夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 列車に窓が無いのは、些か殺風景だが、次の駅までの走行時間が四分と短いので、さほど気にはな
らない。
 四分走って一分停車。その繰り返しがずっと正確に続く。一番遠い所でも乗車時間は三十分位なので、
ちょっと話し込んでいたりすると、直ぐ着いてしまうのである。
 動きは滑らかで大きく揺れる事は殆ど無い。ただほぼ完璧にサークル状の路線らしく、ずっと同じ方向
に少しずつカーブしているのが分かって、その点が少し気に掛るかも知れない。

「博士、ずっと同じカーブの状態が続いているんですね。何と無く妙な感じがします」
 夕一郎は正直な感想を言った。
「はははは、確かに、路線はほぼ完全に円形の路線だからね。全周約四十キロ。実はその円に合わせ
て車両が作られていてね、車体そのものが直線ではなく、少しカーブしているんですよ。
 ノア専用の列車で、直線は走れないのですよ。完全にここだけを走る為に作られているのでね。車両
の検査の時や修理の時には、別の台車に載せて移動して修理工場に運ぶんですよ」
「随分手間が掛りますね。普通の車体じゃ駄目なんですか?」
 更に詳しく聞いてみた。

「元々は普通の車両だったらしいですが、故障の頻度が違います。ここ専用にしたら、三倍くらい長持ち
する事が分かったんですよ。修理に手間ひまかけても、採算が取れてお釣が来る。
 最初はやはりかなりの反対があったらしいですが、やってみたら断然こっちの方が良かったので、今
ではすっかり、変形車両が定着したんですよ。ああ、話をしているうちに、もう着きますよ、『第七ケッペ
ル・ポイント』に」
「ああ、そうですね。はははは、なんかあっと言う間ですね」
 そこで夕一郎と林果はイスから立ち上がって、降り口の前へ移動した。しかしそうしたのは二人だけで、
他には誰も立ったりしなかった。

「はははは、せっかちですね。お国柄の違いかな? 混んでいる訳じゃありませんし、停車時間は一分も
ありますから、慌てなくても大丈夫ですよ」
「ふふふふ、そう言われればそうですわね。日本の満員電車だと、降り口の近くに行かないと、降りれない
時がありますから、結構皆必死なんです。
 どうもその癖が抜けないわね。大ちゃんもそうなんだ。同じ日本人だからねきっと。あれ? なんか少し
違ったかな?」
 林果は夕一郎の出身を聞いていたので少し妙だと思った。

「はははは、日本での暮らしも結構長かったですからね。まあ、その影響でしょう」
 ちょっと冷やりとしたが、上手く誤魔化せたと思った。
「プシューーーッ!」
 ちょっと独特の音がしてドアが開いた。

「さあ、降りて下さい。ただここは他とは違うことが幾つかありますから、ステーションから出ないで待って
いて下さい」
 博士が注意したので、全員降りてホームと待合室とを兼ねたような、その部屋で立ち止まって、博士の
周りに集まった。

「気付かれた人もいると思いますが、ここで降りたのは私達だけです。ここは一般の人は立ち入り禁止
になっていますので、トイレを借りる以外に降りる人はいません。
 トイレは部屋を出て間も無くの所にあります。そこから先はチェックゲートがあって、厳重に調べられ
ますから、注意が必要です」
「へへへへ、言われてみれば、何だかトイレに寄って行きたくなったよ。それで博士、何をすれば良いん
ですか、特に身分証明書なんか持っていませんが?」
 ケッペルはおどけた感じで言った。

「それは大丈夫です。事前に許可を取ってありますからね。皆さんが言うのは、自分の名前だけです。
名前を聞かれたら、正確に答えれば宜しい。それ以外は聞かれませんから。
 それじゃあ、トイレに寄りたい人はどうぞ行って下さい。先ずここを出ましょう。出て直ぐ右側にあります
からね。ああ、私もトイレです。トイレの出口付近で待っていて下さい。全員が揃ってからチェックゲートに
向かいますからね」
 シュナイダー博士とケッペル講師とがトイレに行くと、やや遅れて林果とミシェルもトイレに入った。残っ
たのは警備員二人と夕一郎だけだった。

「噂によるとコインを千切れるそうだな。やってみせてくれないか?」
 それまで全く無言だった警備員の内の一人が、急に話し掛けて来た。
「えっ、ま、まあね。しかしあれは音が凄いから、ここじゃ拙いよ。そのうちどこかでチャンスがあったらお
見せしますけど。まあ、見ても面白い事じゃないですけどね」
『何処からそんな噂が流れ出したんだろう?』
 特に公開した訳ではないのに、噂として広がっている事にちょっと驚いた。

「ふうん、まあ、いいや、今のことは内緒にしてくれよな」
 博士達が戻って来た途端、警備員は口をつぐんだ。
「いや、お待たせ。女性陣はまだ少し掛るだろう」
 博士の言う通り、林果とミシェルはそれから七、八分後に戻って来た。女性の場合は化粧のチェック等
に時間が掛るのである。

