夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              221


 第五小会議室の中で、その場はそれでお別れとなった。銘々各自の部屋に戻って、『ノアトレイン』に乗
る為の支度をする事になったのである。
 ノアは言わば公共の乗り物。誰に見られても良い様に、女性達は服装や化粧等に時間が掛るので、
かなり慌てていたのである。

『ふうむ、ノアトレインか。午後二時までだとまだかなり時間があるな。久々に風呂に沈んで音を聞いてみ
ようか? 女達と違って、大して支度の必要がないからな。昼食もいらないし。そうしよう』
 夕一郎は用心の為にドアをロックしてから風呂に入った。

『ああ、なるほど。以前は工事の音だろうと思っていたんだけど、同時に複数の音が聞こえたのは、ノア
が複数同時に走っているからなんだ。
 ふふふふ、そう思って聞けば確かにそのようにも聞こえるな。東京の山手線の様に、内回りと外回りの
二路線あるとすれば、同時に複数の音が聞こえても何もおかしいことはない。
 あれ? しかしうーん、同時に四ヶ所、いや、もっと聞こえるぞ。段々大きくなったり小さくなったりしてい
る。何か凄く複雑だな。どういうことなんだろうね?』
 予想以上に音が複雑で何が何だか分からなくなったので、思考を止め、そのまま寝入ってしまった。

『えっ! しまった、寝過ごしたか?』
 かなり時間が経っているらしい事が分かって、慌てて起きて、体を乾燥室で乾かし、大急ぎで支度して、
時計を見た。

『午後二時だ!! 急げ!!』
 あたふたと走って行って、第五小会議室に着いたのだが午後二時少し過ぎていた。
「おや、主役が遅刻してはいけませんね。はははは、まあ、二、三分だから大目に見ますけどね。今後は
時間厳守でお願いしますよ」
 シュナイダー博士は苦笑いをしながら忠告した。

「ああ、済みません。時間がたっぷりあると思って、眠っていました。油断しました。今後は気を付けます」
 夕一郎は学生の様に言い訳した。
「でも、変ねえ、今まで遅刻なんかした事がなかったのにねえ。どうしたのかしら? 体調が悪いのかし
ら?」
 心配そうに林果は気遣った。

「で、でも、そんなに大した事じゃないでしょう、たかが二、三分。うっかり寝過ごす事だったら、誰にだっ
てありますわ。その、お一人で暮らしているから、その様な事もあるのよね。なんでしたら私と一緒に暮
らしてみませんか?」
 ミシェルはドサクサに紛れて大胆なことを言った。

「じゃれるのもいい加減にして貰いたいですな。博士そろそろ参りましょう。ここにも独身男性がいるので
すからな。少しは気遣って貰いたい」
 ケッペルはムカつき加減で言った。

「おや、ケッペルさんは独身で御座いましたか。それは気が付きませんでした。まあ、かく言う私も、妻に
逃げられた口ですからね。一応独身です。ああ、いや、くだらないことを言いました。それでは参りましょう」
 博士はちょっぴりプライベートを披露してから皆を引っ張って行った。何故か警備員が二人付いた。

「あの、この人達は?」
 気分直しに夕一郎は、彼等が特に自分を見張っている事には気が付いていたが、一応聞いてみたの
だった。

「ああ、気を悪くしないでくれたまえ。研究所の外に出るということは、何かと危険なこともあるだろうから、
用心の為に、一緒に来てくれる、警備の兵士達ですよ。アーノルド君の配下の者達と言えばお分かりに
なるでしょうがね」
「アーノルドさんの部下の方々ですか。それは気が付きませんでした。あの、大黄河夕一郎です、宜しく」
「………………」
「………………」
 しかし二人とも無言だった。

「はははは、彼らは一切名乗りません。超極秘行動なのですからね、私達の存在そのものがね。従って、
彼らもまた超極秘存在なのですよ。まあ、空気のような存在とお考え下さい」
「へへへへ、博士、だったらアーノルド君の配下だなんて言わない方が良かったんじゃないですか? 矛
盾していますよ」
 ケッペルはからかい気味に言った。

「ああああ、なるほど、これは失礼。ごほっ! ではまあ、参りましょう」
 博士は失言を咳払いで誤魔化して、目的地に向かったのだった。徒歩数分で、突き当たりに『第七研
究室』が見えて来た。無造作にドアを空けてそこに入った。

「えええっ!!」
 博士と警備員以外全員が驚いた。中はガランとしていて、固定されたイスが十脚ほどあるだけだった。
研究室の広さは奥行きが5メートルほど、横が10メートルほどある。
 横に長い研究室というのは今まで一度も見た事がなかった。しかも前方の壁にエレベーターのドアの
様な物が左右に離れた状態で二つあるのだ。

