夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「潜水して、何分持つかということですか?」
「はい」
「そうですね、私は割合得意なんですが、それでも二、三分でしょう。まさか十分間も潜りっ放しなんて事
じゃないでしょうね?」
「そのまさかですよ。時間を計ってみて下さい。まあ、余り長くてもアレですから、十五分という事でどうで
すか?」
「ええっ! 十五分! 死んじゃいますよ。……しかし噂は聞いた事があります。超人的な能力を持つサ
イボーグの事をね。それじゃあ、ひょっとして貴方が」
「ふふふふ、言葉だけじゃ信じないのでしょう? 一分ごとに時間を教えて下さい。最後の一分は秒読み
をお願いします。じゃあ行きますよ」
「バッチャンッ!」
翻訳機を装着したまま、風呂に入り込んで仰向けに寝そべった。欧米人用の物の中でもかなり大きな
サイズだったので、小柄な夕一郎はすっぽり入り込める。
「ああ、やっぱり、この翻訳機は防水も完璧ですね。翻訳機の防水性もテストしてみたかったんですよ。
ああ、えっと、タイムの方をお願いします」
「えええっ!」
ダンパルは本当は卒倒しそうなほど驚いていた。
『す、水中で言葉を発している。泡(あぶく)は全く出ていないから、息をしていないという事になる。しか
もはっきり聞こえる。
殆ど化物だ。いや、モンスターそのものだ! 成る程、五人の屈強の男達が、そのうち三人は武器を
使用していながら簡単に叩きのめされていたのも頷(うなづ)ける。
もう実験する必要も無い。しかしこの男はタイムを計れというのだ。ここは言う事を聞いておいた方が
良いだろう』
そんな風に相当の恐怖心も感じて、
「そ、それでは今から計測します」
かなり慌てて腕時計を使って時間を計り始めた。
「……一分経過。……二分経過。……」
「本当はここで時々寝てしまったりするんですが、うっかり寝過ごして、他の人に迷惑を掛けるものですか
ら、まあ、一応今回が最後ということになるでしょう、潜りっ放しはね」
「三分経過。ええっ! ね、寝てしまうんですか?」
「はい。気持ちが良くてついうとうとね。お分かりになったと思いますが、私は呼吸をしていませんから、
何時間でも潜っていられます。
エネルギーは充電可能な超超高性能燃料電池を使っています。その気になれば丸一日だって潜って
いられます。ただ、それじゃあ退屈ですから、一晩眠ったところで風呂からは上がりますけどね」
「ま、丸一日! へえ、凄いですね。ああ、四分経過。その、噂によれば拳銃の弾を弾き返すとか、本当
なんですか?」
「まあ、その、本当です。アメリカという国は銃に対する信仰のある国ですが、それが通用しない時は惨
めですよね。大抵銃を乱射して来る。
殺意を持って攻撃してくる者に対しては、こっちも情け容赦しません。相当の大怪我をする事になりま
す。当然の反撃だと思いませんか?」
夕一郎の問い掛けに、ダンパルはちょっとうろたえた。
「ああ、は、はい。そうだと思いますが。えっと、五分経過。その、今までも今回の事件のような事があっ
たのですか?」
「はい、何度もありました。本当はとても残念なんですよ。出来れば殺したり大怪我をさせたくは無い。後
で後悔するのですが、こちらも全く無傷じゃありませんからね。
痛くは無いのですが皮膚が少し裂けたりしますからね、下手をするとボロボロになる。そうなった場合
は手術が必要なんです。ただその手術には莫大な費用が掛るんですよ」
「莫大というと?」
「億単位です。数億ピアから数十億ピア」
「えええっ! あ、あの、六分経過。それは大変な額ですね」
「怒りの理由が分かる気がしませんか?」
「わ、分かります。良く分かりますよ」
夕一郎はお金の話をすれば分かって貰えると思ったが、想像通りだった。
「ですが、そのお金は誰が支払うのですか? 幾らなんでも、ご自分では無理でしょう?」
「はい、詳しい事は申し上げられませんが、その為にアメリカ政府の援助が必要になった訳です。ただ余
り単純な話ではありません。これ以上お話しすると、貴方に御迷惑が掛るかも知れませんよ。
国家の最高機密に属する事なので、知っただけで収容所送りになる可能性がありますから。ふふふ、そ
れでも良ければお知らせしますが」
「七分経過。い、いや、結構です。知りたくはありません。……実は私も訳ありでして。地上で大失態をや
らかしましてね。それで地下都市勤務になったんですよ」
「へえ、そうなんですか。なかなかしっかりしたリーダーだと思いましたが、ミスがあったんですか……」
