夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「はははは、殆ど子供ですね、体格は。しかしこれで本当に、あの噂の本人なんですかねえ」
無闇に笑いながら、ジュリアスは力一杯手を握り締めた。
『噂通りなら平然としている筈!』
そう思って試してみたのである。
「済みませんそろそろ手を離して頂けませんか。男の人に対して、その気はありませんから」
夕一郎は相手の気持ちを察していたが、
『サイボーグが珍しいんだろうね。まあ、確かにそうだが。今のところ世界でたった一人だからね』
そう感じて、微妙な言い方をした。
「はははは、いや、これは申し訳ない。私にも男性に特別の興味はありません。これは失礼」
ジュリアスは自分の考えが確認出来たとは思わなかった。
『ううむ、はっきりしないねえ。まあ、どっかではっきりさせてやる!』
挑戦的な気持ちのままで本来の仕事に戻った。
「それじゃあ、簡単に部屋の中をご案内致しましょう。ええとこっちがベットルーム、それからこっちがバ
スルームで……」
手馴れた感じで四人を案内したのだった。
「どうです、窓からの眺望はなかなか良いでしょう。ええと、こちらの方が近く越してこられる、桜山林果さん
ですね。お子さんが一人おられるとか」
既に林果の入居は確約済みのようだった。
「はい、桜山林果です宜しくお願いします」
「へへへ、これはまたなかなかお美しい。まあ、何かあったらこのジュリアスが何でも相談に乗りますよ。
何しろそれが管理人たる私の仕事なのですからね」
かなり鼻の下を伸ばした感じで言った。
『何だか、かえって危ないんじゃ無いの?』
林果を始めとして、他の三人も同様の感情を持ったのだった。
「それでは、今度は学校を見に行きましょう。ここの学校は前にも言いましたが、一つきりです。ただし、
フリースクールも兼ねていますので、ご心配には及びませんよ」
ケッペルは林果の息子の昇一の事情を知っていた。
「ほほう、お子さんはフリースクールですか。それはご心配でしょう。そういうことなら是非私に案内させて
下さい。さあ、早速参りましょう」
ケッペルは早くここを去る口実として言ったのだったが、薮蛇になってしまった。
「じゃあ、参りましょうか」
仕方無しにケッペルは皆に言った。
「ハイ、参りましょう」
ミシェルは何か不愉快だった。ジュリアスは林果を美人と誉めたが、自分は殆ど無視されたからでも
あった。悔し紛れにわざと無表情な冷たい言い方をしたのだった。
「エレベーターは遅いですから、歩いて降りた方が良いですよ」
ジュリアスは良く心得ている。五人がぞろぞろとアパートを出て暫く歩くと、子供の歓声が聞こえて来た。
「ああ、学校ですね。この付近は更に天井が高くて、五十メートル位ありますか? 何か広々としていて、
地下の空間である事を一瞬忘れますね」
夕一郎は殆どジャンプすれば届きそうな天井しかない地下にいるので、何か癒されるものを感じた。
「はい。特にこの付近は凝っていて、雨こそ降りませんが、朝日や夕日、流れる雲、月の満ち欠け、更には
日食や月食まで演出されているんですよ。
その他に夜の星、流れ星や流星群、渡り鳥や昼には飛行機雲まで、あの人工の青空に映し出されるん
です。言っているうちにほら、ジェット旅客機らしい機影と飛行機雲がぐんぐん伸びて来る」
ジュリアスは特に林果に向かって、丁寧に、詩的に説明した。
「へーっ、素晴しいですね。随分気持ちが慰められますわ」
林果は義理で言った。無論義理とは思えない口調だったが。
「いや、これは素晴しい」
「凄いもんですね」
男二人も歩調を合わせたが、
「なかなかのものですわね」
ミシェルだけはぶっきらぼうに言った。
校内には原則として部外者は入れないので、金網越しに生徒の様子などを見るしかないのだが、体育
の授業を受けている小学校高学年の男女の姿が、なんとも可愛らしく微笑ましかった。
「ここは、幼稚園や保育園、そして小学校から高校まで広大な敷地の中にあります。さっき言った空の映
像を見せる為に一ヶ所に集めたと言われております。
あちこちの木々に、或いは建物の所々にスピーカーが設置されていて、例えば鳥の鳴き声やジェット機
の騒音、更には弱い風、強い風の音まで演出しているのですよ。
実物を知っている我々でさえも、時々本物と見まがう事がある位ですからね、見事なものです。何よりも
美しいですよ、桜山さんの様にねえ」
ジュリアスはしきりに林果を褒め称えている。下心は見え見えである。
「ど、どうも誉めて下さって有り難う御座います。学校は大体分かりました。歩いて五分程度ですからまず
