夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 全てのお膳立ては済んでいたのだった。夜だった為に上空からでは良く分からなかったが、チャーリーが降
りる予定の道路の周辺には、警護の兵士の他に数千人の観衆が待ち構えていたのである。チャーリーには
複数のサーチライトが当てられ、その模様はテレビ中継されていたのだった。

『開け羽!』
 チャーリーは予定通り羽を開いたのだがサーチライトが眩しくて少し目測を誤り、行き過ぎてしまった。幸いに
もまだかなりの高度があったのでUターンして予定とは逆向きに降りて行った。

『おいおい冗談じゃないぞ。サーチライトを浴びせられるなんて聞いてないぞ! 知っていたらサングラスとか掛
けて来たのに!』
 勿論チャーリーには視力の調整が人間の数十倍から数百倍の能力があったので、眩しくない様に調整した
のだったが、かなり不快な気分だった。

『あああ、凄い人だ。俺は見世物なのか?』
 観衆も少しは居ると思っていたが、数千人は多過ぎる数だった。何台ものテレビカメラに写された他に、個人
の俄かカメラマン達が盛んにフラッシュを焚いて撮影したり動画として記録していたのである。

 人々の頭の上、数メートル位から本格的に着陸態勢に入った。それもかなり際どい事だった。そこまでギリギリ
に人が立って見ている事は予想していなかったのである。
『一体何なんだ! かなりギリギリにしか止れないぞ!』
 ムカつく事ばかりだったが、一般の人に怒りをぶつけても始まらない。

「ウオオオオーーーーッ!! ブラボーーーーッ!!」
 かなり危なかったが、それでも予定の反対側の通行止めになっている道路の、後数メートルの所で辛うじて止
る事が出来た。
 冷や汗ものである。しかしそれもまた予定通りと感じたのか、観衆達は大歓声と拍手でチャーリーを迎えたの
だった。

『まさかインタビューは無いだろうな?』
 そのまさかがあった。兵士の制止を振り切って、数人の男女のアナウンサーが走り寄って来たのである。
『冗談じゃないぞ!!』
 チャーリーの怒りは頂点に達した。しかし、素人相手に殴る訳にも行かない。

「それっ!」
 一旦着地し止ったチャーリーだったが、再び少しだけの助走で三、四メートルも飛び上がってパトカーやその
他の車の屋根の上を次々に飛んで行って、最終的には近くの比較的小さな三階建てのビルの屋上に飛び降
りた。

 助走が余り無かったので、届くかどうかかなり際どかったのだが、何とか上手く行った。大黄河夕一郎の時
だったら恐らく失敗していただろう。チャーリーの身体能力は更に高いものに変えられていたのである。
 その為に莫大な費用が掛っていることを勿論チャーリーは知っている。しかしクラストファー大統領の思惑も
絡んでいる事も勿論知っていた。

 ビルの屋上に立っているチャーリーにもサーチライトが浴びせられたが、方向違いらしく余り上手くは行かな
かった。しかし、テレビ局もさるものである。数機のヘリコプターが飛来してきた。今度はそのヘリコプターから
サーチライトが浴びせられた。

『全くしつこい奴等だな。いっその事ヘリコプターを撃墜してやろうか!』
 一瞬そうも思ったが、当然ながら直ぐ思い直した。いや、その必要すらなかった。
「ドンッ!!」
 何かの爆発音がしたと思ったら、
「ドオオオオーーーーンッ!!!」
 何者かがヘリコプター一機を撃墜したのである。最初の爆発音はロケット弾か何かの発射音だったようである。
その音は明らかに裏娼妓X号館の方から聞こえて来たのだった。
 他の数機のヘリコプターは直ぐサーチライトを消して大急ぎで戻って行った。撃墜されたヘリコプターは地上
に落下したのと同時に爆発炎上した。チャーリーといえども、とても側に寄れる状態ではなかった。

「キャーーーーッ!!!」
 それまでの歓声は悲鳴に変った。そこが危険な裏娼妓X号館に近い場所である事を思い出したのだろう。我
先にと観衆達は引き上げて行く。
 それとは逆に間も無く消防車や救急車などが何台かやって来て、墜落炎上したヘリコプターの消火と乗員の
救助に当たるようである。しかし誰の目にも乗員が助かったとは到底思えなかった。

『ふう、やっと静かになった。しかしダウクーガーは俺の存在を知っていたのだろうか?』
 チャーリーは金森田玄斎の用心深さを思い出した。
『あの男がただ単に一つのビルに閉じこもりっぱなしな訳が無い。常に周囲の状況に気を配り、次々に手を
打って行く。あの男はそういう男だ。だとすれば当然俺が来た事も知っているだろう。
 だったら何故俺を狙わない? 考えられることはただ一つ。俺の存在を知らないと思わせる。そう思って俺が
のこのこと裏娼妓X号館に接近した所をさっきのロケット弾か何かで一気に葬り去る。そんなところだろう。
 ここはかなり用心して掛らないとやられるぞ。しかし、一応周囲を取り囲む警官や兵士達と話し合っておかな
いと拙いんじゃないのかな?
 ううむ、しかし、怖いのはその中にダウクーガーのスパイが居る事だ。あの男だったらそうするだろう。そうだ
な、どうするか、博士と少し相談してみよう。博士・通信、博士・通信、……』
 チャーリーは体内通信機の意識スイッチを入れた。

