夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「俺の本名を知っているのか。だったら死んで貰わないとな。……き、貴様は誰だ!」
ダウクーガーらしい男は振り返ると、最初は英語で、しかし次には日本語で叫んだ。背丈は大きい。軽く二
メートルを超えていた。
「チャーリー・クラストファーだ。しかし前の名前は大黄河夕一郎。ダウクーガー、お前を捕まえに来た」
チャーリーはダウクーガーの顔を見て少なからず驚いた。
『一見すると精悍な東洋人の顔だ。しかし、顔の表情がぎこちなくて作り物だということが直ぐに分かる。恐らく
肉体の能力、性機能等に力を入れた為に、顔の表情などは手を抜いたんだろうな』
そう感じた。
「チャーリー・クラストファー! スパイからの報告で知っちゃいたが、ふふふふ、おい、大黄河夕一郎。いや、
ソード月岡! いやいや、それ以前は宝賢、そして本名は林谷昇! アメリカ大統領の犬に成り下がったか!」
「黙れ! 玄斎、一体何人殺せば気が済むんだお前は!」
「はははは、俺は無限に殺戮したい。気が済む事は無いのさ。お前もあの世に送ってやるが、死ぬ前に良い
事を教えてやろう。
俺は何故だかダウクーガーと呼ばれている。最初はなんの事だか分からなかったが、地下都市ノアシティの
スパイからの報告やら何やらを総合して考えてみて、やっと分かったよ、へへへへ」
ダウクーガーはぎこちなく舌なめずりをしながら言った。
「な、何が分かったんだ!」
「ふふふふ、お前は相変わらず動揺しやすい奴だな。ダウクーガーというのは、ノアシティの遊び場、『カンカン』
の事務室で何人もの男達を死傷させた男、大黄河夕一郎、つまりお前のことなのだよ。
大黄河を英語風に、しかも怖そうなイメージで言うとそうなるのさ。チャーリー、いや、昇! 本当のダウクー
ガーはお前なんだよ。さあて、俺は究極の悪党、ダウクーガーを退治するぞ。たった今からな、それっ!」
サイボーグ化した玄斎の動きは素早かった。背は高く、体格も頗る良く、体重は恐らく百五十キロもあるのだ
ろう。しかしまるで軽量級のボクサーの様に素早く動くことが出来たのだった。
「ガンッ!」
勢い余って壁を拳で殴ってしまったが、
「ボコッ!」
壁に凹みが出来るほど凄まじいパワーだった。
「シュッ!」
サイボーグの昇の動きは正に超人的なスピード。軽々と玄斎の攻撃をかわした。
「ソリャッ!」
しかしさすがはサイボーグの玄斎、疲れ知らずに即座に昇を追い掛けて来た。
「バシィッ!」
「ウガッ!」
ところがカウンター気味に顔面に痛打を浴びたのは玄斎の方だったのだ。しかも、瞬間的に逃げ出している。
ボクシングで言う所の『ヒット・アンド・アウェイ』だった。
『もし捕まったら厄介だからな、絶対にそれだけは避けないと』
そう思って、素早くかわし続け、時折強烈なパンチを主に顔面に食らわしていた。顔面の皮膚は破れ、作り物
の顔は下の頭骸骨が半ばむき出しになって来ていた。
その上、あちこちに凹みが出来ている。玄斎に使われているのはハイテク超合金だったが、昇のそれはスー
パーハイテク超合金だった。
特に昇の骨格に使われているスーパーハイテク超合金は宇宙空間で無重量状態の中で作られた物で、ダイ
ヤモンドをも凌ぐ強度を持つと言われる代物だった。ただその分値段も高く、骨格だけで一億ドルを超えるので
ある。
その違いが徐々に功を奏し始めた。それから数分間の戦いで、ついに玄斎の頭蓋骨にひびが入り、中に保
存されている脳にも僅かながら影響が出て来たのだった。
勿論、昇も無傷ではない。直撃は無かったが何十回もかすった。かすっただけで人工の皮膚のあちこちが裂
け、全身がボロボロになりつつあったのである。
見かけ上のダメージは昇の方が大きいように思われた。玄斎には一滴の出血も無かったが、昇の方は血だ
らけである。玄斎の方は最初から出血の機能が無い。昇の方にはそれがあったので、一応それらしく出血して
いたのだ。
三階の廊下での死闘の音が余りに大きくて、一階の玄関を守っていた人質の連中の内の何人かがマシンガ
ンを持って様子を見に来ていたのだった。
「くそっ、動きが速くて、ダウクーガー様を守れない!」
「二、三人じゃ駄目だ。仲間を五、六人呼んで来い!」
リーダーらしい男がそう叫んだ。
「バタ、バタ、バタ、バタ、……」
一分かそこいらで七、八人がやって来たのだった。
「いっその事、二人とも倒してしまおうか?」
小声でリーダーが数人に話しかけた。
