夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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しかし困った事が一つあった。サイボーグ玄斎の頭蓋骨には、既にひびが入っていてほんの少しだが体液が
流れ出している。
『ううむ、これ以上の顔面への攻撃は危険だな。拙い! 他の部分への攻撃ではダメージがかなり落ちるし
な……』
スピードで圧倒しながらの攻撃ではあったが相手の急所を突けないのは辛かった。
「ハ、リャ、リャ、リャ、……」
猛スピードで肩の関節部分を攻撃し、
「ホリャッ!!」
圧倒的なパワーの玄斎の反撃は軽くかわす。しかし完全にはかわし切れずに、相変わらずかすり続けていた。
「ガシーーーンッ!」
数分の攻防の末、とうとう玄斎の右腕が、肩の関節からかなりのオイル類を噴出しながら、外れて飛んで
行った。
「ウヒャッ!」
肝を冷やしたのは腰が抜けた状態でへたり込んだまま動けなくなっていた、男達だった。直ぐ側にサイボー
グのものとはいえ腕が一本飛んで来たのだから。
「く、くそう!」
玄斎は悔しそうにしながら、しかし必死で攻撃を続ける。そしてとうとう彼の執念が実ったようである。
「ドンッ!」
今度は左腕の関節を攻撃していたサイボーグの昇だったが、腕がもぎ取られた時の床に零れたオイルに
滑ってしまったのである。
余裕を持って攻撃していれば滑っても直ぐ態勢を立て直せるのだが、長時間の攻防では玄斎の命が危ない
と判断していたので、猛烈に急いでいたのだ。
「ウアッ!」
もろに玄斎の回し蹴りを腹部に食ってしまって、七、八メートルも飛ばされてしまったのである。側壁に激突し
てから床に落ちたのだった。
「へへへへ、なまじ人の命を助けようとするからそういう事になる。何時までたってもお前は甘いな、昇!」
そう言いながら、へたり込んだ男達の頭上を軽々と跳び越して、倒れ込んでいて、今やっと起き上がろうとし
ていた昇に今度は激しい体当たりを喰らわした。
「ウウッ!」
またも七、八メートルも吹飛ばされてしまった。
「バンッ!!」
今度ぶつかったのは二階の一番端の玄関に近い方の突き当たりの壁である。激しい振動で一階の玄関口
を守る為に残って居た二人の男達が、恐る恐る階段を登って来たのだった。
「ど、ど、どうなっているんだ!」
「だ、ダウクーガー様そいつは!」
「こいつが噂のチャーリー・クリストファーさ。さすがにサイボーグだ。手こずらせおって!」
「ダウクーガー様、そのお顔は!」
「右腕はどうされました!」
二人は血だらけのチャーリーと、顔半分が頭蓋骨だけになった、しかも右腕をもぎ取られたダウクーガーを
見て、如何に激しい戦いが繰り広げられたかを知った。
「ど、どうしましょう!」
「ダウクーガー様そいつを射殺しましょうか?」
男二人は判断に苦しんだ。
「俺に構わず、玄関の守りを固めろ。外から攻撃して来るかも知れんからな。玄関を守れるのはお前達しかい
ないのだぞ。他の連中は皆こいつにやられた。こいつはもうお仕舞だから心配するな!」
玄斎は今後の事を考えて嘘を言った。まだ助かる希望を捨てていないのだ。
「はい、それでは、失礼します!」
「失礼します!」
男二人は軍人の様に気を付けに近い姿勢で立ってそう言ってから、階下に降りて行った。
「そりゃっ!」
男達が階下に去るのと同時に玄斎は強烈な膝蹴りを昇の顔面に喰らわした。しかしこれは逆効果だった。
取り分け頑強に出来ている昇の頭蓋骨の為に、右膝の関節が完全に壊れてしまったのである。歩くのもまま
ならない状態になってしまった。
「ウグッ! しまった!」
サイボーの二人は殆ど痛みは感じない。しかし精神的な苦痛は感じる。攻撃を別の部位にすれば良かった
と後悔したが遅かった。
「ハ、リャ、リャ、リャ、リャ、……」
再び昇の猛烈な攻撃が始まった。特に左肩関節を狙った。鋼鉄よりも頑強な肩関節だったが、サイボーグ
昇の拳のスーパーハイテク超合金の強度はそれをはるかに上回る。
「ガッシーーーン!」
とうとう左腕も折れて下に落ちてしまった。今回は飛んで行かなかった。昇がなるべく飛ばない様に気を付け
たからである。
「く、くそう、まだだ、まだ負けていないぞ!」
両腕が無く、右足も膝関節が壊れてまともに動かなかったが、左足一本で体当たりを試みた。しかし如何に
も無理がある。
「ハッ!、ハッ!、ハッ! ……」
何処までもしぶとく頑張る玄斎に、今度は回し蹴りの連打だった。動きの鈍くなった玄斎の左足の膝に集中
的に喰らわした。
「グギッ!!」
