夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 周囲はすっかり明るくなっていた。昇ったばかりの真夏の太陽が照り付けて気温はどんどん上がり始めてい
る。サイボーグの昇は暑苦しさは感じない。
 ただもう既に気温は摂氏三十五度を超えているらしいことは、センサーの働きで分かっている。その暑さが
屋上の男達の冷静さを失わせたのかも知れない。

「バ、バ、バ、バ、バ、バ、……」
 昇の方向に味方がいないからか、安心してマシンガンを撃って来たのだった。しかし昇の動きは彼らの想像
を遥かに超えて素早かった。猛スピードで後ろに回り込んで、仲間の居る方向に入り込んだのである。

 人質を使いたくは無かったが、背に腹はかえられない。一人の男を盾に使った。
「くそっ、卑怯者!」
 一人が罵った。しかし躊躇いは一瞬だった。いや、その一瞬の躊躇いが狙いだった。ダウクーガーは彼らに
指示を出していたのだ。

『もし誰かが人質に取られる事があっても、躊躇わずに撃て。もし躊躇ったりしたら、俺はそいつを許さんから
な。首の骨をへし折ってやるから覚悟しておけ!』
 そう言い聞かされていた。

 しかし実際には一瞬躊躇った。それが当り前の人間の行動である。その一瞬で、昇は一番近いマシンガン
を持つ男に接近し、あっさりと銃を奪い取ってしまったのだった。
「ギギギギーーーッ!!」
 男の陰に隠れるようにして銃身を曲げてしまい、別のマシンガンを持つ男の目の前に放り投げたのである。

「ギエエエッ!」
「な、な、何なんだ、お前は、化物か!」
 ほぼ全員が恐怖に震え上がった。しかしもう一人のマシンガンの男は、
「しゃらくせえ、死ね!」
 そう叫んで、
「バ、バ、バ」
 数発撃った瞬間だった。

「ガンッ!」
「ぎゃっ!」
 銃撃を受けながら昇は男を殴り倒した。男は即死であった。コンマ一秒でも遅れれば、昇の側に居た男に弾
が当たってその男は恐らく死んでいただろう。この様な場合は手加減している間が無いのだ。

「うわっ! 殴らないでくれ!」
 マシンガンを持っていた最後の男は、銃を放り捨てて昇に抵抗しない事を示したのだった。
「ああ、分かった。今シュナイダー博士に連絡する。少し待て」
 もう男達に反抗の意志は無かった。ただ昇には犠牲者を一人出したのが無念だった。

「博士、全て完了しました。後は女達ですが、一人精神に障害があるようです。他の者達も、皆精神的な極限
の状態なので、かなりのカウンセリングや治療が必要だと思われます。尚、数名の犠牲者が出ました。
 怪我人も居ますので救急車の手配も頼みます。一応これから女達の解放に向かいますが、状況によっては
女性のスタッフが居た方が良いかも知れません。
 いや、女性スタッフにお任せしましょう。五人の女性が三階のダウクーガーの居た部屋で、鎖に繋がれている
と聞いています。
 レイプなどの辱めを相当に受け続けて悲惨な状態にあるようですから、男性に見られる事は、大変な苦痛だ
と思われますのでその方面に気を配って頂きたい」
「全て了解した。いや、本当にご苦労だった。実は私はもう君の居る場所の直ぐ近くに来ているのだよ。帰りも
ケッペルスターに乗って貰うのだが宜しいかな?」
「はい、それは構いませんが、ノアに帰るのですか?」
「ああ、本当に急ぎ足で大変だが、直ぐ次の仕事が待っている。君の手術も必要だし、まあ、そんな訳で、今直
ぐ行くからね。一応その心積もりで居てくれないか」
「はい、分かりました。はははは、やれやれ売れっ子は辛いですね」
「はははは、まあ、その分、君の寿命は延びるのだから我慢してくれないか。ああ、いやそれはこっちの事だ。
じゃあまた後で会いましょう」
「了解!」
 昇は体内通信装置で会話したのだが、その様子を見ていた、屋上の男達は呆気(あっけ)に取られていたの
だった。

 それから一時間後、元裏娼妓X号館の中は兵士や警察官、看護師や医師などでごった返していた。報道関
係者は現在は中には入れなかった。
 ただ中から運び出された犠牲者や怪我人、人質になっていた男達や女達を遠くから撮影するのが唯一許さ
れた事だった。

 しかしダウクーガーと昇、彼らにとってのチャーリーはもう少し近くからの撮影が許された。それが大統領の
狙いでもあったからである。
 ただ直接のインタビューは許されなかった。まだ息のあるダウクーガーに不用意な発言をされることを心配
してのことでもあった。いや、チャーリーの発言を恐れたのかも知れない。

「いや、ご苦労さんでした、早速ですが、車で空軍の飛行場まで行って貰いたい。勿論私も同行します。道々
今後のことについてお話しましょう。
 さっきも言った様に先ずケッペルスターで一足先に帰って貰います。ああ、後の事は車の中でお話しましょう。
じゃあ、乗って下さい」
 博士が用意したのは高級車というより頑強な特別車の様である。何かと物騒な世の中である。テロなども多
いのでそういう車にしたのだろう。

