夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              230


「お会計は出口の方でどうぞ。出口はこちらです」
 二人のホステスは出口付近まで送って来たが直ぐ帰って行った。不気味に感じたのか、二人共夕一郎
の側には寄って来なかった。

 出入り口が別になっているのは、入り口の混雑を避ける為らしかったが、
『何かちょっと違う雰囲気もあるな』
 夕一郎にはそんな風にも感じられた。

「ハイ、こちらは、三十分を超えていますので、時間延長料として二万ピアと、ビール中ジョッキ二杯で一万
ピア、えっとそれから、ああ、最高級ワイン二本で五十万ピア、合わせて五十三万ピアになります」
「な、な、何だって! あのワインが一本二十五万ピアもするのか!」
 酔った勢いもあるのか、ケッペルは激怒した。

「お安くしているんですよ。あのワインは通常三十万ピアはするんですからね。まさかお金を持っていない
なんて言うんじゃないでしょうね?」
 出口の会計は中年の東洋系の顔立ちの、やや太ったおばさんだったが、俄かにこわもてになった。

「二人で十万ピアもあれば十分に遊べると聞いて来たんだ。三十万ピアは持っているが、それ以上は無
いぞ!」
 ケッペルは開き直った。

「お客さん、冗談は無しですよ。高級ワインと承知で飲んだ筈ですぜ。ちょっとこっちへ来て貰いましょうか」
 ケッペルと夕一郎は忽ち四、五人の屈強の男達に取り囲まれて、事務所らしい小部屋に連れて行かれ
た。

「先ずは有り金全部貰いましょう。三十万ピアは持っているんですよね?」
 部屋の中に居たボスらしい男がイスに座ったまま、低い声で言った。
「いや、納得出来ない。そんなに高いワインだったら最初から言うべきだ。言ってくれれば飲まなかった」
 ケッペルは何処までも突っぱねた。

「隣の坊やは持っていないのか?」
「ああ、済みません。俺は持っていません。そうですね、本当は連れが二人居るんですが、彼女達だった
ら持っているかも知れません。
 しかし、午後三時半にステーションで待ち合わせているので、今何処に居るのか分からないんですが。
別行動にしたものですから」
 夕一郎はなるべく穏やかな調子で言った。

「そんな御託は聞いていないんだよ。上手く逃れようたってそうはいかねえ。そっちのお兄さんは、何とか
というお偉いさんだそうだな。
 だったら手持ちは無くとも、自宅にでも行けばあるんだろう。それにカードって手もあるだろう。銀行も
近くにあることだし、お金を引き出して来れば良いんだよ。
 一つ教えておくが、ここに来ただけで、手数料が掛るんだぜ。一人二十万ピア。二人で四十万ピア。飲
み代の五十三万ピアと合わせて、九十三万ピアだ。
 坊やはここに残って貰う。あんたはうちの社員と一緒に行ってお金を下ろして来な。素直に言う事を聞
けば、怪我も何も無いが、逆らったり逃げようなんてしたら、どうなるか分かっているんだろうな」
 ボスらしい男はドスのきいた声でそう言った。

「わ、わ、私に命令するのか! 私はケッペルだぞ!」
「はははは、ケッペルだろうとコッペルだろうと知ったこっちゃないね。金を払って、五体満足でここを出て
行くか、それとも、この世の生き地獄を味わうか、二つに一つだ。俺はどっちでも良いんだぞ」
 ボスはニヤニヤ笑いながら言った。

「わ、わ、分かった。銀行に案内してくれ。金は払う。そ、その、大黄河君には手を出さないでくれないか。
あんたらの命が心配だからね」
「はあ? な、何だ? はははは、よっぽど酔っているらしいな。俺達の命が心配だって? あべこべだろ
うが!」
 ボスらしい男はケッペルが酔っているのと恐怖心とで気が変になったと思った。

「ああ、いや、何でもない。じゃあ、い、行きましょう。ああ、高くついてしまった……」
 うな垂れながらケッペルは数人の男達と一緒に部屋を出て行った。

「まあ、少しの間だが、お金を下ろして来るまでの時間、何か飲まないか? それとも女を呼ぼうか? そ
うだ、ゲームでもしようか?」
 夕一郎達を連れて来た男の一人がしきりに話し掛けて来た。

「可愛い顔をしているねえ、えへへへ」
 更に舌なめずりをした。
『えっ、こいつはホモか?』
 目がいやらしいので直ぐ分かった。

「いや、何もしません。直ぐ帰って来ると思いますから」
「へへへへ、あそこの銀行は年中混んでいるからね、多分二十分ぐらいは掛るだろうよ。なあ、少しぐら
いなら良いだろう?」
 男は夕一郎の下腹部をまさぐった。直ぐ後ずさりしたが、何と別の男が、後ろから抱き付いて、
「へへへ、兄貴の言う事を聞きな。暴れると怪我をするぜ」
 と、ガッシリと押さえ込んだのだった。

