夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ふーむ、食欲の問題か。一応検討してみるが、最悪の場合はやはり食欲を感じないようにする事になる
かも知れないし、……少し時間をくれないか? 核ミサイルの件に関してもそうだが、なるべく早く結論を
出すことにするよ」
 博士は難しそうな顔で言った。

「はい。宜しくお願いします」
「じゃあ、とりあえず今日はここまでにしよう。まだどの様な結論になるか分からんから、明日から訓練と、
学習の方と両方を、再開するよ。もし必要がなくなったら、途中で打ち切るかも知れんからね」
「分かりました。それじゃあ帰っても宜しいんですね?」
「ああ、今鍵を開けよう」

 博士は鍵を開けて、夕一郎を釈放する旨をドアの前で警備していた兵士二人に伝えた。二人は敬礼を
してからその場を去った。
「それにしても物々しい警戒でしたね。マシンガンまで持ってね。あれは私を警戒して居るんですか、それ
とも、誰か外部からやって来るとか?」
「ふむ、その両方と考えて良い。君が暴れるとは考え難いが、君を奪還しに来る者があると拙いと思った
のでね。
 これは恥ずかしい話なのだが、君も感じただろうけれど、ここの警備は必ずしも万全ではない。その責
任はひとえにこの私にある。
 博士は実際恥ずかしそうにしていた。

「私はその種の方面がどちらかと言えば苦手でね。勿論自分なりに万全を期した積りだったが、案の定、
もっとも主要な人材を拉致されるという大失態を犯してしまった。
 尚悪い事に、ゴールドマン教授が素早く手を打って、私を犯罪者の様に仕立て上げてしまった。報道関
係者にその様に発表されてしまったのだよ。
 私はなす術も無く逃げ回っていた。しかしクラスファー大統領の鶴の一声で事態は一気に引っくり返った。
勿論その陰で、アーノルド君やルーカス君達が大いに働いてくれたお陰なのだがね。
 いや全く持って面目なかった。今後はその様な事が無い様に、まあ、その方面の専門家の意見などを
取り入れて、警備に万全を期する事にしたから、今度は大丈夫だと思うよ」
 少し自信有り気に言った。

『おいおい、本当に大丈夫なのか? さっきも感じたけど、警備はまだまだ甘いと思うけどね……』
 夕一郎は不安を感じながらも、博士に別れを告げた。館内のアナウンスで厳戒態勢の解除が呼びか
けられていた。
『ああ、やっぱりそうなんだ。余りに人気が少ないからおかしいと思ったんだけど、外出禁止令かなんかが
発令されていたんだな。
 俺が無事に帰って来たし、暴れる様子も無いから、警戒解除となった訳だ。しかし何かまだ甘い気がす
る。俺が本気を出したら簡単に地上に抜け出られそうだぞ』
 そう思いながら、懐かしい我が家ならぬ、自分の部屋に戻って行った。

「ふう、やっと戻れた気がするよな」
 独り言を呟いて部屋に入ると、先客が居た。思い掛けない事だったが、ミシェルだった。夕一郎が翻訳
機を装着しているのを見て、立ち上がって英語で話し掛けて来た。

「お、お帰りなさい。事情は大体聞きました。あの、勝手に入り込んで申し訳御座いません。本当はドアの
外で待っていたのですが、なかなか帰っていらっしゃらないので、つい、入って座って待っておりました。
御免なさい。その少しお話がありまして……」
 ミシェルは蒼ざめた顔で言った。かなり深刻そうである。

「ああ、その、じゃあ、座って下さい。コーヒーを入れましょうか?」
 ついさっき飲んで来たばかりだったが、挨拶代わりにそう言った。
「いえ、あの、お話したら直ぐお暇致しますから、それに、大黄河さんはお飲みにならないんですよね本来
は」
「いや、そんなに気を使わなくても。じゃあ、入れますから、飲んで行って下さい」
 やや強引にインスタントコーヒーを二人分作って出した。

「申し訳御座いません。それじゃあ、折角ですから頂きます」
「ああ、どうぞ。……しかし、なんと言うか。お互いにですけどとんだ災難でしたね。まさかヘレンがあんな
事をするとはね。要するに彼女はゴールドマン教授の放ったスパイだったんですね。
 夢にも思いませんでした。貴方もショックだったのでしょう? でもまあ、無事でよかったですよ、お互い
お様にね」
 夕一郎はコーヒーを時折啜りながら、慰める積りで言った。

