夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 ほんの数時間眠っただけの積りだった。しかし、実際には半日ほども眠っていたのである。
「大ちゃん!」
「ダイチャン!」
 二人の女性の声がした。林果とミシェルが迎えに来たのだが、ドアをノックしても、呼び掛けても返事が
無いので、二人は部屋に入って夕一郎を探していたのだ。

『あれ、仕舞った! また寝過ごしたみたいだぞ。こりゃ急がないと!』
 慌てて風呂から上がろうとしたのと、二人が思い切って浴槽の中を覗こうとしたのと殆ど一緒だった。
「きゃっ!」
「キャアッ!」

「あれっ! お二人さんどうしたんですか? ああ、えっと、汚れてしまいましたね。服を着替えられた方
が良いですよ」
 林果もミシェルもずぶ濡れだった。

「もう、心配したのよ。ああ、私もだけど、ミシェルさん、服を着替えないと。大丈夫まだ少し時間がありま
すから」
 林果は夕一郎の裸をミシェルに見せたくなかった。
『彼の裸は私だけのものよ!』
 そう思っていたからでもある。自分の過激な行動を悟られたくなかったミシェルは逆らわずに従った。

「ふう、また失敗したな。まさか二人で探しに来るとは思っていなかったんだよな。ああ、まだ急げば何
とか間に合うぞ」
 何時もの様に乾燥室で体を乾かし、服を着て、髪形などを整えてから、第五小会議室に向かった。今
回は自分の方が早く、林果とミシェルは少し遅れて来た。
 勿論服を着替えて来たから遅れたのだったが、その少し後にケッペル講師がやって来たので、全員遅
刻はしなかったことになる。

 しかし本当は遅刻者が一名居た。
「はははは、いやはや申し訳ない。昨夜少し飲み過ぎましてね。いや、本当に申し訳ない。ただ今日は
とっておきの情報があります。
 昨日は大黄河君がケッペル・ポイント地区に入れませんでしたが、これから皆さんと一緒に、ノアに乗っ
てあちこち見て歩こうと思うのですよ。
 つまり、許可が必要なのは、ケッペル地区や収容所地区だけですからね。その他には出入り自由なん
ですよ。一つ商店街や歓楽街などで半日遊びましょう」
 三人にとっては意外な提案だった。

「あのう、そんな事をしていて良いんですか?」
 ミシェルが真面目に聞いた。
「はい。遊べるのは多分今日限りです。あとは当分ありませんからね。特に大黄河君にはね。明日から
の予定がびっしりのようですよ。
 幸いにも、男二人に女二人。良い組み合わせですよね。どんな遊びにするかは行ってから決めれば良
い。ああ、それと、桜山君には、住宅地区に行って、当分の間息子さんと一緒に住むアパートを見て貰
いましょう」
「えっ! 決ったんですか?」
「はい。住宅の見学も兼ねておりますからね、今日の遊びにはね。宜しいですか?」
「はい。拒否は出来ませんよね?」
「はははは、そうですね、不可能でしょう」
 ケッペルは気の毒そうな顔になった。

「ええと、遊園地とかはあるんですか?」
 念の為に夕一郎が聞いた。
「私の調査では、地上にある物は大抵あるようですから多分あるのでしょう。いや、『ノア大遊園地』とい
うのがあったと思います。
 勿論、日本の方のお好きな『カラオケ』もありますよ。映画館もあれば、ボーリング場もある。そもそも
『ノアの箱舟計画』は地上にある全ての物を保存するという意味合いが込められています。
 当初は白人、特にアメリカ人の為の施設だったのですが、次第に人類全体の文化遺産を保存すると
いう目的意識に目覚めて、地上のあらゆる人種、あらゆる生き物をここに連れて来たのです。
 勿論、運べる限りのものをですよ。さすがに鯨とかまでは無理ですからね。ここに運び込めないものは、
映像などの資料で賄う事にしたのです。
 それらの資料は膨大なものとなりますので、特別に文化遺産地区が設けられています。まあ、説明は
この位にして、行ってみますか?」
 かなり長々と話してからケッペルはノアの街の探索に出発しようと提案した。特に異論は無く、全員賛
同した。

「それにしても第七研究室がここのステーションだったなんて、想像もつきませんでしたわ」
 ミシェルは何と無くケッペルと並んで歩きながら話した。林果が夕一郎と並んで親しげにしていて入り込
む隙間が無いので自然とそうなった。

「はい、私もですよ。私の名前を冠した地区があるのに、私が知らないんじゃ、洒落になりませんからね。
昨夜はあれから、まあ、一杯やりながらなんですが、博士の許可を貰って、徹底的に調べたんですよ。
 一応パソコンのネット検索機能を使ってですがね。ここの検索は地上とは切り離されているんですが、
この地下都市の中だったら、博士から貰ったパスワードで大抵の事は調べられるんですよ」
 ケッペルは今朝遅刻した訳も交えて話したのだった。

