夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「な、何ですって! 嘘だわ。あはははは、もう、役者なんだから。そりゃかつての恋人の前では、ああ、違うわね。
今の恋人の前では、そう言わざるを得ないわね。
 分かったわ、ダーリン、貴方に恥を掻かせることはしないわ。うふふふふ、さあ、行きましょうよ。最後に勝つの
はきっとこの私よ。ふふふふ」
 一度はムッとしたヘレンだったが、夕一郎に愛されていると確信しているのか、今日のメニューに従った行動
を催促した。

 夕一郎は反論しようと思ったのだが、このままでは喧嘩になってしまいそうに感じて堪えた。林果やミシェルも
同様に感じた。優先的にしなければならない事があるのだ。

「ふう、やれやれ、そ、それじゃあ行きましょうか」
 ケッペルはヘレンと林果、ミシェル、夕一郎との修羅場が一応治まったのでホッとして歩き始めた。
「はははは、なるべく穏やかに頼みますよ、皆さん」
 シュナイダー博士も顔面蒼白になりながら言った。一歩間違えば暴力事件すら起きかねない激しい状況だっ
たのだ。言葉だけで済んで良かったと思っていた。

 三人の男と女は成り行きから自然にカップルが出来ていた。必ずしもはっきりしたカップルではないのだが、
林果と夕一郎、他の者と隔離する意味も込めてシュナイダー博士とヘレン、残ってしまったケッペルとミシェルで
ある。

 何と無く二人一組になって第七研究室に向かった。間も無くやって来たノアトレインに六人が乗り込んだ。座り
方も結局は二人ずつ並んで座って互いのパートナーと雑談を始めたのである。

「ねえ、ちょっと不思議に思う事があるけど聞いて良いかしら?」
「な、何かな?」
「このトレインは、ああ、その列車は、それも違うわね。一両だけなんだから、列車とは言わないのよね。ただ電
車とも何か違う気がするんだけど、こんなに乗客が少なくても良いのかしらね?」
 林果は敢えてヘレンの話は避けた。

「ふうん、確かにそれは言えてるよね。今も十数人程度だしね。この間の歓楽街じゃかなりの人が居たからね。
少なく見積もっても数千人は居ただろうね。林果は数学が得意なんだから計算してみれば?」
「うふふふ、やってみたのよ、自分の部屋でね。少し理屈っぽくなるけど聞きます?」
「ああ、聞きたいね」
 夕一郎もヘレンの事を一時忘れたかったので聞いてみることにした。

「ノアトレインは一度に何両稼動しているか考えたのよ。大ちゃんは、いいえ、ふふふ、昇はどう思う?」
「うっ、うん。その、俺の推理だとサークル状の駅を一時間掛けて回っていて、しかも五分間隔で次の駅に着く。駅
の数は十二だから、ノアトレインは十二ある。逆周りのノアトレインを入れると、全部で二十四あることになる。
 厳密には分からないけど、平均で十五人乗っているとすれば、15×24になって、今現在乗っている人数は
およそ360人だ。そこまでは考えたけど、その先はちょっと良く分からないね」
 林果に昇と言われて、ドキッとしたが、平気な振りをして答えた。

「そこまでは完璧だわ。私達が普通問題にするのは、一日の乗降客の数よね。そこでざっとだけど、一度に乗
り降りする人の数をノア一両辺り五人とすると、全車両では百二十人。
 一時間だったら1440人。一日二十四時間だとまあざっと三万人位ね。全部が推測だから正確な所は分から
ないけど、極端には違わない数字だと思うわ」
「へえ、思ったよりも多いんだ。それってアレかな、このノアシティでは十分な数なのかな? それで間に合ってい
るんだったらまあ、十分なのだろうけどね」
 林果の計算に夕一郎は若干の疑念を付け加えた。

「そうねえ、私達はそもそもこのノアの街の人口を知らないのよね。それと、前にケッペルさんだったかしら、移
動が少ないようにしているって言った事があったわよね。なるべくその街で事足りるようにしているって」
「ああ、確かそう聞いている。つまり働く場所が住んでいる場所にするって言う事だと思うけど、もしそうだとする
とそれで十分なのかも知れないね。
 隣の地区には歩いたり自転車やローラースケートとかで行くって聞いたけど、でもそれが何処にあるのか聞い
ていないけどね」
「ええ、今のところ私達も隣の街に歩いて行くほどの用も無いですからね」
「その通りだけど、何だか知りたくなって来たよ」
「近い内に聞いてみましょうか?」
「ああ、そうしよう」
 一通りの話が済んだところで、丁度ケッペルポイントに到着した。    

