夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「そんなに前から噂があったんですか?」
「ああ、君も知っていると思うが、シュナイダー博士は秘密保持に一生懸命ではあるのだが、何かと抜けてい
る部分があってね、ノアシティの事さえ、少しだが噂になっていた。
ただ事が事だけに余り本気にする者が無くて、上手く誤魔化せたんだけど、ゴールドマン教授との確執があっ
てから、それらが嘘偽りではなくて本当の事らしいと専らの噂になった。
そして君の事、超人的な能力を持つサイボーグを密かに作っているといった噂はしきりに流れていたのだよ。
君はあちらこちらでそのパワーを使っていたよね?」
「あ、は、はい。確かに色々な所で使いました。人命に関わる様な事があったので止むを得なかったのですが」
チャーリーは今までの自分のやや過激な行動を思い浮かべていた。
「君が銃で撃たれても平気だと言う事は、随分恐怖心を煽る噂となって流れていたのだが、ダウクーガーが現
れるまでは半信半疑だった。
しかしあの男が、殺人鬼の様なサイボーグが実際に現れてからは、確かにそういう者が居るのだと、噂は確
信に変ったのだよ。
さっき言った、秘書とマネージャーの候補の二人はかなり早い段階からその噂をほぼ信じていたらしい。そし
て君が現れた。
恐怖のシンボルとも言える、ダウクーガーを見事に退治したし、テレビ中継で君が空を格好良く飛ぶ姿も見て
しまった。二人にとって今や君は神のごとくのヒーローになったのさ」
「ええっ、うーん、事実を知ったらがっかりするでしょうね。出来損ないの人間みたいな、サイボーグに過ぎないっ
て分かりますからね」
チャーリーは自分をヒーローと思っていないし、まして神のごとくの存在等とはとんでもない誤解だと思った。
「何を言っているのかね。君の能力は常人のそれを遥かに凌いでいるのだよ。私も博士も敬服しているのだよ」
ケッペルは意外だという顔で言った。
「いや、そのサイボーグとしては普通だと思います。自分の能力ではなく、機械の力、マシンの力です。サイボー
グになれば誰でも出来ると思います。
げんにダウクーガー、本当の名前は金森田玄斎と言うのですが、彼も凄い能力を持っていました。底知れな
いパワーでした。装備が旧式だったから辛うじて私は勝てたのですが、もしそうでなかったら、私は負けていた
と思います」
「ははははは、君は何も知らなかったんだね。ああ、そうか、誰も言っていなかったのかも知れないね」
「ええっ、何のことですか?」
チャーリーにはケッペルの考えが理解出来なかった。
「……、まあ、ここは宇宙だし、真実を聞いたとしても、のぼせ上がる様な人物とも思えないから、言っておこう」
「な、何の事ですか?」
チャーリーには依然として意味が分からなかった。
「今回のダウクーガーの件何だがね」
「はい」
「私もシュナイダー博士も、他のスタッフ達も実はもっと手こずると考えていたのだよ。確かに装備は君の方が
格段に上だ。
しかし、コンピューターのシミュレーションによれば、君は後一時間位は彼を倒すのに掛るであろうと考えられ
ていたのだよ」
「あと一時間?」
「ああ、そうだ。つまり君は本来の力以上の力を発揮していた事になる。いや、そればかりじゃない。君のロー
ラースケートの能力、あれには博士もただただ驚いていた。
君の力は何時も我々の予想を遥かに超えていたのだよ。ミニハングライダーを使っての飛翔能力もずば抜
けていた。
多分こういうことなのだろうと思う。ちょっと失礼な言い方になるが、君は人間としての能力はそれほど大した
ことが無い」
「いや、別に失礼じゃありません。その通りなんですから」
チャーリーはちょっとはにかんで言った。
「ところがサイボーグとして生まれ変わった君は途端に凄い能力を発揮し始めた。そのことからシュナイダー
博士はこう結論付けた。『大黄河夕一郎はサイボーグになる為に生まれて来た様な、サイボーグになってこそ
最大の能力を発揮出来る男なのだ』とね。私もそう思う」
ケッペルは言葉を選びながらもそう断言したのだった。
「ええっ! サイボーグになる為に生まれて来た男、ですか」
チャーリーは何とも言えない奇妙な感情を持った。
『サイボーグには絶対になりたくなかったのに、そのなりたくなかったサイボーグに俺は向いているのか?』
暫く頭の中が真っ白になった。
「ああ、済まない、ちょっとショックだったかね?」
ケッペルはチャーリーが落ち込んでいるのを見て、拙い事を言ったかも知れないと、後悔した。
