夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 ケッペルはアメリカ当局の自分に対する扱いが低い事に腹を立てていた。その為か、やややけくそ気
味に遊ぼうとしていたのである。
「ま、先ず飲んでいこう。軽くね。遊びはそれからということで」
「昼まっから酔っても良いんですか? ここの後まだ何ヶ所かに寄るんじゃないんですか?」
 しらふで絡んで来るケッペルに辟易しながらも、何とかたしなめようとしたのだが、無駄なようである。

「いや、この後は自由行動でも良いよ。何だったら、先に帰っても良いぞ。まあ、その、一杯だけ付き
合ってくれよ。いいだろう?」
「ああ、じゃあ、まあ、何処にします?」
 初めて来た街である。事前の準備も何も無い。夕一郎には西も東も分からなかった。

「ああ、じゃあ、『カンカン』に行こう。なかなか陽気で良いらしいぞ」
「カンカン? 何処にあるんですか?」
「ほれ直ぐそこだよ。でかい店だろう?」
「ああ、なるほど、随分大きいんですね。じゃあ、そこにしましょう」
 夕一郎はどんな店なのかも分からずに従った。派手なイルミネーションはあっても外見は普通の店と
何も違わなかったのである。
 繁盛しているらしく結構行列が出来ている。入店するのに二十分ほど掛った。

「いらっしゃい。男の方お二人ですか?」
 受付嬢はごく質素なきちんとした服装だった。
『別に普通の店なんだな。むしろ硬過ぎる位だ』
 夕一郎にはそう思えた。

「はい。軽く飲んで行くだけだから」
「分かりました。それじゃあ、三十分コースという事にしましょうか?」
「ああ、それが良いだろう。大黄河君もその位で良いだろう?」
「は、はい」
「それでは前金二万ピアです。お酒代は帰りに別途頂きますが宜しいでしょうか?」
「ああ、いいとも。今日は俺が誘ったのだから、全面的に支払うよ。もっとも、君はお金は持っていない
だろうけどね。じゃあ二万ピア」
 ケッペルは気前良く奢った。もっとも、夕一郎が一切お金は持っていなかったのはケッペルの指摘通り
である。
 研究所内では彼はそもそも食事などしないのでその必要も無いし、寝泊りに金が掛る訳でもないので、
無用といえば全く無用だった。

「どうぞこちらへ」
 ウェートレスらしい服装の女性が二人を案内した。日本でもお馴染みのウェートレスの服装だったので、
夕一郎はすっかり安心した。
『いきなり風俗店かと思ったけど、ごく普通なんだな。しかもどちらかと言えば少しお堅い感じだぞ。スカー
トの丈も長めだし、胸も強調していない。
 ははーん、ケッペルさん、ここでは飲むだけで、ここの後で風俗店にでも行く積りなのかな? 多分そん
なところなのだろう』
 そう思い込んだ。

「お客様のテーブルは125番テーブルです。あの、時間の延長の場合は、三十分に付き二万ピアになり
ますので、宜しく」
「ああ、万事分かったよ。じゃあ、ビール、大黄河君もビールで良いよね?」
「はい、お任せします」
「じゃあ、ビール中ジョッキで二つ。摘みは、私は二十代。君は?」
「はあ? 摘みは特に要りませんが、そうだなサラミ位で良いですよ」
「あははは、ここで摘みといえばホステスに決っているんだよ。年令の指定が出来るんだ。ただ格安料金
の為に十代、二十代、三十代、四十代、と、大雑把にしか指定出来ないんだけどね」
「は、はあ、その無しという訳には?」
「申し訳御座いません。ここでは必ずホステスが付く事になっておりますので。あの、ホストでも宜しいので
すけど」
 ウェートレスは仕事と割り切っているらしく平然と言った。

「はははは、そうですか。じゃあ、三十代ということで」
 夕一郎は覚悟を決めて従う事にした。
『三十分雑談していれば良いんだろう? しかし何を話すんだ?』
 夕一郎にとっては、会話が一番難しく思われた。

「かしこまりました。それでは少々お待ち下さい」
 ウェートレスは殆ど顔色も変えずに去った。
『ああそうか、殆どが女性同伴かと思ったら、彼女達はここのホステスなんだ。そう言えば、ざっと見た感
じ格安というだけあって凄い美人は居ないようだな。それにしても明るく陽気な雰囲気だな。
 店内は広いし、ああ、しかしこことは随分趣が違うけど、SH教の教会に初めて行った時の事が思い出
されるな……』
「おいおい、何をボーっとしているのかね? ここに来たら、色々話をしないともてないぞ」
 自分も初めてなのに、ケッペルはさも通ぶって言った。

「はははは、別にもてなくても良いですよ。三十分で帰るんだし、二度と来ないんだし」
「それを言っちゃあ、お仕舞だろう? あああ、来たぞ。交渉次第では、濃厚サービスもあるらしいから、
一つ頑張ってみるか」
 ケッペルはやたら張り切っていた。

