夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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『それにしても随分中が改造されている。以前来た時とは何か別のビルのような感じだな』
 チャーリーはビルが人手に渡って、暫く事務所として使われていたことは知らなかった。しかしその事務所も、
会社の倒産で数ヶ月で閉鎖され、今では買い手の付かない空きビルと化していたのだった。
 ただ通称は今でも元・裏娼妓X号館であり、裏娼妓X号館とも単にX号館とも呼ばれていた。確かにその方が
チャーリーにとっても分かり易い。

『しかしどうしてここにこもったんだ? どうも何か因縁めいたものを感じるな。うーん、一階に居た時には感じ
なかったけど、何かちょっとだけ血の匂いがする。
 どうも三階の方から匂いが降りて来ている感じだ。だけど今は二階の雑用係の五人の解放が最優先だから
な』
 三階の様子が気にはなったが、先ず助け易い雑用係の五人の救出をすることにした。少し歩くとそれらしい
部屋があった。

『ううむ、部屋の中に人の気配がする。音声を拡大して中の話を聞いてみよう』
 チャーリーは部屋の中の様子が気になって直ぐにもドアを開けたかったが、裏口でダウクーガーに知らせよ
うとした者が二人居た事を考えて自重した。

「了解。おい、大変な事になったぞ。ここにチャーリー・クラストファーが侵入したらしいぞ!」
「ええっ! ま、まさか!」
「信憑性は高い。一階の裏口の連中が解放されたから気をつけろとスパイからの報告だ」
「な、何だって! ということはもうここに来るのは時間の問題と言うか、もう来ているんじゃないのか!」
「ど、どうする?」
「どうするって、ダウクーガー様に知らせないと殺されるぞ!」
「お、俺は嫌だ。知らせたって命の保障なんか全然無いじゃないか。それよりチャーリーに従った方が良い」
「馬鹿な! 裁判に掛けられて結局死刑か良くても終身刑だろう? 俺達はダウクーガーに協力したんだからな」
 そこまで聞いて、チャーリーは頃合だと思って部屋に入って行った。雑用係は単なる雑用係ではなく情報収集
の役目も果たしているようだった。全員がイスに座っていたがその内の一人は外部のスパイ達と連絡を取り
合っているようである。

「そんなに重い刑にはならないよ」
「うぎゃっ! チャ、チャーリー! き、聞いていたのか!」
「ああ、聞かせて貰った。しかし、誓っても良い、絶対に重い刑にはならない。その件に関してはシュナイダー
博士が了承している。ダウクーガーが怖くて従っていただけだということは、我々は良く承知しているから安心
してくれ。それでもダウクーガーに報告するとしたら、悪いが暫く眠って貰う」
 その時だった。

「う、煩い! 死ね!」
 五人の内の一人が側に立て掛けてあったマシンガンを持って、撃とうとしたのだ。
「ガンッ!」
「うううっ!」
 誰にも見えなかった。ドアの入り口の所に立っていた筈のチャーリーは既にマシンガンを奪い取り、撃とうとし
た男の腹部に拳で一撃を入れて気絶させていた。全てがたった一秒の間に終了していたのである。

「オオオーーーッ!」
 他の四人の男達は小さな声で驚きの声を上げた。三階のダウクーガーに聞かれては拙いので、大声では叫
べなかったのだ。 

「裏口から逃げるぞ。付いて来い。その気絶した男は俺が背負って行く」
「地雷は大丈夫なのか?」
「ああ、地雷の無い場所を知っている。裏口警護の五人もそこを通って逃がした。真っ直ぐ私の後を付いて来
れば絶対に大丈夫だから」
「わ、分かった。だけどさっきの事は本当なんだろうな。裁判で死刑とかにならないっていう事だけど」
「勿論だ。私はシュナイダー博士ばかりでなく、政財界のお偉方とも深い関係にある。極めて軽い刑で済むよう
に既に手筈は整っているんだ」
 チャーリーは嘘を言った。しかし今は一刻も早く五人を助け出さないと拙いのだ。まだかなりの人質が残って
いるからである。

「わ、分かった。あんたを信じるよ」
「俺も信じる」
「俺もだ」
「勿論、俺もだ。じゃあ行こう」
 四人はチャーリーが嘘を言っているかも知れないと気が付いていたが、それでも自分自身に信じろと命令し
て付いて行く事にした。

『ダウクーガーに従っても結局は最後には殺されてしまうのに違いない。それだったらチャーリーの方がまだ
良い。最悪でも命だけは助かるだろう』
 そんな風に感じていたからである。

 気絶した男を背負いながらチャーリーは足音を忍ばせて階段を降り、裏口から外に出た。時刻は午前四時
頃。まだ朝日は昇っていなかったが辺りはすっかり明るくなっていた。幸いな事にダウクーガーは依然として起
きてはいないらしい。チャーリーは歩きながら博士と連絡を取る事にした。