「ふうむ、俺はその気は無いんですけどね。止めて貰えませんか」
 夕一郎は何処までも穏やかに言った。しかし、ホモ男は夕一郎のズボンのベルトを外しに掛った。
「困りますね。怪我をしますよ!」
 初めて声を荒げて言った。

「あはははは、怪我をさせてくれよ。えへへへへ」
 ホモ男はよだれを垂らしながら嬉しそうに言った。
「ガンッ!」
 夕一郎は先ず後ろの男に後頭部をぶつけた。その一撃であばら骨が数本折れてしまった。

「ウギャッ!!」
 と呻いたかと思うと、
「バッターン!!」
 真っ直ぐ後ろに倒れて、後頭部をしたたか床に打って失神してしまったのである。

「ガシイッ!!」
 前から襲おうとしていたホモ男には膝蹴りを喰らわした。顎に命中。
「ギャッ!! ウガガーーーーッ!!」
 顎の骨が砕けて、激痛に悲鳴を上げて、のた打ち回った。

「や、野郎!!」
 ボスと残っていた二人の男達は慌てた。ここに至って、ケッペルの言った言葉の意味がやっと分かった
のだった。ボスは拳銃を構え、他の二人はナイフを取り出した。

「さっきケッペルさんが言っただろう、俺に手出しをすると、あんた等の命が危ないってね。武器を使うと本
当に命が危なくなるぞ。
 それと、手数料は取り過ぎだな。大人しくしていれば黙って支払ったんだけど、五十三万ピアで許してや
るよ」
 しかし男達は夕一郎の言葉に耳を貸さなかった。

「煩せえ!」
「死ね!」
 ナイフ所持の二人の男が一緒に前後から飛び掛って来た。

「ガシッ!」
「ガシッ!」
 ナイフが前後から刺さったように見えた。しかし殆ど同時に二人の男達は、前から来た男は右拳で、後ろ
からの男は左の肘で強烈に突きを入れられていたのである。

「ギャッ!! い、痛いーーーーっ!!」
「ウゲッ!! グエッ!! ウゲゲゲッ!!」
 前の男はあばら骨が折れ、激痛に転げ回った。後ろの男もあばら骨が折られたのだが、そのあばら骨
が心臓を突き破って、口から大量の血を吐き出し、殆ど即死状態だった。

「パン、パン、パン、パン!!」
 ボスらしい男は恐怖の余り失禁しながらも拳銃を撃ち続けたのである。二、三発命中したが、しかし夕
一郎は悠然と接近し、
「止めろと言った筈だ!!」
 そう叫ぶなり、顔面を軽く拳で突いたが、それでも顔面が少し潰れ、イスに座ったまま失神した。

「ハア、またやってしまったな。どうも手加減出来なくて困るよ。しかしお前等が悪いんだからな」
 独り言を言った辺りで、ケッペルと男達が戻って来た。
「えええっ! これは!」
 酔いが大分醒めたらしいケッペルが青くなって叫んだ。

「ああ、レイプしようと襲って来たので、仕方無しにやった。ちょっとやり過ぎたと思うが、あんた等も何も
しない方が良いと思うよ。俺にはナイフも拳銃も通用しないんだからね。ああ、それとお金は、五十三万
ピアで良いそうだから」
 かなり返り血を浴びながら平然と言う夕一郎を見て、ケッペルと一緒に帰って来た男達は真っ青になる
と共に、ガタガタ震えだした。

「ボ、ボスが、やられている。ジョ、ジョージが死んでいるぞ。け、警察、いや、救急車か?」
 一人は電話を掛けようとしていた。
「待て、警察に聞かれたら、仲間同士の喧嘩だと言え。俺達の事は言うなよ。その方が身の為だぞ」
 夕一郎は咄嗟に警察沙汰は拙いと思った。

「ああ、その方が良い。下手に喋ったら、ろくな事にはなりませんよ。良いですね。じゃあ、五十三万ピア。
受け取りをくれ。領収書だ」
「は、は、はい。な、何もしないでくれ。い、今書くから」
 別の男がボスの使っていたデスクの引き出しから何時も使っているらしい領収書を取り出して、金額を
入れ、サインしてケッペルに渡した。

「じゃあな、余計な事は言うなよ。仲間内の喧嘩だからな。多分喧嘩だと思うとか、上手く言えよ」
 夕一郎の言葉に、
「は、はい、分かりました。お二人の事はけっして言いませんから」
「本当に、一切言いませんから。命だけは取らないで下さい」
「何とか宜しくお願いします」
 口々に言う事をきくと約束したのだった。

「いや、しかしなんだか酷い目に会いましたね。ああ、その、どこかで服を買って行かないと。かなり血が
付いていますから着替えて行かないと、林果やミシェルさんが心配しますから。その、お金の方宜しくお
願いします」
「ああ、分かった。しかし派手にやったねえ。一人は死んだみたいだが?」
 ケッペルは顔をしかめて言った。

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