夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
218
ミシェルはうな垂れて部屋に戻った。
『許せ、ミシェル!』
辛かったが仕方が無い。夕一郎の一物はやっと矛を収めた。それから暫く明かりをつけたまま起きてい
た。
『可哀想なミシェル……』
いよいよ目が冴えて眠れないので、服を着てイスに座って思案を始めた。ミシェルの事を考えると、激し
く胸が痛んだ。
決して嫌いではない女の性的な要求は出来れば拒みたくないのだが、もう朝である。
『拙いな、まだ少し早いが、ミシェルには自宅に戻って貰うことにしよう。林果に見られたら大変だからな』
そう考えた。何時も通り翻訳機を装着してからミシェルの寝ている筈の部屋に行った。
「コン、コンッ!」
一応ドアをノックしてからミシェルの部屋に入った。ミシェルはベットに寝ていたが、ずっと泣き通しだっ
たようである。
部屋の明かりをつけて見ると、寝ているミシェルの目からは次から次へと涙が零れていた。
「ミ、ミシェル。殴ったりして悪かったな。……悪いんだけど、送って行くから自分の部屋に戻ってくれない
か。多分後一時間位で林果が、桜山さんが迎えに来るかも知れないんでね」
夕一郎は出来るだけ優しく言った。
「うううっ、は、はい、分かりました。あの、毛布とかシーツとかが涙で汚れてしまいましたけど、宜しいで
しょうか?」
「はははは、そんなに気を使わなくても良いよ。この部屋には通常誰も入らないからね。じゃあ、その、服
を着て来てくれないか? 向うで待っているからさ」
「はい、あの、私はすっかり嫌われたんでしょうね?」
暗い顔でミシェルは言った。
「嫌ってなんか居ないよ。むしろ大好きだよ。でも、どうする事も出来ない事ってあるのさ。この世の中に
はね」
夕一郎は本音を言った。あれだけ事があったのに、ちっともミシェルが嫌いではないのだ。それどころ
かますます好きになっている。
「ええっ! ほ、本当なんですか?」
ミシェルの顔に希望の光が差し込んだ。
「ああ、嘘じゃない。でも、もう一度言うよ。どうする事も出来ないんだって。それじゃ、行くからね、直ぐ来
てくれよな」
「はい!」
ミシェルは明るく返事をした。
「コン、コンッ!」
ミシェルを部屋に送ってから間も無く、ノックの音がした。
「あのう、林果です。大ちゃん居ます?」
待っていた声がした。
「あ、は、はい。今直ぐ開けますから」
夕一郎はそれまで掃除をしていたのだ。ミシェルの居た形跡を無くそうと、特にお風呂場は念入りに
洗っておいたが、一番怖いのはミシェルのやや長い金髪が落ちている事である。
その部屋にも、コロコロ回す粘着タイプの掃除用具があったので、それを主に使って部屋中を掃除して
いた。
『殆ど落ちていないと思うし、今はまあ、授業に行くだけだからな』
そう思って安心しようとしたが、内心ではかなりびくびくしていた。
「お早う御座います。あの、ちょっと入っても良いですか?」
「ああ、どうぞ」
夕一郎は微笑みながら林果を部屋に入れた。
「あああ、大ちゃん! 会いたかった!」
部屋に入ると林果はすぐ抱き付いて、キスを求めて来た。
「ああ、俺もだよ」
少し奇妙な気がした。僅かな違和感があった。しかし気付かれない様に、キスに応じた。
『一体どうしたんだ、俺は!』
夕一郎はキスをしながら違和感の原因を探っていたがはっきりとは分からなかった。嬉しい筈なのに、
どこか冷めているのだ。その微かな気配を林果も感じていた。
「ねえ、ヘレンさんとは何処までしたの?」
女の追及が始まった。
「そ、それは……」
言葉に詰まった。それだけで悟られてしまった。
「そう、はははは、ヘレンを殺したくなったわ」
何気なく恐ろしい事を言った。
「し、しかし、彼女は当分監禁状態が続くと思うよ。重大な犯罪者だからね。俺は脅されてその仕方な
く……」
夕一郎は言い訳した。
「も、もう良いわ。時間だから行きましょう。あら? 何か臭うわね?」
「えっ! 何の臭い?」
「青臭い女の匂いがする。気のせいかしら?」
「た、多分気のせいだと思うよ」
夕一郎はコロコロ回す粘着掃除機が壁に立て掛けてある事に気が付いた。
『ま、拙いな。普段あんな所に置いてないからな。それに、髪の毛が沢山付いている。金髪も一本見える
ぞ!』
髪の毛の中にはヘレンの物や林果の物、自分の物もある。しかしミシェルの髪の毛は如何にも目立つ
のだ。他は黒髪なのに彼女だけ金髪なのだから。
