夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
240
「うわーーーっ! 広いわねえ!」
ヘレンが思わず叫んだ。エレベーターホールになっている部屋を抜けて更に歩いていくと山中のトンネルらし
い事が分かるのだが、遥か彼方数千メートル先まで空洞が続いているのだ。
またあちこちに巨大な換気扇がファンを回している。その音だけでも結構煩かったが何重にもこだまして来て、
その広さが良く分かる。
「あれ? ケッペルスターは一機か二機だけと思ったが、十機もあるのか?」
ケッペルが驚いた。ジェット戦闘機とスペースシャトルの中間位の大きさの機体がずらりと並んでいた。
「はい。言い難いのですが、世間に公表されている数値は何時も控えめなものなのですよ。開発したご当人が知
らないという状態を作り出したかったのです。
最も詳しい筈の人物がほんの数機しか作っていないと、本心から言ってくれれば、説得力のある話になります。
敵を欺く為には先ず味方から、という諺通りにしたのですよ。本当に申し訳ない」
シュナイダー博士は正に本心から謝った。
「そ、そうか、それが戦略だったのか!」
ケッペルにはやっと軍部の考え方が分かり掛けて来たのだった。林果やヘレン、そして夕一郎にもやっと意味
が飲み込めたのである。
「ほほう、そういう意味があったのですか。いやいや、私も知りませんでしたぞ」
アーノルドも驚いて言った。
「ええっ! アーノルドさんも知らなかったのですか?」
思わずケッペルが言ったが、これには博士を除いた皆が驚いた。
「はい。この事の理由を正確に知っている者は私と大統領とあと数名のみ。軍部の中でも、ごく僅かの者しか
知りません。ここからの発進は既に諸外国にも知られ始めています。
一度に出発するのは常に一機のみ。あたかも一機しかない様に見せ掛けているのです。ですが実際は、次々
に別の機体が発進して戻って来ているのです。
戻って来て間も無く別の機体が発進するので、しかも一切の目印が無いので、あたかも一機だけの様に思え
る訳です。
こうして機密は保たれていたのですが、何度も言うようですが、ゴールドマン教授が脱走してから事態は一変
してしまったのです。
彼は自分の保有しているわが国の機密情報を高額で売って、かなりの資金を得ているという情報も入って来
ています。
そうなるとここにある十機のケッペルスターのことも、もう知られてしまっているのでしょう。つまり秘密にする価
値はもうなくなったと言っても良い位なのです」
ケッペルスターの側に歩いて行きながら、博士は悔しさを滲ませていた。
「わあ、なんか凄いわね。でもまさかこのまま行くのじゃないでしょう?」
ちょっとはしゃいでヘレンが言った。博士の言葉が重かったので殊更明るく言ったのである。気の利く女を演じ
た積りでもあった。
「はははは、勿論です。これから準備室に入って、約二時間入浴して体を洗ったり、消毒したり、衣服も下着も
含めて全部取り替えます。
今日は完全には宇宙までは行きませんが、ごく近い内に本格的に宇宙まで行きますから、その下準備の様な
ものです、今日はね」
歩きながらアーノルドは言った。確かに彼の言う通り、一旦はケッペルスターに接近したと思っ
たのだが、歩く方向を変えて別の部屋に入って、そこからは男女別々になった。
夕一郎とケッペルは男の係員数人に連れられて、男子用の部屋に案内された。林果とヘレンには女子の係
員に連れられて女子用の別の部屋に入れられた。
宇宙に行くのに、身奇麗にする事は勿論のこと、徹底的に消毒し、また埃なども一切無いように、特殊な防
護服、宇宙服を着るのである。
余り気分の良いものではないが、いわゆるオムツもして行く。宇宙服の着脱にはかなり時間が掛るので、現状
ではそれしかない。
過去の宇宙船を初めとしてスペースシャトルの乗組員もオムツのお世話になっているのである。宇宙ステー
ション内ではその必要が無いが、地上から宇宙へ行くのにはロケットに乗り込んでかなり待機する時間があるの
で止むを得ないのだ。無論帰りも同様である。
しかし、ケッペルスターの場合、オムツは簡便なもので間に合う。乗り込んでからの待ち時間が一時間とは掛
らないし、宇宙ステーションへ到着までも一時間ほどである。
現在そのスピードアップに全力を挙げている最中だが、行く行くはオムツ無しで行ける位のスピードアップを図
る予定だった。
「しかし、大黄河さんは、宇宙服自体が簡便なものなんですね。オムツの必要が無いのは羨ましい」
およそ二時間後、宇宙服姿で現れた、夕一郎、ケッペル、林果、ヘレンを前にして、アーノルドが言った。
「余りオムツオムツって言わないでよ。もう、恥ずかしいのをグッと堪えているんですからね」