まず安心ですね」
「はい。ご心配ならお坊ちゃんを私が送り迎え致しましょう。よからぬ連中には指一本触れさせませんよ。
どうぞ遠慮なさらずに仰って下さい。それが管理人たる私の務めですから。当然の事ですからね」
ジュリアスは何処までも林果に喰らいついて行く感じだった。
「有り難う御座います。でも、先ずは息子の昇一の状態やお友達の状態などを見てからにしたいと思い
ますわ。なるべくなら子供同士のコミュニケーションを優先させたいですから」
林果は巧妙に逃げた。
「ああ、なるほど、それは確かにそうでした。はははは、これは余計な事を。ですが物騒な場合も御座い
ますから、その様な場合にはどうぞ何時でも言って下さい」
ジュリアスもその辺は心得ている。しつこくなり過ぎない様に一歩、身をかわしたのだった。
「ところでそろそろお昼時です。どうです、私の部屋で、お昼ご一緒に食べませんか。勿論、皆さんもご一
緒に」
林果以外には如何にも付け足した様な言い方だった。
「ああ、いや、申し訳ないが、先を急ぎますので、今日は早足であちこち回らなければなりませんのでね
え、そろそろ行きませんと」
ケッペルは林果の表情を読み取って言った。
「ああ、そうですか、それは残念ですな。しかし、急ぐのであれば仕方がありません。じゃあ、ステーション
までお送り致しましょう」
一歩引いて、またでしゃばって来る。上手いやり方だが、好まれていない場合には嫌味に感じられるも
のである。既に四人にすっかり嫌われている事を彼は全然知らなかった。
いや、彼にとって林果以外はどうでも良かったのだ。林果は嫌そうな素振りを見せなかったので、彼は
安心していたのである。
「それじゃあ、また近い内にお会い致しましょう」
林果の世辞に、
「本当に楽しみにしておりますから。安心して来て下さい。それではまた!」
ノアトレインが着いてから、ジュリアスは握手を両手でしつこくしながら名残惜しそうにして見送った。も
う林果しか見ていなかった。
「さようなら!」
林果は一応軽く手を振って別れを告げた。ノアトレインのドアが閉まると、
「永遠に!」
一言付け加えたのだった。
「何よあれ! 桜山さんのことばっかり! 嫌がられているのに気も付きもしないで!」
「はははは、桜山さんに一目惚れしたのでしょうが、分(ぶん)を弁(わきま)える事ですぞ。しかし拙いで
すね。住む場所を変えて貰いましょうか?」
ケッペルは林果を心配して言った。
「場所を変えても彼だと探し当てて来る気がします。彼を何とかして欲しいですね」
今度は夕一郎が言った。
「一応博士に相談してみましょう。いやはやあそこまでしつこいとは思いませんでした。彼氏が直ぐ側に
居る事にも気が付かずにね」
ケッペルも少し呆れて言った。
「是非お願いします。危なくてあそこには住めませんから。誰よりもあのジュリアスという男が一番危険
なのですからね」
林果も呆れ果てて言った。
「さて、今度はそろそろお昼ですから、歓楽街に行ってみましょうか? ここで少し説明すると、歓楽街に
は子供は行けません。
また、トラブルも多いので、制服警官、私服警官、婦人警官、おとり捜査官、などが沢山おります。しか
しなかなか美味しいものを安く提供してくれるお店も沢山ありますので、相当に賑やかですよ。
今まで行った所とは比較になりません。日本のお二方には懐かしいかも知れませんよ。私も何度か日
本の繁華街に行った事がありますが、いや、凄い人でした。
まあ、そこには負けるかも知れませんが、それに近い位凄いです。それに美味しい。まあ、私としては、
この次には大黄河さんと男同士で行ってみたいと思っておりますがね。
男の遊び場が色々とありますからね。自分一人では度胸が無くて行けませんが、二人だと思い切って、
風俗にも入れますからな。ああ、いや、失礼。ここに素敵なレディが居たのでしたな、二人も」
ケッペルはつい調子に乗って言い過ぎてしまったのだったが、二人の女性に睨まれた事は言うまでも
無い。
「一応参考の為にその繁華街に行ってみましょう。二度とは行けないかも知れませんからね」
夕一郎は真面目に言った。
「大ちゃんがそう言うのなら良いわ。でも大ちゃんは食べれないのよね」
今度はミシェルが夕一郎を心配して言った。
「はい。それでその、繁華街には、他に何か無いのですか? 勿論風俗以外でですよ」
「まあ、そうですね。カラオケ屋やパチンコ店なんかもありますよ。ビリヤードとかも。兎に角、世界中の
遊びを集めていますからね。当然カジノもあります」
ケッペルは女達の手前、慎重に言ったのだった。