夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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夕一郎はわざとトイレのドアを少し開けてコーヒーを吐き出した。なるべく大袈裟に、声を大きく出して
みせた。人とは違って、吐き出すといっても、機械的な作業なので苦しくも無いし、本来声など出ないの
だが、敢えて声を出し、苦しそうにしてみせたのだった。
『この声を聞けば、変な気を起さないかも知れない』
そう思っての事だった。しかしミシェルは耳を塞いで聞かない様にしていたのである。なかなかの女で
ある。
「いや、さっぱりしました。食事の後とかは何時もこうしないと、ああ、済みません、じゃあ、お風呂に入り
ましょうか?」
夕一郎はミシェルが断って帰ってくれることを期待した。
「ええ、入りましょう。ふふふ、嬉しいですわ」
夕一郎の作戦は失敗だった。仕方なしに脱衣所に二人一緒に行って、
「えっと、その、あの、……」
まごまごしている内に、ミシェルはどんどん服を脱いであっと言う間にスッポンポンになった。顔を赤ら
めながらも、陰部を隠そうともせず、否、むしろ見て欲しそうにしながら、
「どうぞ、大黄河さんも脱いで下さい。ふふふ、ああ、そうね、翻訳機が邪魔だったわね。でも一応日本語
が出来ますから大丈夫ですわ」
そう言って、裸になる事を催促したのである。
「ああ、じゃあ、そうします」
夕一郎は不安を感じながら裸になった。翻訳機を外した途端、彼女の言葉は、ぎこちない日本語に変っ
た。
「サア、ハイリマショウ」
「ああ、入ろう」
二人は一緒に風呂場に入って、交互にシャワーを浴び、互いの体の背中を流しあった。
『ふう、それにしても、直ぐ脱いでしまったところをみると、よっぽど裸に自信があったんだな。なるほど綺
麗な体だ。ヘレンはグラマーガールだったが、こっちは贅肉の少ない引き締まった体をしている。
うっかりすると情欲を感じて、一物がエレクトしかねないからな。気を付けないと。立ったりしたらセックス
の口実を与えてしまう。今は絶対に駄目だ。
それにしても凄い女だよ。あの怖がり方に嘘は無い。その自分の恐怖心さえ利用して好きな男に迫っ
て来るんだからね。……何とか無事にやり過ごそう!』
夕一朗は出来る限り平静を装っていた。
「アア、ゴメンナサイ!」
二人揃って、そろそろ風呂場から出ようとしていた時である。わざとかどうか、ミシェルはバランスを崩
した感じで夕一郎に抱き付いた。それから泣き出しそうな顔をしたまま、唇を重ね合わせて来た。
『キスは駄目だ! ペニスが立ってしまうぞ!』
厳しい理性の声が聞こえて来た。
「駄目だ、こういうことはしない約束だ!」
辛かったが厳しく言い放った。
「ウウウッ、ワタシハモウスッカリ、カンジテシマッテイルンデスヨ。ソウイウオンナヲ、ツキハナスンデスカ?
クルシクテ、タマリマセン。ヘレンハイイノニ、ワタシハダメナンデスカ?
オトコノヒトハ、フクスウノジョセイヲ、ドウジニアイスルコトガデキルト、キイテイマス。ワタシモアイシテク
ダサイ。ソレトモ、ワタシガソレホドマデニキライナンデスカ!」
ヘレンは泣きながら訴えた。
「だ、駄目だ! なんと言われようと、駄目なものは駄目だ。別に嫌いな訳じゃない。俺は上がるぞ!」
少し怒って、夕一郎はどんどん上がって行った。タオルで体を拭き、服を着て、翻訳機を装着した。
「翻訳機を付けたから、英語で話しても良いぞ!」
しおれた顔でミシェルは上がって来た。暫く裸のままで脱衣所に立っていたが、悲しげな顔で服を着た。
抗議の意味があるのか、その後は一言も喋らなかった。
『可哀想だけど、情に負ける訳には行かない。有り得ないと思うが、君を抱く事があるとすれば林果の許
可があった場合に限る。今の俺には林果が全てだ。
明日からは林果も来るだろうからね多分。その時、ミシェル、君と親しげにしていたら林果はきっと怒り
出すだろうよ。それだけは避けたいんだよ!』
腹は決った。何が何でもミシェルと情は交わさない積りになった。
「ううううっ!」
ミシェルはその後ずっと泣き通しだった。酷く辛かったがベットのある部屋に案内して、
「悪いんだけどここに寝てくれ。じゃあね」
部屋の中で泣きじゃくっているらしいミシェルをそのままにして来るのは、更に辛かったが、心を鬼にし
て耐えた。
『うーむ、参ったね。もっと嫌いな女性だったら、何でもないんだけど、多少は好きだから困る。ふう、あの、
