夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
247
「兵士を中に入れて!」
チャーリーは倒れた兵士を林果とミシェルに手伝わせて、素早く部屋に入れてドアを閉め内鍵を掛けた。兵士
の倒れた音と女子二人の悲鳴とを聞きつけて、近辺の部屋のドアが幾つか開いた。
幸いにもその寸前にドアは閉じられたので、何処で事件があったのか、はっきりとは分からなかった様である。
しかし判明するのは時間の問題だった。兵士の交代要員が来れば間違いなくばれてしまう。
「ど、どうするの?」
真っ青な顔でミシェルが言った。
「さて、どうしようか? 林果、いや、桜山さん、メアリーさんとか息子の昇一君はどうした?」
何より気に掛る息子の事を聞いた。
「二人とも先に休みました。お風呂にも入りましたし、熟睡していると思います。私は一人でお酒を、日本酒を飲
んでいたのですが、気になって眠れませんでした。
それでつい、酔いに任せて来てしまいました。で、でも、これって相当に拙いわよ。何も気絶させなくても、ああ、
済みません。元はと言えば私のせいなんですよね」
林果は萎(しお)れてしまった。
「相当手加減したから、もう直目を覚ますと思います。まあ暫くは腹部が痛くて、まともに行動すら出来ないでしょ
うが、曲がりなりにも兵士ですからね。はははは、拙い事をしちゃったな」
チャーリーは後悔したが、もう遅い。
『しかし他にどういう手段があった? 最悪の場合は林果が逮捕されるか、もっとひどければ射殺も有りうる。明
日にはモンスター退治に行かなきゃならないんだぞ。
現実的に考えて、林果が逮捕されたとして、モンスター退治に身が入ると思うか? 無理だな。それにそうなっ
た場合、昇一はどうなる? まあ、今更悔やんでも仕方が無い。それこそ現実的に考えてみよう……』
チャーリーが思案を始めた時だった。
「ううう、私、帰ります。関わりたくない。チャーリー、貴方はやっぱりモンスターだわ! 御免なさい、耐えられな
いんです! さよなら!」
涙ぐみながらミシェルは自宅に帰って行った。割合近い所に彼女の自宅はちゃんとあったのだが、一人は辛
いし、医者の勧めもあって、ずっと林果の家で暮らしていたのである。しかし、チャーリーというモンスターのお
陰で彼女は一人の方がまだましだと感じたようである。
そればかりではなく、ミシェルは父親の元に帰る決心をしていたのだった。それこそ父親の思う壺であったが、
白人主義の宗教団体、SWX教団の幹部として生きて行く決心も出来てしまったのである。
「行っちゃったわね。所詮はお嬢様だったのよ。かごから抜け出しては生きて行けない、かごの鳥だったのよね。
でも私は違うわ。
父とはもう十年位一度も会っていない。私は多分、生涯父を許す事は無いと思う。彼が生きている限りはね。
彼が間接的にしろ貴方に対して行った仕打ちだけは絶対許せない。ああ、でもこの人達をどうしましょうか?」
床に寝せてある二人の兵士はじき目を覚ましそうだった。
「そうだな。まあ、物騒なものは取り上げておくとして、交渉しようと思う。応じなければ死んで貰う。無下に殺した
くは無いが、それしかない」
「ええっ! こ、殺すんですか!」
林果の表情は強張った。チャーリーというモンスターの正体を見た気がした。
「桜山さんは関わらない方が良い。直ぐに家に逃げ帰ったことにして、後は知らぬ存ぜぬを押し通す事だ。さあ、
早く帰って。
俺なら大丈夫だから。アメリカ政府も数十億ドルも掛けたこの俺をそう簡単には殺しはしないから。さあ、早く
行って、早く!」
「わ、分かった。い、一度だけ、キ、キスを!」
林果はそう言うと、抱き付いてキスを求めた。チャーリーは応じた。数秒間の短いキスだったが、それで気持
ちは通じた。
「さよなら! また近い内にお会いしましょう!」
「ああ、さよなら!」
林果も慌(あわただ)しく部屋を出て行った。
「うううっ!」
「うう、い、痛い!」
林果が去って数分後に二人の意識は戻った。腹部の激痛に呻いている。物騒なマシンガンは隣室に置いて
ある。一応二人とも暴れたりしない様に、後ろ手に縛ってあった。
「うう、く、くそう。こ、こんな事をしてただで済むと思うなよ、ううう、痛い、痛い!」
「もう直、仲間が来るぞ。そうなったらお仕舞だ。マシンガンはどうした。大人しく返して縛についた方が身の為だ
ぞ! く、い、痛い!」
縛られて自由が利かない身でありながら、相当に強気である。
「ものは相談なんだけどね。殴った事は謝るけど、何も無かった事にして貰えないか?」
チャーリーは穏やかに言った。
「ば、馬鹿な。これだけ痛めつけられて、黙っていられるか!」
