夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「さて、それでは、今日の搭乗実験は終了です。お約束通り、着替えた後エレベーターでノアシティに戻り、歩い
て、隣の居住区に向かいます。
 前にもお話した通り、当分ここからは許可無く抜け出せません。その他の事は道々お話して行きましょう。隣の
地区まで舗装した道を歩きますが、約千二百メートルあります。
 ゆっくり歩いて行きますから、二十分ほど掛ります。その間ご質問があったら、どうぞ遠慮なさらずにお聞き下
さい。答えられる範囲でお答え致しますから」
 ケッペルスターから降りて来た、夕一郎、林果、ヘレン、ケッペルに向かって博士は労をねぎらう感じで言った。

 宇宙服を着るのにあれやこれやで二時間掛ったが、脱いでからの後始末にも二時間掛った。夕一郎以外の
者にとっては、オムツの着脱はかなり恥ずかしかった。しかしそれは仕方の無い事である。当分はオムツのお
世話にならざるを得ないのだ。

「さて、全員、揃った所で参りましょう。しかし私も宇宙に行ってみたいですな。はははは、その、博士、何とかな
りませんか?」
 アーノルドは如何にも羨ましそうに言った。
「そうですねえ、まあ、考えておきましょう。もう十年若ければ即座にOKが出たでしょうが、少し年を食い過ぎて
いますからねえ」
 博士はエレベーターに乗り込みながら言った。

「まあ、確かに若くは無いが、こう見えても日頃から鍛錬はしておりますからねえ。そんじょそこらの若者には負
けませんよ」
「はははは、近い内に搭乗可能かどうかのテストを受けて貰いましょうか。それで合格だったら、文句無しです。
その時は私が推薦して差し上げましょう」
「ああ、有り難う御座います。そう来なくっちゃ!」
 アーノルドは大張り切りだった。エレベーターはかなり古くから使っているものなので余り速くはない。ただ内装
は新しかった。

「あのう、一つ質問があるのですが?」
 遅いエレベーターの中での無言状態は拙いと感じたのか、林果は慎重に博士に聞いた。
「はい、何でしょうか?」
「ここは極秘なのですよね?」
「ええ、そうです。極秘レベルはランクA、最高クラスです。それが何か?」
「ですが先ほどのケッペルスターは派手なデモンストレーション編隊飛行を何度もしました。これって拙くはあり
ませんか? 極秘にしている事と矛盾する様な気がするのですが?」
 林果の指摘に夕一郎とケッペルは、
『なかなか鋭い質問だ』
 と感心した。

『うーん、良いところに気が付いたわね。ええい、私が質問すれば良かった。くそっ、面白くない女ね!』
 ヘレンだけはムカついた。
「はい、それが我々のやり方なのです。何度も言うようですが、ゴールドマン教授はケッペルスターの発進基地
についての情報を既に漏らしてしまったようです。
 とすればケッペルスターの発進場所が秘密ではない訳です。しかしこれは我々が頭を絞って考えたのですが、
ゴールドマン教授はノアシティの事までは、ばらしていないらしい。
 何故なのかかなり考えましたが、恐らく彼はノアシティを放棄せずに、何時か自分も使う積りだと考えられるの
です。それと彼はノアシティの情報を切り札として使う積りがあるのでしょう」
 博士は推測も交えながらしかし明確に答えたのだった。

「ああ、あの、私少し知っています」
 ヘレンが急に言い出した。
「何かな?」
 アーノルドがゆったりと聞き返した。ヘレンが夕一郎に気に入られようとして言い出したことを見破っている。

「教授は、『ノアシティにはまだまだ使い道がある。最後の最後まで秘密にしておく積りだ』と言っていました。本
人から直接聞いたのですから間違いは無いと思います」
 ヘレンは断言した。
「ほほう、それは初耳だ。結局は我々の推測が当たった事になるが、確認出来て嬉しいよ。いやいや、ヘレン
君良く知らせてくれたね。いやあ、どうも有り難う」
 博士は少し大袈裟な感じでヘレンを誉めたのだった。彼女の作戦は功を奏した様である。

「大体のところは分かりました。でも、そうなると秘密保持はかなり難しいのではありませんか?」
「はい。ですからこうして、あなた方を研究室地区に戻す事が出来なくなったのです。私達が乗っているエレベー
ターは極秘中の極秘です。
 しかし、研究室地区は、場合によっては公開されるかも知れません。極秘レベルがランクBなので、近い将来
公表も有り得ます。
 勿論その場合は、当たり障りのない研究室地区に変貌していますが、サイボーグ関連やノアトレインなどは、
絶対に公表しません。その為に分かり難くしてあるのです。
 隣の地区への出入り口も極秘なので、皆さんが知らないのも無理は無いのですよ。さて、そろそろ着きました
よ。それでは行きましょう」
 博士は何か楽しげである。秘密にしている宝物を見せる気分なのだろう。