「ま、まさか。上手く行かなかったら、皆殺しだぞ!」
一人は青くなって否定した。
「こんなチャンスは滅多に無い。一斉にマシンガンで撃てば幾らダウクーガー様でも倒れるのでは? もうかな
りのダメージを受けているようだし」
別の男は随分乗り気だった。
「ああ、そうだな。チャーリーとかいう男も全身創痍(そうい)だ。多分余り持たないだろう。いっその事やっちゃ
おうか!」
更に別の男も大いに乗り気になっていた。しかし拙い事があった。彼はつい大きな声を出してしまったので
ある。
「ガンッ!」
「ギャッ!」
サイボーグの玄斎は大きな声を出した男を一撃で首の骨を折り、殴り殺したのだった。ところがその事が恐
怖心を煽(あお)り、逆にその場に居合わせた残り九人の気持ちを反撃に向かわせてしまったのである。
「やってしまえ!!」
「おうっ!!」
「バ、バ、バ、バ、バ、……」
マシンガンでまともに撃たれてはたまらないので、玄斎と昇とは一旦逃げ出し反対側の階段から降りたのだっ
た。二人とも数発ずつの直撃を受けたが、致命傷にはならなかった。
「二手に分かれて追え!!」
リーダーらしい男が叫ぶ。
「おうっ!!」
リーダーと三人とが後を追った。残り五人が直ぐ階段を降りた。挟み撃ちにする積りである。だがそれは拙
かったのだ。
ここでも玄斎と昇は不思議な協力関係を作った。一旦二階に降りた二人は壁の陰に隠れて、追っ手を待った。
「ふふ、どうしてこう俺達は気が合うんだ?」
思いっ切りボリュームを絞って玄斎は言った。
「あんたを助ける積りは無いが、捕えよという命令なのでね。それに俺にはまだ仕事が残っている。今ここで死
ぬ訳には行かないんですよ」
昇もかなりの小声で言った。先ず人間には聞こえないボリュームである。その声が聞こえたのかどうか分から
なかったが、玄斎はニヤニヤしていた。
「来たな! 行くぞ!」
十分引き付けた所で玄斎は飛び出して行った。
「撃て!!」
「ガンッ!」
「ドンッ!」
「バ、バ、バ、バ、バ、……」
「バタッ! バタッ!」
四人の内の一人が玄斎に殴り殺された。もう一人は昇が気絶させた。しかし相当の重傷で手当をしなければ、
死亡する確率がかなり高かった。
そうして置いて、昇と玄斎は再び壁の陰に隠れたのである。また数発弾丸を体に受けたが今度も破壊の程度
は軽かった。二人の動きが素早くどうしても致命傷を与えられないのだ。
残った二人は何時でも撃てる状態のままゆっくりと後ずさりした。二体のサイボーグのパワーに恐れをなして
いた。
『残りの弾が少ない。今度襲われたら一たまりも無い! あああ、何て無謀な事をしたんだ!』
二人とも激しく後悔した。
「バ、バ、バ、バ、バ、バ、……」
今度は反対側からの追っ手がマシンガンを乱射しながら二人のサイボーグを追い詰めて来た。マシンガンを
乱射しながらも、内心は恐怖心で一杯だった。
『この二人はまだ生きている。ということは反対側からの追っ手が全滅したか、少なくとも相当のダメージを受
けたかだ。
恐ろしい!! あれだけマシンガンで撃たれても平然と生きているなんて! 有り得ない、有り得ない、有り
得ない!!』
その様な感情を五人全員が持っていたのである。
「ウワーーーーッ!!」
反対側からマシンガンで乱射されたので、止むを得ずに玄斎と昇とは再び直接自分達を追って来た連中と
相対する事になった。
二人を見たリーダーらしい男と、もう一人の男はもう腰が抜けてしまってどうにも出来なかった。
「バ、バ、バ、バ、バ、バ、……、カチッ! カチッ!」
どうしようもなくて狙いも定めずに闇雲にマシンガンを撃った。しかし直ぐ弾は無くなったのだった。
「ヒーーーーーッ!!」
二人とも悲鳴を上げてその場にへたり込み、失禁してしまった。
その二人に委細構わず、壁の陰に隠れて、玄斎と昇とは五人の追っ手がマシンガンを撃ち過ぎて弾切れに
なるのを待った。
「カチッ! カチッ! ……」
予想通り直ぐに弾切れになってしまった。その途端全員がへたり込んで、やはり失禁した。恐怖心で何をどう
する事も出来なかったのだ。
「ハハハハッ! 貴様ら! 覚悟は良いだろうな! 俺だけならいざ知らず、こっちのチャーリー・クラストファー
さんまで撃つとはな! お前らを助けに来た人を撃ったら、お前らは立派な犯罪者だぞ!」
やや呆れ加減に玄斎は叫んだ。しかしその顔は半ば骸骨だけの不気味なものだった。その不気味な男は今
にもへたり込んだ男達を皆殺しにしそうだった。
「この人達を殺すことは俺が許さない。大人しく縛につけ!」
昇は決着を付ける時が来たと思った。