「お待たせしました。それじゃあ、博士参りましょう」
 ミシェルはすまし顔で言った。何故か夕一郎の側には来なかった。林果は夕一郎の側に来てほぼ並ん
で歩いた。
「じゃあ、行きますよ。チェックゲートには一人ずつ入って下さい。レディファーストで、桜山さんとミシェル
さん、どちらかが先に入って下さい」
 博士に言われて、林果とミシェルは互いに譲り合っていたが、林果が先に入ることになった。ゲートとは
言っても、実際には、ドアがあって、中はごく小さな部屋になっている。

「お名前は?」
「桜山林果です」
「少々お待ち下さい。現在チェック中です。……結構です。どうぞお通り下さい」
「はい」
 部屋の中に人気は無い。沢山のテレビカメラがあって、遠隔操作されている様である。事前の許可申
請書の中に、詳しい資料と共に、本人の動画入りの姿も提供されていた。
 それらを人間の目だけではなく、コンピューターで詳しく解析して本人かどうかのチェックを行っていた
のである。
 コンピューターは数秒でチェックを完了する。

 次々にゲートを通ることに成功した。夕一郎の前に警備員の一人がゲートに入った。話し掛けて来た
男である。その警備員も無事通り抜けられた。夕一郎はお仕舞から二番目だった。多分警備の都合上
そうする事になっていたのだろう。

「お名前は?」
「大黄河夕一郎です」
「少々お待ち下さい。現在チェック中です。……残念ですが貴方を通す事は出来ません。お戻り下さい。
戻らない場合は逮捕します」
「えっ! そ、そんな。参ったな」
「もう一度、言います。戻りなさい。戻らなければ逮捕します!」
 口調はグッと厳しいものになった。
「分かりました、戻ります」
 予想外の出来事だった。しかもゲートの向こう側とは連絡が取れないのだ。

「あれ? どうしました?」
 一言も話をしたことの無い警備員が、戻って来た夕一郎に初めて話し掛けた。
「通して貰えなかったんですよ」
「えええっ! そんな馬鹿な!」
 警備員はかなり大きな声で言ったが、防音装置があってゲートの向うにまでは声は届かない様になっ
ていた。

「あのう、貴方が入って行って、博士に伝えてくれませんか?」
「困りましたね。少なくとも一人は大黄河さんに張り付いている事になっているんですがね。もし、貴方を
見失うような事があったら、私共は首になってしまいますから」
 警備員はそう言って、素直に夕一郎の言う事を聞こうとはしなかった。

「そうですか、しかし私も困りました。どうすれば良いんだろう? 博士が気が付いてくれますかね?」
「もう少し待ってみましょう」
 五分ほど待っていると、さすがにおかしいと感じたのだろう、
「どうしたんですか?」
 博士と警備員の二人が戻って来た。

「それが、通して貰えないんですよ。何故なのかさっぱり分からない」
「ううむ、変ですね。書類はちゃんと受理されているし、係員も問題無いと言ってくれたんですがね。はて?」
 博士も首を傾げた。警備員も怪訝な顔である。

「どうしたんですか?」
「何かあったんですか?」
 余りに遅いからか林果とミシェルも戻って来た。

「いや、兎に角、貴方を通す事は出来ません、戻れ、戻らなければ逮捕する、と言うので仕方なく戻った
んですけどね。でも博士は事前の書類審査に合格したと言うのですが……」
「ひょっとすると、あれじゃないのかな?」
 最後にケッペルも戻って来て、そう話し掛けて来た。

「あれって、何ですか?」
 ミシェルがすかさず聞き返した。
「つまり、チェックがコンピューターなんでしょう、博士」
「ああ、勿論。人間もやるが、動画のチェックは殆どコンピューターがやるようだ。それがどうかしたかね?」
「ちょっと言い難い話ですが、大黄河君はサイボーグです。我々の眼からは人間に見えるが、コンピュー
ターはそれを見破っているんじゃないんですか? 例えば本当には呼吸をしていないとか、体温の分布が
人間と著しく異なるとかね」
 ケッペルの指摘は鋭かった。

「うーん、なるほど。それは言えるかも知れん。しかし困ったね。ここのチェックは極めて厳重でね。一度
通さないと判定した者は、おいそれとは通れないんだよ。改めて申請し直さない限り先ず無理だ。
 はははは、いや、参ったね、今日は諦めよう。警備員の人達の責任もあるから大黄河君だけ帰す訳に
も行かないしね。
 いや、申し訳ない、結果としては当初の予定通りの空回りみたいな事になってしまったけど、数日中に
もう一度来る事にしましょう。しかし、ケッペル君、良くそんな事が分かるね。全く気が付かなかったよ」
「まあ、現代人の常識かな? はははは、冗談ですよ。コンピューターソフトに多少詳しいのでね。その
種の仕事を大分やりましたから」
 ケッペルは胸の支えが取れたかのように軽快な口調で言ったのだった。

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