夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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翌日は珍しく、夕一郎は起されずに部屋を出た。ゴールドマン教授の脱獄事件が気になって、少し早
めに起き出したのである。
「お早う!」
「ああ、お早う御座います。随分早いんですね」
「お早う御座います。ほんとに、雨でも降るかも知れませんね」
夕一郎と部屋の外に出た所で鉢合わせになって、林果とミシェルがビックリしていた。
「はははは、ここは地下ですから、雨は降らないでしょうが、ゴールドマン教授の事を聞きましたか?」
「ああ、脱獄の事ですね? テレビのニュースで見ました」
「はい、私はネットのニュースで知りました。彼は何を考えているんでしょうか。これで彼は立派な犯罪者
の仲間入りですわよ。今までは容疑者だったのに、今度は確信犯みたいなものですから」
林果よりもミシェルが呆れて言った。
「そうなんですよ。ただ、そこがなんとも不気味でしてね。意味も無く脱獄するとは思えないんですがね……」
三人は話しながら第五小会議室に着いた。そこでも暫く話し合った。
「と言うと、何か目的があるのかしら?」
林果も少し顔をしかめながら言った。
「多分ね。それが何か分からないから、尚更不気味何だよね」
「そうねえ。ところで昨日の夜、大ちゃんの所に警察官が大勢来ていたみたいですけど、あれは?」
ゴールドマン教授の話はそれ以上進展しそうも無かったので、ミシェルは話の方向を変えてみた。
「ああ、『カンカン』での事件の容疑者として事情を聞きに来たんだよ」
「ええっ! それって一大事じゃない!」
林果は声を荒げて叫んだ。
「ああ、でも、私はシュナイダー博士にここに連れて来られたんだと言ったら、まあ、少し詳しく説明したん
だけど、博士の権威は絶大でね、納得して帰って行ったよ。多分事件は仲間同士の喧嘩という事になるん
だろうと思うよ」
「本当に?」
「ああ、間違いないと思う。実際、今こうしていられるんだからね」
「そ、そうよね。ああ、良かった」
林果は胸を撫で下ろした。間も無くケッペルが来て授業ということになったが、一時間ほど経って授業
が一段落した辺りで、シュナイダー博士がやって来た。かなり険しい表情である。
「ああ、皆座ったままで聞いてくれたまえ。ケッペルさんもどうぞ座って下さい。少し話が長くなりますからね」
博士の言葉に従ってケッペルも座った。
「テレビ等でご承知と思うがゴールドマン教授が脱獄した。理由は不明だが、なにかを企んでいるのに違
いないと思う。
それと関係があるかないのか、それも定かではないのだが、実は金森田玄斎も失踪した。しかも、彼の
体内に設置された爆破用のリモコンスイッチは、教授が握っているのですよ。他からのコントロールが一
切出来ないように細工もしてあった」
「な、何だって! それは相当に拙いですね。恐らく二人は結託して何かをする積りなんじゃないでしょう
か?」
夕一郎には何とも言えない嫌な予感がした。
「か、金森田玄斎!」
林果は立ち上がって、叫んだ。許す事の出来ない男の名前だった。ミシェルだけは余り事情は良く飲
み込めなかった。
「あのう、金森田玄斎と言うと?」
「莫大なお金を手に入れる為に何万人もの人々を殺した、悪の権化の様な男よ。その莫大なお金を使っ
て作り上げたのがサイボーグだったの。ああ、その御免なさい。大ちゃんのことを悪く言っている訳じゃあ
りませんからね」
「はははは、別に気にしていませんよ」
言いながら、夕一郎は冷やりとした。
『身元がばれたかと思った。ふう、危ない。少し考えれば、十分に自分が林谷昇だって分かりそうなとこ
ろがあるから、気が気じゃないよ』
そう思いながら、うまく誤魔化す気持ちで居た。
「さ、サイボーグの産みの親? だったら大ちゃんは彼の知り合い、と言うか仲間だった訳?」
「いや、話せば少し長くなるけど、彼、金森田はSH教と言う、宗教団体の総帥だった男です。私はその
SH教の一信者に過ぎません。
色々事情があって、私はサイボーグにさせられたのです。自分から好んだ訳でも、金森田に協力した
訳でもありません。
行く行くは彼がサイボーグになる積りだったのですが、最初から上手く行くかどうか分からなかったので、
私は実験体にさせられたのです。
私で上手く行ったら、今度は自分がなる積りだった。しかしいろいろな事件があって、彼のサイボーグ
化は結局出来なかったのです。
それどころかアメリカ当局に捕まって、心臓付近にリモコンで点火される爆薬を付けられて、放免され
たのです。二度と悪さが出来ないようにね」
