夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「それじゃあ、こちらへどうぞ。一緒に昼食を取りましょう。その、私共、貴方がサイボーグであることに甘えて
おりました。
 本当に申し訳ないのですが、以前は確か食機能が無かったと言うか、むしろ食べれば食べるほど不快になる
とか聞いておりましたので、余り考えていませんでした。ですが既に食欲を回復されたんですよね?」
 アーノルドが申し訳なさそうに言った。

「はははは、そう気を使わないで下さい。確かに今は空腹を感じ、そして食べるとそれが解消される様になりま
した。でも実際にそれによって自分のエネルギーが補給される訳ではありませんから」
「ああ、そうでしたか。それを聞いて少し安心致しました。ええと、もう間も無く博士がこちらへ到着されるようで
す。ただ、今現在博士はすっかり悪役になっておりましてな。うっかりしていると卵をぶつけられたり、酷い場合
には暴漢に襲われることさえあるようでして、行動は極秘になっております。護衛もかなり付けられる様になり
ました。いや、サングラスなど掛けて変装さえしております」
 アーノルドは空軍基地の中にある食堂にケッペルとチャーリーを案内しながら色々と事情を話した。

「ほほう、そこまで行きましたか。いや、参りましたな。死者を冒涜するのは良い事ではないが、ゴールドマン教
授はむしろ亡くなってからの影響力の方が大きいようですな」
 ケッペルは同情の気持ちで言った。

「ふう、やれやれ、間に合いましたな。もう注文はされましたか?」
 少し汗を掻いてサングラスを掛けた博士が空軍基地内の食堂に入って来た。二人の共の者が居る。しかし
その内の一人の女性を見てチャーリーはドキリとした。

「ああ、ご紹介しましょう。こちらがヘンリー君。そしてこちらが、小姫君。二人には私のボディガードをして貰っ
ている。二人とも格闘技の達人だがヘンリー君は拳銃の名手でもある。
 それから、小姫君は相手が女性であった時に特に対処して貰う。何しろ、私を敵視している連中は色仕掛け
で私をおとしめようとする者もある様なのでね。
 側に極端に寄って来た女性をうっかり振り払ったりしたら、痴漢行為を働いたと言わた事があったので、そ
の様な場合の用心でもあります。全く油断も隙も無いのでねえ」
 博士はサングラスを外すと苦り切った顔で言った。

「ヘンリー・ダグラスです、宜しく。様々な格闘技の研究や武器の研究をしている者です。ハイテク機器も使い、遠
方からの狙い撃ちさえもある程度までは防げる自信があります。
 その、チャーリーさんとは一度お手合わせ願いたいものですな。ハイテク機器を使えばおいそれと負けない
自信もあります。はははは、これは少し恐れ多い事でしたな、言い過ぎました。お許し下さい」
 ヘンリーは笑い飛ばしたが、目は必ずしも笑っていなかった。

「はははは、私はそんなに強くありませんから、ヘンリーさんに負けるんじゃないんですか。そんじょそこらのサ
イボーグですのでね」
 チャーリーはやや皮肉な言い方をした。むしろ負けたい気分だったのだ。

『自分にとっては負けて人気が落ちたら、お金を稼げずに命取りになるかも知れないけど、何かこう疲れて来
たんだよな。
 息子の昇一は順調に育っているし、林果も今のところ、特に大きな問題も抱えている様でもないしな。いっそ
の事……』
 チャーリーはケッペルに言われた事が尾を引いていたのである。チラリと死のイメージが思い浮かんだ。

「片岩倉小姫です。訳あって一度は格闘家を断念したのですが、こんな自分でも人様の役に立つ事があれば
と思い直して、ボディガードのオーデションに参加して、一応女子の部で優勝いたしました。
 まあ、皆さんのお役に立てるかどうかかなり疑問なのですが、女性である事が重要という事ですので、何とか
頑張ってみたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します」
 小姫は上手な英語で自己紹介した。

『へえ、小姫さん、英語が上手だ。ふうん、意外だったな。しかし俺の正体が分かるかな? いや、幾らなんで
もそれは無理だろう。
 何度鏡を見てもすっかり白人だし、顔立ちは今のアメリカ大統領の子供の頃の顔立ちに似ているんだから
な。しかし博士のボディガードは厳しいだろうよ、何しろアメリカ人の大半に憎まれているんだからね。それにし
ても随分苦労したらしいな。少しやつれた感じがある』
 かつては恐怖の対象だったが、今は少し同情を感じた。顔立ちにかなり辛酸を舐めた形跡があったからで
ある。そのあとチャーリーとアーノルド、ケッペルとが一応簡単に自己紹介した。紹介が終ると、全員が一つ
のテーブルの周りに適当に座った。

