夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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四人は再びノアトレインに乗って歓楽街に向かった。昼食時の為か列車は比較的混んでいた。今まで
では一番混み合っているだろう。二十数名乗っていた。
「歓楽地区って8時の位置よね?」
ミシェルは念を押して聞いてみた。もう少し聞いてみたいこともあった。
「はい。今居る住宅地区は10時ですから、こうして逆周りのノアトレインに乗ったのですが、何か?」
「歩いては行けないのですか? まあ、歩くのが無理なら自転車だったら?」
「ああ、そういう事ですか。残念ながら、隣へ行く事と真向かいの地区へしか行けません。ただ現在工事
中で、行く行くは全ての地区への直行道路が整備されるようです」
列車は間も無く歓楽街に着いたが、そこでも三人は驚かされた。
「ええっ!」
「おおっ!」
「ああっ!」
驚きの声を上げると共に、林果、夕一郎、ミシェルの三人はケッペルを睨み付けた。
「はははは、まあ、そのそう睨まなくても。そうなんです。ここは年中夜なんです。ネオン瞬く妖しい雰囲気
が二十四時間漂っています。
ついムラムラッと来る、あ、いや失礼。まあ、今日が最初で最後です。大いに遊んで、日頃の憂さを晴ら
しましょう」
ケッペルは何かウキウキした気分だった。
「ケッペル先生、私達はお昼ご飯を食べに来ただけであって、いやらしい大人の遊びをしに来たのでは
ありませんからね!」
ミシェルは如何にも本来の優等生的な言い方をしたのだった。
「ここで、変な事をさせようという魂胆があるんじゃないんですか?」
林果も手厳しい。
「ケッペル先生のお勧めは何処ですか? 一応お店は決っているんでしょう?」
夕一郎はさすがに自分まで責めては気の毒だと思って、責める言い方はしなかった。しかし、それが女
性陣の怒りを買った。
「もう、大ちゃんまで! 男の人はどうしてこうなんですかね!」
ミシェルが珍しく夕一郎を批判した。
「いや、その、別に、ただ昼食を食べる店を聞いただけですから。まあ、私は食べれませんから、例に
よってコーヒー位なんですけどね」
懸命に言い訳をした。
「そ、そうですよ。そんなに信用出来ないんだったら、男は男同士、女は女同士で行ったら良いでしょう。
御覧の通り、ここは何時も混み合っていますから、一回の食事にもかなり時間が掛る。
一時間待ち位、行列の出来る繁盛店だったらざらですからね。お酒を飲んでも良いですよ。三時間後
にここ、第8歓楽街に集合でどうですか!」
ケッペルは怒りついでにそう言った。
「ああ、そうですか。じゃあ、そうさせて頂きましょう。午後三時三十分までに、必ずここに集合して下さい
ね。一秒でも遅れたら罰金を払って貰いますからね。
女遊びに夢中になっていると三時間位あっと言う間に過ぎてしまいますわよ! じゃあ、行きましょう、
ミシェル!」
普段の林果とも思えない激高振りだった。ネオン瞬く妖しい雰囲気が、彼女達や彼達の判断を狂わせ
たのかも知れない。しかしそれがミシェルの狙いでもあった事を他の三人は誰も知らなかった。
「大黄河君、今日は大いに楽しもうじゃないか。私はこの年までアメリカの為に真面目に働いて来たんだ
よ。大変な貢献をして来たんだ。
それが、この地下都市の事さえ知らされていないなんて信じられるかね。この私の名前が付いている
地区の事さえ知らせて貰えていなかったんだよ。その悔しさが分かるかね!」
ケッペルは酔っている訳ではないのだが、まるで酔っ払いの様にややしつこく夕一郎に絡んで来た。
「そうですね。確かにおかしな話です」
夕一郎は、出来れば仲直りしたかったのだが、ケッペルにはもうその気は無いようだった。林果も直ぐ
後悔したのだが、
「何処が良いかしらね。折角だから高級な料理を食べてみたいわね」
すっかりその気になっているらしいミシェルを説得出来そうも無かったのだ。
『ふふふ、まさかこんなに上手く行くとわね。桜山さんには是非大ちゃんの事は諦めてというか、愛想を
尽かして貰いたいですからね』
そう思いながら、二人でじっくり話しの出来そうな個室だけの店である、カップルレストランを選んだの
だった。
「休憩二時間の前金で室料一万ピア頂きます」
ここでのお金の単位はピアだった。百ピア=一ドル位である。国際色豊で各国語が通用した。林果を
見て日本語で話し掛けて来たのである。
一万ピアは相当に高い。地上では有り得ない金額だったが、ミシェルは即座に支払った。