綺麗なミシェルの裸身を見て、良く勃起せずに済んだな。はははは、今頃立って来た』
ペニスの勃起のタイミングが悪かったのでホッとした。その後は、目が冴えて眠れそうも無かったので、
ベットの中であれこれ考えてみることにした。
『ご免、ミシェル。決して嫌いではないんだけど、今の俺は林果を失いたくない。俺も少しは人を好きになっ
て報われなかった事があったから、どれだけ辛いか良く分かる。でもどうしようもないんだよ!』
先ずはミシェルに対して謝罪した。
『しかし俺の専属みたいなSH教時代からの研究員達は何処にいるんだろうな。この地下の何処かに居
るとは思うけど、全然姿を見た事が無い。余程厳重な隔離が行われているんだろうね。
ずさんな管理の博士にしては出来過ぎかな? しかし隔離そのものはそう難しい訳じゃないからね。
きっちり居住区を分ければ良いだけだからな。
だけど、人数から考えると、この地下研究所は恐ろしく広い事になる。今までここの全容に関しては聞
いた事が無い。どれ位広いのかな? 博士に聞いてみるか? ふうむ、拙いか』
地下研究所というよりは地下都市と言った方が良い位の、広い敷地である。その中がどうなっているの
か、その夜に限ってやけに気になった。
『ところで林果はマッサーズ大学で何を研究しているんだろうな? 確か数学科の助手だったと思うけど、
どんな事を研究しているのかちょっと聞いてみたいものだね。もっとも専門用語を並べられたら分かりそ
うも無いけどね、はははは』
今度は林果の研究に興味を感じた。しかし数学では理解出来そうも無いので、結局諦める事にした。
『昇一は学校に馴染めなかったのか。ふふふ、さすがに俺の子だ。変な所が似ている。しかしフリース
クールなどというのがあったんだな。まあ、何でも良い。元気だったらな。
しかし直接、林果に昇一の事を聞けないのが辛いよな。余りあからさまに聞いたら、変だと思われそう
だしな。まあ、便りの無いのは良い便りとも言うからな。病気とかだったらきっと言うだろうよ。まあ、大丈
夫そうだよな。ああ、やっと眠くなって来たな。しかしもう一丁考えて置くか』
夕一郎は先送りにしていたことを考えることにした。
『小惑星の激突はあるのか? ふうむ、それ自身が難しい。博士は高い確率でニアミスがあると言う。し
かし誰もがそう思っている訳じゃない。ゴールドマン教授がその良い例だ。全く問題にしていない。
一体どっちの考え方が正しいんだ? どうも良く分からない。待てよ林果はどう考えているんだ? そう
か彼女は天文学は専門じゃないけど、曲がりなりにも数学者だ。
パソコンを使ってシミュレーションをする位の事は出来るんじゃないのか? ふーむ、どうなんだろう?
一度聞くだけは聞いてみようかな? ふあーっ! ああ、眠くなったな。寝よう』
そこいら辺りで自然に眠っていた。
『あれ? 何か気配がするな? 何だろう?』
一眠りしてから目覚めたがまだ目は瞑っていた。何かの気配があった。
「ダイテクダサイ! オネガイシマス! ウウウッ、オネガイシマス、クルッテシマイソウナンデス。ワタシヲ
タスケテクダサイ。オトコノヒトハ、オンナヲタスケルモノデショウ? チガウンデスカ、ウウウッ!」
耳元で囁く声は明らかにミシェルだった。
「おい、困るよ、頼むから聞き分けてくれ」
しかし都合の悪い事があった。ペニスが勃起していたのだ。大胆にもミシェルはそれを掴んで離さなかっ
た。
「ボッキシテイマス。ジュンビハデキテイルンデスネ。オネガイデス、エッチシテクダサイ」
辺りは相当に暗い。終夜灯はアナログタイプの光量を調節出来るやつだった。かなり明かりを絞ってい
たので、彼女の姿さえ余り良く見えない位だった。
「アイシテイマス、ホントウデス、ワタシニアイヲクダサイ、ココガタッテイルンデスカラ、ワタシノコトガスキ
ナンデショウ?」
ミシェルは激しく抱き付いてキスを求めた。いや、夕一郎の体のあちこちにキスの雨を降らせた。相変
わらず立ったままの一物は握り締めている。絶対に離さない積りらしい。
「聞き分けの無い女だな」
それが最後の警告だった。
「バシィッ!」
キスしている最中のミシェルの顔に平手打ちを喰らわした。頬にキスしていたので顔の位置が良く分
かったのである。
「キャッ!」
ミシェルは思わず一物から手を離してしまった。その直後に夕一郎はベットから飛び降りて、明かりの
ボリュームを上げた。
惨めな表情でたたずむミシェルがそこに居た。美しい筈の全裸の女だったが、しょ気ている姿は余り美
しいとは言えなかった。
「早く部屋に戻れ! 二度とこんなことはするなよ!」
仕方無しに語気を荒げたのだった。