「さて、もう午後二時を過ぎておりますからな、皆さんお腹が空いたでしょう。さあさあ、何か食べましょう。ここは
一応普通のレストランの形式になっておりますからな。
 ただ、注文などはセルフサービスです。注文すれば作ってカウンターに置くだけですから、各自持参してこち
らのテーブルの上で食べれば良いのですが何になさいますかな? 私がまとめて注文致しましょう」
 アーノルドが慣れた感じで言った。

「いや、各自向うに行って注文した方が良くは無いですか?」
 チャーリーは迷惑を掛けると思ってそう言った。
「はははは、日本の古い諺にあります。郷に入りては郷に従えと。ここでは誰かがまとめて注文する仕来たり
になっているのですよ。
 どうぞ遠慮なさらずに、メニューならここに書いてありますから、皆さんご注文下さい。そこのボディガードの
お二人もどうぞ遠慮なさらずに」
 アーノルドは親切の積りで言ったのだったが、チャーリーだけは少し困った。

『拙いぞ、メニューが全部手書きの英語だ。しかも筆記体で書かれている。当然説明文も手書きの英語だ。こ
れじゃあ全く読めない。はははは、英語をサラサラ喋りながら文字が読めないというのも情けないな』
 チャーリーは奥の手を使う事にした。

「あ、あのう、ケッペルさんは何を食べますか?」
「ああ、まあ、私は、そうですな、この果物の盛合せとパンとコーヒーですな。それでお願いします」
 ケッペルは普通の積りだったのだが、チャーリーは困った。

『ええっ! 果物の盛り合わせ? うーん、日本人の昼食のイメージとは程遠いな。果物の盛合せじゃ、おやつ
だよ』
「えっと、その、私は健康の為に日本食に近いものが良いのですが、ええと、ボディガードのお二人は何にしま
すか?」
 チャーリーは苦し紛れにそう言った。

「私は修行中の身なので、ダイエットも考えて、発芽玄米パンと、ブルーベリージャム、それとウーロン茶です。
ああ、それから牛肉のマリネを頂きましょう」
 ヘンリーは独特の食習慣があるようである。

『うーん、何かこう、違うんだよね。ええい、小姫さん、まさかあんたもブルーベリージャムとか言うんじゃないだ
ろうな』
 そう思いながら小姫の注文を待った。しかしその前に博士が注文した。

「ああ、私はトーストとミルクで十分です」
 次にアーノルド自身が言った。
「私はやっぱり肉でないとねえ。牛タンの塩漬けで行きましょう。それと無論パンとミルク。ええとあと注文してい
ないのはチャーリー君と小姫さんだが、どうしますかな?」
 チャーリーはまたまた困った。牛タンはどうも食わず嫌いなのだ。

『牛タンって、要するに牛のベロだろう? うーん、食えるかな。生まれてこの方食った事が無いしな。そうか、
小姫さんは純粋に日本人だから、日本風なものを注文するよね。
 頼む、小姫さん、過去の事は一切水に流すから、まともな日本人風の食事を注文してくれ。頼むよ、何を迷っ
ているんだ?』
 小姫は中々注文しなかった。暫く考えてから、
「そうですわねえ、私もダイエットも必要なので、でも、体力も必要ですし、牛タンとパンとミルクティーで行きま
すわ。ボディガードとして体力負けしては申し訳ありませんから」
 それを聞いてチャーリーはがっかりした。

『あ〜あ、小姫さん、お前もか』
「どうしましたチャーリーさん、何をそんなに迷っているんですか?」
 アーノルドが急(せ)かした。

「ああ、そうですね。じゃあ、私もアーノルドさんと同様に牛タンとパンとミルクにしましょう。牛タンは余り食べた
事が無いのですが、ここのは美味しいんですか?」
 チャーリーは何か妙な言い方をした。余り食べたことが無いのだったら、美味しいかどうかなどはっきりとは
分からない筈である。

「はははは、大丈夫、ここの牛タンは飛び切り美味しいですよ。そうですね、本当に美味しいですから大盛にし
ましょうか?」
 アーノルドはチャーリーの言い方を好意的に受け取ってやはり親切の積りで言った。
「そ、そうですね、じゃあ、大盛で」
 ついそう言ってしまったのだった。

「それでは、確認いたしましょう。……」
 アーノルドは各人の注文を完全に記憶していた。
「ほほう、大したものですな。よく記憶出来ますな。私にはとても無理だ」
 ケッペルが正直に言った。他の者達も同様に感じた。

「はい、先ほども言いましたが、それがここの言わば伝統なのですよ。ここに配属されて来た新兵が皆やらさ
れる。出来なかったら何をされるか分かりませんからね、皆必死になって間違えない様にやったものです。
 お陰で、今でもこの位の人数でしたら、楽に記憶出来ます。酷い時には十人以上の細かい注文を記憶しな
ければならなかったのですからね、それに比べれば全然楽ですよ。それじゃあ、注文して参りますから少々お
待ちを」
 アーノルドは得意げな顔で、厨房のあるカウンターの方へ歩いて行ったのだった。

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