夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「次のステーションで降りて貰おうか。長官も一緒にお降りて頂きたい」
「馬鹿なことは止めろ。思い直せ。今だったら一切罪には問わない。チャーリー以外の誰がダウクーガーを倒す
のだ? これ以上犠牲者を出したくないからこの人に頼むんじゃないか!」
アーノルドは必死になって説得した。
「皆噂していますよ。今度の事は全て、大統領が選挙で勝つ為の戦略だって。自作自演なんでしょう? 凶悪な
犯罪者を彼の遠縁の者が倒す。しかも白人。生粋のアメリカ人。
私は色々な人種が入り混じった、言わば雑種です。私ばかりじゃない。地下にいる兵士の大半は高度に混血
の進んだ雑種の人間が殆どだ。
何故、白人が手柄を立てる? その様に初めから仕組んでいたのに決っている。ダウクーガーが世にも恐ろ
しい憎むべき犯罪行為を繰り返すのも、その方が効果があるからでしょう?」
兵士のリーダーは皮肉な顔で言った。
「馬鹿な。幾らなんでもそれは考え過ぎだ。ダウクーガーを操っているのは、公表されてはいないが、十中八、九
ゴールドマン教授だ。
あの男はシュナイダー博士にサイボーグの件で主導権を握られて、その報復の為にやっているのだ。ダウ
クーガーは博士の操り人形だという噂を流しているのも、教授がやっていると我々はほぼ確信している。
しかし、決定的な証拠が無いので、公には出来かねているのだよ。そこで我々は、ダウクーガーを生きたまま
捕えて、彼が誰の命令で動いているのかを自供させる積りなのだ」
アーノルドは極秘の情報も少し漏らして説得し続けた。
「よしんばそれが本当の事だとしても、我々には何のメリットも無い。長官、貴方はいずれは地上に戻れると聞
いています。
しかし我々は地上に戻れる保証が無い。一生この地下世界、ノアシティから逃れられないのですよ。ここに
派遣された殆どの者は、若干の失態をした者ばかり。
同じ様な、いや我々以上に失態を犯した者であっても、白人はここには殆ど派遣されて来ない。来たとしても
一時的なものですよ。どうしてですか? 長官教えて頂きたい。その訳を我々はノアシティの墓場でじっくりと聞
きたいのですよ。
さあ、着きました。長官、降りて下さい。チャーリーお前もだ。さっさと降りろ!」
「取り敢えず降りましょうアーノルドさん。どうして墓地が選ばれたのかは知りませんが、まあ、私は初めて来ま
したけどね」
チャーリーは墓地の事は殆ど知らなかった。
「こっちへ来い! 逃げるなよチャーリー! 逃げれば長官が蜂の巣になるぞ!」
「ああ、逃げないから、アーノルドさんだけは撃たないでくれ」
「物分りが良くて助かるよ、ダウクーガーの片割れ! ああ、今のままでは死んでも死に切れまいから、俺の
名前だけは知らせておくよ。
長官は知っているがポローズと言うのさ。ポローズ・ガリティア。変な名前だと思うか?」
「いや、私は本来東洋の人間だ。アメリカ人の名前は良く分からない」
チャーリーは思ったことを素直に言った。
「ふふん、どうだかな。何故墓地を選んだか知らないようだから教えてやろう。ここは兎に角広い。出入りのチェッ
クも無い上に空き地がかなりあるのさ。この日の為に、俺達はここに密かに基地を作っていたのだよ。
抵抗運動の拠点にしようと思ってね。食料、武器、弾薬、勿論住居、監獄まで作ってある。監獄は今まで空
だったが、今日から約二名が入ることになる。
それとついでだから教えておこうか。ノアトレインには警備員が常時一人乗っているが、彼らも我々の仲間と
言って良い。彼らの嘘の証言で、我々のアジトは中々見つからないだろうよ」
「ま、まさか、前々からの計画的犯行なのか!」
アーノルドはかなりの声で叫んだ。
「はははは、今頃分かったんだ。そんなことじゃあ、ノアシティの平安は守れませんよ長官。我々の意向に賛同
する数百名の人々が今も頑強なバリケード作りに励んでいる筈だ。
我々は決起の日を慎重に選んでいた。それが今日だったんですよ、長官。これで我々の仲間達の気持ちも
しっかりしたものになる。人質が二人もいるのですからね。いや、一人と一匹というべきかな」
ポローズは勝ち誇って言った。墓地らしい場所を過ぎると、寄せ集めのガラクタが山と詰まれた、バリケード
があった。一応扉らしき物があり、何人かのマシンガンなどを持った兵士が出入り口を固めている。
「今日は人質を連れて来たぞ。アーノルド長官とダウクーガーの片割れだ!」
ポローズが大声で叫ぶと、
「ヒャッホーーーッ!!」
大歓声が湧き起こったのだった。
『ふうむ、百人に満たないな。いや、せいぜい中にいるのは五十人程度。一緒に来た連中は二十数人。多く見
積もってもせいぜい全部で八十人程度。
さっきポローズは仲間が数百人と言っていたが、多分ハッタリだろう。そんなに多ければ分からない筈が無い。
長官が把握出来なかったのは人数が少なかったからに違いあるまいよ。
とすれば、脱出のチャンスはきっとある。それまでは大人しくしていよう。チャンスは、いや、果報は寝て待てと
言うからな。
しかし、唯一、ちょっと感心したのは、ノアトレインに乗っている警備員が仲間だと言う事だ。それだったら確
かにアジトの発見は遅れることになるだろう。しかしそれとても時間の問題だろうけどね。結局長くても数日の
抵抗で終るだろうな」
チャーリーは冷静に状況を判断していた。それらはバリケードの貧弱さからも容易に想像出来る事だった。
「ガチャリッ!」
「ガチャリッ!」
アーノルドとチャーリーは別々の監獄に入れられた。監獄と言っても、ごく粗末なもので、本気になればチャー
リーなら簡単に脱獄出来る程度の、四畳半一間のトイレ付きの小屋のようなものだった。
監獄は五軒ほどあった。ただ発電装置が貧弱なのだろう、その辺り一帯は何処も薄暗かった。
『おいおい、これで、本当に本気なのか? ざっと見た所、全体で、学校の体育館を少し大きくした程度。周囲
のバリケードは全部車の部品とか何かの機械の部品、それと何処からか盗んで来たイスやデスクの類だ。
崩れたりしない様に所々を針金で固定してあるけど、ダイナマイト二、三本で簡単に破壊出来るぞ。それにこ
の監獄は何だ?