「私、ついさっき、ヘレンに会って少しお話をしました。その、これは言い難いのですけど、ゴールドマン教
授の研究所で彼女と、セ、セックスを何度もしたって本当ですか?
 彼女は最高だったって言っていましたけど。それに彼女、性体験が豊富な振りをしていたけど、本当は
余りした事が無かったって言っていました。
 それで大黄河さんに教えて貰って、最高の快感を得ることが出来る様になったって言っていましたけど、
それは本当なんですか? 大黄河さんも最高に感じていたって言っていましたけど……」
 ミシェルは自分が拉致監禁された事よりも、夕一郎とヘレンの関係の進展具合が気掛かりだった様で
ある。夕一郎の入れたコーヒーを美味しそうに啜りながら答えを待った。

「あちゃ、そんな事を言ったんですか? 俺は脅されていたんですよ、はっきりとではなかったけど、言う
事を聞かなければ、桜山さんに危害が加えられるかも知れないってね。
 仕方無しに協力的な態度を取ったんですよ。消極的な態度を取れる雰囲気ではなかったのです。ヘレ
ンを怒らせると後が怖いので、最高に感じた振りをしていました。
 勿論彼女が満足する様に、一生懸命愛撫もしましたし、キスもしました。何度も言いますが、決して本心
からではありません。そうせざるを得なかったのです。それだけの事ですから。誤解の無い様にお願いし
ます」
 夕一郎は懸命に弁解した。しかもその大半は本当なのだ。しかし半ば本気で好きになりかけていたこ
とは、
『口が裂けても言えないぞ!』
 と、決心していたのである。

「ええっ! 脅されていたんですか?」
「はい。何と言うのかな、仄めかすと言うんですか、それと無く匂わせて来たので、これは相当にヤバイ
と思いました。
 もう必死だったんです。知っていると思いますが、桜山さんとは恋人に近い関係ですからね、彼女にも
しもの事があったら大変だと思いましたから」
 言った直後に少し後悔した。

『ミシェルの前で、余り林果の事を言うのは拙いかも知れない。この人は俺の事が好きなんだからな。以
後は余り言わないようにしよう』
 そう思った。

「そ、そうですか。それを聞いて幾らか安心しました。でも、私、本当に怖かったんです。ひょっとするとレ
イプされたり、挙句の果ては殺されてしまうのかと思うと、もう生きた心地がしませんでした。
 今だって、何だかとても怖いんです。一人でいるのが怖い。あの、あの、あのう、今夜だけでも良いです
から、ここに置いてくれませんか。
 何もしなくて結構です。しても良いですけど。兎に角ここに泊めて下さい。お願いします。何度も言うよう
ですけど、怖くて堪らないんです。
 お願いします、ここに置いて下さい。イスに座るだけで良いです。大黄河さんの側に居れば、安心出来
るんです」
 如何にも必死な様子である。

「うーん、そうですか。確かに怖いでしょうね。そうですね、じゃあ、今夜はここに泊まれば良い。ベットなら
他にもありますから。
 この部屋は何故か知りませんが四人部屋なんですよね本当は。だからベットも四つ分位置けるスペース
があります。
 ただ、実際にはベットは二つだけなんですけどね。多分邪魔だと考えて何処かへ持って行ったんでしょ
う。相部屋と同じ事になりますけど良いですか?」
 夕一郎は割合さらりと言った。部屋は別々だが、鍵の掛らないドアしか隔てる物は無いのである。

「は、はい、全然構いません。む、むしろ好都合です。あっ、あの、何でもありません」
 先ほどまでの蒼ざめた顔に少し赤みが差した。
「あのう、自分の部屋から何か持って来る物はありませんか? このまま居るんですか?」
 夕一郎はミシェルが小さなカバン一つだけで来ているので、他に入用な物があるのか聞いてみたので
ある。

「はい。このままで良いです。私眠る時は下着だけなんですけど、宜しいでしょうか? 時々全部脱げてい
る時もあるんですよ。ふふふ、どうしてなのか自分でも分からないんですけど、何時の間にかスッポンポン
なんです。
 あれはとっても不思議ですわ。全然記憶が無いんですもの。あ、あのう、お風呂とかはどうされますか?
一緒に入りましょうか? お背中流して差し上げますわよ」
 ミシェルの態度は急激に変った。何とか自分も抱かれようという魂胆がありありと見える。

「いや、お風呂には、一人で入りますから。ああそうだ、先にお風呂に入られると良い。一人では怖いです
か?」
 その言葉も言って直ぐ後悔した。
「はい、とても怖いです。是非一緒に入って下さい」
 予想通りの言葉が返って来たのだった。

「えっ、怖いんですか?」
「はい、理屈では有り得ないと思うのに、本能がどうしても駄目だと言うんです。大黄河さんの側だったら
安心出来るんです。お願いします、一緒にお風呂に入って下さい」
「うっ、そ、その、わ、分かりました。じゃあ、もう少ししたら一緒に入りましょう。あの、ちょっとトイレです
から」
 夕一郎はミシェルのペースで事が運んでいる事に気がついた。トイレに入るのは勿論、コーヒー二杯分
の吐き出しの為だった。

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