夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ねえ、もっと詳しく聞きたいんだけど、一緒に部屋に行って良いかしら?」
林果は夕一郎に詳しい話を聞きたかったが、それだけではない。
『本当はこの人、やっぱり林谷昇君じゃないのかしら。外見は全く別人だけど、サイボーグだったら有り
得る。何とか証拠を掴みたいわね……』
そんな風に感じての事だったのだ。
「うーん、今は拙いな。さっきも言ったけど、疲れ切っているんだよ。出来れば直ぐにも休みたいんだけど
ね」
半分は本当である。しかしもう半分はミシェルに対する心遣いでもあった。
『どうもミシェルは少し怯えている気がする。しかし恋愛感情は持ち続けている様な気もするしな。ふうん、
俺を諦めるんだったらまあそれはそれで良いんだけど、恐怖心で諦めるというのもなあ。
どうも気分が悪いし、彼女にとっても良い事じゃない気がするしな。出来れば恐怖心なんかでなく、普通
の気持ちで別れられると良いんだけどね……』
そう思った。
「そ、そう。そんなに疲れているんだ」
「そりゃそうだよ。事故に近いとは言っても、人一人殺してるんだよ。気分は最悪なんでね。ケッペルさん
には当然の様に言ったけど、それは自分にそう言い聞かせているだけであって、本当は物凄く辛いんだ
ぜ。まあ、暫く一人にしていて欲しいんだよ。ひょっとすれば警察のご厄介になるかも知れないしね」
また少し本音を漏らした。
「そう、平気で人殺しをしている訳じゃないんだ」
「はははは、きつい言い方だな。今まで何人死んだか、ああ、いや、何でも無い」
また本音が少し洩れたが、もうそれ以上は言う気がしなかったので、その方面に関してはきっちり口を
つぐんだ。
「じゃあ、明日の朝、またお迎えに上がるわね。それは良いんでしょう?」
「ああ、頼むよ。今度は風呂に沈んでいない積りだからね」
「ふふふふ、物凄い会話ね。知らない人が聞いたら何て言うのかしらね」
林果はそこで別れを告げて自室に戻って行った。
「あの、私は、その、私も疲れましたから帰って休みます。その、明日はお迎えに上がれないかも知れま
せんけど、宜しいでしょうか? だ、駄目でしょうか……」
相変わらず怯えの心が見えた。
「はははは、大丈夫ですよ。俺は攻撃して来ない人にはけっして危害は加えませんからね。金森田という
大悪党が居たのですが、俺はとうとう彼を殺せなかった。
殺されても仕方の無い様な凄い悪だったけど、彼を殺すチャンスがあったのだけど結局殺せなかった。
つまり彼がこっちを殺す気だったら良かったんですが、そうじゃなかったので殺せなかったんですよ。
俺はそういう男だから。ミシェルさんは安心して良いですよ。それじゃあ、また明日。教室でお会い致し
ましょう。お休みなさい」
「お、お休みなさい」
そこまで言われても、ミシェルの恐怖心は無くならなかった。
『ふう、残念だな、ミシェル、彼女は俺を怖がっている。もう、言葉だけでは駄目かも知れない。……さて
出す物を出してから、寝ますか』
例によって、トイレで、飲んだビールやワイン等を吐き出し、風呂に入って、考えることに没頭した。
『うーん、手加減する、か?』
全ては一瞬の出来事である。
『今回の相手は俺の短所を知らなかったが、知っている奴らだったらどうだった? 睡眠物質を嗅がされ
たら一ころだ。いや、揮発性の猛毒だったら即死していたかも知れない。駄目だ、やっぱり手加減は出
来ない。
弱点を良く知っているゴールドマン教授と、その仲間達だったら俺は危なかったし、その情報が洩れて
いる可能性もある。
今後はますます気を付けないと危ない。むしろ積極的に殺した方が良いかも知れない。俺だってむざむ
ざ死にたくはない。場合によっては人類を救う事になるかも知れないのだしな』
一つの結論を得て、風呂から上がり、乾燥室で体を乾かし、パジャマを着てベットの上で眠りかけた時
だった。
「コン、コン!」
ドアがノックされた。
『えっ! 誰だ?』
夕一郎は首を捻った。誰も来る筈はないのである。取り敢えず翻訳機を装着して、
「どちら様ですか?」
と、英語で話した。
「夜分申し訳ないんですが、ノアシティの警察署の者です。お聞きしたい事があるので、ドアを開けてくれ
ませんか?」
『あちゃ、警察か。来るべきものが来たか。仕方ない、まあ、素直に言う事を聞くしか無いだろうな』
直ぐそう決断して、
「はい、今行きますから」
一応そう言っておいて、部屋の明かりを強くしてから、小走りにドアの側に行った。
