夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ふふふふ、一人脱落ね。あと一人……」
 ヘレンは小さくそう呟いた。
「えへんっ! それでは参りましょう。この先からは兵士が二人付きます。先ほども言った様に、逃亡したり、極
端に疑われるような行動をした場合には、有無を言わさず射殺されますから気を付けて下さい」
 ヘレンの呟きは意外に良く聞こえたので、アーノルドは咳払いをして、注意を促してから歩き出したのだった。

「アーノルド長官、ご同行いたします!」
 マシンガンを携えた二人の完全武装の兵士が五人の後ろについて並んで歩き始めた。武装した兵士が後ろ
からピッタリくっ付いて歩いて来るのは、余り気持ちの良いものではない。自然と緊張感が走った。

「少し距離がありますが、まあ、それでも二、三分あれば、エレベーターの乗り場に着きます。そこにも兵士はか
なりいますからお気を付けて下さい。勿論、何もしなければ何もありませんからね。心配は要りませんから」
 アーノルドも博士も特に何も言わなかったが、本当は夕一郎を警戒して特に厳重な警備になっていたのである。

「はははは、随分兵士が沢山居ますね。しかもほぼ全員がマシンガンを持っている。ひょっとして私の為の対策
ですか?」
 過去の経緯から夕一郎には想像が付いた。

「あ、いや、まあ、そうなんですよ。何しろ君は普通の銃では倒せないんでね。よもや暴れたり逃亡するとは思え
ないが、万一を考えるのが軍隊の考え方でね。気を悪くしないで貰いたい」
 アーノルドは親しみを感じている男に対する仕打ちに気が引けていたが、如何に今はノアシティの軍部のトップ
であっても、彼の一存だけでは軍備の軽減を一方的に決める事は出来なかった。

「いや、その位の用心は必要でしょう。私もそういう立場だったら、やはりそうしていたと思います。ああ、しかし、
他と違って沢山エレベーターが並んでいますね」
 地上の大きなビルなどで見られる様な広々としたホールにエレベーターは十台ほどもズラリと並んでいた。し
かも完全武装の兵士の数は数十人もいる。
 少し遠方の兵士も数えれば百人位もいるだろう。物々しい警戒振りである。その場所の天井は結構高く、地上
のビルの一階と錯覚するほどだった。

「さて、エレベーターに乗ります。随分沢山のエレベーターの数に驚かれたでしょうが、ここが軍事基地だからな
のです。
 いざという時、少数の兵士しか運べないのでは、作戦上非常に拙い事になる。当然ながら他にもエレベーター
は沢山あります」
 一々説明しながらアーノルドはやって来たエレベーターに率先して乗った。ヘレンと林果はその直後に乗り、
その後で博士、ケッペル、夕一郎の順序で乗った。兵士二人は一番最後に乗り込んだ。

 研究室地区のエレベーターより大きく一度に二十人位は乗れるだろう。何か実用一辺倒の感じのエレベーター
で、内装は粗末だった。
「へえ、言っちゃアレだけど、随分ボロね。これで何処に着くのかしら博士?」
 ヘレンは緊張感が続いていて、息苦しさを感じたのか、動き出したエレベーターの中でとりあえずざっくばらん
に聞いてみた。

「聞いた事があるとは思いますが、山の中の基地に着く。ケッペルスターの発着所がある。今日は何度か試乗し
て貰うが、明日には大黄河君の手術があるからね。
 その間、ヘレン君と桜山君には、かなりの回数、飛行訓練を受けて貰う。何度か適性も検査して、最終的に、
君達の内のどちらかが、宇宙ステーションに大黄河君と共に行って貰う事になる。
 これも前に言ったと思うが、ケッペルスターを二回使って一人ずつ運ぶ。そう聞いているよね? しかしまたし
ても方針が変った。
 ケッペルスターの動きに各国が注目しています。余り何度も往復すると疑いの眼差しで見られる恐れがありま
す。それと言うのも、わが国が核兵器の提供を打診したが為です。
 そこで、場合によっては、君達にケッペルスターを操縦して貰う事になるかも知れません。ケッペルスターは基
本的なことを学びさえすれば、予め決められたコースを飛ぶのだったら、誰でも操縦出来る、準ロボット機能を
持っていることはもう知っているよね」
 博士の言葉は爆弾発言に等しかった。

「ええっ! そ、そんな。聞いていません、そんな事は!」
 やや激高して林果が叫んだ。
「度々の方針転換で申し訳ない。しかし、もうかなり君達は勉強して来ているのだから、十分可能ですよ。難しさは
大体車の運転レベルです。
 三週間ほどびっしり練習すれば、十分に行けますよ。ここに優秀な指導教官がおられますからね。ケッペルス
ターを熟知した方がね」
 博士はケッペルをチラリと見て言った。