「ああ、皆さん、違いますよ。後ろを向いて下さい」
「えっ! どうするんですか? 冗談は止めて下さいよ!」
 ケッペルは冗談も度が過ぎると思って叫んだ。

「冗談ではありません。全員が後ろを向く必要があります。さあ、早く」
 博士が冗談を言っている訳でも無さそうだったので、仕方無しにケッペルは後ろを向いた。林果とヘレンも首
を傾げながら後ろを向いたのである。
「しかし、鏡があるだけですが? この鏡は車椅子の人が見るための物なんですよね?」
 夕一郎も博士の意図が読めなかった。

「隣の地区に全員行きます」
 言ったのは警備の兵士の内の一人だった。
「了解しました」
 エレベーター内のスピーカーから女の声が響いて来た。

「キーーーィッ!」
 何と、エレベーターの後ろが奥の方へ自動的に開いたのである。その向うに確かに道がある。
「さあ、降りて下さい。急いで。十秒でドアは閉じますからね」
 もう一人の兵士が言った。やや早足で全員が降りた。すると再びドアは自動で閉じたのである。

「へえ、これはたまげたわね。成る程、これじゃあ、出入り口が分からない訳だわ。先ず絶対気が付かない!」
 ヘレンはオーバーな位驚いて言った。
「しかし、声は聞こえないんですか?」
 夕一郎は念の為に聞いたみた。

「はい、防音になっていますから。ただ余り大きな声で叫ぶと、微かに聞こえる事があるようです。ですから極端
な大声が厳禁なのです。度が過ぎると聞こえてしまいますから、射殺する事も有りうる訳です。秘密保持の為に
ね」
 博士が穏やかな調子で言った。

「なるほど、命令を聞かなければ射殺云々は、この様な場合があるからなんですな」
 ケッペルも納得した。
「でもこちらから向うへ移動するのは不便なのじゃありませんか? 向うからこっちへ来るのも結構面倒だと思
いますけど」
 林果は実用性について聞いてみたのである。

「はははは、ですから、エレベーターが沢山あるのですよ。非常時に兵士を沢山運ぶ必要があることは嘘では
ありませんが、普段はこれ程は要りません。あくまでも通過用のカムフラージュだったのです。
 ただ、カムフラージュと言っても、実際にエレベーターとして使えます。こっちから行く時には稼動していないエ
レベーターのスイッチを押せば良いですからね。エレベーター十基分の道幅ですから広いでしょう?」
 博士は自慢げに言い出した。

「へえ、ここから、歩行用と自転車用それとローラースケート用に別れているんだ。歩行者は左の端の方なのね」
 林果は何か安心して言った。子供と生活することを考えているらしい。
「ああ、でも、結構人がいますね。道路は直進なんだ。はははは、貸し自転車や貸しローラースケート屋がありま
すよ。荷物運搬用の荷車まである。何だか不思議な光景ですね。
 ざっと見た感じ数百人は歩いていると思うけど、いわゆる自動車やオートバイが一台も無いなんてね。それと、
ローラースケートは幾らで借りられるのかな?」
 夕一郎は童心に帰った様な気分だった。

「身元さえ確認出来れば、無料で借りられますよ。大黄河さんはノアシティでは既にかなりの有名人ですから、簡
単に借りられる筈です。お店に入って借りてみて下さい」
 博士は自信有り気に言った。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、あのちょっと済みません、ローラースケートを借りたいのですが……」
 珍しく夕一郎はウキウキしていた。その他に自転車を林果は借りた。ヘレンも自転車。アーノルドは夕一郎同
様ローラースケートだった。

 兵士は一人はローラースケート、もう一人は自転車を借りた。どうやら、夕一郎とヘレンを重点的にマークして
いる様である。 それぞれマークしている者達と同じ乗り物を使うらしい。ただそれ以外、ケッペルと博士は歩き
だった。

 途中に信号などは無いが、所々に兵士が立って警戒している。時によっては彼らが交通整理をする様である。
「ピリピリピリピリッ!」
 ホイッスルの音が広いトンネル内に響き渡っていたのだった。

「兎に角、向こう端に行けば良いんですよね?」
 夕一郎は博士に確認を取った。
「はい。着いたらローラースケートを向こうのお店に返せば良いんですよ」
「ああ、そうなんだ。分かりました。それで護衛の兵士も、貴方も、一緒に来ますよね?」
「はい。特に私は貴方の護衛を承っておりますので」
 兵士は真面目に答えた。

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