「あの、何か御用でしょうか?」
と、言いながらドアを開けた。元々鍵は掛っていなかったが、それでは何か拙いと感じて、鍵を操
作した振りをした。
「ノアシティ警察署のダンパルと言うものです。早速ですが歓楽街のカンカンという店で殺人事件があっ
たのですが、関係者の証言から、大黄河という名前が得られました。
何か事情をご存じないかと思いましてやって来たのですが、お宅かまたは警察署で事情をお聞きした
いのですが。大黄河夕一郎さんですよね」
「はい。その、取り敢えず、ここでお話致します。それで良いですか?」
「分かりました。じゃあ、そういう事で。その、事件が事件なので、捜査員が十人ほど来ていますけど、
入っても宜しいですか?」
「ああ、ど、どうぞ」
夕一郎が許可した途端に、ドヤドヤと制服警官が入り込んだ。中に入ったのは十人ほどだったが、部
屋の外にはさらに二十人ほど居た。
『ああ、またか。前にも何度か捕まった事があるから、まあ、別に良いけどね』
夕一郎にとっては最早見慣れた光景だった。
「えっと、その、ダンパルさん、どうぞお座り下さい。正直に話しますから」
「ああ、そうして貰うと助かります」
二人はテーブルを挟んで向き合って座った。
「早速ですが、関係者の証言では貴方が五人を殴り殺した、或いは大怪我をさせたという事なんですが、
それに間違いありませんか?」
ダンパルは単刀直入に聞いて来た。
「はい、そうです」
「おおおーーーっ!!」
二人を取り囲んでいた警官達は驚きの声を上げた。ここまであっさり言うとは思わなかったのである。
「はははは、それでは逮捕という事になりますが宜しいですか?」
「一つだけ条件があります」
「何でしょう?」
「ここの責任者のシュナイダー博士に知らせて欲しいのですが。それからでなければ、逮捕には応じま
せん」
「ほほう、シュナイダー博士とお知り合いですか?」
ダンパルの顔はやや険しいものになった。
「知り合いも何も、私は博士によってここに連れて来られたのですからね。言わば彼が私の監督責任者
でもある訳です。私の行動は博士の責任によってなされている、と言っても過言ではありませんからね」
夕一郎が博士の名前を出したのには、むざむざ逮捕などされたくないという思いの他に、そろそろ体調
維持の為の手術が必要だと考えていたからでもあった。
『本当に近い内に手術をしないと、かなりヤバイぞ! どこかで倒れる恐れがある!』
そうも感じていたからだった。
「ふうむ、これは困りましたね。シュナイダー博士はここではアメリカ大統領の代理人の地位にある。彼
のお声掛りともなると、単純に逮捕は出来ません。
ただ、それが本当かどうかが問題なのですが。つまり、博士の命に従ってここに連れて来られた者で
あるかどうかという、何か証の様な物が必要なのですが……」
ダンパルのトーンは一気に下がってしまった。
「そうですねえ、私自身が極秘の存在なのですが、特別に貴方お一人にお見せ致しましょう。貴方一人
だけお風呂場に来て貰えますか。
証拠をお見せします。ただし、絶対に他言無用ですよ。秘密を守れないんだったら、お見せ出来ませ
ん。どうしますか?」
「危、危険です! こいつは五人を素手で死傷させているんですよ!」
何人もの警官がそう言った。
「ううむ、いや、私は確かめたい。これも刑事の仕事ですから。その、殴るとかそういうことは無いのです
よね?」
「はははは、勿論です。私が本気になったら、ここにいる全員をKO出来ます。そうしないのは、その気が
無いからですよ。攻撃して来ない者には危害を加えない。それが私のポリシーでもある」
「分かりました。貴方を信じましょう。君達はここで待っていなさい」
「し、しかし!」
やはり何人もの警官が反対したが、
「はははは、君達も聞いたろう。攻撃をしないものには危害を加えないと言っているのだから、大丈夫!」
ダンパルは力強く宣言して、夕一郎と共に風呂場に向った。
「お風呂場で何を見せるのかね?」
ダンパルには何のことか分からなかったのである。
「まず、お湯を入れます。熱いと湯気で見え難いので、ぬるま湯にしましょう」
十分ほどで湯船はほぼ満杯になった。
「じゃあ、そうですね、これは外して置きましょう。それから、お風呂に入るのですが、服は脱ぎませんと
ね。じゃあ、ちょっと失礼して」
夕一郎は一旦脱衣室に出て、パジャマと下着を脱ぎ、再び風呂場に戻って全裸の状態に翻訳機を
装着すると、
「浴槽に沈みますから、時間を計って下さい。ちょっとお聞きしますが、貴方は何分位潜っていられます
か?」
と、聞いたのだった。