「はあーっ、私はその為に呼ばれたのですか。何も聞いていませんぞ。拒否する事は出来ないのですな?」
「お気の毒ではありますが、この事はクラスファー大統領も了承している事なので、拒否は反逆罪に等しい事に
なる。
 ノアシティでは反逆罪は懲役二十年以上の重罪になります。全てはこの地球の為。我等が愛する星、地球の
為に我々は戦っているのです。はははは、これは大黄河夕一郎君の考えですね。
 正直震えましたよ、大黄河君のこの考え方を聞いてね。我々はアメリカ合衆国の為に戦っているのではない。
この地球の為に戦っているのだということです。
 一国の利益だけを追求しているのではないのです。もう一つ重要な情報をお知らせしておきましょう。我々が
何故かくも急ぐ様になったのかをね」
 博士はとっておきの情報を提供するらしい。

「ゴールドマン教授が逃げたからなんでしょう?」
 直ぐヘレンが先回りして言った。
「その通りなのですが、我々は何人かの逃げ出した研究員を捕らえました。その他に彼の側近達もです。ヘレン
君は教授が何を狙っているのかご存知かな?」
 改めて博士は聞いた。

「大黄河さんを使って、オリンピックで大量の金メダルを獲得して、結果として自分の立場をより強固なものにす
るのでしょう?」
「確かに、それも目的の一つです。しかしその為に彼は、我々の計画の頓挫を狙っています。複数の研究員の
証言ですから間違いありません」
「ど、どうやるのですか?」
 林果は怪訝な顔で言った。

「一つは我々の計画を世間に公表するのです。『有もしない幻想の為に莫大な国家予算を使っている』とマスコ
ミに情報を流す積りのようです。その為のタイミングを今待っているようです。
 しかしそれだけではありません。彼等は独自にサイボーグを作って、目的を達成しようと考えているらしいので
す。ですが、当初はサイボーグになり手が無くて困っていたらしい。
 ところが金森田玄斎は立候補したらしいのですよ。彼は胸に爆弾を抱えています。しかも、取り外す事が不可
能なのです」
「ええっ! 手術しても駄目なのですか?」
 意外にもケッペルが言った。

「はい。実は、彼が密かに誰かに頼んで、爆弾を処理する場合を考えて、絶対に取り外す事の出来ない方法で
体内に埋め込んだのですよ。
 特殊な糸で幾つかの臓器に縛りつける感じで固定しているのですが、その糸を切断しなければ爆弾は外せま
せん。しかし切断すると、爆弾が爆発する仕組みになっています。
 その仕組みは外部から除去出来ません。だからこそ我々は十分な自信を持って彼を放免したのです。たとえ
リモコンが誰かに盗まれても、爆弾内部のタイマーは働き続けるのです。
 従って一ヶ月以内に爆弾を取り外さないと、爆発してしまいます。爆破時間の延長は、リモコンではなく、我々
の持っている大型コンピューターが暗号を発信するから無駄なのですよ」
「へえ、そうだったんだ。じゃあ、リモコンは何の為にあるの?」
 不思議に思ってヘレンは聞いた。

「はい。一つは、爆破の為です。これを持って逃げたのは、金森田を操る為でしょう。もう一つは、大型コンピュー
ターの指示を発信する為です。
 大型コンピューターが暗号を発信し、それをリモコンが受けて、爆破時間延期の指示を出す訳です。ただ今回
既に暗号は受理していましたから、最大三ヶ月弱位の余裕があります。尚、爆破の司令そのものはリモコンにし
か出来ません。と言うかそういう風にすることが可能な様になっています」
「へえーっ、何か良く分からないけど、随分複雑なんだ」
「そりゃ、そうですよ。誤操作でも人一人が死ぬのですからね。万に一つもそのような事の無い様に、その辺は
厳重にしてあるのです」
「そこで金森田は考えたのでしょう。このままでは生きていてもちっとも楽しくない。何時自分の体が爆破されるか
知れませんからね。彼が進んでサイボーグになろうとしたのにはそういう経緯があったようです」
 アーノルドの言葉を受けて、博士が更に説明した。

「でも、人道に反しています。私はこういうやり方は好きではありません。そうは思いませんか?」
 林果が厳しい表情を見せた。
「その通りです。しかし、彼は本来ならとっくに死刑になっている筈の男です。それを条件付とは言え生きていら
れるのですから、しかも悪さをしなければ十分に長生き出来るのですから、恩情とも考えられると思いますが。
 まあ、好ましい方法でない事は確かですがね。しかし、今更どうにもなりません。事は動いてしまったのですか
らね」
「チンッ!」
 エレベーターはケッペルスターの発着基地に到着した。

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