夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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『……はーっ、落ち着くね。何かこう、母の胎内にいる感じか? まあそんなところだろう。それにしても俺は一
体どうなるんだ? 外見は兎も角、段々人間に近くなって来ている。
 それと、長いこと忘れていたけど、夏休み未来教室の続編はどうする? いやそれ以前に俺は何時死ぬ? 
俺が生き続ける為には莫大な資金が常に必要だ。
 今回は何とかなったが、何時も上手く行く訳ではあるまい。金の切れ目が縁の切れ目と言うけど、俺の場合は
金の切れ目が命の切れ目だ。
 駄目だ、駄目だ。幾ら考えてもどうにもならないぞ。余り先の事は考えない方が良い。今は目先の課題を何と
かしよう』
 少し頭を切り替えてからまた考え始めた。

 『ダウクーガー』? 金森田玄斎の成れの果てか? 多分そうだろう。あの男も、とうとうサイボーグになった
か。しかし、俺の時ほど豊富な資金があっただろうか?
 かなり怪しい。とすると俺の初期の頃のサイボーグと似たり寄ったりだろう。だとすれば、相当に苦しんでいる
だろうな。
 その苦しみから逃れる為に、女をレイプし、男達を惨殺したとしても何か頷けるよな。おっと、同情ばかりはし
ていられない。
 あれ? 尿意と便意を感じるぞ。ふふーん、そこまでやったか! さて、別段、おかしな事も無いようだし、トイ
レに行って出す物を出してから眠りますか』

 かなり長く風呂の底に沈んでいたが、便意と尿意の両方を感じて、少し急いで風呂からあがり、体を乾燥させ
てから下着を着けて用を済ますと、パジャマを着て、ベットに入った。

『ふう、空腹のイライラ感が無くなったな。ああ、このまま普通の人として生きられたらどんなに良いだろう。いい
や、それは不可能だ。時々手術してボディを変えるしか俺は生きては行けないのだからな。
 ……待てよ、世界一の金持ちだったらどうだ? 毎年一兆円も儲ける事が出来たら? そこまで行かなくとも、
数千億円、数十億ドル稼ぐ奴だったらいるかも知れない。これ以上の能力アップは望めないかも知れないけど、
現状維持だったら十分な数字だ。
 もう少し少なく年間数億ドル程度稼ぐ奴だったら確かに何人か居るだろう。それでもギリギリ現状維持だけは
出来る。現在の俺の能力は人間の能力としては、多くの分野で世界のトップクラス。
 上手くすればそれ位稼げるかも知れない。ははははは、話が上手過ぎるかな? そう上手くは行かないだろう
が可能性はあるかも知れない。ふう、いよいよ眠くなって来た。もう眠ろう』
 チャーリーは最高に上手く行けば、何とか生き長らえるかも知れないと結論付けてから眠った。少しは安心出
来たのだった。

「昇!」
 女の呼ぶ声だった。
『あれ? 母さんか? いや、違う違う。俺はええと、ソードじゃなく大黄河でもなく、……チャーリーだ! チャー
リー・クラストファーだ!』

「林谷昇君、起きて下さい」
『ええっ! どうして俺の本名を知っている?』
 眠い目を擦りながら目を覚ました。

「相変わらずの寝ぼすけ君ね。もう、やっぱりテントが張っている。あれだけはバッチリなのね。でも今朝はそん
な暇は無いのよ。もう警護の兵士は帰ったから安心して良いのよ」
「はははは、林果、お前も結構エッチだな。男のテントが見たいんだろう?」
「もう、何時だと思っているの? 朝食を持って来たから一緒に食べましょうよ」
 林果はチャーリーの下ネタジョークを無視して言った。

「ああ、分かった。待てよ、メアリーさんと昇一君はどうした? 朝食は食べたのか?」
 チャーリーは起きてパジャマを脱ぎながら言った。
「ふふふふ、やっぱり気になるんだ。さすがは父親ね」
「い、い、いや、普通気にするだろう? 母親と息子とがお手伝いさんというか、そういう女性と一緒に食事する
んじゃないのか?」
 相変わらず誤魔化し続ける。

「もう、二人きりの時は本名を使っても良いのよ。もうとっくにネタは挙がっているんですからね。私はあれから
随分考えたんだけど、ベットの中で泣いたり、怖くなったり大変だったのよ。
 でも、考え直したのよ。貴方には私が必要だし、私には貴方が必要だってね。それで、今朝は朝食を少ししか
取らなかったのよ。
 貴方と一緒に食べたかったから。それと、その、あっちの方も、たっぷりとね。これから地上に出て貰うのです
けど、私は行けないのよ、分かるでしょう?」
「ああ、子供の事もあるし、シュナイダー博士が認めなかったんだろう?」
「ええ。その、先ずお食事を先に済ませましょうよ。腹が減ってはエッチは出来ないって諺があったでしょう?」
「えへへへへ、そんな諺があったかな? そうだな。じゃあ、頂くとするか」
 チャーリーは林果の好意に甘える事にした。ただ白人の体になってからの初セックスに少し不安があった。

