夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ヒャッホーーーッ!!」
 珍しく夕一郎は大はしゃぎだった。ローラースケートは得意らしく、前を走っている者達を右に左にかわしなが
ら次々に追い抜いて、ぐんぐん飛ばして行く。しかし速過ぎて、他の連中がついて来れないようだったので、U
ターンして戻って来た。

「はははは、大黄河さん。貴方のスピードには誰も付いて行けませんから、そのう、もう少しゆっくりお願いします。
警備の都合もありますからね」
 博士はたしなめる様な感じで言った。実際、夕一郎のスピードは時速にして80キロは超えていたのである。想
像を絶するスピードに警備担当の兵士が顔面蒼白の状態で呆然としていたのだった。

「ああ、申し訳ない。つい調子に乗ってしまいました。ゆっくり行きましょう」
 夕一郎は配慮が足りなかったと、頭を掻いた。
「しかし、ローラースケートがお得意なんですね」
 一緒にローラースケートで走りながら、アーノルドが感心して言った。
「いや、少し滑れる程度だったんですが、サイボーグになってから運動機能が飛躍的に上がったので、上手く
滑れるようになったみたいです。多分誰でもそうなるんじゃないんですか?」
 結構本心で言った。

「ううむ、私の様な年寄りでも、出来ますかねえ」
 アーノルドは半ば本気にして言った。
「はははは、今のはその、冗談みたいなものです。サイボーグは辛いですよ。特に最初の内は非常に辛い。手
足を動かすことさえなかなか出来なかったんですよ」
「ほお、そんなものなんですか。まあ、経験が無いから分かりませんがねえ」
「その他にも沢山嫌な事があります。もし誰かの生身の体と取り替えられるんだったら、直ぐそうしますよ。特殊
な能力を手に入れた反面失ったものが多過ぎますからね」
 夕一郎は本音を漏らしたのだった。

「ああ、いやいや、私も冗談だったのです。辛い事があるらしい事は良く承知していますから」
 アーノルドは軽率だったと反省した。
「あ、あのう、今回は大目に見ましたが、次回からは厳しい対応を取らせて頂きますので、勝手な行動は慎んで
下さい」
 蒼ざめた顔で兵士は注意した。

「あ、はい。済みません、ついはしゃいでしまいました。以後気をつけます」
 夕一郎は警護の兵士の事を考えなかったことを改めて反省したのだった。
「ふふん、何も出来なかったくせに」
 ところがローラースケートに合わせてゆっくり走っていた自転車のヘレンが小ばかにした様な言い方をした。

「な、何!」
 自転車に乗っていた兵士が、顔色を変えて声は小さかったが怒鳴った。
「ふん、私には威張れても、大ちゃんには、あなた達軽く一捻りでやられちゃうわよ!」
 ヘレンは更に挑発した。

「貴様、馬鹿にすると、逮捕するぞ!」
 今度はローラースケートの兵士が、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ヘレンさん、幾らなんでも言い過ぎだ。謝った方が良い!」
 夕一郎が思い余って言った。

「ま、まあ、大ちゃんがそう言うのなら。言い過ぎだったわ。御免なさい」
 形ばかりだったが、一応謝った。
「ちっ! ま、まあ良いか! 二度とそんな口を聞くなよ!」
 荒削りな言い方をしたが、本当は二人の兵士とも少し大人気なかったと反省もした様である。勿論彼らも、内
心では夕一郎に敵わないと思っている。
『あのスピードで逃げられでもしたら、到底掴まえられないし、他に多くの人がいてマシンガンを撃てない。ここは
自重しておこう』
 二人ともそんな風に感じたのだった。

「穏やかに、穏やかにして頂きたい。いやはや、ここでこんな風に荒れるとはね」
 ローラースケートや自転車組に遅れまいと幾分早足で歩いていた博士は冷や汗を掻いた。
「いや、いや、いや、はははは、やれやれ、さ、先を急ぎましょう」
 博士同様早足で歩いていたケッペルが更に歩みを速めて、慌てた感じで言った。

 互いに数メートルずつ離れているので、結構大きな声で話し合っていた。周囲にいる人達が振り返ってみたり、
ヒソヒソと話し合ったりしていた。
『何か拙い雰囲気だな。ふう、ちょっとはしゃいだのが、こんな事になるとはね』
 夕一郎はそこからは殆ど無言で皆に合わせてゆっくりとローラースケートを滑らせて行ったのだった。十七、八
分で住宅地区に到着した。

「あれっ? こっちは、少し違うんですね?」
 夕一郎はローラースケートを店に返すと、真っ先に歩いて行ったのだが、エレベーターが無かった。
「はい。ここは住宅地区であるだけでなく、地上への出口が無い場所なのですよ。別の言い方をすれば、ここ
こそがもっとも安全な場所とも言えます。
 地上で何があっても、先ずここには響かない。実はこの上には厚さ数百メートルにわたって強固な岩盤がある。
だから直通のエレベーターが作れなかった訳なのですが、そのお陰でノアシティの中でも特に安全な地域にな
りました。ここからは、普通の扉がありますので、そこを通って行きましょう」
 博士が今度は先頭に立って歩いて行った。