「そのリモコンのスイッチをゴールドマン教授が持って逃げたとなると、彼は金森田という悪党とつるんで
何かする積りなんじゃないのかしら?」
ミシェルにも事情が大分飲み込めて来た様である。
「ああ、そうですね、ミシェル君は余り詳しくは知らなかったんですね。まあ当然だが、今の事は極秘に
願いたい。一般の人と接する事があった場合、たとえ親兄弟と言えども話してはいけませんよ。良いで
すね」
博士は厳重に言い含めた。
「は、はい。国家レベルの機密事項なのですね?」
「勿論です。それと更に気になるのが、研究員達の大量失踪です。サイボーグ関連の研究員達が大量
に失踪してしまいました」
「ええっ! それって、拙いだけじゃなくて、博士の管理責任も問われませんか?」
余り出番の無かったケッペルがやっと口を挟んだ。
「その通りです。地下の収容所からもかなり脱出されてしまいました。言い訳になるが、ゴールドマン教授
は今回の様な場合に備えて、密かに地下都市、ノアシティ中に彼の息の掛った者達を潜ませていたよう
です。そうでもなければこれほど大量に脱出出来る訳が無い」
「地下の収容所だけですか?」
気になって夕一郎も聞いてみた。
「いや、アメリカ中から、相当数いなくなっている。アメリカばかりではなく日本からもらしい。私の知らぬ
間にずっと彼は根回しをしていたのだろう。その方面ではあの男は正に天才だ」
「だとすると、目的は、やはりサイボーグを作る積りなのではありませんか?」
ケッペルの当然の質問に、
「恐らくそうでしょう。教授は何処までも彼の考えを押し通す積りのようだ。問題なのは資金なんですが、
唯一分からないのがその点です。一から作るとなると、兆単位のピア、数百億ドルは掛るのですよね?」
今度は博士が夕一郎に聞いた。
「はい。金森田という男はその方面に長(た)けています。例えばこんな方法を使います。多額の保険金
を掛けて人を殺し、しかも保険会社の幹部を脅して保険金を支払わせるのです。
普通なら、厳重な審査があるのに、脅された保険会社の幹部は目を瞑って、支払いに応じます。その
ような保険会社を全世界をまたに掛けて数百社も使うのです。
一社平均百億とすれば数兆円が稼げます。勿論十何年にもわたってですからばれないのです。彼は意
外に私には何でも話してくれて、その手口も自慢げに話してくれました」
「ほ、誉めちゃいけないのですけど、うまい手口ですね」
林果は呆れながらも、現代社会の隙を巧妙に突くやり方に少し感心もしていた。
「でも、保険会社の幹部を脅すのはどうするのかしら?」
ミシェルには想像が付かなかった。
「なるべく真面目な幹部を女を使って骨抜きにするらしいですよ。なまじ真面目なだけにかえって女にの
めり込むそうです。のめり込んでしまったら後は女の言う事に逆らえないようです。
もし幹部が女性の場合はカッコ良い男性を使うようです。そこが大きな宗教団体の怖いところでもある
んですよ。数百万の信徒の中には魅力的な男や女が大勢いますからね。
海外にも沢山支部がありますから、SH教の未来の為に骨を折ってくれないかと言われれば、総帥自
らにそう言われれば断れないでしょう」
夕一郎の言葉には実感がこもっていた。ソード・月岡として一時的にせよSH教の事実上のトップだった
ので、その辺の事が良く分かるのである。
「しかし、よく警察にばれなかったね。遺族からもクレームが付いたのじゃないのかな?」
ケッペルは不思議に思った。
「その点も抜かりがありません。なるべく家族のいない人物を選びますし、警察の中にも、弁護士や更に
は裁判官まで同じ様に男には女を使い、女には男を使って骨抜きにしておくのです。
しかも隠れSH教の信者を相当数、警察等の司法関係者の中に潜り込ませて置くのですから完璧です。
まあ、自分もその被害者のようなものです」
「えっ! そうなんですか?」
林果の目の色が変った。
『仕舞った! とんでもない事を言って仕舞った!』
夕一郎は青くなった。ますますもって林果に疑われそうな事を言って仕舞ったのである。
「ああ、いや、その、は、博士。それで、対策とかはどうなんですか?」
懸命に誤魔化した。
「昇さん! のぼっ太君!」
林果は鎌を掛けた。英語ではなくきっちり日本語で言ったのである。
「な、何ですか。その、の、昇というのは? それにのぼっ太君なんて、何のことですか?」
夕一郎は慌てふためいた。英語ではなく日本語で言った。
「訛りがありますわよ、北国のね。日本の標準語を話しても、僅かに訛りがあるのです。そればかりじゃ
ないわ。貴方はのぼっ太君を知っている。
いいえ、知っているのに隠そうとした。日本に少し長く居れば誰もが知っているアニメの主人公よ。隠す
必要は無い。でも貴方は隠そうとした。どうして?」
「うっ、そ、それは……」
夕一郎は言葉に窮した。