夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
259
『はははは、何て単純な事に気が付かなかったのだろう?』
困ったチャーリーは結局ローラースケートを再び履いた。その点を博士に連絡しようとしたが、留守のようだっ
たので、パソコンにメールとして記述しておいた。
『まあ、何時も博士が居るとは限らないからね。しかし体内通信機で意識スイッチを使って、Eメールと同様の
事が出来るのは便利なものだねえ。兎に角道具が要らないのだからね』
チャーリーはちょっと感心したが、またもや困ったのは屋上からの階段に通じているドアに、鍵が掛けられて
いる事だった。
『ううむ、参ったね。ここも空きビルらしいけど、勝手に鍵を壊すのもちょっと無法に過ぎるしねえ。アーノルド長
官と一緒に監禁された時は、監禁という非常時だったから良いけど、今はそうじゃないからねえ。
ああ、仕方が無い。やっぱりミニハングライダーを使おう。この事も博士に連絡しておこう。なんだか随分無
駄な事をしたな』
チャーリーは結局ミニハングライダーも背負って、勢いをつけてビルの屋上から飛び降りたのである。滑空し
ながら裏娼妓X号館の方へ向かって飛んで行った。
出来るだけ静かに飛んで行ったので、相当の暗闇だった事もあり、チャーリーがそこから飛び出した事に誰
も気が付いてはいなかった。
明るい所や、裏娼妓X号館を取り囲んでいる兵士や警察官の居る所を避け、出来るだけ暗闇の中へ、暗闇
の中へと飛んで行った。ただどの方向へ行っても、X号館を取り囲んでいる兵士や警官は大勢居た。
『こりゃ拙いぞ。なるべくなら兵士達にも警官達にも知られないようにしないと』
そう考えて、方向転換した。
『考えてみれば、俺があのビルの屋上にいるらしい事は、ダウクーガーも知っているのだろう。サーチライトで少
しの間だけど照らしていたのだからな。
とすれば、直行に近いコースで裏娼妓X号館に近寄るのは危険だな。こっちが滑空という手段であっても、空
を飛べると知っていたとすれば、それなりに警戒しているかも知れない。
『それッ!』
チャーリーは暗闇の中にある一本の木に飛びついた。フワフワとゆっくり飛べば飛びつく事が可能である事
は見当が付いていた。
『ケッペルスターの発着基地で、天井すれすれに飛んだ時、速度を出来るだけ落とせば天井の鉄骨とかに掴ま
ることも出来たよな。
でも、ちょっと格好の付け過ぎだと思ってやらなかったけど、あの時の体験が役に立った。うん、上手い具合
に、相当背の高い木だぞ。それにここいらは特に暗い。よし、先ず木のてっぺんに登ってと』
チャーリーはするすると木に登って行った。ただ途中で笑い出したくなって、それを堪えるのに大変だった。
『くっくっくっく、ううう、苦しい。……ふう、やっと笑いの衝動が治まった。おいおい、これじゃすっかり、俺が似て
いると言われた、『木谷のぼっ太』と、そっくりじゃないか。
確か『のぼっ太』の得意技は昼寝と木登りだったよな。あ〜あ、やっぱり俺は『のぼっ太』に良く似ていたんだ
な。何かこうがっかりしたよ。
しかしアニメの中じゃ彼は思い掛けない活躍もするんだよな。幸運にも恵まれて、正義のヒーローになりかけ
るんだ。
でも結局はずっこけて一件落着になるんだけど、彼の真の姿を知っている友人の女の子だけは、彼をとても
高く評価するんだよな。
そしてそれは何時か恋心に変貌して行きつつあるんだ。でも、その感情は言い出せないままずっとアニメは
未だに続いているんだよね。おっとっと、もうてっぺんだ』
チャーリーは暗闇の中、てっぺんに近い木の枝の一つに、絶妙のバランス感覚で立っていた。ローラースケー
トを履いたままなので、それだけでも超人的な技である。
『ううむ、何とも高い木だ。五十メートル以上はあるだろうな。そうだ、ここから少し遠くなるけど六階建てのあの
ビルに飛び移ろう。あの位置であの高さだったら裏娼妓X号館まで十分に届くだろう。
それに元居たビルと全然方向違いだからね。殆ど後ろに近い。それにこの付近は空きビルだらけだし、何と
言っても暗いのが良い。
こっちにはありありと見えるけど、人間の目には殆ど見えないだろうしね。さて先ず羽を開いてと。『開け羽!』
よし、行くぞ! それっ!』
チャーリーは木のてっぺんの辺りから静かに滑空を始めた。スピードが遅かったのでもう少しで失速しかけた
が、先ほどからやや強くなって来ていた風に救われた。
その風はヘリコプターの爆発炎上によるものらしかった。消火作業が進んで炎は下火になって来ていたが、
その周辺の空気の状態を不安定にし、局地的な風を生んでいたのである。
『ふう、こういう幸運もまた、まるで『のぼっ太君』そっくりだ。いやいや、余り気にしない方がいいな。俺は今は
白人なのだからね。