「ああ、シュナイダーだが、チャーリー、どうした? 目的地に到達した事は既に聞いているが」
「はい。ちょっと驚いたのですが、ヘリコプターがダウクーガー側からの砲撃かロケット弾かで撃墜されました。
迂闊に近寄るのは危険だと思うのですが、周囲を取り囲んでいる兵士や警官とコンタクトを取るべきかどうか
ちょっと迷っています」
「ほほう、ヘリコプターが撃墜。それは気を付けなければならんな。しかし何故接触出来ないのだ? 君の存在
は知られているのだから、彼らと接触した方が何かと都合が良くは無いかね?」
 博士はチャーリーが怖気づいたと思ったようである。

「はははは、博士はダウクーガー、元の金森田玄斎の用心深さを知りませんね。兵士や警官の中にスパイが
いる恐れがあると思うのですよ。あの男はそういう男です。
 それで迂闊に接触出来なくて困っているのです。ですから出来れば、博士の方から直接兵士や警察官の
幹部の方に行動を起さない様に連絡を取って貰えませんかね。
 こっちは一人の方が動き易いのですよ。今、裏娼妓X号館の方をビルの屋上から見ているのですが、殆ど
真っ暗です。こんな時は私の視力がものを言います。もし行動を起して欲しい時には、私が博士に連絡してそ
れから動いて貰いたいのです。どうでしょうかそれで」
「なるほど、君がそう言うのなら、そうしましょう。しかし一人で大丈夫かね?」
「つまり向うもそう思っていると思います。一人で来る筈が無いと。だから一人で行くのです。数人だったら、小
さな灯り一つでもあれば彼は見抜きます。しかもダウクーガー一人が敵だとは限りませんよ」
「えええっ、そんな筈は無い。当初は仲間も居た様だが、今では全員が人質になっていると聞いているぞ」
 博士はチャーリーが思い違いをしていると感じた。

「はははは、用心には用心を重ねる。あらゆる可能性を考えて行動しなくてはいけません。それが戦略という物
です。幸か不幸かその用心深さを私は彼に教わったのです。
 以前私は彼を、場所も同じ裏娼妓X号館で金森田玄斎をギリギリまで追い詰めながら、まんまと逃げられてし
まいました。そういう苦い経験があるのですよ。
 あの男を甘く見てはいけません。一つ警告しておきましょう。私はここで彼を見張っている兵士や警察官の幹
部すら百パーセントは信用していないのです。
 そこまでの用心が必要である事を言って置きます。今度こそ、今度こそあの男を確実に仕留める。その為に
はそこまでしなければいけないのです。博士くれぐれもご用心を」
「ううむ、しかし、例えば、だったら何故ダウクーガーは君を狙わずにヘリコプターを撃墜したのかね? 本当
は君の存在を知らなかったんじゃないのかね?」
 博士は疑心暗鬼になった。チャーリーの言う事が信じられないのだ。

「あれだけ大々的に私の到着を知らせてあるのですから彼はきっと知っています。しかし、私は標的としては小
さいです。彼の居る場所からは五百メートル以上離れています。
 私を狙ったとしても撃ち損じる可能性が高い。そこで確実に撃ち落せるヘリコプターを落として、今博士が
言った様に私の存在を知らないと見せ掛けたのだと思います。
 そうすれば私は安心して彼の居る場所に近づくでしょう。近づいた所で確実に仕留める積りなのだとすれば
ピッタリ辻褄が合います。私はそう考えましたがそれでどうでしょうか?」
「う、ううむ、なるほど、理詰めに考えるものだね。分かった。私は一応暫く行動しない様に、幹部達に伝えてお
こう。君の言う様に彼らを百パーセント信用しないようにしてね。勿論それと分からないようにだがね」
「お願いします。それじゃあ、また後で連絡します。ああ、それと、ミニハングライダーとローラースケートはここ
に置いて行きます。
 ええとこのビルはちょっと名前が分かりませんが、裏娼妓X号館から五百メートルほど離れた位置にある三階
建ての小さなビルです。
 その屋上に、道具を置いて行きます。私は取りに来れないかも知れませんので、その時には宜しくお願いし
ます」
「ああ、了解した。それじゃあ気を付けて」
「はい」
 チャーリーはミニハングライダーとローラースケートを脱ぎ捨てた。ただ少し困ったのは靴が無い事だった。

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