夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ああ、それだったら前にも言ったと思うのだが簡単な事だよ。今回のプロジェクトの前にテストをしたろう? 向
き不向きのね。
確か、もし家族以外の者の為に戦うとしたら、一体何の為に戦うのか。多くの日本人は、日本の研究者達は
世界平和の為に戦うとかいう、ある種の奇麗事で済まそうとした。
ことごとくそれで落選した。その様な心構えでは困るのだよ。気の毒だが秘密を守る為に彼らには収容所に
入って貰った。チャーリーも知っていると思ったがね」
博士は明快に答えた。
「はい、それは知っています。ですがサイボーグに関する知識は日本の研究者の方がずっと上だったのではあ
りませんか?」
「ああ、そのことかね。まあ簡単な事だ。我々はその日本の研究者達に教わったのだよ。収容所からの脱出は
認めなかったが、比較的楽に暮らせる様にすることと、君の手術の為だと言ったら、割合簡単に承諾してくれた。
お陰で我々の仲間の研究者も水準が随分上がった。元々サイボーグ関連の研究者達だったから、水準が上
がるのにそれほど時間は掛らなかった。しかし困った事になった」
博士は顔を曇らせた。
「大体事情は分かりましたが、困った事と言うのは?」
「彼等はやはり地上に出たかったのだろう。ゴールドマン教授にそそのかされて、一緒に逃亡してしまったので
すよ。かなりの人数がね。しかもリーダー格の連中ばかり。
私が懸念しているのは脱走した研究員達があの恐るべきモンスター、ダウクーガーを作り出したのではない
かということなんだよ。そうでなければ良いのだが」
「うーん、恐らくその線でしょうね」
話を聞いてその場に、顔見知りの研究員のいないことは理解出来たが、逆に憂鬱(ゆううつ)な状況にあるこ
とが分かってしまった。
『もしかすると、知り合いの研究員達の罪を問わなければならなくなるかも知れない』
そう思うと尚更憂鬱になってしまった。
それから数時間かけて手術は終った。博士は途中で退席した。緊急の連絡が入ったのである。チャーリーは
術後再び風呂に入って、手術中の汚れや問題点がないかなどのチェックを受けた。
今度は男女の研究員達五人ほども一緒だった。一時間ほどの点検で問題がない事が分かると、地上に出る
為の一般的なカジュアルな夏の服装に着替えて、第五小会議室に戻って一人で待機していた。
「やあ、お待たせ。大変なニュースが飛び込んで来たものだからね。ああその前に、例の反乱軍はほぼ全員が
投降して、一件落着になったようだ。
しかし首謀者のポローズ・ガリティアは戦闘中に亡くなった。他にも何人か亡くなったり大怪我をした者がいる
らしい。それでも死傷者は双方合わせても十数人だそうだ。
被害が少なくて済んで良かったよ。ああ、味方には軽傷の者が数名いるだけで、死者は無かったようだ。少し
残念なのは、事情を最も良く知っていると思われるポローズが亡くなった事だ。
これでは事件の真相は永遠に明らかに出来ないだろうね。一応投降者全員を厳しく取り調べる積りだが、多
分無駄だろう」
「うーん、亡くなったんですか、ポローズが。真相究明の為にも、最低限彼だけは生かしておいて欲しかったので
すがねえ。でもまあ、今更仕方が無いですね。ところでその大変なニュースってなんですか?」
チャーリーは妙だと感じた。反乱軍の討伐のニュース以上に大変なニュースなどあるのだろうかと思ったのだ。
「実は、ゴールドマン教授が殺された」
「ええっ! 誰に? ま、まさか……」
「そのまさかだと思われる。首の骨がへし折られていた。遺体が見つかったのは空きビルの一室だったのだが、
状況から判断して、事故死ではないらしい。
他に外傷が無かったので凄い力で一瞬の内に首の骨を折ったものと思われる。その様な事が出来るとすれ
ば、十中八、九ダウクーガーに間違いない。
何しろゴールドマン教授はガッシリした体の持ち主だ。そんじょそこらの格闘家では彼の首を一撃でへし折る
ことなど有り得ないからね」
博士の顔に苦渋の色が見える。
「それじゃあ、直ぐにも行きましょうか。ダウクーガー退治に」
「ああ、待ってくれ。もう一つ言っておく事が出来た。ダウクーガーは今はベガシティにいるらしいことが判明し
た。知っているよね?」
「ベガシティ! 勿論良く知っています。ベガシティのどの辺ですか?」
「今は誰も住んでいない空きビルになっているようだが、以前は裏娼妓X号館と言ったビルに巣食っているらし
いよ」
「あああ、あそこは以前彼が住んでいた所です。しかしそこまで分かっているのだったら、何故警察や軍隊が何