『林果さんの気が変らないうちに話を進めないと拙いわね』
などと考えての事だった。
「ああ、悪いわね。半額の五千ピアお支払いするわ」
林果は直ぐお金を出したのだが、
「たまには奢らせてよ。この次には私が奢って貰うから」
そう言って、お金を受け取らずに個室に入て行った。
「静かね。こういう所だと、わざと隣の部屋の声とかが聞こえるようにして、エッチさせたりするらしいけど、
ここはちゃんと防音がされているのね。まあ、店頭にそう書いてあったから入ってみたんですけどね」
意外にもミシェルはこの種の店についてよく知っているようである。
二人は早速メニューを見て品定めを始めた。
「ええと、お腹が空いたわね。何を食べましょうか?」
「私はステーキセット。でも、よくもまあぬけぬけとこの位のステーキで一万ピアも取るものね。まあ、仕方
が無いですけどね」
「そうねえ、でも、なんだかそれが一番良さそうだわ。うわっ、何これ! 変な機械も貸し出しているのね」
「うふふふ、女同士で楽しむエッチマシーンね。勿論頼む訳無いけど。それじゃあ、ステーキセット二人前
で良いのよね?」
「はい。そうして下さい。ふう、くらくらして来るわね。早く食べて早く退散したいわ。私にはこの地区自体が
向かないわ」
林果はもうかなり後悔し続けていたのだった。暫く雑談していると、ステーキセットが女性従業員によっ
て、運ばれて来た。
「ふう、まあまあね」
「そうね。でもサービスでワインも付くのね」
林果は少し躊躇ったが一口飲んでみた。
「あら、結構美味しいわよ。まあ、これだったら一万ピアも頷けるわね」
「そうね、それに結構量も多いし、まあ、味も良いからまず合格ね」
ワインは大きなグラスに一杯だけだったが、グラスの大きな分かなりの量があった。
『うふふふ、ますます都合が良いわ。そろそろ言っても良い頃ね』
食事もそろそろ終わり頃になってから、ミシェルはかねてから用意していたことを話し始めた。
「ねえ、あなた、ヘレンと大ちゃんの関係を知っている?」
「えっ! 何かあったの?」
少し顔色が変わった。
「ええ、これはゴールドマン教授が私にアレした時に、ブツブツと独り言の様に言っていたんだけど、聞
く?」
「な、何を? その、構わないから話して頂戴」
林果の表情はグッと厳しいものになった。
「じゃあ言うけど、……その、教授の研究所に拉致監禁された時、あの二人は相当激しくエッチし合った
らしいわよ。他の研究員とかもそんな話をしていたから間違いないと思うけど、余り激しいから、すっかり
噂になっていたみたい。
何て言うのかしら、とても親密な関係だったって言っていたわ。いやいやじゃなくて、どう見ても大ちゃん
も、勿論ヘレンも本気だったらしいって。だって、一日中セックスばっかりしていたそうよ。
ただ、私は本人に確認を取っていないから、そこのところは、つまり本気で愛し合っていたのかどうかっ
ていう噂が本当だかどうかまでは分かりませんけど」
出来るだけ気を持たせる様な言い方をした。はっきり断定するより、曖昧にしておいた方がむしろ真実
味があるものなのである。
「な、何ですって。ヘレンと大ちゃんが、まさか……」
ほぼ食事をし終わって、ワインの最後の一口を飲み終わると、キッと虚空を睨み付けた。
「でも、確認はしていないから、ちょっと言い難かったんだけどね。だけど、知っていて秘密にしておくのは、
良い事じゃないと思って、言ってみたんだけど、言わない方が良かったかな」
「いいえ、そんなことは無いわ。言ってくれて有り難う。そう言えば……」
その後の言葉は心の中だけで言った。
『私とのセックスが無いわね。あれは疲れているからじゃなくて、ヘレンの事が忘れられないからかも知
れない。これは確認してみないと。でも大ちゃんには聞けないわね。いいえ、聞かなければならないわ。
勿論ヘレンにも!』
もうのんびりしてはいられなかった。
「あの、まだかなり早いけど、帰りましょう、駅の近くであの二人の来るのを待っていたいわ。行き先が
分かれば追い掛けるんですけど、分からないから」
「ええっ! まだ二時間近くあるわよ。もう少しお話してからにしても。ここは二時間借り切っているんだし
お金が勿体無いわよ」
ミシェルは薬が効き過ぎたと思った。
「悪いけど、じっとしていられないのよ。大ちゃん達早く帰って来るかも知れないでしょう? 一刻も早く大
ちゃんに会いたいのよ。
ああ、何て馬鹿な事をしたんだろう。勢いでつい言っちゃったけど、今頃変な女達に捕まっていなけれ
ば良いけど……」
林果は夕一郎の身を案じた。