腕の悪い大工がやっと作ったかのようなオンボロ小屋だ。この壁だったら、いや、ドアでさえも、一蹴りすれば
穴が開きそうだ。まあ、長官がいなかったら、簡単に壊せるんだがな』
チャーリーは余りのずさんさにかえって疑念を抱いた。
『どうも、府に落ちないな。何か裏があるかも知れない。それとも考え過ぎかな?』
時折、気勢を上げたり、歌を歌ったり、何か宴会の様な事をやっていたりで、本気の抵抗運動にも思えなかっ
た。
『ふうん、この位の事でもう鬼の首を取った様な気になっているらしいな。しかし、何と言うか、日頃の憂さを晴
らしているだけなんじゃないのか?』
監獄に入れられただけで、後は音沙汰が無かったので、全くの所手持ちぶたさだった。
その頃地上は勿論の事、地下都市のノアシティでも長官とチャーリーとがいなくなった事で大騒ぎになってい
た。トレインに乗ったことには間違いなかったので、警備員は全員が厳しい取調べを受けることになった。
間も無くその内の一人が自供すると、後は連鎖反応的に全員が自供した。どうやら警備員達は本気でポロー
ズに賛同しているのではなく、単に金で動いていたのに過ぎなかったようである。
「おい、飯だ。お前はサイボーグとかだそうだな。それでも飯は食うとか聞いている。長期戦になるだろうからしっ
かり食っておけ。最低でも半年位は続くだろうからな」
男が一人ドアに作られた小窓から包みを放り込んだ。飯と言っても、パン一個と太いソーセージが一本。それ
と牛乳が一パックつけてあっただけである。
「アーノルド長官は無事なのか?」
一言だけ聞いてみた。
「ああ、大事な人質だからな。彼がいる限り、たとえここを発見されても、そう簡単に手出しは出来ないだろうよ、
ははははは」
男は正に勝ち誇って言ったのである。
『ふうん、俺の印象からすればせいぜい二、三日のところだ。いや、たぶん今日か明日にはけりが付くだろうよ』
全体に如何にも幼稚なので、直ぐ決着が付くと判断した。さらに差し入れられた飯を食いながら考え続けた。
『長官のいる監獄小屋はお隣さんだ。唯一怖いのはポローズがやけくそになる事だ。まあ、多分近い内に外か
ら攻撃を仕掛けて来るだろう。うーん、長官が問題だな。
突入して来たら、人質の長官を前面に出して抵抗するかも知れない。その前に助けないと。ううむ、突入は何
時頃になるのかな。それが問題だ』
食事が終って、空容器などを屑入れに捨てると、時が来るまで一眠りすることにした。果報を寝て待つことに
したのである。
暫く眠っていると、何か異変があった。
『ありゃ、真っ暗だ。発電機の故障か? うへ、本当に暗くて何も見えないぞ。うーむ、こりゃ絶好のチャンスだな』
チャーリーは脱出の決意をした。
「グッ! ウグッ!!」
なるべく音がしない様にドアの錠を壊した。と言ってもかなりの音はした。
「ガギッ!!」
あちこちから慎重に手探りで歩く足音が聞こえた。呼吸音も聞こえる。懐中電灯もあるらしいが絶対数が不足
しているようだった。
かなりの音がしたのに誰も駆け付けて来ないのは、相当に動揺が広がっている証拠でもある。一部のリーダー
達だけが張り切っていて、後は仕方無しに追随しているだけの状況である事が推測出来る。
「発電機はどうなったんだ!!」
「今修理中です!!」
「人質の様子を見て来い!!」
「ハイッ!!」
そんな声が響いて来る。