夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「うふふっ、心配なの?」
 林果がニヤリと笑いながら言った。
「い、い、いや、子供が午後九時位まで起きていては、健康上悪いんじゃないかと思ってね。一般論として、言っ
てみただけだよ」
「でも、どうしてそう慌てるのかしら?」
「そ、そうかな?」
 一言言って、チャーリーは口をつぐんだ。

「何の事を言っているの?」
 ミシェルにはチンプンカンプンだった。
「うふふふふ、この人は私の子供の事が気になるらしいわ。でも、これから更に重要なお話をするのですからね。
その前に腹ごしらえをした方が良いと思いますけど?」
 林果は話を上手く誤魔化した。

「ああ、そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて、何か食べさせて貰いたい。さっきハンバーガーとか言ったよね。そ
れをお願いしようかな」
 チャーリーはさり気無さを装い続けた。
「じゃあ、私がレンジで暖めて来ましょうか?」
 何か府に落ちなかったが、一応納得してミシェルはチャーリーの夕食を支度することにした。と言っても、電子
レンジで温めるだけであるが。

「あの、どうぞ。それとこれは日本のカップ・スープです。インスタントばかりで恐縮ですけど、ノアシティの欠点は
食事ね。生鮮食品はべらぼうに高くて、中々手に入り難いんです。それと、沢あんもありますけど、食べます?」
 ミシェルは言い訳した。余り料理は得意ではなかったのである。

「沢あんか、懐かしいね。そう言えば随分食べていなかったな。じゃあ、お願いします。割り箸なんかもあるんで
すか?」
「ふふふ、割り箸はありませんけど、普通のお箸ならありますわよ。じゃあ、お持ちしましょうね」
 ミシェルは沢あんを、林果は塗り物の箸を出した。男物の箸である。

「貴方が何時かここに来る日を考えて支度して置いたのよ。でも、何日も使えませんけどね」
 林果は急に暗い表情になった。
「ああ、済みません。じゃあ、頂きます」
 ハンバーガーとカップ・スープと沢あん。何か奇妙な組み合わせだったが、チャーリーは箸を使って楽しそう
に食べたのだった。
 初期の頃のサイボーグのボディでは箸等は上手く使えなかったが、最新鋭のボディは非常に細かい作業も可
能になっていた。脳内の記憶にあることだったので、難なく使えたのである。

『林果の奴、どうしたんだ? 急に暗い感じになったぞ』
 そう思いながらも、
「いや、本当に美味しい! ああ、何年振りだろうね、食事をこんなに美味しく感じたのは!」
 大いに感激して言った。林果の表情は気になったが、美味しい食事に感激したのは本心だった。

「はははは、なんとも楽しい。いや、自分一人だけ食べて申し訳ないね」
 チャーリーには何もかにも愉快な事の様に感じられた。中々の食べっぷりにミシェルは好感を持ったが、林果
の表情は相変わらず暗い。

「ああ、ご馳走様。ふう、食事がこんなにも楽しいものだったなんてね。やっと思い出したよ」
 チャーリーは感無量で暫く放心状態だった。
「食事の後でこんな話もあれなんですけど、ここからは少しシビアなお話になります。宜しいでしょうか?」
「シビアなお話? ああ、別に構わないよ。宇宙へ行くとかの話だろう?」
 チャーリーは今の食事で、もう思い残す事は無いと感じた。

「その前に、しなければならない仕事があります。ゴールドマン教授と金森田玄斎の件を知っていますよね?」
「ああ、脱走したんだろう?」
「はい。不確かな情報で申し訳ないのですが、最近、『ダウクーガー』と呼ばれる怪物が出没しているのです。勿
論、地上でのことですが。
 都合の悪いことにその怪物は、シュナイダー博士が作ったモンスターだろう、という専らの噂になっています。
当然そのような事は有り得ません」
 林果の表情は今度は非常に厳しいものになったのだった。

「ダウクーガー? 何じゃそりゃ?」
「女達をレイプし、男は殆ど皆殺しにして金品を奪う怪物の事ですわ。殆ど毎日の様にアメリカ東海岸の一帯に
出没しています。まあ、殆どマッサーズ州なんですけど、嫌になるわねえ本当に」
 今度はミシェルが気味悪そうに言った。

「警察は捕まえられないのか?」
「はい。噂によれば、拳銃の弾を弾き返すとか」
「えっ、それじゃあ、私みたいなサイボーグということか?」
「た、多分」
 林果はひどく言い難そうだった。

「なるほど。その噂が本当だったら、暴れているのがサイボーグだったら、金森田玄斎である事は多分間違い
ないところだろう。残忍なところがあの男らしい。それで俺に退治しろと言うのかな?」
 チャーリーは林果の辛そうな表情の意味が飲み込めた。
「そうです。貴方に掛けた莫大な費用は、ダウクーガーを白人のアメリカ人が倒す事。大統領の遠縁の者が倒
す事。その見返りに資金が提供されたという事なんです」
 林果は意を決して言った。何時までも辛そうにしていても仕方が無いと思ったようである。