「しかし今日は大丈夫だろうね。この間はひどかったからね、はははは」
 夕一郎は苦笑いをした。
「そうですね、今日は一番先に行って貰いましょう。今日は絶対大丈夫な筈ですから」
 博士は自信満々だった。

「それじゃあ、入ります。はははは、なんか緊張するな」
 夕一郎はそう言って、ドアを開けて前には拒否された、通行人チェック用の小部屋に入って行った。

「貴方は大黄河夕一郎さんですか?」
 いきなりそう聞かれた。
「はいそうですが」
「了解しました。どうぞお通り下さい」
 実にあっけなかった。

「はははは、なんだか拍子抜けするね。でもまあ良かったよ」
 夕一郎が通り抜けたらしい事は、入り口の方からは小窓があって見えていた。その後、林果、ミシェル、
ケッペル、ヘレン、最後にシュナイダー博士がチェック小部屋を通過した。

「ふう、何とか全員無事に通れましたね。はははは、今日は別の意味で緊張しましたよ」
 ケッペルが本音を漏らした。
「ケッペル先生、それは私の事ですか?」
 ヘレンがからかい加減に言った。

「ああ、いやいや、そんな事はありません。えっと、早く参りましょう」
 図星だったのでケッペルは慌てたが、何とか誤魔化したのだった。
「ええと、早速だが、ここは他の地区とは何かと違う所があるので、注意点を二、三お話していから行きます。
まずここを出て直ぐの所に、会議室のような所がありますから、そこで座って、話を聞いて下さい。
 話は皆さんも恐らく良く知っている、アーノルド君にして貰います。彼は今はこっちの係官になっています。
じゃあ、行きましょう」
 博士の顔に少し緊張感が感じられた。第七ケッペルポイントを出ると、直ぐ会議室らしい部屋があった。ただ、
そこここに、銃を持った軍人が立って警戒していて、他の場所とは比べ物にならないほど、緊迫した空気が漂っ
ていた。

「うへっ、さすがに軍事基地らしい警戒の厳重さだな。それと無く俺達の様子を伺っているぞ」
 夕一郎はあちこちに立っている軍人が漠然と空を見ているようでいて、実は一斉に自分達を警戒しているらし
いことに気が付いた。

「まあ、物々しいわね。でもアーノルドさんだったら私も一度位は見た事があるから、特にどうという事は無いわね」
 気楽な感じでヘレンは言った。一行はぞろぞろと中に入った。既に中にはアーノルド係官が居た。
「いやあ、大黄河君、久し振りだね」
「ああ、ほんとに」
 アーノルドと夕一郎はもう旧知の間柄である。固く握手を交わして、少しばかり雑談をしてから離れた。アーノル
ドは立って、他の者は座って話を聞く。ただ博士だけはアーノルドの隣に立って、講師の立場になった。

「ノアシティ・ケッペルポイントにようこそ。ここに、ケッペルさんが来られたのも何かの縁でしょう。本来ならケッペ
ル先生が中心となる筈なのでしょうが、色々な都合でそうなりませんでした。
 その辺の事情は、残念ながら私にも分かりません。詳しい事情は大統領閣下の許可が無ければ聞くことすら
出来ません。ですので、その点に関するご質問にはお答え出来ませんので予(あらかじ)め了承して下さい」
「ああ、良く分かった。今は質問しない」
 ややムッとした表情でケッペルは言った。

「それでは、本題に入りましょう。先ず認識して頂きたいのは、ここは最高機密のアメリカ空軍基地だということ
です。
 絶対に勝手な行動をしてはいけません。特に疑わしい行動があった場合には、警告無く射殺する事も有り得
ます。
 これは単なる脅しではありませんからね。それからここで見聞きした事は全て極秘の事柄だとお考え下さい。
ここを出て、他の地区で誰かにその内容の一部でも話した場合には、逮捕され、最も重い罪だと判断されれば、
死刑も有り得ます。
 通常の裁判ではなく、秘密軍事裁判所で裁かれ、数ヶ月で刑が確定しますから。世間には一切公表されませ
んからね。弁護士も付かなければ上告も出来ません。ここは地上ではありませんから通常のアメリカの法律は
通用しないとお考え下さい」
「あのう、ここに来た者同士で話しても駄目なんですか?」
 念の為に夕一郎が聞いてみた。

「勿論です。話して良いのはケッペルポイント地区の中だけです。ここのステーションから一歩でも外に出たら、
いや、厳密に言うと、チェックポイントから出たと同時に秘密遵守の義務が生じるのです。
 ノアシティ独自の決まりと言って良いかも知れません。もし、自信が無いと言うのだったら、或いはその様な決
まりは認められないと言うのなら、今直ぐお帰り下さい。残念ではありますが仕方がありません」
 今度は博士が険しい顔で言った。滅多に見ることの無い相当の厳しさだった。

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