とかしないのですか?」
チャーリーは強い疑問を感じた。
「彼は、ダウクーガーは研究員達を人質にとって立てこもっている様だ。しかも人質を時々殺しているらしい」
「ええっ! それじゃあ尚更じゃないですか!」
「ところが一度突入に失敗しているのだそうだ」
「ええっ! どういうことですか?」
「ダウクーガーの力を甘く見たのだろうね。君を前にしては少し言い難いのだが、彼はサイボーグだ。しかも、
かなり強固な体を持っているらしい。
催涙弾を使ったり、通常の銃で攻撃したのだが逆に中からマシンガンで撃って来て、警察官数十人が死傷し
た。彼には数十発の弾丸が当ったらしいのだが、我々の予想通り、びくともしなかった。
そこで現在、第二派の突入準備中なのだが、人質を人間の盾にして使っていて、迂闊に踏み込めないのだ
そうだよ。最新の情報では、こう着状態が依然として続いているそうだ」
「あああ、こうなったら一刻も早く行って、何とかしたいですね。ところでダウクーガーの精神状態はどうなんで
しょうか?」
チャーリーは交渉の余地があるかどうか考えていたのである。
「精神状態? うーむ、そこまでは考えていなかったが、残忍な殺人やレイプなどしたい放題だからね。常識的
に言えば狂っているとしか思えないよ」
「しかし、はっきりとは分からないのですね?」
「ああ、そうだ。精神鑑定も出来そうも無いしね」
「分かりました。しかしその様な状態であるとすると、のんびりジェット旅客機でマッサーズシティに行っていられ
ませんね。
この際もう少し早く行く方法は無いのですか? 例えば空軍のジェットヘリで近くまで行くとか。スピードは旅客
機の方が速くても、直接その場に行けるとするとそっちの方が数時間位早いのではありませんか?」
「ううむ、確かに理のある話ですね。ルーカス君にでも頼んでみましょう。それと最後に一つだけ。現場は兎に
角暑いようです。
連日四十度近い猛暑だとか。如何にサイボーグでも直射日光を長く浴びるのは危険です。水分や低温に強
い事は分かっているのですが、高温に関しては余りデータがありません。
そこの所を良く心得て行って来て頂きたい。じゃあ、私はジェットヘリが使えるかどうかを聞いて来ます。それ
と体内通信機のテストをしますから、そうですね、30分後に意識スイッチを入れて貰えませんか?」
「30分後ですね。分かりました。私はここで待機していれば良いのですね?」
「はい。ジェットヘリにするかどうかは決ったら私の方から直接ここに来てお知らせしますからね」
博士はかなり慌しく部屋を出て行った。
『ふう、ダウクーガー、金森田玄斎は何を考えているのだろう? しかし博士の話が本当だとすると、最早殺害
しか方法は無いように思えるがな。
もしこうなる事が分かっていたら、やっぱり前に殺して置いた方が良かったか? いやいや、今更考えても仕
方の無い事。
だけど俺に殺せるのか? ダウクーガーが俺を襲うか、さもなければ誰かを殺しかけていたら多分殺せるだ
ろう。しかしもし命乞いしたら? いいや、それも考えるのはよそう。
第一、俺があっさりやられるかも知れないじゃないか。そうだな、兎に角全力で倒す事だけ考えよう。ううむ、
あと二十五分もあるぞ。ふふふ、こんな時に不謹慎かも知れないけど、退屈だな。
特にすることも無いから、一眠りしようか。うーむ、ケータイを使おう。ケータイのアラーム機能を使って、そう
だな、二十分後にセットしてと。それじゃあ、ちょっとだけお休み』
チャーリーはイスに座ったまま直ぐに眠ってしまった。もしもの時の為にカード式のケータイ電話を持っていた
のだったが、思わぬところで役に立ってくれそうである。
「ブルブルブル……」
胸のポケットに入れておいた目覚まし代わりのケータイが振動を始めた。
『ああよく眠ったな。スイッチを切ってと』
ケータイの時計を見ると、予定の30分まであと数分である。
『ふあーあっ! あれ? 腹が減って来たぞ。そう言えば普通だったら夕食の時間だものな。もう午後八時過ぎ
ている。ううむ、こういう時は食機能が邪魔でもあるな。
しかし、腹が減っては何とやらだ。いや、林果に言わせれば、エッチが出来ない、だったか? はははは、面
白い事を言う奴だな、今思えば。
そうだな、こんな時に我慢してもろくな事は無いから、博士にお願いしてみようか。ちょっと格好が悪いけど仕
方あるまい。しかしメニューは何が良いかな。ああ、いや、この際贅沢は言うまい』
食機能が復活して間もないからか、つい食事の事を忘れてしまっていたのだった。