「はははは、しっかりしたなんてとんでもない。外国からの賓客の護衛に失敗して、テロリストの襲撃を受
けて大怪我をさせてしまったんです。
まあ、言い訳になりますが、自分の直接の失敗ではありません。私の部下の失敗なのですが、当然上
司の私が全責任を負うことになりました。
軽い処分では怪我をした某国の高官の気が済まないようでしたので、私は懲戒解雇という形を取らされ
る事になった訳です。あっと、八分経過」
ダンパルは無念そうな表情になった。
「へええ、そんな事があったんですか。私も訳ありといえば、訳も大ありなのですが、先ほども言いました
が、詳しい事は言えません。
ただ、どういう事か分かりませんが、私の上司というか、監督責任者が何度も変ってちょっと困りました。
異なる主張をする上司が二人いるのですが、何度も入れ替わりました。一人はシュナイダー博士。もう一
人はゴールドマン教授です」
「ゴ、ゴールドマン教授! か、彼を知っているのですか!」
ダンパルは大声で叫んだ。
「ど、どうしたんですか? 有名な教授だと思いましたが?」
「あっと、九分経過。彼の事を知らないのですか?」
「どういうことですか? 彼は逮捕されたんじゃないんですか?」
「確かに身柄を拘束されましたが、彼は今逃走中なんですよ。警察署管内の恐らく彼の支持者と結託し
て拘置所からまんまと脱獄したんですからね。
最早彼は立派な犯罪者です。逃亡したのですから。ただその行方は分かりません。彼ほどになると支
援者も相当数いると思われますからね」
「へえ、それは初耳です。ゴールドマン教授はある目的の為に私を使いたがっていました。シュナイダー
博士の目的とは全く異なるものだったんです。
二人は路線の違いから激しく争っていたのですが、最終的にはシュナイダー博士が勝ちました。しかし
ゴールドマン教授は逃亡して何をする積りなんでしょうね」
「大黄河さんでもお分かりになりませんか?」
「はい、全く想像が付きません。彼の部下の大半はここの収容所に入れられているらしいですしね」
「、十分経過。へえ、うーん、それじゃ私にも想像が付きませんね。堂々と裁判を受ければ良いと思うので
すがね」
「同感です。彼は私を欲しがっていました。しかし現在私はシュナイダー博士の管理下にある。大統領に
も了承されていると思われますから、最早勝負あったと思うのですがね。まだ何かあるんでしょうか?」
「うーん、全然分かりませんね」
ダンパルはしばし沈黙した。
「十一分経過。……十二分経過。……」
「あれ? ドアの向こうが騒がしいようですが?」
「十三分経過。はははは、私の部下が心配して様子を伺っているのでしょう。済みません、今大人しくさ
せますから」
ダンパルは振り向いて、
「心配は要らない。後数分で戻るから、元の場所で待機していなさい!」
大声で指示を出した。
「待っていると十五分も相当に長く感じますからね。ところで納得されましたか?」
「はい。もう、シュナイダー博士にお伺いを立てるまでもありません。本当に失礼致しました。もう結構で
すからお風呂から上がって下さい」
「分かりました。それじゃあ、ダンパルさんも向うの部屋でお待ち下さい。今風呂から上がって乾燥室で
体を乾かしてから行きますから。それで事情聴取の続きをされれば良い」
「ああ、いや、事情聴取はもう結構です。これで退散致しますので。それと、ここでのお話は絶対に秘密
にしますから。そこのところ宜しくお願いします」
「ああ、そうですか。分かりました。それじゃあ、どうぞ、お行きになって下さい。私が風呂から上がると、
濡れてしまいますからね」
「はい、それでは失礼します」
ダンパルは目一杯丁寧に言って風呂場から去って行った。夕一郎が戻った時には、誰もいなかったし、
大勢の警察官達の足跡は綺麗に清掃されていたのである。
『はははは、何もここまでやらなくても良いのにねえ』
そう思ったが、ダンパルの恐怖心がそうさせたのだというところまでは、さしもの夕一郎も気が付かな
かった。
結局、社交レストラン『カンカン』での五人殺傷事件は、仲間内での喧嘩として処理されたのである。
事件そのものはそれで終ったが、噂は残った。
アメリカ人には大黄河は発音し難いので、何時しかそれは『ダウクーガー』という名前で語られる事に
なった。
人を襲う不死身のモンスター『ダウクーガー』の誕生であった。その噂は地下都市『ノアシティ』のみなら
ず、地上でも恐怖心を持って語られる事となったのである。