夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「それではこちらで、シャワーを浴びて服を着替えて下さい。私はケッペルスターの所で待っておりますから」
「はい。じゃあ、また後で」
 ケッペルは簡易的なシャワールームと着替えルームでの着替えの要領などを簡潔に言って外へ出て行った。
かつての何人ものスタッフが丁寧にやってくれた時とは全く違っていた。

『地獄の沙汰も金次第かな? ふふふふ』
 チャーリーは余りに違う待遇に少々戸惑ったが、何度も経験しているので特に困る事は無かった。シャワー
を浴び、体を乾燥してから極めて簡易的な宇宙服に着替えると、ケッペルスターの所へ戻って行った。

「しかし、予想以上に早かったですね、博士」
 ケッペルはチャーリーがダウクーガーを倒すのにもう少し手こずると思っていたのだった。
「はい、予想を遥かに上回って早かったのですよ。もう少し時間が掛って、真夏の太陽に晒(さら)されたらどう
なるかと不安でしたが、取越し苦労だった様です」
「と、言いますと?」
「まあ、最近の様に摂氏四十度を越える高温、特に直射日光に長く晒された場合、脳内の温度がかなり上がっ
てしまう可能性があるのです。
 我々が作ったスーパーハイテク超合金を素材にした頭蓋骨は、ダイヤモンドよりも固いと言われる他に、実
は保温効果が優れていて、寒さには非常に強いのです。
 従って宇宙空間、特に地球以遠の太陽から遠く離れた場所に向いているのですが、その逆は設定していな
いのです」
「おやおや、それは初耳ですぞ」
「はい。まあ特に言う必要はないと思っておりましたのでね。大丈夫は大丈夫な筈でしたので。一時間やそこい
らなら問題は無いでしょう。
 しかし二時間を越えるようだと若干ですが影響があると思うのです。もっともそれでも生命に別状は無い筈で
す。ただ、目眩や嘔吐を催す事があると考えられるのですよ」
 その辺りでチャーリーが戻って来た。

「お待たせしました。今回も宇宙空間に少し出るのですか?」
 大気圏内だけの航行ならば宇宙服は必要ないので聞いてみたのだった。
「いや、今回は本格的に出てみますよ。私のこの服装をみてもお分かりと思いますがね。ヘルメットはケッペル
スターの中に置いてありますからね」
「ああ、そうだったんですか。でも私のは随分軽装ですが? まあ、一応宇宙服っぽいですけど」
「それで十分だと我々は考えていますよ。ああ、余り時間もありません、すぐ出発して下さい」
 博士は如何にも急いでいた。

「了解!」
 ケッペルが軍人の様な言い方で早速ケッペルスターの操縦席に乗り込み始めた。チャーリーも慌てて後部
座席に座る。
 五、六人のスタッフが手伝って準備は完了した。その間僅か三十分。宇宙へ旅立つにしては極端な位、簡
単なものだったが、そこがスペースプレーンの最大の長所なのだ。

「誰でも気軽に宇宙に行くことが出来るようになる。その夢を実現するのが我がケッペルスターの究極の目的
なのですよ。今回は地球を一周してノアの基地に戻ります。
 博士が言うのには、小惑星ニューアメリカの軌道はどうやら予想の最も危険な位置を通るらしいのです。し
かも困った事に余り大きな核爆弾は使えません。
 ゴールドマン教授の暴露によって、その辺の事も明らかにされたので、ますます状況は厳しくなりました。世
間の人々は亡くなったゴールドマン教授の主張を信じているらしいのです」
「ええっ、それはどうしてですか?」
「はははは、その訳は宇宙に出てからに致しましょう。もう時間ですから」
「分かりました。それじゃ出発して下さい」
「OK!」
 ケッペルスターは地上のスタッフの誘導で滑走路を普通のジェット戦闘機の様な感じで離陸した。見た目、
少し図体が大きい事を除けば全く変りは無い。

「ギューーーーンッ!!」
 しかし飛び立って間も無く違いがはっきり分かる。かなりの急角度で上昇を続けているのである。しかも高度
数万メートル辺りからはマッハは3を超え更にぐんぐんスピードアップして行く。

「宇宙空間に出ました。現在高度二百五十キロ。マッハ25。ここから慣性飛行に入ります。チャーリー、気分は
どうですか?」
 ケッペルは一応確認してみた。
「頗(すこぶ)る良いです。いや、初めてです、地球が丸いという事がはっきり分かる。無重量状態も実に気持
ちが良い。もうすっかり慣れました」
 チャーリーはかなりウキウキした気分で言った。