「博士、更に五人救出です。それと、ダウクーガーのスパイがいるらしいので、詳しい事は今回の五人から聞き
出して下さい」
「ああ、チャーリー、了解した。私に任せてくれたまえ。私も今そっちに向かっているところだ」
「ええっ! こっちへ来るんですか?」
「うん、じっとしていられなくてね。ケッペルスターでケッペル君と共に向かっている」
「ええっ! 宇宙に出るんですか?」
「ああ、いや、宇宙は無しだ。しかしそれでも最高でマッハ三以上のスピードが出るからね。一時間とは掛らず
にそっちに着くと思う。
 そっちの空軍基地から向かう事になるから、実際に着くのは今から一時間半位先だと思うけど、何とか吉報
を頼むよ」
「はい、ただ、人質達の処分は前にも言いましたが、出来るだけ穏便にして欲しいのですが」
「ああ、任せてくれたまえ。悪い様にはせんから、人質達には安心して出て来て貰いたい」
「了解。それでは今回はここまでです、さようなら!」
「ああ、さよなら!」
 博士との体内通信機による会話はそこで終了した。 

「あのう、一体今誰と話をしていたんですか?」
 直ぐ後ろの男が不思議そうな顔で聞いた。
「今、私の体内通信機でシュナイダー博士と話し合っていたんですよ」
「は、博士と! それで博士は何と?」
「こちらへ来るそうです。ああ、それから、皆さんの処分も軽減してくれる様に改めてお願いしましたから。勿論
博士は快く了承してくれました」
「ええっ! 本当ですか!」
「はい。ああ、着きました。皆さんの事は博士にお願いして、こちらの兵士や警察の方々に連絡して貰います
から、もう、連絡は来ていると思いますが、好意的に対処してくれる筈です。
 ああ、迎えに来ましたね。じゃあ、気絶している人はここに寝かせて行きますから、後は宜しく。それじゃあ、
次は玄関の守りを固めている十二人だけど、ダウクーガー次第です。
 彼が目覚めなければ良いのですが、目覚めた場合は彼との対決が優先と言う事になります。まあ、勝てれ
ば良いのですが、勝てない場合には、攻撃して下さい。一応一時間のタイムリミットにしておきましょう。それ
じゃ、行きますから」
 今回は十数人の兵士達が人質達を出迎えた。チャーリーの言葉に頷いて了承した様である。

「タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、……」
 相変わらずの猛スピードでチャーリーはX号館の裏口に向かって走って行った。兵士や人質達も唖然として
見送ったのだった。

「きゃーーーっ!」
「ううううっ!」
「あははははは!」
 泣き叫ぶ声や奇妙な女の笑い声などが入り混じって微かに聞こえて来た。

『とうとう目覚めたな。うーむ、この声の中じゃあ人質達の説得は難しいな。仕方が無い、待つしかないな』
 チャーリーは待つことにした。ゆっくり静かに三階に上がって行った。
『うへ、かなりの血の匂いだ。女達が可哀想だが今は踏み込めない。今、部屋に入ったら、女達が人質に取ら
れる。そうなったら絶体絶命だ。ああ、しかし、前にここに来た時の事が思い出されるな。
 あの時は俺も若かったな。人質を犠牲にしてでもと思ったのに、結局失敗した。我ながら情けない。今度も半
分犠牲にしている様なものだけど、せめて死者だけは出すまい!』
 チャーリーは女達の悲鳴にじっと耐えた。しかし気に掛る声があった。

『一人笑い続けているぞ。可哀想に気が変になったんだな。ううむ、くそう!』
 チャーリーは前回の時に自分の為に発狂してしまった、黄味麻呂ユウカリの事を思い出した。ユウカリの症
状はそれ以来思わしくなく、精神を病んで未だに入院しているのである。
 その事を思い出して相当に辛かったが、じっと耐えた。耐えるしかなかった。やがて終ったのか静かになった。

『これからシャワーを浴びて新調の服を着て出て来るのだな。兎に角出て来るまで待つしかないな。ふう、サイ
ボーグになった金森田玄斎。初めて出会う事になる。
 出て来たらどうする? 急襲するか? しかし一種の罠だったら? 例えば最初に偽物が出て来て、大丈夫と
なった所で本物のお出ましだったら?』
 ダウクーガーが部屋から出て来た時の対策をあれこれ考えたが、中々結論が出せないでいるうちにドアが
開いた。
 チャーリーは階段を少し降りて壁に隠れ、様子を窺(うかが)った。

「おかしいな、誰も連絡に来ない。何かあったのか!」
 ダウクーガーらしい男は低い迫力のある声で叫んだ。足音から察すると、少しずつ遠ざかっている。玄関側の
階段から降りる積りらしい。これ以上は待てないと判断したチャーリーは、
「久し振りだな、金森田玄斎!」
 早足で歩いて行って、後ろからそう声を掛けたのだった。

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