「ふうむ、しかし勝てるかな。同じサイボーグだと、パワーはあの男の方があるだろうしね。こっちのパワーや弱
点を知っている訳だから、かなり不利だけど。まあ、やれと言われればやるけどね」
「その点に抜かりはありませんわ。匂いで眠ってしまう弱点は克服されたそうですし、パワーは更に大幅にアップ
したと聞いていますから。
 劣勢が噂されるクラスファー大統領は、次の選挙に何としてでも勝ちたいらしいのよ。もう、なりふり構っていら
れないという感じなのよね」
 ミシェルは少し呆れ気味に言った。

「そうか、それで手術に一ヶ月も掛ったのか」
「はい。私はシュナイダー博士からそう聞かされています。具体的な金額は聞かされていないのですが、数十億
ドル位は掛ったようです。勿論極秘です。金額が表沙汰になったら、それだけで大統領の首が飛ぶと聞かされ
ましたから」
「大統領の首が飛ぶレベルですか。勿論ノーとは言えないんですよね?」
「はい。玄関先の護衛は、何時もの事ですけど貴方の逃亡を防ぐ為のようですわ」
「はははは、ご丁寧な事だね。で、私は何時からその任務につけば良いのかな?」
「明朝です。今夜はここに泊まって行けば、いいえ、あの、ミシェルさんと……」
 林果は悔しそうに言ったが、尻すぼみになった。

「あの、隣の貴方の部屋でお休みになってから、明日の朝ノアトレインで研究室地区へ行ってから地上に出ます。
 わ、私が一緒にあのアレして、い、嫌なら、べ、別に、その……」
 ミシェルはしどろもどろになった。

「えっ! 自分の部屋に行くのだったら納得だけど。ミシェルも一緒なのか? ベットインもか?」
 チャーリーには意味が分からなかった。
「白人同士のカップルでなければならないらしいわ。少なくともそういう印象を周囲に与える事になっています」
 林果は事務的に言った。

「何の為に? それに、ベットインまでとなるとちょっとねえ。誰の指示だ?」
「は、博士です。勿論、クラスファー大統領の側近の指示ですわ。彼は白人だけの巨大宗教団体の支持を受け
たいらしいんです。これも選挙の為らしいですわ」
 やや呆れ気味に林果が言った。

「うーむ、何でも選挙の為か。呆れるねえ。人の心を何だと思っているんだろうね、全く!」
 チャーリーは呆れたが、かなり困った。
「あの、わ、私は構わないわよ。一度や二度アレしたって。その位でぐらつくほど柔じゃないわ。それにミシェル
は経験が乏しいようですから、教えてあげれば宜しいですわ。色々と」
 平気そうにしながら林果は言ったが、目の奥に怒りが見える。

「えっと、それじゃあ、そろそろ行こうか? 余り遅くなると拙いんだろう? 護衛の兵士の事もあるしね」
 チャーリーは考えても埒が明かないと判断して兎に角行動を起すことにした。
「そうね、じゃあ、送らないから、ミシェルと一緒に行って、ううっ!」
 平静を保つ積りだったのに、林果の目から涙が一粒零れた。しかし大きく泣き崩れる事はなかった。厳しい状
況に置かれているチャーリーの為にぐっと堪えたのである。

「う、うん、じゃ、じゃあ、行くから。心配しなくても良いと思うよ」
「じゃあ、今夜だけ、失礼します」
 ミシェルも慎重な言い方になった。林果の思いは思いとして、やっとチャーリーを独り占め出来るのだ。

『ご免ね、林果。大統領を動かしたのは私の父なのよ。父は白人だけの宗教団体、スーパー・ホワイト・エックス、
SWX教団の大幹部なのよ。
 まあ、父に反抗してここに来たんですけど、結局私は父に頼ってしまったわ。大ちゃんと何としてでも結ばれた
かったの。
 黄色人種では許して貰えそうもなかったけど、外見は確かに白人だから、父も大目に見るって言ってくれたわ。
後は徐々に私のものにして行くのよ。前途は多難だけど、必ず成し遂げてみせるわ!』
 ミシェルはその本性を少しずつ現し始めていたのである。一度だけヘレンに対抗して本性を現しそうになったが、
時期尚早だと思って、冗談と言って誤魔化したのだった。

 無論彼女の正体は誰一人知らなかった。彼女を診察した医者が実はS・W・Xの隠れ信者であった事も。メア
リーもS・W・Xの信者であり、正体を隠して桜山林果の部屋に入り込んだ事など、ミシェルさえ知らなかったので
ある。
 全てはミシェルの父の画策であったのだ。ミシェルは一旦は確かに父の影響力から逃れたのである。そして
父を利用したと思っていたのだが、上手く操られていたのは彼女の方だったのである。

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