「じゃあ、行ってくれ」
 後部座席に博士と並んで座った。その姿を報道陣が盛んに撮影する。その撮影を不快に感じているかのよ
うに、車はかなりのスピードでその場を走り去ったのだった。

「ふう、やれやれ、まだ後を付けて来る。しかしチャーリー君、本当に良くやってくれたよ。しかし相当に苦戦した
らしい事が全身の傷で分かるよ。ダウクーガーはやはり手強かったかね?」
「はい、特に生け捕りが難しかったのですよ。うっかりすると殺してしまいそうでした」
「なるほどね、じゃあ殺しても良いとしたらどうだったのかね?」
「まあ、三分の一の時間で何とか出来たでしょうね。装備がこっちほどではありませんでしたから」
「ふうむ、直前のパート交換手術がものを言った訳ですな」
「はい、お陰様で何とかなりました。それにしても人質の数が思ったほど多くなくて助かりました。ダウクーガー
は殺戮(さつりく)せずにはいられなかったらしくて、大切な筈の人質を次々に殺していたようです。ただ、死骸
が見つかりませんでしたが」
「ああ、それだったら見つけたよ。まだ他にもあるかも知れないが、主に三階の幾つかの部屋に捨ててあった。
防腐剤を大量に掛けてね。少なくとも数十人は居た様だがそれ以上の事は我々の仕事ではない」
「そうですか。成る程、三階に行ったら特に血の臭いがしたのはそのせいだったんですね」
「多分ね。それでノアに帰ってからのことなんだが……」
 博士はやや重い口調に変った。車は既に、空軍基地に入った。報道陣などの追っての車はもう付いて来れ
ない。

「これも不本意な事なのだが、君も理解しているだろう、君の体を作るのにどれだけのお金が掛かっているの
かを」
「はい。目の回る様な金額です。ダウクーガーが私に負けたのはお金の差だと思います。何しろダウクーガー
はお金を支払うスポンサーたるゴールドマン教授まで殺してしまったのですからね」
「ふふふ、まあ、その、君に華麗なショーを演じて貰いたいのだよ。コマーシャルや映画にも出演して貰いたい」
「はあっ?」
 博士の言葉が信じられなかった。

「心苦しいのだが、そうもしなければ予算が取れないのだ。君も知っての通り大統領は苦しい立場にある。い
や、大統領ばかりではない。
 この私もかなり苦しい立場に追い込まれている。地下都市のノアの事が既に発覚してしまったのだよ。殺され
る前にゴールドマン教授がノアシティの詳細を記した資料を、ある報道社に送付していた。
 大統領も私も他の関係者共々政財界の有力者達から厳しい批判を受ける様になった。無用のノアシティに
年間数千億ドルの巨費を注ぎ込んでいるとか、サイボーグにやはり莫大なお金を注ぎ込んでいるとかね」
 博士はしかめつらをした。よほどムカついているのだろう。

「そうですか。となると自分が生きる為には自分で稼げという事ですね?」
 昇は優しい口調で言った。博士の苦悩が理解出来たからである。
「まあ、そういう事になる。ただ現状維持だけでも十億ドルは掛るからね。レベルをもう少し下げても良ければ、
一億ドル位でも何とかなるだろう。日本円にして百数十億円という事になるね。
 それ位を稼ぐ事なら不可能な事ではない。勿論我々は出来るだけの援助はする。ただ以前のような高額の
援助は最早不可能になった。
 ノアシティにお金を注ぎ込むか、君にお金を注ぎ込むかどちらか一つだと迫られていてね、本当に申し訳な
いのだが地下都市に住む数万の人間の命には代えられないと判断した。悪く思わないでくれ」
 博士は日本風に頭を下げて謝意を示した。

「いや、その、頭を上げてください、博士。分かりました。自分で生きて行く為に何とか稼ぎますから。ああ、そ
ろそろ着きましたね。はははは、ケッペルさんも忙しいですね、また来てくれたんですね」
 ケッペルスターの側に立って手を振っているのは、紛れも無くケッペルだった。

「おやおやこれは満身創痍ですな。先ずはその体を何とかしてから着替えて貰いましょう。しかし君も明日から
はスターだ。なんとも早驚いたねえ。自分の教え子が世界一のビッグスターになるなんてね」
 ケッペルは冗談めかして言ったが無論本心ではない。重大な目的が、地球を救うという目的があるのだ。そ
の目的が果たして上手く行くかどうか危うくさえなって来ている。

「はははは、それじゃあ、早速なんですが体を洗浄しましょう。ええと、スタッフの方は?」
「いや、その、たった今から一人でやって頂く。何しろ当局が煩くなってね。予算が激減して、一人でやれる事
は全部一人でやって頂く事になったんだよ。要領は分かっているよね?」
「はい、じゃあ、その場所は?」
「それは私が案内する。こっちへ来てくれ。ああ、博士、どうもご苦労様です。これから何かと大変ですな」
「はははは、ふう、こんな事で地球は大丈夫なのかね」
 溜息を吐きながら言ったのだった。

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