「はははは、私も漸く慣れましたよ。ああ、しかし地球が美しいですね」
「はい。地球はやっぱり青いんですね。でもこの青さを人類で初めて見た旧ソ連のガガーリン少佐以前には
誰も言い表せなかった。
 彼以前にも宇宙を旅した、宇宙人に拉致されて地球を見た、と称した者達が居たのですが、それらが嘘であ
る事がガガーリンの言った、たった一言で分かります」
「はははは、本当にそうですよね。彼は『地球は青い』と言った。その一言を誰も言わなかった。いいえ、言えな
かったのです。
 実際に見ていないから言えなかったのです。知らなかったのですよ、地球を一言で言えば青い星だという事
がね」
「はい。ですから昔の地球の想像図は全て青くありません。雲も描かれていません。青い地球にかなりの広範
囲に白い雲が覆っている姿を、飛行機で空から地上を見ていたのにも拘らず、そのような状態を想像した人
が一人も居なかったのですからね。何かそう思うと事実の持つ重さを感じますね」
 チャーリーは感無量だった。

『まさか自分がサイボーグという形であったとしても、宇宙空間を旅する事が出来るとはね。ああ、だけどさっ
きの話はどうなったのかな? 宇宙で下世話の話もつまらないと思うけど、時間もあることだし聞いてみるか』
 チャーリーは世間の人が何故かシュナイダー博士の主張よりも、ゴールドマン教授の主張を信じている理由
を聞いてみることにした。

「ところで、さっきのゴールドマン教授の件なのですが」
「ああ、彼の言う事を世間の人が信じる理由ですか?」
「はい。そんな事は、ここでは何かつまらない気もするのですが」
「いえいえ、結構大事な事ですよ。その最大の理由は彼が亡くなったという事です。死人に口無しとは言いま
すが、彼は殺されました。これが事故死や病死だったらそれほどでもなかったでしょう。
 しかし彼は他殺でした。ダウクーガーという恐ろしい殺人鬼に殺されたのです。きっと何か訳があるのだろう、
世間の人はそう考えます。
 そして博士の秘密の暴露。ノアシティの件は無駄金を使った。サイボーグを作ったことも批判されている。ど
ちらも莫大な国家予算を使っていますからね。
 ゴールドマン教授はその点も指摘しているのです。シュナイダー博士は史上最大の浪費家だとね。ありもし
ない小惑星と地球の接近遭遇に無駄金を使い、上手く大統領に取り入っていると批判しているのです」
「なるほど。世間の人にしてみれば、それだけの金があったら自分達の為に使えば良かったのに、博士はけし
からんという訳ですね」
「まあ、そんなところです。その世間の批判にとうとう大統領も動かざるを得なかった。次の大統領選に備える
為には、アメリカ国民の大多数の意見にはある程度従わざるを得ないのですよ」
「はあ、また選挙ですか。彼は、クラストファー大統領は政策よりも何よりも選挙が大事なんですね。言い難い
事ですが人間的にどうかと思いますよ。
 彼にとってはアメリカ国民の命よりも、そして人類の命運よりも、自分の選挙の方が大事なんですね。はは
はは、ちょっと呆れました」
 チャーリーは少し傲慢かも知れないと思ったが、大統領を軽蔑した。

「そうですね。つまらん話です。もう止めましょう。それよりも、当座の事を考えなければなりません。チャーリー、
君には色々な業界からオファーが来ています。
 映画やテレビドラマへの出演依頼、それから複数の企業のコマーシャルへの出演依頼なんかが、全部で百
社位。もう我々の手には負えないので、どうだろう、秘書と言うか、マネージャーを雇う気は無いかね?」
「ええっ! マネージャーですか?」
「ああ、その方面に詳しい者を数名。そうしないと雑用で潰されてしまうかも知れんよ。上手くやれば年収一億
ドル以上は稼げるだろう。その内のほんの数パーセントを支出するだけで良いんだがね」
「うーん、確かに一人では無理でしょうね。しかし気味悪がられませんかね、正体がサイボーグで。まあ、手術
とかに立ち会わなければ、それで何とかなるかも知れませんが」
「実は心当たりがあるんだがね。身びいきで悪いが私の知り合いの女性の娘さん何だがね。それと私の後輩
の男性が一人。二人ともその方面の経験もあるし、年は三十そこそこでまだ若いしね。
 実は以前から頼まれていたのだよ、二人とも地上の人間だが、ノアシティに憧れているし、何よりも君の大
ファンだ」
「えっ! 私の大ファン?」
 チャーリーにはピンと来なかった。

「ああ、君のファンは今や急激に増えている。君が空飛ぶ人間、いや、サイボーグだというので、人気が沸騰し
ているのですよ」
「そうですか? でもまだそれほど時間は掛っていませんけどね。それ以前からのファンだったんですか?」
「いやいや、君の空を飛ぶ勇姿はせいぜい半日前に見ただけなんだが、実は噂はもっと前から広がっていた
んですよ」
 ケッペルはチャーリーの超人的なサイボーグの噂は、結構以前からあった事を示唆したのだった。

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