「……、いいえ、ひょっとすると本当かも知れないと思います。ですが、ちっとも嬉しくないのですよ。能力が無く
ても普通の男で良かったんです。
昔は、つまりサイボーグになる前は良く空を飛ぶ夢や、誰よりも強い夢を見たものです。でも最近は全く逆な
んですよ。
『空なんか飛べる訳は無いし、強くも無いんだよ』
そう夢の中では言ったりしているんです。でも目が覚めると、そうではない、もう後戻りの出来ないサイボーグ
の体の自分がそこに居るんですよね。
絶対に元に戻れないと分かって、何だか無性に悲しくなるんです。こうやって素晴しい翻訳機のお陰で、英語
で見事に話が出来ても、素晴しいと思った事は無いんです。自分の力ではなく機械の力なのですから」
チャーリーはそれから暫く沈黙した。翻訳機の力を借りたくなかったのかも知れない。
「さてそろそろ再び大気圏突入です。逆噴射してゆっくりと地上に戻ります。……、いや、今回はつまらない話
をしてしまいましたかな。その、気に障ったのなら謝ります」
ケッペルは予想以上にチャーリーが落ち込んでいるので、またまた後悔した。
「いいえ、正直に言って下さって有り難う御座います。まあ、ショックでなかっと言えば嘘になりますけど、でも、
大丈夫。気持ちの切り替えは早い方ですから」
チャーリーはケッペルに少し気を使って嘘を言った。当分落ち込んだ気分は続きそうである。しかし今は無理
にでも忘れる事にした。
大気圏に突入すると機体は少し熱くなる。強力なエンジンでゆっくり降下するので極端な事にはならないが、
少し機内の温度も上昇する。その温度の上昇がストレスの溜ったチャーリーには堪えたのだった。
「ああ、済みません、少し具合が悪くなって来ました。吐き気もしますし、目眩や悪寒もする。まあ、吐き気が
あっても別に吐きはしませんから大丈夫ですけどね。サイボーグですから、はははは」
サイボーグと自分で言ってしまって、ちょっと苦笑した。
「今救護班に連絡します。どうしても具合が悪い様だったら、直ぐ手術出来る様に、手配を頼んでおきましょう」
ケッペルは責任を感じて、博士に連絡を取った。
「博士から手術の件了承されました。まだ吐き気とかしますか?」
「はい。でもさっきよりは大分良くなりました。多分宇宙酔いの類だと思います。地上に降り立つ頃にはすっか
り良くなっていると思いますから」
「そうですか。でも無理は禁物ですよ。我慢はしないで下さいよ」
ケッペルはチャーリーよりも辛そうな表情で言った。
スペースプレーン、ケッペルスターはいよいよ通常の大気圏に突入した。速度もぐんぐん下がって、やがて
マッハ以下の速度になった。
もう機体の温度の上昇は無い。機内の温度も正常に戻った。眼下にフロリダの空軍基地が見える。そこから
少し行った所に小高い山があり、その中腹がケッペルスターの発着基地になっている。
「ああ、戻って来ましたね。何か急に元気が出て来ましたよ。もう大丈夫です。そう言えば、お腹が空いて来ま
した。そうか、具合が悪くなったのは空腹のせいもあったんでしょう。
食事を取って、ゆっくり風呂にでも浸かれば、具合は完全に良くなると思いますよ。何と言うか、疲れたんで
すね、ダウクーガー退治でね」
チャーリーはまたケッペルに気を使って言った。
「いや、その、気を使って頂いて申し訳ない。まあ、その、はははは、そろそろ着陸です。お疲れ様でした。もう
二、三分で到着しますから。食事とお風呂の件も連絡しておきましょう」
ケッペルも気を使って言った。間も無くケッペルスターは基地に到着。およそ九十分の宇宙の旅を終えて、無
事に帰還したのである。
「いや、ご苦労様でしたな。博士ももうじきこっちに来ますから。ケッペルさんもチャーリー君も着替えをして寛い
でくれたまえ」
意外だったのは、アーノルドが出迎えた事だった。出迎えの人数はごく少なかった。チャーリーの疲労を考え
て、本当なら盛大な出迎えをするところだったのだが、シュナイダー博士の計らいで、最小限の人数に絞った
のだった。
「パチ、パチ、パチ、パチ、……」
「凄いぞ、チャーリー・クラストファー!」
「チャーリー・クラストファー、万歳!」
人数は少なかったが、それでも熱烈な拍手と歓声でチャーリーは出迎えられたのだった。
「ああ、ど、どうも、有り難う。どうも有り難う!」
チャーリーは相当の疲労を感じてはいたが、折角の声援にやはり応えない訳には行かなかった。手を振りな
がら笑顔を見せて、ゆっくり歩いて声援に応えてから、ケッペルと共に着替え室に入って行った。