「そうね、気のせいよね。まさか、ミシェルさんが一晩泊ったなんて事、無いわよね」
「え、えっ! いや、それは無いだろう。ただ、話位はしたけどね」
「そう、話だけね。体で話をするとか?」
まるで何もかも見透かしているかのような口振りだった。
「はははは、体で話したり出来ないだろう? 林果とだったら出来るけどね」
「うふふふ、その言葉を信じて良いのよね?」
「ああ、大いに信じて良いよ」
「まあ、それだけ自信があるなら良いわ、行きましょう」
夕一郎は胸に氷の刃が刺さった気がした。
『ふう、女の直感は鋭い。特にエッチがらみだと尚更だ。殆どばれているかも知れないな。でも、目を瞑っ
てくれるらしいな。やれやれ』
夕一郎は林果の寛容さを信じる事にした。
その日の授業は相変わらずの『ケッペル・スター』の操縦の仕方だったが、午後からは前にやった回転
加重装置での、耐G実験だった。
今回はミシェル、林果、夕一郎の三人ともがやった。装置そのものは一人乗りだったが、反対方向にも
う一台付いていて一度に二人実験出来る。
三人の組み合わせを色々に変えて、総当り的に実験した。ただ、女性達は今回が初めてだったし、生
身の体なので、Gは最大3Gまでに抑えられた。
夕一郎にとっては割合楽なものだった。しかし女性達にとっては相当にきつく、ミシェル、林果共に、何
度か嘔吐してしまったのである。Gよりも回転に目が回って大変らしかった。
「大黄河さんは平気なんですね?」
実験の途中の休憩時間にミシェルは尊敬の眼差しで言った。
「いや、前回は結構きつかったけど、今回は慣れましたからね。ミシェルさんも慣れれば大丈夫ですよ」
一応普通に会話した。
「ふう、きついわね。幾ら宇宙に行く為とは言っても、大変だわね。私に耐えられるかしら? スペースプ
レーンだとGはきつくないって聞きましたけど?」
林果は二人に話し掛けた。
「まあ、ロケットよりは軽いらしいけど、でも最大だと4G位まで行く事があるらしいから、今日の実験より、
もう一回りきついんじゃないのかな?」
夕一郎はテキストに書いてあったことを思い出して言った。
「ああ、そうだったわね。でも、ひょっとすると私達宇宙へ行かないかも知れないのよね」
林果は仕入れたばかりの知識を披露した。
「ええっ! そうなんですか、大黄河さん?」
如何にも親しげな口調に夕一郎はドキリとした。
「うーん、それは確定した話じゃないし、桜山さん、それは誰から聞いたんだ?」
話の方向を僅かに逸らして、林果に疑いを持たれない様に気を配った。
「えへへへ、それは、内緒よ。でも大ちゃんも良くそんな事を知っているわね? 誰から聞いたの?」
逆に質問した。
「えっと、それはやはり秘密としか言い様が無いね。ミシェルご免。この事はここだけの話ということにして
くれないか? 極秘事項なんだよ」
「あ、ああ、そうなの、じゃあ、これ以上聞かないわね。でもお二人さんだけ知っていて私が知らないのは
ちょっと焼けるわね。でも良いわ、私を大好きだって言ってくれる人が居るんだから」
ムカついたのか、ミシェルは少し反撃に出たのだった。
「へえーっ、貴方を大好きな人が居るんだ。人は見掛けによらないわね。でもここには居ないでしょう?」
林果は敢えてそう言った。
「も、勿論よ。ここには居ないわ。彼は何時も地上に居るのよね。だから当分は会えないわ。だけど私は
諦めないわ、絶対に!」
ミシェルは夕一郎を見詰めながら、強い口調で言った。
「ああ、そろそろ時間だよ。今度はお二人さんか。えっと、喧嘩とかしないで貰いたいね」
「あははは、子供じゃあるまいし喧嘩はしないわ。その点は安心して良いわよ、大ちゃん」
「そうよね、喧嘩する理由が無いわ。あの、私も大ちゃんって言って良いかしら?」
ミシェルの言葉はやや挑発的だった。
「それは困るわ。大ちゃんは私専用の言葉よ。真似なんかしないでオリジナルを作ったらどうかしら?」
林果の目に厳しさが増す。
「でもそれは変だわ。普通愛称は一つでしょう? ねえ大ちゃん?」
更に挑発は続く。
「ま、まあね。桜山さんも、それで怒るなんて大人気ないぜ。俺は大ちゃんで良いよ。良いだろう?」
「う、うん、分かったわ。それじゃあ、行きましょうかミシェル」
「はい、桜山さん」
二人は足早に実験室に入って行った。
『うーん、これで大丈夫かな? 何かこう、犬猿の仲、っていう感じだぞ。やっぱりばれていたのかな?
前途多難だな……』
憂鬱な気分で実験中の二人の様子を見る事になった。