「ああ、でも、ドアは一列に並んでいなくてあちこちに沢山あるわね。横の方にもある。ドアにナンバーが書いて
あるけど?」
 ヘレンは気付いた事を素直に聞いた。兵士達に睨まれているので、なるべく当たり障りの無い様に気を配った。

「はい。各地区への通りに出易くしてありますからね。皆さんの住宅はのある通りは25番ですからね。まあ、一
番違いだったら、大したことはありませんから。
 もし間違えても、中に入ってから少し歩けば行けますからね。天井とかに通りの番号が書いてありますから、
ごく分かり易いですよ」
 博士は説明しながらドアに大きく『bQ5』と書かれたドアを開けた。キーはついていない様である。

「はははは、なんだか研究室地区に似ていますね。ああ、でも、会議室とかは無いようですが?」
 今度はケッペルが笑いながら言った。気拙い雰囲気がまだ残っていて、少しでも場を和ませたかったのである。

「少し説明すると、ここは言わばホテルの様な地区なんです。数千室がワンフロアにずっと広がっています。勿論、
各種の商店もあれば、病院もあるし、警察署や集会所等もあります。
 但し、いわゆる子供達の為の学校はありません。全て、何とか教室、といった類のものばかりです。この地区
にも、少ないのですが数十人ほどの十八歳未満の子供達がいます。
 その子供達はそれらの教室に通うか、または家庭教師を雇って勉強しています。元々ここには子供がいなかっ
たので学校を作る必要はありませんでした。
 今後も学校を作る予定はありません。桜山さんにはお気の毒だが、息子さんにはここで暮らして貰うことになり
ます。ここの集会所に今後の事を相談してくれる相談員がいますから、そちらに先に行きましょう。
 ああ、その前に先ず、皆さんの部屋ですが、大黄河君はbQ5の16号室。桜山さんは同じく21号室、ヘレン
は、……」
 博士は部屋のナンバーを割り振ると、林果とアーノルドとを連れて集会所に向かった。残った夕一郎、ヘレン、
ケッペル、警護の兵士二人は、ひと塊になって歩いて行ったが、先にケッペルの部屋があって、彼とはそこで別
れた。

 その後は夕一郎に兵士が一人、ヘレンにも兵士が一人ついて、自分達の部屋にそれぞれ向かった。
「それでは部屋にお入り下さい。明日の朝までは外に出ないで下さい。
 予定ではお昼頃にお迎えに上がる事になっています。それから必要なものは全て部屋の中に揃っています。
それで、中にあるパソコンから、博士の配下の者に直接連絡が出来ます。
 必要な場合はそれで連絡して下さい。尚私は暫くの間、ドアの外に待機しておりますから、どうしても何か急な
用事が御座いましたらドアを開けて呼んで下さい。それでは明朝まで宜しくお願い致します」
「はい、お迎えが来るまでは部屋にいますから」
 夕一郎は気を使って丁寧に言った。それから部屋に入るとドアを静かに閉めたのである。

「はあ、少し息が詰まったな。ふう、何か部屋の作りは研究室地区と大差ないな。ふあ〜あ、疲れた。もう午後
十一時を大分過ぎているよ。結構遅い時間になったな。それじゃあ、お風呂にでも入りますか。それから眠れば
良い」
 夕一郎は改めて風呂に入った。ケッペルスターに乗る前と後にも風呂に入ったのだが、全くと言って良いほど、
殆ど寛げなかったので、体を洗う為にではなく寛ぐ為に入った。

『ふーーーっ! やっと今日一日が終ったな。明日の朝はのんびりでも良さそうだから、はははは、何時ものア
レをやるか』
 風呂の底に沈んで眠る事にしたのである。

『まあ、例によって、少しあれこれ考えてからにしよう』
 風呂の底に沈むとやはり色々な音が耳に入って来る。
『ふうむ、ノアトレインの音が良く聞こえる。以前はやたら複雑な音だと思ったけど、常時二十四台もの列車が動
いているんだったら、複雑なのも通りだ。
 しかし今日は何て色々な事のあった日なんだろう。瞬かない星を生で見たのは今日が生まれて初めてだよな。
あれには感激したよ。
 でも、後が悪かった。ついローラースケートでぶっ飛ばしてしまったからな。我ながら拙かったよな。それにして
も大事にならなくて本当に良かったよ。
 俺の言う事を聞いてヘレンが良く辛抱してくれたよな。それから、ふうむ、何か眠くなって来たぞ。じゃあ、眠ろうかな。それが良い……」
 少し考えただけで猛烈な睡魔に襲われて何時の間にか眠っていたのだった。

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