 イスには五人ほどが座っていた。立っているものが三人ほど。男女半々ぐらいで、服装は研究者風な
白衣の者や、スーツを着た者もいれば作業服の者もいる。
 めかし込んでいる女性もいれば、如何にも普段着のままの者もいる。全く種々雑多だった。ただ子供は
いなかった。

「は、博士、ここは?」
 思い余って、林果が真っ先に聞いた。
「ここがノアステーションです。一言言っておけば、目の前に見えるエレベーターの扉の様な物がノアの
乗り降りの場所なんですよ。
 ドアの上の方に左に『IN』、右に『OUT』と書いてあるが、つまり、乗るのは左から、降りるのは右からに
なっている。どの駅でも同じだから、間違えることは無いと思うけどね。ノアの車内にも、『IN』と『OUT』と
が大きく書いてあるから、これも間違うことは無いと思うよ」
「しかし研究室の中に駅があるんですか?」
 夕一郎は不思議で堪らなかった。

「だからこそ、君達にも分からなかった訳ですよ。つまり何かの都合でやって来ただけの人には、ノアの
事が分からない様にしてあるのです。
 ちなみに『第七』に特別な意味があります。住宅地区のステーションは『第七住宅』、商店街は『第七商
店』等と、『第七』がステーションの意味になっています。何処の駅もここと同じ様なスタイルで、駅という
よりまあ、ちょっとした部屋ですね」
「あの、逆周りの路線は何処にあるんですか?」
 ミシェルらしく冷静な感じで聞いた。

「『第七』は右回り。それで『第八』が左回りなのですが、実は少し離れた所に地下へ行く階段があって、
そこを降りると、『第八研究室』がある。そこは上から見れば反時計回りの路線になっている。
 その場合、『IN』と『OUT』が左右逆になっているから、気をつけて下さい。ああ、そろそろ、二時十分で
すね。昨日も言った通り、五分毎に一本列車が来る。
 しかも、00分、05分、10分、と、来る時間もどのステーションでも同じに設定されているので、最高に
分かりやすいのですよ。もう間も無く到着します」

「ガタ、ガタ、ガタ、ガタ、……」
 確かにそれらしい振動があって、やがて収まると、
「ピピピポポポンッ!」
 軽やかな警告音が鳴って、
「シューーーーッ!!」
 左右両方のドアが同時に開いたのである。夕一郎、林果は急いで乗り込み、次にケッペル、ミシェルが
乗り込んだ。それから博士と警備の二人が乗り込んだ。
 立っていた他の客とイスに座っていた客達はのんびりとその後から乗り込んだ。列車は直ぐには走らず、
二時十一分丁度にドアが閉まって、動き出した。滑らかで殆ど揺れはない。ただ、列車には一切の窓は
無かった。中はバス位の広さで長さはもう少しあるかも知れない。

 左右に分かれたイスは一人用で、実にゆったりしている。中央の通路も幅が広くてすれ違いは楽であ
る。その広さは車椅子にも配慮したもののようだった。
 前後の端の部分にはイスが無く、乗り降りが楽に出来る様になっている。また完全バリアフリーを意識
していて、ステーションからの段差は一切無い。よく研究された、正に未来の乗り物だった。

「はははは、さすがに日本の人達は、お国の電車に乗り慣れているからですかね、停車時間が短いんで
しょう?」
「ふう、ああ、は、はい。三十秒も無い場合がありますから」
 少し息を切らして林果が答えた。日本の地下鉄などでは朝夕のラッシュ時だと一分どころか一秒を争っ
て乗ることが普通だからである。

「さっきから言っていますが、正確な発着という点では、このトレインは日本を抜いて、恐らく世界一正確
に走る列車でしょう。もっとも乗降客が少ないから出来る芸当なんですけどね。
 ああ、それで、昨日は少し言いそびれたんですが、一度だけ降りますから。最も重要な『ケッペル・スター』
の関連施設に降りますからね。降りるのは『第七ケッペル・ポイント』と名付けられている場所です」
「どの位掛りますか?」
 今度もミシェルは落ち着いた感じで言った。

「はい、二時四十分です。ちなみにノアは丁度一時間で一周します。従って、丁度研究室の方からは正
反対の位置にある訳です。つまり逆周りでも同じ事になります。
 まあ、そこに着くまでの間、もう少しお話致しましょう。昨日は地区のお話をしましたが、地区から地区へ
は通路があって、歩いても行けます。少し長いので、自転車やローラースケートが便利でしょう」
「あのう、車は無いんですか?」
 夕一郎が自然な疑問を呈した。

「はい。貨物運搬用の電気自動車はありますが、それはやはり無人で、貨物専用で人は乗れません。
人は必ずこの乗り物、ノアトレインを使うか、歩くか、自転車やローラースケートに限られています。
 ガソリン車は一切使いません。将来の資源の枯渇も視野に入れてここは、この地下都市は作られてい
るからです」
 博士はかなりの誇りを持って答えたのだった。

           前 へ       次 へ      目 次 へ        ホーム へ