『白人にはなったけど、比較的小柄な体形も何もかも以前の自分と殆ど一緒だ。ただ、顔形や手足の長さや
ペニスの大きさなんかが微妙に違う。
 うーん、複雑な気分だな。これって林果にとっては浮気なんだろうか? まるで他人とセックスをしている様な
ものじゃないか!
 しかし、実際には同じ人間なんだよな。待てよ、これって、『杜子春の限界』とどう関わって来るんだ? 以前
考えた『杜子春の限界』は外見がそっくりの別の生き物の事だった。
 しかし今回の例は、その逆。外見は別であるが、中身は同じという例だ。本能は外見に左右されるから、本能
的には別人と判断することになる……』
「もう、何をそんなに何時までも考えているのよ! ははーん、ひょっとして『杜子春の限界』について考えていた
のね!」
「えっ! ま、ま、まさか。ち、違うよ。違うからな!」
 図星だったので大いに慌てた。

「はははは、良いわよ、違うと言うのならそれで。さあ、ご飯にしましょう。テーブルの上にちゃんと支度してあり
ますからね」
「ああ、うーん、味噌汁の良い香がする。へえ、今朝は和風の朝食か。良いねえ。えっと、ご飯にわかめと豆腐
の味噌汁。メインのお肴は、サーモンの切り身の塩焼きかな?」
「はい。地下じゃあお魚とかは結構高いんですけど、奮発したのよ。アトランティック・サーモン、サーモンの中で
も特に高いのよね。でも誰かさんの出陣祝いですから。オーブンで焼いて持って来たのよ。
 それと日本の朝食の定番、目玉焼き。きゅうりのぬか漬けも持って来たけど、ご飯とお味噌汁はお代わりもあ
りますからね」
 まるで母親の様な感じで林果は説明した。

「そ、それじゃあ、頂きます」
「頂きます」
 チャーリーは涙が零れ落ちそうになるほど感激していたが、林果に心の中を見透かされたくなかったので、
グッと堪えたのだった。

「ふう、美味し過ぎて目が回りそうだよ。食べられることがこんなにも幸せなことだったなんて、サイボーグになる
前には思いもしなかったよ」
「サイボーグになってからは暫く食べられなかったの?」
「ああ、何年間も食べられなかった。最初は食機能が全く無かったので、食欲そのものをカッとしていた。脳の
一部に一定の刺激を与え続けて、食欲が湧かない様にしていたのさ。
 ところが変なんだよね。食欲が無い事それ自体が何故か不満だった。脳が美味しいものを食べたことを記憶
していたからだと思う」
「ああ、そうか。そうよね。えっと、お代わりはどう?」
「うん、ご飯と、味噌汁と両方貰おう。ええと、このアトランティック・サーモンだっけ、さすがに美味しいね。焼き方
も上手だし」
「えへへへへ、本当はそれはメアリーが焼いたのよ。私はご飯を炊いたし、味噌汁も作ったのよ。私としては、
上出来だと思うわ。
 普段はパック入りのご飯をレンジでチンするだけなんですからね。味噌汁もインスタントのお湯を注ぐだけの
奴。でも今日だけはちゃんとしたかったのよ。ああ、ご飯と、それから、味噌汁のお代わりをどうぞ」
 林果は茶碗にご飯をよそってチャーリーに手渡し、それから味噌汁もお玉ですくってお椀に入れ、手渡した。
日本ではありふれた風景だが、二人にとっては実に懐かしい光景だったのだ。

「美味しい。林果の作った味噌汁もご飯も美味しいよ。ううっ、いや、ちょっと感激だな」
「ううっ、私も何だか感激しちゃった。本当に久し振りだわね。親子三人水入らずでこんな食事が出来たら素晴
しいと思わない?」
「はははは、いや、その、答えられないよ。そうなれれば最高かも知れないね。現実は厳しいけどね」
 チャーリーはまたしても本音を少し漏らした。林果は何も言わなかった。

「さて、食後は緑茶か?」
「はい。お茶請けに羊かんと洒落てみましたわ。どうぞ召し上がれ」
「ふう、こんな生活がずっと続けば良いのにね。ああ、緑茶も行けるし、羊かんも実に美味しい」
「そうねえ。夢ね。目の前に難題が沢山あるんですもの。でも、不可能と決った訳じゃあないわよね。ああ、本
当に羊かんも美味しいわね」
「ところで、緑茶とか羊かんも売っているのか? さっきの味噌汁の具のわかめとか豆腐とかもだけど。その、
サーモンとか生卵とかもだけどね」
「残念だけど、全部取り寄せになるのよ。ノアシティ自体が極秘の存在だし、大っぴらに注文とか出来ないから、
特別のルートで仕入れるのよ。
 インスタントものは安く手に入るけど、生鮮食品は地上の十倍もするのよ。生卵一個の値段が数百ピアなのよ。
今回みたいな贅沢はそうそう出来ないわね」
 林果は残念そうに言った。

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