それに今度は一番厄介な事をしなけりゃならないんだからね。さていよいよ敵の本拠地に乗り込むか。……死
ぬかも知れないな。
こっちの情報はかなり向うは掴んでいるかも知れないけど、こっちは殆ど知らない。ダウクーガーが本当に一
人なのかどうか、どの様な武器を持っているのかもはっきりは分からない。
うーん、不利だよな。それに普通の靴も無いし。ああ、逃げてしまおうか? いや、今更惜しい命でもあるまい
よ。泣くとすれば林果位だろう。ええい、兎に角行くぞ!!』
チャーリーは迷いを吹っ切ってビルの屋上から滑空してX号館を目指した。何処までも辺りは暗い。
『兵士達の頭のかなり上だから、どうやら誰も気が付いていないみたいだぞ。よし、これなら行ける!』
兵士達の待機している場所はX号館から百メートルほども離れていた。接近する事をダウクーガーは許して
いないようである。
ほぼ周囲全部を囲んでいたが、迂闊に明かりを灯せないので、相当に暗かった。兵士の中には何十人かが
暗視スコープを持っていた。
しかしそれは突入の時の為に用意していただけであって、今は使っていないようである。ごく小さな灯りで種々
の作業を進めていたのである。
『怖いのは敵が暗視スコープを使っているかも知れない事だが、大丈夫。こっちには人気が無い。いや、まてよ、
ふむ、地雷の気配がするぞ!』
地雷の探知もまたチャーリーの新しい能力の一つだった。極めて正確に地雷のあり場所を探りだせる。
『そうか、地雷があるのか。なるほど迂闊に踏み込めないし、人気が無いのも頷(うなづ)ける。しかし裏口のド
アの所は大丈夫そうだな。うん、間違いない。
ははーん、分かったぞ。万一の場合にはここを通って逃げる積りなんだな。ちゃんと地雷の無い場所がずっ
と外の方まで続いている。道幅は一メートルほど。そこだけ地雷が無い。 しかも隣のビルの入り口にまで続い
ているじゃないか!』
チャーリーは改めてダウクーガーの用心深さや生への執念を感じたのだった。
「ガタッ!」
本当に静かにX号館の裏庭の、地雷の無い場所に降り立ったが、多少の音はした。それにローラーの回る音
までは消せなかった。
「裏庭で音がしたぞ!」
部屋の中のかすかな声だったがチャーリーにはありありと聞こえた。勿論小さな声を拡大して聞く能力の賜物
である。
『それっ!』
チャーリーは素晴しいジャンプ力で二階の窓の辺りまで飛び上がり、ひさしに掴まって窓の僅かな凹みに足を
掛けてじっとしていた。
ローラースケートなので頗る難しかったが、コインを四つ折に出来るほどの凄まじい握力は、彼の体を支える
のに十分だったので、彼にとっては何でも無いことだったのだ。
「誰か居たか!」
「いない。ここは地雷地帯だぞ。来れる筈が無いじゃないか」
二人の男が懐中電灯を持ってドアを開け、少しだけ外に出て来たのだった。しかしそれ以上庭には出なかっ
た。地雷が埋めてあるので出られなかったのである。
「しかし、確かに音がしたけどな」
「はははは、ちょっと風が出て来たからゴミかなんかが飛んだんじゃないのか?」
「まあ、そんな所だろうな。何でも無かったとダウクーガーさんに報告しよう」
「ああ、しかし、後の方が良いんじゃないのか、今眠っているようだし」
「そうだな、そうしよう」
二人の男達はそんな話をしてから戻って行った。
『やっぱり仲間が居たんだ。これで少なくとも二人の仲間、と言うか手下の様な感じだけど、二人か、ひょっとす
るとそれ以上居るだろうな。しかし寝ている?
うーん、俺の初期の時もかなり眠らないと駄目だったよな。多分一度眠りに付いたらそう簡単には起きれない
だろう。
それに問題なのは定期的に手術をしなければならないことだ。ううむ、そのチャンスが来れば簡単なんだが、
それが何時なのか分かればな……』
チャーリーは正確な情報収集が大切だと感じて、耳を澄まして中に居る連中の話を聞くことにした。
「しかし、籠城は何時まで続くのかな?」
「ふうむ、逃げ出したいけど、怖くて逃げ出せないしね。今は眠っているけど、何時目を覚ますか分からないし」
「ああ、全くだ。命を助けて貰う代わりに彼の命令に従っているけど、段々疲れて来たよ」
「そうだな。三十人くらい居るのか、人質兼手下が。全員がそうだなんて、外の連中は誰も知らないだろうしね。
でも女でなくて良かったけどね」
「ああ、全くだ。女達は五人全員が彼の部屋に、鎖で繋がれているんだからな。毎日レイプされていて気の毒で
見ていられないよ。でも、俺達全員が束になって掛って行っても勝てないしね」
「……彼も知っているんだろうな、自分の死期を」
「多分ね。後数ヶ月の命である事は決定的なんだけど、それまではしたい放題の事をする積りらしいよ。でも、
そうなる前に俺達は多分皆殺しだろうな」
四、五人が憂鬱な気分で話し合っていたのだった。