膝関節の辺りから凄い音がした。明らかにかなりのダメージがあったようである。
「う、う、う、く、くそう!!」
フラフラになりながらも玄斎は辛うじて立っていたが、それが精一杯で殆ど動けなかった。
「オリャーーーッ!!」
しかし執念の体当たりを敢行したのである。拙い事に今回も昇はオイルで滑ってしまった。
「ガンッ!!」
それでも昇の動きの方がやはり勝っていた。前回よりずっと余裕があったので間一髪だったが上手くかわし
た。玄斎がぶつかったのは昇がぶつかった突き当たりの壁だったのだ。
「ぐぎぎぎっ!」
歯軋(はぎし)りをして玄斎は悔しがったが最早勝負はあった。もう両足ともまともには動かせず、両腕も無い
ので立ち上がることが出来なかった。
「ふう、手こずらせましたね。しかしこれ以上は無理ですよ。今博士に連絡しますからね。後残りはさっきの二
人と屋上の九人ですが、ダウクーガーが倒されたと聞けば、反抗はしないでしょう」
昇はシュナイダー博士に詳しく現状報告をした。
「ほう、とうとうやったか。チャーリー、君は大丈夫かね?」
博士は心配げに言った。
「はい。擦り傷だらけですが、決定的なダメージは受けていませんから大丈夫です。ただまだ少し問題があり
ます」
「屋上の連中のことかね?」
「ええ、彼等はなまじ強力な武器を持っているだけに説得に素直に応じるかどうか。いや、それよりも彼等は、
独自の判断でヘリコプター一機を撃墜しています。その罪を問われると思えば激しく抵抗するかも知れません」
「分かった。君の説得に応じたら一切の罪は問わない事にしよう。安心して説得してくれたまえ」
「了解しました。最初に玄関の二人を説得してから屋上に上がります。まだもう少し待ってくれませんか、三十
分位で良いのですが」
「了解。それじゃあ、吉報を待っているよ」
「はい、じゃあ、また後で連絡します」
昇は今度は一階に降りて行った。
「お、お前は、チャーリー・クラストファー! ダウクーガー様はどうした!」
「彼は私が倒した。両腕をもがれて、両足の膝を壊されているから、動けない。今外と連絡した。もう直ここに、
兵士がやってくるからその時は素直に通してやってくれないか。
抵抗しなければ一切の罪には問わない。抵抗すれば当然罪に問われるけどね。了解して貰えるか? 一応
断っておくが、私は血だらけに見えるだろうが、別にダメージを受けていない。それとたとえマシンガンでも私は
倒せないからね。
ここを守っていた連中はマシンガンを撃って来たがこの通りぴんぴんしているからね。もう一度聞くが、了解し
て貰えるか?」
かなり丁寧に昇は言った。
「う、嘘だろう。ダウクーガー様がやられる筈は無い!」
男達は中々信用しなかった。
「だったら来てみたまえ。さあ、一緒に二階に来い!」
昇は命令口調で言った。柔らかい言い方では逆に信用されない気がしたのである。
「うおおおっ!」
「ひゃーっ!」
二階に上がって二人とも奇妙な叫び声を上げた。しかしややあってから、
「こ、この野郎、死ね!」
叫ぶなりマシンガンで撃とうとした。
「待て!」
昇は猛スピードで一人のマシンガンを取り上げると、
「ギギギギギーーーッ!!」
凄まじい力で銃身を曲げて使えなくしてしまったのである。正に超人そのものの力を見せ付けたのだった。
「あ、あ、あ、す、済みません、余りに憎くて、でもこれ以上抵抗はしませんから。そのこれはお渡しします」
「ああ、貰っておこう。君達の言うダウクーガーは生け捕りにしろと私は命令されているのでね、死なせる訳に
は行かないのだよ。
君達は彼を殺そうとする者に目を光らせてくれないか。ここで暫く見張っていてくれ。じゃあ、改めて銃を渡し
ておく。私は屋上の連中を説得して来るからね。直ぐ済むと思うけど少しの間待っていてくれ」
「了解しました!」
二人とも再び軍人の様に気を付けの姿勢で言った。
『さて、一番厄介かも知れないぞ』
そう思いながら屋上へ上って行った。
「き、貴様、何しに来た!」
屋上に上がると、マシンガンで身構えた三人が激しい口調で叫んだ。マシンガンはその三人しか持っていない。
「ダウクーガーは私が倒した。もう下は既に私が制圧した。君達も下に降りて来てくれないか。直、兵士達がやっ
て来るから」
「だ、騙されないぞ! ダウクーガー様がそんなに簡単に倒される筈が無い。彼はまだ眠っているだけだろう!」
「そうだ、上手く忍び込んで来ただけなんだろう?」
予想通り中々信じない。階下の出来事が屋上では殆ど聞こえなかった様である。いや、かすかに聞こえてい
たのだがそれでも信じる事が出来なかったのだ。ダウクーガーへの恐怖心が身に染み付いていたのである。