「お待たせしました。二十代の方は?」
 一人が二つずつ、ジョッキをお盆に載せてホステスがやって来た。
「ああ、俺だ。どうぞここに座って」
「じゃあ、こちらが三十代の方ね」
「ああ、そうです。どうぞ座って下さい」
 二人は先ず簡単に自己紹介した。しかしその服装には驚かされた。先ほどまでの質素で地味な服装
の連中と違って、二十代の女性は極端なミニスカートで、三十代の女性はホットパンツ姿だった。
 上の方の服も肌も露で、胸も相当に強調している。二人とも白人らしいが本当の所は分からない。

「私はね、知る人ぞ知る、ケッペル・ギルバートなんですよ。私の名前を冠した地区がある位ですからね。
知ってます? ケッペル・ポイント」
 ケッペルは自分の売込みに躍起となっていた。
「ええ、勿論。へえーそんな偉い先生だったんだ。じゃあ、お給料も沢山貰っているんでしょう?」
「はははは、ま、まあね」
 ホステス達は豪快にビールを飲み干すと、
「そんな偉い先生だったら、もう少し豪快に行きましょうよ。ビールはここまでにして、私は高級ワインが飲
みたいわ。飲ませてくれたらね、……」
 二十代のホステスは何やら耳打ちをした。

「ほほほほ、そ、そうか、だったら、一本、いや二本貰おうか? 大黄河君も飲むよね?」
「はははは、程々にした方が……」
 夕一郎は内心ハラハラしてした。勿論ケッペルは豪気に高級ワインを二本も注文してしまったのだった。

「ねえ、貴方はどんなお仕事なの?」
 三十代のホステスは甘ったるい表情で聞いて来た。
「さて、何と言ったら良いのかな。無職かな?」
「ええっ、無職? まさか、こちらの先生のお付の人とかじゃないの?」
「ああ、君、彼はちょっと訳ありなんだよ。仕事の事とかは聞かないでくれたまえ」
 ケッペルは気を利かせた。

「な、なあに、訳有りって、気になるわね。それにこのマスクは東洋人よね。えっと、日本人?」
「え、え、ま、まあ、そんなところかな」
「あはははは、何、その言い方。不思議だわ。まるで宇宙からやって来たエイリアンみたいね。ミステリア
スだわ!」
 三十代のホステスは物珍しそうに夕一郎を眺めた。二十代のホステスは自分のお客の手前、余り夕一
郎を見る訳には行かなかったが、それでも時々チラチラと盗み見ていた。

「ねえ、貴方も、何か飲まないの? さっきから余り飲んでないみたいだけど。ワイン二本の内の一本は
こっちの方のものなんでしょう?
「ああ、勿論だ。大黄河君はお金を持ってないからね、全部私が払うんだよ、ヒック」
 ケッペルはもうかなり酔っていた。かなりのペースでワインを飲んで男気のある所を見せようというのだ
ろうが、既に正体が大分怪しくなっている。

「ねえ、貴方の秘密を教えて。教えてくれたらねえ、私も教えてあげるわ、あっちの事とかこっちの事とか
色々とね、うふふふふ」
 三十代のホステスは、耳元で甘ったるく囁いた。
「はははは、危険ですよ。知らない方が良いです」
 夕一郎はかなり本気で言った。事実なのだから仕方が無い。

「あら、この機械は何? 貴方補聴器を付けているの?」
 ホステスは夕一郎が常時装着している翻訳機に気が付いたようである。
「ああ、これは翻訳機なんだ。英語で話が出来ないから、これを使って話をしている。これが無いと意思
の疎通が出来ないんだよ」
「えええっ! 何だか本当にエイリアンみたいだわね。に、人間なんでしょうね?」
 激しい好奇心と恐怖心とが入り混じった様な妙な顔になった。

「はははは、だから言ったんですよ、知らない方が良いって」
 夕一郎は冗談っぽく言ったのだが、ホステスはそうは受け取らなかった。
「待って、噂で聞いた事がある。た、確か、サイボーグとかいう怪物がこのノアシティに来ているって。
ひょっとして貴方がそうなの?」
 好奇心よりも怯えの表情に変った。

「い、いや、それはその。参ったな。ケッペルさんそろそろ帰りましょう。こちらの人が怖がっているから」
「ウィー、ヒック、君、彼は大人しいから安心しなさい。我々の目から見れば子供みたいに小さいが、怪力
の持ち主何だからね。しかし普通にしていれば子羊みたいに大人しいんだよ。
 しかしアレだよ、君達、内緒だからね。かれは、ニューアメリカの、ああ、いやいや、何でもない。そうだ
な、これ以上居ると、なんでもべらべら喋ってしまいそうで危ないからね。
 ああ、君達も、迂闊に人に話さない方が良いよ、ヒック、ああ、それじゃあ、帰ろうか。ええと、幾らにな
るのかね?」
 ケッペルはすっかり酔っていた。

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