「そうだ、俺達は兵士だ。異変があったら、正直に報告する義務がある。さあ、縄を解け! 今ならまだ罪は軽
くて済むぞ!」
痛みが治まって来たこともあってか、二人の兵士は何処までも強気である。
「そうかな? 女達は二人とも怖がって逃げてしまったぞ。ミシェルもだ。あんた等は任務を失敗した責任を取ら
される事になると思うけどね。違うのかな?」
「ミ、ミシェルも逃げたのか?」
兵士の一人が少し弱気になって聞いた。
「ああ、自宅に帰って行ったよ。これって相当拙くないか? もし、何も無かった事にしてくれるんだったら、ミシェ
ルの件は一切喋らない。
彼女は明日の朝までここに居た事にしておく。もう一人の女も誰も来なかった事にするのさ。それで万事丸く収
まる。それで何か問題があるのかな?」
尚も穏やかにチャーリーは言った。
「う、煩い! たわ言を言うな! もう直仲間が来る。そうすればお前はお仕舞何だぞ。今の事も喋ってやる。し
かし縄を解いて、銃を返してくれれば、少しは大目に見てやる。しかし、殴った罪は免れないからな、覚えておけ!」
一人は妥協しそうだったが、もう一人は尚も強気である。
「ふうん、仕方が無い。殺したくは無いんだが、こうも、物分りが悪いとねえ」
チャーリーは十ピア硬貨を取り出した。何本かの指を使って、目の前で二つ折りにして見せた。
「ふん、そんなもの、俺の知り合いの拳法の達人だってやれるさ!」
「だったらこれはどうかな」
チャーリーは二つ折にした硬貨を更に折り曲げ、四つ折にして見せた。如何なる強者であったとしても、人間
には絶対に不可能な技である。
「うぐぐぐぐっ!」
「な、な、何を、く、く、くっ!」
二人の兵士とも腰を抜かすほど驚いている。
「わ、分かったぞ。本当はお前がダウクーガーだろう! こ、この悪魔やろう!」
恐怖心の余り、訳も分からず罵った。兵士達は必ずしも正確な情報を得ていないようである。
「そ、そうか、ダウクーガーだったのか。とうとう本性を現したな、この化物!」
もう一人の強気な男も、自分が目茶苦茶なことを言っていることに気がついていない。
「お前達に家族はいるのか? いるとすれば気の毒な事になるな。家族も皆殺しだからな。それから、もう直仲
間が来ると言っているが、お前らの仲間も皆殺しになる。
俺は銃では倒せないんだぜ。それにお前達の彼女達もレイプされる事になる。気の毒にな。泣き叫ぶだろう
な。ああ、可哀想にな。
ほんのちょっと目を瞑ってくれれば、それで何事も無い。今からお前らの縄を解くし、銃も渡す。どうするかは
お前達次第だ。銃で撃っても良いぞ。その瞬間からお前達と、お前達を愛する者の地獄が始まる。
ここいら一帯は血の海になるぞ。俺の血ではなく、お前達の血だ。お前達の仲間も、お前達の家族も、お前達
の愛する女達も、レイプされた上に殺されて行く。
もし何事も無かった事にすれば、俺は何もしない。お前達に何もしていないことが最大の証拠だ。今直ぐにも
お前達を殺そうと思えば軽く出来るんだぜ。そうだろう? それじゃあ、縄を解くぞ」
半分くらいダウクーガーになり切って言った。
「じゅ、銃を返して貰おうか。しかし、本当に何もしないんだな?」
強気な方の男が真っ青になりながら言った。
「はははは、何かするんだったらとっくにしている。一々交渉なんかしない。交渉するのは俺にも色々と事情が
あるからさ。じゃあ、銃を持って来る。ちょっと待っていろ」
チャーリーは隣室に行って、マシンガン二丁を持って来た。
「さあ、受け取れ。別に撃ちたければ撃っても構わんが、何度も言う。俺は銃では倒せないぞ。それと銃を撃っ
たら地獄が始まるからな。覚悟しておけ」
一つの賭けだった。
「あ、あ、ど、どうする?」
「べ、別に何も無かった。そうだな?」
「ああ、そうだ、邪魔したな」
「失礼する」
幾分気の弱い男とかなり気の強い男の二人の兵士は、いそいそと部屋から出て行った。そして何事も無かっ
たかのように部屋の外に立って、警護を始めた。
『誰も出て行かなかったし、誰も入らなかった』
その様な感覚をしっかりと演出し、自らに強く言い聞かせたのである。
『ふう、何とかなったな。やれやれ、人を脅すと言うのは余り気分の良いものじゃないけど、まあ、仕方が無い。
そうだな、風呂に入り直そうか。うん、それが良い』
チャーリーは改めてお風呂に入った。
『やっぱり、風呂の底に沈んで入ろう。本当に大丈夫かどうか、ちょっと心配だからな』
チャーリーは新しい自分のボディにまだ完全には馴染んでいなかったのである。何処かに不具合が無いか
心配だったので、それを試す意味でもお風呂の沈み入りをやってみたかったのである。