相変わらず、ヘレンは良く喋る。林果はやや気持ちが重そうだった。口数がぐんと少なくなっていた。
「それでは君達を乗せて行く指導教官を紹介しよう。今日は本格的には宇宙行き無しなので、大黄河君同様簡
便な服装で来て貰ったが、ボウジュは大黄河君の教官、サークスはケッペルさん、マルガリータは桜山さん、
メネージェはへレン君の都合四人。
まあ、男性には男性の教官が、女性には女性の教官にしてみましたが、宜しいでしょうか? 異論があれば
今からでも変更可能ですが?」
博士はそれなりに配慮した様である。
「異論はありませんけど、私達が宇宙服の重装備で、先生方が軽装備というのはちょっと変ではありませんか?」
宇宙服のヘルメットを小脇に抱えながら、林果は重苦しく言った。
「はははは、これは説明不足でしたかな。宇宙服を着るということがどんな事なのか、体験して頂きたかったので
やって貰ったのです。
教官の方々は既に何度も経験済みなので、今日は省略して貰ったのですが、次回からは全員、まあ、大黄河
君は手術で来られませんから、仕方がありませんけど、他の人達には全員に宇宙服を着て貰いますよ。
さっきも少し言いましたが、今回は予行演習ですので、ご了承して頂きたい。こんなところで宜しいでしょうか
桜山さん」
今度はアーノルドが答えた。
「は、はい。分かりました。ただ次回は、その次回も、同じメンバーなんですか?」
林果の言い方は相変わらず重苦しい。
「まあ、そうなりますが、何か問題でも?」
「い、いいえ。その、本当に宇宙へ行くんですよね?」
林果の表情は険しくなった。
「何度もそう言っている筈ですが、何かご不満でも?」
「子供の事が、昇一の事が心配なんです。それと同時に、その、彼の父親の事も心配なんです」
「はい? お子さんの父親が心配?」
博士が怪訝な顔で聞いた。
「誰なの?」
すかさずヘレンが問いかけた。
「それは言えないわ。でも、意外に近い所にいるのよね。何だかとても嫌な予感があるのよ。近い内に何かがあ
る様な、とんでもない何かがある様な気がして仕方が無いのよ」
林果は何かと気が重そうだった。
「ふうん、そうなの。じゃあ、リタイヤすれば。都合が良過ぎて怖い位ですけど、ふふふふ」
ヘレンは幸運の女神が自分に付いている気がした。
「ああ、御免なさい。兎に角行くだけは行くわ」
林果は何とか気を取り直したが、相変わらず暗い顔をしていた。
「ええと、それでは、参りましょう。先ほども言いましたが、今日は体験飛行だけですから。但し、かなりのGや無
重量も体験しますからね。それと何回も乗りますから。決して楽ではありませんが、まあ、頑張ってみて下さい」
アーノルドがかなり明るく言った。林果の表情の暗さが気になっていた為もある。意外に近い所にいるという
彼女の息子の父親の事も気になっていた。
それから二人乗りのケッペルスター四機に分乗して、簡単な説明を受け、編隊飛行をする事になった。もう隠
す意味がない事もあって、逆にデモンストレーション的に編隊飛行をして見せる事になったのである。
しかし、机上の勉強だけでは理解し難かった、その性能は想像を絶するものだった。一番驚いたのは開発
者のケッペルだったかも知れない。
轟音を轟かせて、四機が次々に発進する。巨大な換気扇はその激しい風圧を軽減する為のものでもあった
のだ。四機は暫くは平行して水平飛行を続けていたが、やがて急角度で上昇を始めた。
「ギューーーーーーーン!!!」
四機は少し位置を変えて十字形に垂直に腹を見せ合う形で昇って行く。垂直に昇って行くことの出来るジェット
戦闘機もあるがスピードが違う。
ロケットに近いスピードで昇って行った。しかしそればかりでなく、普通のジェット機では昇る事の出来ない高度、
約五万メートル付近まで昇ったのだった。
「うおお、辺りが薄暗い。宇宙では無いけど、相当に宇宙に近いぞ!」
そこから逆さまになって四方に別れ今度は急降下。しばし無重量状態を体験して一度目の飛行を終えた。過
激なGや無重量状態を既に体験しているので、それほど厳しいとは思わなかった。むしろ宇宙に近い高度に昇れ
て感激であった。
ただその後の逆さ飛行はややきつかったようである。自分もある程度の訓練を受けていたとは言え、年配の
ケッペルにとっては尚更辛いものがあったろう。
しかし、数回後からは彼も教官になる予定なので目を回してばかりはいられない。開発者の面子にかけてもで
ある。
無事一回目の体験飛行は終った。一休みした後また飛び出して行った。その度に高度を少しずつ上げて、最
終的には八万メートルの高度まで上がったのだった。
辺りは暗く、昼なのに瞬く事の無い星を見ることが出来たことには夕一郎、林果、ヘレン、ケッペルの四人とも
大感激だった。