた。
『考えようによっては何百万人の命に関わる事なんだから、慎重にしかし性急に決断を下す必要がある。
もう何時間か集中して考えてみないことには。
それとクラスファー大統領の意向も聞かなければなるまい。それにしても、この男はなかなかやるわい。
ただのサイボーグというだけのことでは無さそうだな……』
そこまで考えてから口を開いたのである。
「はい、アーノルドさん達から聞きました。宇宙飛行士になるとかですよね。それはどういうことなんでしょ
うか? 普通の宇宙飛行士だったら私が行く必要は無いような気がするのですが?」
「ああ、説明不足だったようだね。前にも少し言った事があったと思うが、君の乗り込む予定の『ニューア
メリカンV』は巨大な燃料タンクを持っていて、継続的にエンジンを働かせ続けられる画期的な宇宙船な
のだよ。
ただし、ずっと2〜3Gの重力が掛りっぱなしになる。生身の人間には相当辛い状態なんだよ。短い時
間だったら、普通の人間でも可能なんだが何日間も続くとなると、君のようなサイボーグで無ければ先ず
無理だろう。
その代わり何年も何十年も掛っていた惑星近辺に数ヶ月か或いは早ければ数週間で到達出来る。君
が何Gでどの位耐えられ続けるか、むしろ問題なのはそこなんだがね」
「この間のぐるぐる回る耐G実験が不足なんですか?」
「そういう事だ。もっと長時間の訓練が必要になる。しかし回転してのGと、直進に近いGとは違うのでね、
実際にはスペースプレーン『ケッペル・スター』を今後は使う事になるでしょう。
勿論、君がさっき言った様に全世界の核ミサイルが、小惑星『ニューアメリカ』にぶつけられる事にでも
なれば話は別ですが、どういうことになるのか分かりませんから、その覚悟だけはして置いて下さい」
博士はかなり具体的に言った。
「分かりました。しかし宇宙飛行士ということの説明になっていませんが?」
「それはこれから説明します。たださっき言った方法は最近かなり面倒な問題が見つかって、少々難しい
かも知れない事が分かった。
当初君を宇宙船に組み込もうとしたのは、より高いGに耐えて貰う為だったのだが、高速になればなるほ
ど、実は核ミサイルの的中率が落ちてしまう事が判明したのだよ。
全く単純なことに気がつかなかった。そこで宇宙船を一度高速にしてから逆にGをかけて減速する必要
があるんだが、そうなるとそこに至るまでの操作が一段と難しい。
その上、余り高いGをかける事は逆Gもまた高くなって、意味が無いばかりか、如何に頭脳だけになった
君でも耐えられないのではないかという結論に達したのだよ。
というか、これは君のまあ、恋人というのか、桜山君からの提言だったんだが、検討してみたらその通り
だった。
さすがにマッサーズ工科大学の助手だけの事はあるね。大したものだよ。それで、それだったら何も君
を脳だけにして宇宙船に組み込む事もなかろうと言うことになった。
それも桜山君からの提言だった。何と言うのか、愛する男の為に必死だったのだなと思って、我々も
少々参ったよ。
しかも情に溺れる事も無く、理論は正に理路整然としていた。非の打ち所が無かった。君は良い彼女
を持ったね」
「林果、あ、いや、桜山さんがそこまでしてくれたんですか。ああ、それは有り難い。彼女にはお礼を言っ
ておかなくてはね」
あっさりと言ったが、
『うううっ、林果! 本当に有り難う!』
本当は泣きたいほど感謝していたのである。
「さて、言うだけの事は言ったが、他に何かあるかね?」
「はい、これはお願いなのですが、食欲の事です。一旦は食欲が回復して、味覚も戻って来て、嬉しかっ
たのですが、空腹感が満たされません。
幾ら食べても食べた気がしないのです。しかも結局吐き出さなくてはなりません。今は少し収まって来
ましたが、この空腹感を消して欲しいのです。段々耐えられなくなりつつあります。本当は残念なのです
が、人工の胃袋でもあれば良いのですがねえ……」
夕一郎は如何にも辛そうに言ったのだった。