「へえ、でも私達は博士と連絡するのもなかなか出来ませんけど?」
 今度は林果が言った。
「そうです。私はシュナイダー計画の主役の筈ですが、博士とは直接連絡が取れません。ケッペルさんを
介してでないと出来ないんですよ。目の前に居れば別ですけどね」
 夕一郎も不満を言った。

「あああ、確かに。その辺は秘密保持の為に厳重になっているんですよ。ああ、続きはノアトレインに乗っ
てからに致しましょう。……ええと、今日は趣向を変えて、逆周りのノアに乗りましょう。
 こっちです。ここのトイレの反対側にある何も書いていないドアを開けると、地下への階段がある。さあ、
行きましょう」
 ケッペルはご機嫌な感じで言った。自分がリーダーになっているので気分が良いのだろう。階段を降り
て行くと間も無く第八研究室があった。
 奇しくもドアを開けて昇って来るものが数人居た。研究室地区に何の用があるのかと思える様な、ちょっ
とけばけばしい格好の女性三人だった。

「ふふん、良い男!」
 女の一人が夕一郎を見て、すれ違い様にそう言ってウィンクをして行った。かなりきつい香水の匂いが
する。
「ふんっ!」
 林果が不快そうに鼻を鳴らした。三人の女達は振り返って、一斉に林果を睨み付けたが、それで終った。
多分男が二人居たので、喧嘩は何かと拙いと思ったのだろう。

「何、あの人達! 娼婦じゃないの! 馴れ馴れしく大ちゃんにウィンクするなんて!」
 林果はかなりムカついて言った。
「まあ、まあ、少し事情をお話しますから」
 ケッペルはなだめる様に言いながら、第八研究室に入って行った。中に入ってみると、つくりは殆ど昨
日見た第七研究室と同じだった。
 待っている者は誰も居なかった。先ほどの三人の女性が乗って来たノアに乗って行ってしまった後なの
だろう。

「ああ、でも、『IN』と『OUT』が逆なんですね。こっちは反時計回りなんだ」
 夕一郎も林果をなだめる気持ちで言ったのである。
「はい、そうです。その、ええと、さっきの連中の事なんですが、まあ、多分コールガールと言うか、研究
室の研究員に呼ばれたのでしょう。
 研究員の中には忙しくて、歓楽街に遊びに行けない者もいるので、たまに女達や、場合によっては男
達を電話で呼ぶのですよ」
「こ、ここの街では、ああいうのは合法なのですか!」
 林果は尚ムカついて言った。

「はい、合法です。さっきも言いましたが、地上のあらゆる文化をここに運んだのです。その中には彼女
達も含まれて居ます。
 さすがにドラッグは合法ではありませんが、それらの見本や使用した者の状態の記録映画なども保存
されているのです。
 ここでは合法かどうかすれすれのものは一応合法なのですよ。地上の全てをここに保存する。その考
え方に徹しているのです。まあ、良し悪しは別として一つの意義のある考え方だと思います」
 ケッペルは基本的な考え方を明確に言った。

「へえーっ、余り私は長くは住みたくないわね。子供の情操教育にも良くない気がするわ。ここを一度は
理想郷だと思ったのですけど、全然違うのね」
 林果はがっかりした様子である。少ししてノアトレインがやって来た。数人が降りると、中には警備員以
外誰も居なかった。

「へえ、ガラガラだな。昨日はずっと混んでいたのにね。どうしてだろう?」
 夕一郎はちょっと首を傾げた。
「朝だからじゃないのかしら? 昨日は午後二時過ぎだった。ここは地上の街の様に朝夕のラッシュな
んか無いのかしらね?」
 ミシェルが一つの推理を言った。

「多分そうでしょう。ああ、まあ座って下さい」
 ケッペルの言葉に促されて、ひと塊になって四人が座ると、また話し始めた。
「この地下都市、『ノアシティ』には全部で十二の地区がありますが、それぞれ独立性が高く、余り人の
行き来が無いように最初から設計されています。
 実際私達は別に不自由なく研究室地区に住んでいられました。工業地区もあるのですがそこで働く者
はそこの住宅に住んでいます。
 他の地区も同様にしてあるので、唯一の公共交通機関である『ノアトレイン』に乗るものはごく少ないの
です。
 この『ノアトレイン』に乗る者が少ないもう一つの理由は、二十四時間制であるという事です。私達は時
間を合わせる必要があるので、同じ時間制を取っていますが、少し離れた地区では私達とは六時間ず
れている地区もあるのです。
 そうする事によって人の移動が分散されるので朝夕のラッシュが少ないのです。ただ完璧ではないの
で、昨日の午後の様に少し混んでいたり、今の様にがら空きだったりする訳です」
 ケッペルは昨夜の勉強の成果を陶々と話したのだった。

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